▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『不機嫌 』
橘・都昏2576)&数藤・明日奈(3199)


初秋の(夜でなく時という意味での)月は、まだ十一月で無いゆえに祝日が存在し、そして、週末にその日が連結するので、人々の中にはこれを機として、小さな旅へと繰り出していく。それは、友達同士で、家族一団で、そして、恋人二人きりで――
 連休という事で人が溢れる中、早朝ゆえに獲得出来た電車の席で、
 互いに向かい合ってる僕等は、どの関係に?
 ……店と、客。そんな説明で片付いてしまえばいいのに、いや片付けるべきなのに、
 心の中で言葉として出せないのは、それ以上を願ってしまっているのか。
 愚か。
 己の性質を自覚していてるのに、愚かな願い。愚か、愚か、
 愚か、
 だと、しても、
「どうしたんですか都昏君?」
「え、……あ、っと」
「さっきからうつむいてばかりで、ほら、折角窓の外は綺麗なんですから」
 一緒に楽しみましょうって――一緒にって
 その愚かな甘さに、浸ってしまうのは、無自覚に、二人で居る事を強調してしまう貴方の所為か。
 いいえそれは責任転嫁。結局世界は自業自得が法則、己の行いがまた己に返って来る。それが感情という、溢れる泉のよう制限できぬ物だろうと、惹かれたなら惹かれてしまう自分が生まれる。そんな自分だからこそ、
 橘都昏は不機嫌だった。初秋の連休、
 数藤明日奈に小さな旅へ誘われた事で。いや、
 誘われた事がじゃない――そうじゃなくて
 僕が、言いたい事は、僕を誘う切欠が、
 、
 言えるはずがないその理由、彼は結局またうつむいて、
 それをめざとく見つけられ、どうしたんですかとの音声が流れる間、そして目を床にしてる内、顔と顔との接近を許してしまい、
 瞳あげた時綺麗な彼女が余りに間近な所為で、頬が赤く燃えてしまう、こんな事も自業自得なのだろうか、ああ、
 どうしてあの時断りきれなかったのか。


◇◆◇


 十年前の話じゃなくて数日前の話なら、数藤明日菜は学生じゃなく花屋《アーネンエルベ》の主人である。だから今から語るのは彼女が花屋に居る時の事、夕暮れ。
 華やかな仕事に見えるけど、仕入れや搬入は引越しさながらの力仕事、また売り物であり店頭から店足までずらりと並ぶ、植物達は生き物なので、気を抜いてしまうと枯れる、ならまだしも腐ってしまう。なのに彼女がこれを生業とするのか、
 能力ゆえか、
「ほら、この子も謝ってますから」
 否、
「許してあげてくれませんか?」
 そんな事関係無く、花が好きだから。
 能力、花々の声が聞こえる彼女、それを他人に聞かせる事も、自分の身に他者の身を触れさせれば可能な彼女、
 だから手を繋いで――指先を傷つけた薔薇の声を教える、花へと優しい彼女の微笑みを見ると、
 学校帰りの少年は、花が好きなんだろうと思う。その一瞬静止するような時も、すぐに指と指が絡み合う事で動き出してしまうのだけど。慌てて手を払いのけると、
「僕が勝手に触ったんですから」
 《綺麗な薔薇には棘がある》なんて、芝居の言葉を失ってつい触れてしまった自分の罪を認め。すると、花への笑顔が今度は自分に向けられて。ああまた顔が赤くなってしまう、今まで、どれだけ夕焼けに助けられただろうか。
 それは不意な声で、内容だった。
「あの、都昏君に話があるのですけど」
「話……? 僕に……?」
「ええ」会話の間にもすっと流れる笑顔、そして、「今度の連休、一緒に旅行に行きませんか?」
 余りに突然過ぎる事、都昏が言葉を失うのは当然。だけど彼女は気付いた様子無く声を続けて、「姉も……それに友達も、皆忙しい人達ですから、連休に縁が無くて……。それで都昏君ならどうかなって。何か予定はありますか?」
「よ、予定は無いです、けど」
「よかったッ!」
 手を合わせて更に笑顔を綻ばせる彼女、慌てるのが都昏。
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はまだ行くって決めて……」
「あ……そうね、一緒に出かけるんでしたら、やっぱり同じ歳の子の方がいいですよね」「そんな事言って」
「だけどこのチケット二人分ですから、都昏君の友達まで連れて行くって事になると」
 指先を、顎にあててる、困り顔。なかなか自分の言葉が思ったように作用しないので、都昏は適当な質問で、切り口を変えてみた。
「そのチケット、福引で当たったでもしたんですか?」
 旅のパートナーが決まってなかったという事は、計画性のある入手ではないと判断する。……けど、最初から自分との同行を願っていた可能性を夢想してしまい、勘違いも甚だしいと、でももしそうであればと、だから何を考えて、もしそうだとしても、
 思考の回転木馬を停止させたのは、明日菜の簡単な一言。
「福引の商品だけど、私が当てたんじゃなくて、常連さんが当てたのをもらったんです」
 だけど次の一言も、簡単で、だからこそ、
 橘都昏には良く聞こえて。
「男性の方なんですけど、何時も可愛らしい花を買っていく方で。近所の子供も喜んでるらしいです。それで、次の連休は同窓会があって外せないから、私にくださって……」


◇◆◇


 旅行を断ろうとした理由は、恥ずかしいから、だけなのか。
 それでも強引に言いくるめられたのは、
 この甘さに、自分が愚かな侭なのか。
「私も、都昏君と一緒だったら嬉しいですから」
 年上の貴方へ、僕をどうする気ですか?
 どうかしてるのは自分だけど、貴方を想う自分だけど。
 不機嫌な自分だけど。


◇◆◇


 別に秘境という訳でなく、さりとて有名な訳で無く、
 送迎バスで駅から二十分かけて到着した旅館は、いわゆる《一般的な》であった。和服の女将が荷物を運び、その間にフロントでキーを受け取り、七階建ての五階に昇る。通された部屋、松竹梅でいう竹、眺めは山の青が美しい、透明な風すらも感じてしまいそうな雅な景色である。
 テレビは百円仕掛けじゃなく無料で見れるらしい。つまらない事を確認してから、浴衣が畳まれている四角いお盆のような物が下部にあるクローゼット、和式にはどう呼ぶかは知らないが、ともかくそのハンガーに都昏が、自分と、彼女の上着を掛けた所に失礼しますの声。
 若い東京から来たんですか、である。今お茶を入れますので、である。ほどなくして運ばれてきたお茶、乾いた喉には温度が高くても在り難く、一階の売店で販売されている和菓子を供にしながら頂いてると、女将が和やかに談笑しようと、姉弟でご旅行ですかと聞いてきたものだから、
 数藤明日菜は答えてしまう。
「いえ、私と都昏君は姉弟じゃありません」
 ではどんな関係か、そう問われても答えてしまって。でもそれは回答という意味で無いから、
「どんな関係……でしょうね?」
 ちょっと困った顔で目の前の彼に聞く、すると14歳の少年はしどろもどろ。二人の様子に、女将も不思議そうに。
 結局そこは文字通りお茶に濁したのだけど。心付けにきちんと礼を言ってから女将が去った後、緊張が解けてやっと、旅の宿で落ち着いた気分になる都昏。けれど思い返す、これから二人はこの部屋で、泊まる。
(……なんで僕、ここに居るんだろう)
 来なかったら来なかったで、後悔を抱くのだろうけど。おそらくは今よりも辛い後悔を。
 本当なら、
 本当なら喜ばしい事なのだ、うっかりしてしまうと顔から笑みが零れてしまいそうなくらい。《数藤明日菜》と居る事に、無感情でなんていうのは、都昏の嘘になってしまう。
 けど未だ乗り気じゃないのは――
「都昏君、どうですか?」
「え……、……ッ!?」
 都昏は、驚いた。驚愕とものものしく表現すべきくらい、驚いた。
 なんて事は無く、彼女が旅館の浴衣に着替えていただけなのだけど。
 細身の身体とはいえ明日菜は女性、綺麗な彼女は綺麗に着て、だけどくるりと回って浴衣姿を見せる彼女はどこまでも可憐、にこりと微笑めば心臓を掴まれてしまう。
 だけど、都昏が戸惑ったのは、突然の姿ゆえじゃなく、
「あ、明日菜さん、何してるんですかッ!」
 顔を真っ赤にして目をそらした彼に、戸惑うのは彼女の番だ。「何って、浴衣に着替えたんですけど。……私、何か都昏君の気に障る事」
「いやそうじゃない、そうじゃなくて、あの。……僕が居るのに、この部屋で着替えるのは」
 自分が考え事をしてなければ、していても、ふと目を横にやってれば、着替え中の彼女の、
 想像する事態がふしだらな気がしなくて、首をぶんと振り物理的に払いのけた、のだけど、
 その時明日菜は言った。
「着替えたのは、洗面所ですけど」
「……え、」そういえば、
 もしここで着替えたなら、脱ぎ捨てた物が彼女の足元にあるはずである。だが、無い。つまり、そんな事実は存在しない。
 なんとした早とちりか――穴があったら入りたくなってしまった都昏、同時、突然頬を赤らめたのは明日菜。
「都昏君の年頃でしたら、その、……そういうのに興味はあるでしょうけど、まだ早い気が」
「そ、そんな事思ってないッ! 何を早とちりしてるんですか!」
 自分を棚上げにして叫んだ彼。結局全ての終幕は、またもや彼女の笑顔だった。その後、着替え手伝いましょうかという発言は、彼女の冗談なのか天然なのか。


◇◆◇


 私の足は遅いから、それが明日菜が都昏の手を繋ぐ理由。けして、彼を甘く縛り付ける意図は、無い。
 カラコロコロカラ、旅館で用意された下駄を鳴らしながら歩くのは、温泉街と呼ぶには少し生活臭の溢れる通りだ。一応ピンボールや土産物等が軒を連ねるけど、入り混じってスーパー等があるので雰囲気は完全では無い。
 それでもそこかしらに同じ浴衣姿の人々が居る、おそらくは旅館が出来てから、見慣れたこの街の景色。なのに、同じ浴衣姿の二人が注目を浴びてしまうのは、ぶっちゃkれば、美女と美少年、だからだ。
 数藤明日菜の清流が如く長い黒い髪、橘都昏の赤紫がかった癖のある髪、明日菜の綺麗な姿、都昏の綺麗な愛らしい姿、彼女の青い瞳、彼の黄金の瞳、
 全く違う二人なのに、二人は二人として存在出来た。砕けて言えばお似合いの二人だ。いちいちそんな事が視線で告げられて、それが聞こえてしまう都昏は胸が疼き、花と同じようにはいかぬ明日菜だけは何時もと同じように笑っていて。
「別に、何か面白い物がある訳じゃないですね」
 手を繋いでる人の、気持ちを落とすような事を呟いてしまったのだけど、
「だけど、歩いてるだけでも楽しいですよ」
 そんな事を言われては、都昏は恥ずかしく。
 そして明日菜も、どこかくすぐったいこの感覚に、また手に力を込めていて。


◇◆◇


 架空の場面です、この旅において、またこの世界において、実際にこのような事は起こっていません。
 ただ二人だけしか居ぬ真っ暗な場所で、明日菜が都昏を包むように抱いてる場面を設定してください。瞳を閉じて、優しく身体の線を撫でる彼女、瞳を閉じて、身をよじる少年です。そして話を交わすのです。
 以下のように。
「貴方と居るだけで、嬉しいんです」
 、
「僕は……不機嫌、です」
 腕の力を強めたのは。


◇◆◇


 一般的な旅館だけど、用意された料理はとても美味しかった。お酒はお互い食前酒だけなのに、会話が弾んだのは料理がとても美味しかったから。
 二泊三日の旅だから、自然と話題は明日どうするか、になる。タクシーに乗って近くの名所へ行く事に、異存があるはずない都昏。もともとこの旅は彼女が始まりであり、主導だ。自分はそれに乗っかってるに過ぎない。
 自分じゃなくても――
 ……彼女の姉や友が忙しくなければ、自分がここに居ないのは、誰も居ない温泉である。
 そう、誰も居ない。七階建ての旅館なのに? 勿論その室数だけ客は居るのだけど、竹の部屋の者達の場合、皆このように温泉を独り占め出来るのだ。
 タネを明かせば、四階より上の客室にはそれぞれ、外晒しにある檜で作られた丸い湯船と、温泉が惹かれた蛇口がある。最近流行りの、って奴だ。大浴場ものびのびしていい物だけど、こういうスタイルも利点があり、食事を終えた後すぐ入れたりとか、
 友達同士で、とか、
 どういう関係か解らない二人で、だとか、「都昏君、入りますね」
 入ってきた、一緒に湯に浸かるという事、驚きは食事中に彼女から聞いた時済ませたけど、高鳴りはその時からやむはずも無い。弾む話が時折途切れたのも、心臓の所為で、って、また自分以外に責任を転嫁して、こうなってるのは全部自分が自分だから、
「いい湯加減ですか?」
 そう言った彼女に振り向く前に、心の準備をうっかり忘れて、
 バスタオル姿の彼女に、……月のような美しさと、あとは、もう、例えようも無い、自分が少年ゆえの、憧れというか、なんというか、
 その所為で固まった彼を気にする事無く、ゆっくりと身を沈めていく明日菜。「あ、……気持ちいい。入っただけで肌がツルツルする」
 片目をぎゅっと閉じながら、左腕に右手でお湯をすり込む、やうな仕草。それはとても近かった。なんだろうこの湯船の広さ、一人きりだと広すぎるけど、二人きりだと近すぎる。
 思わず、身と身が触れてしまう。
 ……心臓の鼓動が水面を揺らさないか、在り得ぬ心配を抑え付ける術は、今の少年には沈黙しか無く。けれど、それは、許されないのだ。数藤明日菜が気にかけるから、
 都昏と温泉に浸かる、彼女。「今日、……いえ、旅行に付き合ってくれてありがとうございます。都昏君が居なかったら、こんな楽しくなかった」
 そう言った後、肩に肩。少年としては、綺麗な身体、揺れる。
 つい、思ってしまった事。
「明日菜さんは……僕が男だって事、どう思ってるんですか」
 そう言われて。14歳の言葉の意味に気付かぬ程に、明日菜は成長してぬ訳では無いから、
「考えた事、無かったかもしれないですけど。……あの、こっち向いてくださいますか?」
 じゃないときちんと話せませんから、って。言われて、何か小さく恐れるように振り向く。今の顔の赤さはお風呂の効果だと思われたようだ。
 ともかく、明日菜は続けた。
「男の子だって事、忘れた訳じゃありません。……けど、子供みたいな理由ですけど、都昏君と一緒にお風呂って、楽しいだろうなって。一緒に、温泉に入って、綺麗な景色見て。……私、やっぱり変でしょうか?」
「……そんな、そんな事無い、僕も……楽しいから」
 楽しいというか、嬉しいというか、
 なんと、いうか。「良かった」
 本当にただ、一緒に居るというだけなのに、どうしてこう色々と溢れるのか。感情が、言葉が、思惑が、熱、が。
 二人だけの、温泉、って奴で、
 思わず、
 本当に思わず、都昏は明日菜の肩に、頭をやってしまった。
 気付いた時にはもう遅い、彼女はくすりと笑って、片手を顔にくるむよう回す。少年の髪に額をあてる。
 その時に、恥ずかしさ、そして、
 謝らなければいけない事。
「明日菜さん、僕」
「……はい」
「今日おかしかった、というか、……あの」誘われた時かたくなに断ろうとした事と、旅の途中で、不機嫌そうに見えたと思う事、その理由は、訳は、
 訳は、
「……忘れてください」
 やっぱり言えるはずが無くて――

 明日菜にチケットをプレゼントしたのが、男性だったという事。
 嫉妬していたなんて。

 ――忘れてくださいと言われて
 また一言、はいと答える。そうしてから、腕を放して、彼に微笑む。
 橘都昏も、笑った。
 その時明日菜の頬が赤くなったのは。
 そうやって、そうやって、温泉があって、二人が浸かって、なんだか少年の頭が半ば無理やり年上の彼女に現れたりしたのだけど、
 旅の一日目はそう夜を迎えて。


◇◆◇


 夜中、小腹がすいた二人が、一階にあるフードコーナーに降りて明日菜がうどん、都昏がラーメンを食べ、部屋への帰りについやった卓球で、折角温泉で流した汗をまた流した後、戻ると、
 布団が二つ並んでる事。けど布団は離れてる事。だけど一応、二人で過ごす初めての夜だという事。でも、
 心地よく疲れた二人は、布団を身にかけた後、その距離で、
「おやすみなさい」「はい」
 幸せな間を作った後、そして、目を閉じた後。

 現実の場面です。
 
 この旅において、またこの世界において、実際にこのような事が起こりました。
 ただ二人だけしか居ぬ真っ暗な、けれど窓から優しい月明かりが差し込む部屋で、明日菜が布団で眠って、都昏が布団で眠ってる場面です。
 明日菜が彼の名前を呟く事は、不機嫌が、消える、何よりの理由なのです。
 旅はまだ一日目、明日は何をしますか。
 一緒に、
 居る事。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.