『＋ 夢幻現実 （前編） ＋ 』

松山・華蓮（4016）

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　只、普通に歩とうてな。
　只、誘いに乗っただけや。
　でも、それが物語の始まりやってん。


　なーんてことないで。うん、其処には最初、何にもあらへんかったわ。
　ただいつも通りに学校から帰っててん。それこそ当たり前のことやろ？　何せうちは高校生や。しかもそろそろ来年の受験に向けて準備せなあかんなーって思う高校二年生。面倒て敵わんけど、これも学生の宿命ってヤツやな、うんうん。まあ、就職してもええねんけど、それはそれ、また別の話やね。そこら辺のゴミ箱にでも放っておいて。ちなみに漁るんは禁止や。


　ん？　お前は誰やって？　うちはなー、松山　華蓮（まつやま　かれん）っちゅーねん。以後よろしゅうな。
　さて、物語の話をしようか。うちなー、そん時ほんま普通にしてただけやで？　学校からの帰り道、比較的一般的描写やと思うんよ。でもふっとな、声を掛けられてん。誰やねんなって思いながら振り向いたら、其処にはうちが全く知らん人がいよってん。僅かに灰色よりのスーツを身に着けた　―――　多分三十代前半くらいの見知らぬ男性から声を掛けられたら普通は道でも迷ったんかー？　って思うやろ。なんせ印象的にはただのサラリーマンにしか見えへんかったしな。でもな、違ってん。そん人な、うちのこと一瞬上から下までじろじろ嘗め回す様な視線で見てきよった。そしてにぃ……っと口端を持ち上げて言いよってん。


「貴女、少々ストレス溜まってますね。どうです？　今から案内するところでそのストレスを発散してみては。いやいやいや、私は全然怪しい者では御座いませんから、ご安心下さいませ」
「充分あやしいで、おっさん」


　突っ込みはしっかり、返す。当然やね。
　でもそれにも動じず、相手はくすくす口先だけで笑った。正直目が笑ってへんで。うちは持っていた学生鞄を肩からぶら下げる様にして持ち上げる。一体何やって言うやろうね。他愛のない通学路、他愛のない時間でこんなセールスマンに掴まってまうなんて、微妙心地やな、ほんまに。ツーフレームの眼鏡を一度整えるようにして持ち上げて、鼻先にかける。視界はぶれて、また素直に映し出された。


　でも。
　ストレスが溜まっているのは本当だった。むしろこの時代にストレスが溜まっていない人なんかいないと思うねんな。うちも比較的疲れが溜まりやすい傾向の人種やって云うのはしみじみ思うてたから、的を付くような相手の言葉はぐさり、ぐさぐさって刺さってきたね。はぁ……っとため息を零す。おっさんはただ笑ってる。


「では、こうしましょう。私がこれから連れて行くところ、それが少しでも怪しいと感じたら貴女はそのまま逃げれば良い。誰も貴女を止めやしないから、簡単な事ですね」
「そう言っといて行き成り拉致監禁事件なんて起こされても困るねん。明日は数学の小テストがあるし、ダチのＣＤも返さなあかんねんから」
「でも、貴女……この話に興味がお有りでしょう？」


　つぃ、っと。
　正面から指を向けられて、うちはごくんっと喉を鳴らす。何や、この状況。可笑しいことなんかちょちょいっと頭を回転させれば分かることや。なのに、どうしてやねんやろうな。瞬きを返す自分の視界にはその指先だけが鮮明に映り込んで、気味が悪い。足を引けば、何故か深くなる相手の笑み。更に瞬きを繰り返せば、今度はにっこりと爽やかな笑顔を返された。


「さあ、行きましょうか」


　返答なんか必要ないって感じ。
　相手はとっとと足を進ませて、自分との距離を空けていく。このまま逃げるのも自由。行くのもうちの意思次第。


「まぁ、ええっか」


　丁度むしゃくしゃしていたところやしな。
　こいつの言うところが本当に発散出来るような場所やったらもうけもんや。それにいざとなったら呪符魔法で逃げれるやろう。なんてことない。うちにとっては良い話。
　足を一歩踏み出して、歩数を合わせるようにして相手を追いかける。


　うちはその時知らんかった。
　その行動が物語を始めるための選択肢だったことだなんて。






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「大きさは十五平方メートル。モデルは大都市の一つ。スケールは二千分の一……と言うところですね」


　連れて来られた先其処に有ったのは巨大ジオラマやった。
　仄かに薄暗い室内の置かれていた其れは精巧に出来ていて、一瞬見るだけならば外にあるビル郡とどう違うのか分からない。はぁー……っと感動の息もきっとこのジオラマの世界では突風に変換されるんやろうななんて、下らない事を考えて心がうきうきする。足を屈めて指をちょんっと舗装されているアスファルト『もどき』に乗せてみる。人差し指はビルの数階分にまで達して、その大きさに驚愕した。


「で、うちに何をしろと言うん？」
「貴女はこれを自由に壊して下さい。どう壊しても構いません。踏んだり、蹴ったり、叩いたり……ね。壊れた残骸で怪我などしないように気を付けて頂けたら、何でも好きなことをなさっても構いません」
「ふーん……。後から賠償金とか請求とか嫌やで？」
「そう思うなら此処で引き返してくださって結構。ただ、この街を壊すのはストレス発散には良いと思うのですが……如何でしょう？」
「まあ、こんだけ精密に出来たもんを壊すんはすっきりするやろうなー」
「破壊は一種の人間的禁忌とも言えるらしいですよ。抑圧された何かが噴出す時、それは壊したい衝動に駆られるほどに……ね。中にお入りになられるならこちらに靴をどうぞ。素足の方が、リアル感覚が味わえるでしょうから」
「ほいほい」


　うちは言われた通り、履いていたローファーを指定場所で脱いでジオラマの上に立つ。
　何か怪獣映画の主人公にでもなった気分。息を吸って吐く。胸は大きく膨らんで、吐き出した息は何処かに消えた。黒のストッキングを履いたうちの足は何かの柱みたいに聳え立っていて、他のビルよりも太い。ふと自分の体格を思い知らされる。豊満って言うのは良い。しかし付加されて付いてくる肉は仕方ないことだと分かっていても、微妙に乙女心がこう……うずる。


「貴女の靴から推測するに、足は大体五百メートルくらいですね。身長はどれくらいですか？　貴女中々お高いですから」
「ああ、うちは百八十七やな。この間の身体検査ではそう言われたわ」
「なら……三千七百四十メートル程が現在の貴方の身長ですね。ビル達は大小の差は有りますが大体二十センチ程度に作られています。如何です？　その場所はとても脆くて今にも簡単に壊せそうでしょう？　さあ、その足を上げ、傍にあるビルを幾つか踏んで御覧なさい。それだけで心の中では何かが消えていくことでしょうから」


　心の中の何かが消えていくでしょう。
　そう言って笑ったおっさんの笑顔はこの室内では不気味に映りこむ。何を言うんやろうな、って最初は思った。言われた通り足をゆっくりと持ち上げて、そのまま目の前にあった適当なビルの上に下ろす。ぱきっと、小さな音が聞こえてその後には崩れてしまったビルの破片が、足の下に無残にも転がっている。感触は何て言うんだろう、クッキーが詰った包装紙か何かを踏んだ感じ。ぐりぐりっと土踏まずに体重を乗せるようにして踏んでいけば、更に細かく崩れていくのが分かる。


　子供の頃、他愛のないことをした。
　こうやって足の下にある残骸を眺めていると其れが思い出されて、不思議な気持ちになった。嫌いなお菓子を貰った。でもそれは貰ったものだから手の中に収めておくしかない。だったら壊せば良い。壊してなくしてしまえと、そんな心地。ざりざりと、細かな粒子が皮膚から伝わる。それは例えて言うならば砂の上でも歩いているみたいだった。


「……ぁ、ははッ！！　何や、簡単に壊れてしまうんやな……ぁ」


　うちは思わず笑ってしもうた。
　このジオラマの中では自分は巨大生物。誰かが己を止めるような行動をしても、簡単に捻り潰せそうなイメージが其処には存在していた。もう一度足を上げ、今度は蹴り上げた。サッカー選手みたいに足を振り上げて、そのまま適当なビルを幾つか足先で飛ばす。まるで映画を見ている感じがする。ニュースでもええ。大災害の特番でも何でも構わへん。ただ、中心にいるのは自分やった。うちが、この世界を壊しているのだ。


「よ……ッ！」


　何かを蹴り飛ばして。
　見れば世界を超えてしまった残骸もあった。地面に足を置いて、そのままざざーっと滑らせる。すると地面から剥ぎ取られるみたいに、住宅が転がっていく。


　もしも。
　もしもこの世界に人が存在しているんやったら、どれくらいの死亡者がいるんやろうか。数人なんて小さなことは有り得ない。数十万？　数百万人？　蟻みたいな人類が其処にいるのを想像する、妄想する。脳内で模造する。そうすると、うちは蟻の巣を壊しているんやろうか。
　いいや、違う。この街に住んでいるのはうちと全く同じ、『人間』や。


「あっはっは……ッ！！　何や、すぅっごく楽しゅうなってきたわぁ」


　普段出来ない行動はとてもスカっと心を和ませる。
　スポーツを懸命にやった後の爽快感にも似ているのか、うちは無性にそこにあるものを壊したくなっとった。声を上げて笑っていると、其れを見ているおっさんがくすくす笑う。目を細めて、口元に手を当てて笑うのはやっぱり不気味やで。でもそんなことも気にならなくなるくらい、うちは暴れてた。


　イメージを。
　重ねれば。
　人が死んでいる。


　ビルを飛ばす。
　剥がれた欠片が同時に跳ね飛んでいくのを見て、それを『誰か』に見立てる。駅も高速道路も、何もかも潰す。毎日通っている学校みたいな建物を壊す瞬間は何故か、にぃっと唇が持ち上がる。枠に詰め込められている生徒と言う名前の人間達を想像して、思いっきり蹴飛ばすとそれもまた残骸に巻き込まれた。


「あー……これが本当の街やったらどんなにええねんやろうなーッ！」


　無意識に零れた言葉は、意味のないただの感情。
　興奮しきった頬は火照っていて、手を触れればとても熱かった。汗が僅かに滲み出てきたから袖で吹き上げる。ぽたり、それが落ちただけで小さな池が出来そう。


　その時のうちは心を消されていくのを感じていた。
　誰にでもあると思う、破壊欲を掻きたてられていたのかもしれへんかった。高揚感だけが自身を征服していて、壊すこと以外は何にも考えられへん。ただ、足を上げる、手を振り回す。其処に存在していると仮定している人間を殺していく。


　うちはその時、どんな顔をしてたんやろうか。
　ほんの少しだけ想像して、結局ソレも腕を振り上げた一瞬で消えた。





…Fin





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　今日は、初めまして松山華蓮様。
　今回は発注真に有難う御座いましたっ。早速うきうきと製作に取り掛からせて頂きました。大阪は地元なのですが、自身は殆ど使っていないので何処かミスがないことを祈ります；　前後編の前編と言う事なので、破壊をどう表現して次回に持ち越すかがポイントでしたが、以上の通りで。
　詰らないといわれないように必死に製作させて頂いたので、少しでも気に入って頂けたらと思います。

　では今回はこの辺で。
　発注、本当に有難う御座いましたっ。

PCシチュエーションノベル（シングル）

蒼木裕

東京怪談

2004年10月12日