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『スティルインラヴ、トラブルパニック学園祭ライブ!<前編> 』
宮本・まさお2865)&飯合・さねと(2867)&八重咲・マミ(2869)


 『神聖都学園祭、今年の体育館ライブはスティルインラヴ!』

 神聖都学園祭といえば普通の学園祭とはスケールが断然違う。初等部、中等部の義務教育過程の設置だけでなく、高等部や各種専門学校も併設されていることはあまりにも有名だ。そんなところがお祭りをしようものなら大変な盛り上がりになるのは当然でしょ……神聖都学園のことを知らない、自分たちがステージに上がるわけでない事務所の人間は彼女たちにそう言った。そのコメントについて、メンバーのひとりである八重咲 マミはリハーサル中に『やる前からホクホク顔になってるあいつらの連中の顔がムカつく』と言ったのが印象的だ。それくらい今回のライブは事務所にとって大事なものらしい。くれぐれも粗相とかトラブルとかいう類のことは起こしてくれるなと耳にタコができるくらい言われていた。


 だが、なぜだろう。あんなに注意されたのに、こいつらは……
 これは神聖都学園祭当日のスティルインラヴの物語である。


 前日までの打ち合わせや練習では別に何事もなかった。学園から依頼された演奏時間を元に曲順を決め、どのように演奏するかを検討することからすべては始まる。最近はマキシシングルの発売もあってなにかと忙しかったので、彼女たちに与えられた準備の時間はあまりなかったのだ。
 まずはライブで演奏する際に内容をいじる曲から考えることにした。特に神聖都学園の高等部で『CLAZY LOVERS' HIGH-SCHOOL』が流行ったという情報が伝わっていたので、キーボードで作曲担当の飯合 さねとはアレンジに頭を悩ませたらしい。盛り上がる曲なのでどこに配置するかも難しいのだ。マミに関してもいつもはコーラスで参加する曲でもライブではサックスで演奏に回ることがあるので、ライブの打ち合わせをするとさねとの次に忙しい。曲のイメージを損なわない形で混ざるというのは意外と難しく、何度も録音したテープを聞いて入るタイミングなどを他のメンバーたちと細かく相談していた。
 メインギター担当の宮本 まさおはソロのアレンジもすんなり片付いてしまい、時間に余裕を残したままインスト曲『CANDY CLASH!』のソロの流れを暇なメンバーと一緒に考えてたりしていた。彼女が余裕でも他のメンバーは忙しいのでギリギリまで全員の調整が続いた。
 昨日の体育館を使ったリハーサルでは完全にさねとが睡眠不足でトリップしていたが、なぜか通しの練習ではミスもなく終えてしまうのが彼女のスゴいところ。メンバーは皆、改めて彼女のスゴさを認識させられた。そして翌日のライブの成功を全員で誓い、その日は神聖都学園を後にしたのだった。


 そんなこんなで当日になった。約一週間行われる学園祭は周辺の学校や住民を巻き込んでのお祭りに発展している。昨日の体育館リハーサルは関係者以外立入禁止の状態で行われたが、一歩外に出れば大勢の人でごった返しているのだ。生徒たちが看板をカラフルに作った模擬店はその中でもひときわ目立っている。日が落ちるくらいまで焼きそばやたこ焼きなどの食べ物を売っていたので、メンバーはそれを買って夕食にした。そして今日もまさおが近くで売っていたポテトをかじりながら控え室になっている視聴覚室へ一番に入った。
 しかし……まだ誰もいない。メディアなどでも『個性派揃い』と表現されることの多いスティルインラヴだが、メンバーの性格をしっかり把握できているのはまさおくらいだ。想像通りの展開に、背中に抱えたギターケースがずれた。

 「やっぱり……って、悠長にしてられないわ。早くなんとかしないと……」

 さっそくポケットからケータイを取り出して、まさおはまずさねとに電話する。何はなくとも、まず彼女。昨日のリハーサルでもアレンジの話をしていたのでずっと頭の中で考えているのだろう。もしかしたら考えているうちにこっくりいってしまった可能性も高い。彼女のケータイを持つ手が自然と強くなる……とにかく通話が繋がることを祈り、単調な音を繰り返す受話器にじっと耳を傾けていた。すると、さねとが着信に気づいたらしく電話を取ったらしい。まずは一安心のまさおだったが、彼女の第一声がその感情をいとも簡単に打ち砕いた。

 「ふわぁ〜〜〜い。さねと〜〜〜。」

 この瞬間、まさおは思わずケータイを落としそうになった。彼女は誰がなんと言おうと、明らかに寝起きだ。想像以上の展開が待っていた。こじつけではあるが、ギターがずれた理由がなんとなくわかったまさお。
 実は神聖都学園からさねとの家はかなり離れているのだ。今からさねとがそのままの姿で家を出ても絶対に間に合わない距離……もはや絶望的だ。日頃の疲れが溜まっていたのだろう。集合時間までに起きれなかったのは責められない。しかしこのままでは……まさおの顔は真っ青。

 「さ、さねと。も、もう集合の時間なんだけど……」
 「ああ〜、ほんまや〜。まさおちゃん、起こしてくれてありがとなぁ。そしたらぁ〜、シャワー浴びてぇ〜、そろそろ行くわ〜。」
 「シャワー?! そんな暇ないわよ、早く着替えなさ」

  カシャッ。プー、プー、プー……

 まさおはついにケータイを落とした。セリフの語尾が上がっているところから考えても、相当寝ぼけているらしい。状況は最悪だ。まさおはなんとか彼女の到着を間に合わせるため、事務所のマネージャーに頼んでさねとの自宅まで車を飛ばしてもらうことを考え、落としたケータイを慌てて拾ってまた電話をし始めたのだった。


 その頃、八重咲 マミも神聖都学園入りしていた。どうやらマミもマミで遅刻という現実に追われていたらしく、控え室と聞かされた部屋の扉を豪快に開く。そしてそれを豪快に閉め、さっそくいつもの衣装に着替え始めた。気持ちが急いていると何もかもが忙しく思えるが、今のマミはまさにその状態である。

 「もー、忙しいったらありゃしない……昨日もはっきりソロのイメージ沸かないし、なかなか寝つけないし! さねとはちゃんとアルトのソロ、考えてくれたんだろうな。あーーーっ、急いでるともうなんでこう服が脱げないんだろ……ふがふが。」

 難関の上着を脱ぎ捨て、ズボンも足で踏みつけながら、とりあえずはそれらを足元に散らかす。そして持ってきたかばんの中から服を出そうと下着姿のままで手を突っ込んだ。例外なくというべきかお約束というべきか……こんなマミが私物の整理整頓などするはずがない。三角くじを選んでいる子どものようにかばんの中を引っ掻きまわす。しかしその時に取った何気ない行動で、大変な事実が発覚するのだった。

 「ないなぁ。服の生地の感触は覚えてるからそんなに苦労しないはずなんだけど、って……………あれ?」
 「ど、どうも。おはようございます。」

 自分以外のメンバーどころか誰もいないはずの控え室の中に、なぜか化学の計算式をみっちり書いた大きな方眼紙を板に貼りつける作業をしている生徒と教師がいるではないか。しかも、どちらも男性。マミは今の今まで忙しさにかまけて、彼らがいることすら気づかなかったのだ。彼女はゆっくりとかばんから手を出し、遠慮なく人差し指をそいつらに向ける。

 「なんで……なんでお前らがいるんだよ!」
 「い、いや……なんでって言われてもねぇ、先生?」
 「ここ、化学部のパネル展のために用意された教室だから……いるも何も。」
 「も、もしかして、ここスティルの控え室じゃないのか!!」
 「ああ〜、ライブの人なんだ! うん、違いますよ。」
 「たしか……もう1階上の視聴覚室だったと思うけど……」

 間違えていたのはやっぱりマミだった。ぽかーんと天井を見る彼女の姿をまざまざと見つめる男たち。さすがに下着姿はそう簡単にはお目にかかれないからじっくり観察しているのか、それともここで動けば犯人扱いされるからなのか……とにかく男どもはどっちも動こうとはしなかった。

 「私は女だ! お前らが出ていけーーーーーっ!!」
 「そ、そんな無茶な! 自分で勝手に入ってきたくせにっ!」
 「そ、そうだ! わ、わたっ、私には妻子がいるんだ、今出ていけば教師としての信用が失わ」
 「出ていけーーーっ、さっさと出ていけーーーーーっ!!」

 マミの声量は尋常ではない。その叫び声は廊下はおろか階段の踊り場まで伝わり、周囲を巻きこんでの大騒動に発展させた。警察官よろしく生徒会の役員が何事だと叫びながら教室に入るが、そいつも男だったせいでマミがまた叫んでさらに大騒ぎになってしまう始末。こちらの騒動もそう簡単に収まりそうにないようだ……


 空前絶後の大騒動もまさおの耳には届かない。今はただ、さねとの到着を待つだけだ。マネージャーが車を飛ばして家に向かっているというが、本当に間に合うかどうかは運次第らしい。彼女が間に合わなければ、今まで考えてきた曲順自体も変えなければならない。キーボードが目立たない曲でしばらくごまかすしかない。そうなると今度はライブの成否が運次第になってしまう……最悪の事態を回避するために、事務所とメンバーたちが一致協力しているのが今だった。
 そんな緊迫感あふれる控え室にひとりの女性がノックもなしに入ってきた。ジャージ姿の彼女は手に見慣れたジャケットを持っている……腕には『スティルインラヴ』の文字があしらわれていた。そう、彼女はスティルのメンバーのひとりなのだ。

 「おはよー。よー、寝れたわー。」
 「さ、さねとじゃない! なんであなたここにいるのよ?!」

 まさおが驚くのも無理はない。目の前にいるのは、いつものおっとりのんびりの表情と動きを見せるさねとだからだ。しかし彼女は寝起きだったはずで間に合うはずがないのに……まさおは彼女がなぜパジャマ姿なのかをツッコむ前に、その時間差トリックの種明かしを聞こうとした。

 「なんでさねとがここに……?」
 「なんでも何も〜。私な、昨日の時点でもう家に帰っても起きれんし間に合わんな〜と思って、神聖都学園のセミナーハウスに忍び込んだんや。バレたら体育館の倉庫でもよかったんやけど、意外とこの学園ってセキュリティー甘いな〜。簡単に中に入れて、しかも温かいシャワーもウォシュレットも使い放題やったで。こんなに簡単に忍び込めるんやったら、みんなで一緒におればよかったな!」
 「あ、あなた、ずっとこの学園にいたの!? 校門でみんなと別れたくせに!!」
 「敵を欺くには、まず味方からやで。まさおちゃん?」
 「……………ちょっとそれ、違わない?」

 道路を車でひた走っているマネージャーには申し訳ないが、まさおは心の底から安心した。これでなんとかライブはできる……だが彼女の全身はもうライブを終えたような充足感が支配していた。さねとがいるというのはそれくらいの安心なのだ。
 まさおは安心したところで彼女の姿を見て首を捻った。さねとの証言通り、彼女は最初からお着替えセットを持っていた。ということは、学園の中に忍び込む気満々だったことになる。だったら最初からそう言っておけば誰も混乱せずに済んだのに……パジャマからいつもの衣装に着替えているさねとの背中を見ながらやれやれと嘆息するまさとだった。

 「ま、いっか。さねとらしいといえばさねとらしいわね。」
 「おはようっ! あーあ、ヒドい目に遭ったっ!」
 「あら、今度はマミか。大遅刻じゃなくてほっとするわ……」
 「遅刻してなかったんだけどな、ホントは。あーあっ!」

 すでにジャケットに着替えているマミだが、どうやら御機嫌ナナメらしい。その声に反応して、さねとがシャツをかぶったままゆっくりと振り向く。

 「もはよー。マミちゃん、準備できふでー。」
 「おっと、その話したかったんだ。ソプラノは勝手にやらせてもらうけど、アルトはさねとと一緒じゃないと打ち合わせできないからなー。さ、早く着替えろって。手伝おうか?」
 「そんな、せっつかんといて〜。今、着替え終わるから〜。」

 このやり取りを聞いて、まさおの顔色もすっかり元に戻った。今になって本番直前のバンドらしくなってきたのがなぜか微笑ましかった。彼女は打ち合わせの邪魔をすると悪いと思い、教室を出てトイレにでも行こうかと扉を開く。その時になって、ようやく階段が騒がしいことに気づいた。

 「あら……賑やかね。」
 『違う、俺たちは違うんだ! ね、センセ!?』
 『わ、私にはみっつになるかわいい子どもがぁぁぁ!!』

 さっきのマミの騒ぎはずいぶんなものになってしまっていたようだ。まさおが歩きながらその声を聞いていると、どうしてもこの後やる体育館ライブでの歓声に聞こえて仕方がない。前評判もいいという話を聞いているだけに、さすがのまさおも緊張していた。

 「何が原因で人気になったんだろう……?」

 そんなことを考えながら、まさおは模擬店ほど着飾っていない地味な姿をした教室を通り抜けてトイレまでやってきた。そして当然のように女子トイレに入る……すると洗面台でふたりほど女子生徒がいた。彼女たちがまさおを見るなりコソコソ喋り始めたが、そんなことを気にする余裕はすでにない。だが、それがいけなかった。周囲の音をなんでもかんでも歓声に変換してはいけないのだ。彼女が個室に入ると、女子生徒が慌てたようにトイレを出ていくのが窺い知れた。まさおはそんなことも気にせず椅子に座り、大きくため息をひとつついた頃だ。階下の騒ぎを目の前に持ってきたかのように騒がしくなってきたではないか。彼女は何があったのかと耳を澄ませて聞いた。

 『今度はここか! まったく……学園祭となると変な奴ばっかり来るな!』
 『でも、本当にここに入っていったの? その男の人?』
 『間違いないです! そこの個室に今、男がいるんです!!』
 「お、男! 変態め……どこにいるんだ!」

 まさおが重大なことに気づいてなかった。今、個室はひとつしか使われていないことを……

 「男。オトコって、まさか……」

 彼……いや、彼女が無事にトイレから脱出できるのはいつのことだろうか。出口にはたくさんの生徒が彼女が出てくるのを待ち構えている。まさおは再びケータイを取り出して電話し始めた。今度は間違いなく学園にいるさねとに向かって、である。

 『あれ、まさおちゃん。もしかして学園の中で迷子になったん?』
 「ゴメン……悪いけど、その教室からすぐのトイレまで迎えに来て。」
 『なんで〜?』
 「くればわかるから。」

 正直、説明したくもない。一難去ってまた一難……まさおの、いやスティルインラヴの受難はまだまだ続く。

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月12日

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