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『満月の余興、の談 』
人造六面王・羅火1538)&神納・水晶(3620)


 ここは、東京であるか。
 東京の片隅にあるとは思えぬ廃墟を、白々と月が照らしだす。それまで空を覆っていた分厚い雲が、急にさっと晴れたのである。息つぎをするかのように姿を見せた月は、滲みも欠けもない、満月だ。
 見事な満月が、生まれることもかなわなかった建物たちを照らしている。
 かつて日本の景気がよかった頃、ここに建つはずだった新興住宅地は、今は打ち棄てられ、人間界から打ち棄てられたものたちが住まう異界と化していた。鉄骨やモルタルが剥き出しになった建物たちは、異形。
 打ち棄てられ、ここに流れ着き、ここに息づく者もまた、異形よ。
 月が照らすのは、異形、異形、異形。
 首をもたげた赤き異形。

「羅火」
 草木がぼうぼうと伸び放題の公園の中、月を見上げたその赤い竜に、声をかけた者がいる。
「おい、羅火だろ、なあ」
 その青年も異形であるのか。
 銀の髪、黒の瞳が美しい、すらりとした痩躯の青年だ。古びた刀を負っていた。見てくれには何も異常はないが、その瞳に宿る光は、紛れもない異形のものだ。
 そして、見上げるほどに大きい竜に、気兼ねなく声をかけるその勇猛ぶりは尋常ではないだろう。
 羅火と呼びかけられた竜が、ゆっくりと青年を見下ろした。
「ぬう、ぬしは、神納……」
「水晶でいいって」
 にいっ、と青年は子供のような笑みを浮かべた。
 銀髪の青年は神納水晶、
 赤の竜はヒトに造られし六面王、羅火という。


「なあァ、遊ぼうや。なあァ、遊ぼうよ」
 ひらひらと手を振りながら、水晶は無邪気に笑ってそう願う。
 羅火はごろごろと喉の奥で笑った。笑い声は、晴れゆく夜空に響く雷鳴だ。
「今宵は満月じゃ。わしの姿も、この通りよ。力は余っておる。ぬしからそう誘われて、助かったわ」
 両手を戒める赤い手錠をぢゃらりと鳴らし、ずしんと羅火は一歩踏み出す。彼が嘆くとおり、満月になると、彼を戒めていた封印がなりをひそめ、彼は異形の姿を取り戻すのだ。闘いに餓えた竜である羅火と、進んで戦いたがる者は、そうそう多くはないのだ。誰もいない、わけではないのだが。
「すっかり恒例だな。満月になったら、俺と戦るってのはさ」
「じゃが、久方振りよ」
「ああ、ちょっち出かけてたもんでさ」
 言いながら、水晶が刀を抜き放つ。背に負った刀ではない。
 月の光を放つその刀は、確かに、彼の左掌から抜き放たれた。音もなく――凛、と。
 ふたりの間の遊び、恒例の余興とは、血と衝撃にまみれた闘いである。
 ふたりは、嬉々として火蓋が切られるのを待っている。
「なあ、勝負だ。何か賭けない?」
「うむ、まあ、よかろう。……そうさな、ぬしの背の刀なぞ、わしは欲しい。どうせ使わぬのじゃろ」
「いいとも。んじゃ、おまえは負けたら1日ちま猫で俺のいいなりね」
「……うむ」
「本気でやらなきゃつまんねェけど、どっちか死んだらもっとつまんなくなる。殺すのはなし!」
「では、殺しかけたほうが負けということになるかの」
「そうすっか。それもいいね」
「うむ」
 じり、とふたりは笑顔で身構える――


 ごぅん、


 廃墟のどこかで、鉄骨が落ちた。
 落ちた、
 火蓋も、廃墟も、何もかも。


 どのみち、青年は背に負った刀など使わない。己の中に秘められた、神刀さえあればいい。そして、竜は猫じみた愛玩動物に化けることは、苦ではない。負けたところで、ふたりとも、大したものは失わない。
 それでも――

 がぅぐるる、ぢゃりん、がぉうっ、ぎぃん、
 ぼぉあぅっ、きぃぃん、ぶゅるん、ばしっ!

 咆哮と戟音は、本気のものだ。街灯もないこの異形の地、頼りは月光と、羅火が吐く炎、水晶の刃が放つ燐光。
 水晶の一閃が、まさに羅火の首をとらえようとしたときだ。
 羅火の二の腕に、おぞましい音を立てて竜の顔が現れた。その余分な首が、がぶりと水晶の刀を食い止めた。
「ちい……」
 きらり、と水晶の瞳が銀に光る。
 ぶゅん、と羅火が右手を振るった。
 水晶が刀から手を離す。
 刀は消え失せ、羅火のもうひとつの首ががちりと牙を鳴らした。
 羅火の爪は、空を裂いた。水晶はすでに、飛んで、いる。
 羅火の頭上を!

 はァっ!!

 羅火が紅蓮の業火を吐くのと、水晶が左掌から抜いた刀を振り下ろすのは、同時であった。
 放射状に広がった業火はしかし、銀の光に――水晶の神刀に切り裂かれた。水晶の銀の髪が数本、業火に触れて蒸発した。白のコートの裾が、ちりりと焦げる。
 ためらいもせずに刃は突き進み、羅火が巨大なあぎとを閉じて、すばやく一歩退いた。その巨躯にはそぐわぬ疾さであった。それでも、銀の切っ先は、羅火の顎を、ちりっとかすめたのだ。
 地面に降り立った水晶が、焦げてしまったコートの裾と、ちりちりと独特の臭いを放って煙を上げる髪を見て、露骨にいやな顔をした。
「おい、焦げたじゃん」
「こちとら鼻面がえらい騒ぎじゃ」
 羅火は羅火で、掌で鼻面を拭っていた。かすめただけであったはずだが、鱗は切り裂かれ、血が滴り落ちていた。
 ふたりはすぐににやりと口元をゆるめた――

 はアァっ!!

 羅火は、息つぎもせずに再び業火を吐いた。
 ごぅっ、と公園の雑草が燃え上がった。枯れてもいないというのに、生きていた緑は、たちまち灰になった。草が焼ける臭いは鼻をついたが、水晶の身体のまわりに、その臭気はない。彼のすばやい動きが生んだ風が、臭気も熱気も何もかも、弾き飛ばしてしまうのだ。
「熱いだろ! まだ夏だってのに!」
「何を言うか! もはや秋じゃ!」
 横合いからの一閃!
 羅火の左膝に、またしても面が現れた。一回り小さなその頭は、一杯にそのあぎとを開くと、まばゆい光線を吐いた。
 光は斬られぬ、
 水晶は身を翻し、地に伏せた。
 そこに、鉄のような爪をそなえた羅火の足が振り下ろされる。危ういところで水晶は避けたが、鋭い爪の先が頬を裂いた。足は、地響きを立てて地面にめりこむ。
「爪、切れよ! 長いぞ!」
「切ろうとはしておるわ。じゃが、爪切りが音を上げよるでな!」
「然らば、我がその役、つとめてみせるか!」
 おう、こやつの語調が変わったと、羅火は警戒して身を引いた。
 しかし――

 しゅリん!!

 稲妻のような一閃は、羅火の手をかすめた。
 痛みはなかった――
 だが、ぼとりと落ちた中指の爪が、地面に深々と突き刺さったのだ。
 ぐるぐると、羅火は喉の奥で笑う。
「おう、これはよい。ぬし、主をわしに替えんか。毎日爪切りに使うてやるわ」
「ヤだね、ずうっと爪切り用なんて。羅火、おまえ、長生きすんだろ」
「ヒトよりはな」
「ばっか。殺されたら、どうなるってんだよ!」
「殺られはせん!」
「そう言っていつかは殺られんのさ! ははは!」
 竜の笑い声が、それに重なった。
 笑いながら水晶が、刀を振り上げる。


 ぢぃん、ぢぃん、ぎぃん、


 月は――ひととき隠れ、また現れる。炎と光に目を覚ました異形たちが、茂みや廃墟の窓から顔を出した。真夜中のことだ。月はもはや傾いている。この調子では、あの騒がしい余興は朝まで続くのだろう。五月蝿い、眠れん、と怒鳴ろうにも、相手が悪い。
 羅火と水晶では、相手が悪い。
 割って入れば、「おまえも戦るか」と、余興に引きずり込まれるが落ちなのだ。
 まだ幼い鬼とヒトとのあいのこがふたり、廃墟の上から、音と光を見つめていた。
「どっちがかつとおもう?」
「らかかな」
「じゃ、ぼくはみなあきにかける」
「……俺なら、引き分けに賭けるがな」
 ふたりの半鬼の後ろに現れた新たな観客が、ぼそりと呟いた。幼い異形は、きょとんとした顔で振り返った。


 ごぉう、ぼぉう、どぉう、


 そうとも――勝負など、つかぬ。この界隈では、よくあることだ。命を賭けた余興や死闘に、決着がついぞ着かぬというのは。ともすれば、つかぬことのほうが多いかもしれない。
 ふたりとも、いまや肩で息をしている。身体のあちらこちらが焦げ、或いは血を流していたが、どれもふたりにとってはかすり傷だ。
 月が隠れていく。
 おう、雲ではなく、東京の陰に。
「まただよ、まったく!」
 ぐさりと地面に刀を突き刺し、水晶がへたりこんだ。
 ずしん、と羅火も座りこむ。
「また勝負はつかなんだか。やれやれ」
 羅火は六つの頭を出していた。六つとも揃ってぜいぜい息を切らしている。
「俺ァ、いつになったらちま猫と遊べるわけ?」
「わしはいつになれば、その背の刀のいわくを知ることが出来るのじゃ?」
 はあはあと息をつきながら――
 ふたりは、げらげら笑いだした。

 おう、夜が明けていくぞ。

 月は沈み、廃墟には似つかわしくない朝日が、それまで煮えたぎっていた空気を照らしだす。人間たちの時間が始まり、廃墟の眠りが始まる。
 焼け焦げ、切り裂かれた公園を太陽がじりりと照らす頃、銀髪の青年の姿はなくなり、赤い竜の姿も消えていた。
 夜が始まったのだ。
 太陽が沈むまで、廃墟はようやく眠りにつく。




<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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2004年10月12日

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