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『恋が好奇心 』
楓・兵衛3940

【意中のカレと同じシュミで盛り上がろう!これからは見た目だけのオンナより話の合うオンナ♪これでライバル達に差をつけ一歩リードだゾv】

 そんな雑誌の特集記事を読んだ訳ではない。だが、いつの間にやら兵衛は、串焼き屋台の主となっていた。
 と言うかそれ以前に、屋台経営が、かの想い人の趣味であるのか。
 大体、兵衛とかの人の間に、ライバルなるものが存在するのか。
 相も変わらず、それは真実味の薄っぺらい女性雑誌の記事なんじゃないのか。
 とか、ツッコミどころはいつものように満載であるが、そんな事は今の兵衛には関係ない。
 元締めに、利益の五十パーセント(五パーセントの間違いではない)をピンはねされたとしても、そんな事もどうでもいい。
 とにかく、今の兵衛にとって、与えられた課題を最大限の努力でもってこなす事、それが唯一無二の課題であり、それが引いては、かの人と己とを結ぶ線になるのだと信じてやまなかった…かどうかは定かでは無いが。


 「兵衛クン、また来ちゃった♪」
 「…いらっしゃいませ……でござる」
 訥々と兵衛がそう言うと、暖簾を潜り掛けのOL達が、カワイイッと黄色い声を上げた。
 「相変わらず、クールなんだからッ、兵衛クンったら♪」
 「でもそう言うところがカワイイのよねぇ」
 「…か、可愛いと言うのは男に対しての褒め言葉ではないでござる……」
 華やかな大人の女性に囲まれ、どもりつつも兵衛がそう抗議する。が、一回り以上も年上の、しかも女性に敵う訳もなく、またカワイイッと叫ばれただけだった。
 「ダメねぇ、兵衛クンったら。イマドキは、カワイイ男がモテる時代なのよ?」
 「そ、それは本当でござるか」
 黙々と串を回転させていた兵衛が、不意に色めきたってそう尋ね返す。勿論、兵衛のプライドとして、表面的にはさり気なさを装っていたが。そんな事には気付く事無く、OLのひとりがこくりと頷く。
 「そうよ、強い男もイイけれど、それだけってのはつまんないわねぇ。やっぱり、強くて且つ時々ほろりと可愛いところなんかを見せられると、女は弱いわねぇ」
 「そうそう、意外性って大事よね。普段はそんな姿を見せないのに私の前では…ってのも捨て難いわね」
 「な、なるほど…参考になるでござる」
 あんまり彼女等の言う事を真に受けない方がいいと思うのだが、そんな忠告が兵衛に届く訳もなく。頷き、今焼き上がったばかりの牛ハツの串を、彼女達に一本ずつ振舞った。
 「えー、アタシ、ハツ嫌い〜。他のがいいわ〜」
 この辺りの我侭が如何にもだが。が、兵衛はそれに応ずる事はなく、首を左右に振ってハツを食べるようにOLに勧めた。
 「貴殿は、爪の色が余り良くないでござる。それは貧血気味な証拠。女性にとって貧血は良くないでござろう?だからこそ、こう言うものを食して自衛せねばならぬのでござるよ」
 そう兵衛が言うと、OL達は暫し言葉を失って屋台の主を見遣る。その直後、いやーんッ等と言う黄色い悲鳴が沸き上がった。
 「いやんっ、兵衛クンったら優しいー!カッコイイー!」
 「それでこそ男の中の男よね!ンもうオネエサン感激しちゃった!今焼いてる串、全部買ってあげるッ!」
 「……か、かたじけないでござる…」
 香水の匂いに揉みくちゃにされながらも、その日仕込んだ分は全て完売できた兵衛であった。

 等と言う展開ばかりではないが、兵衛の串焼き屋台はなかなかの評判を得ていたのだ。前述のOL達のように、物珍しさと一風変わった兵衛のキャラクターがあれば、例え兵衛に愛想がなくても、或いは串焼きの味がイマイチであったとしても、やってくる客と言うのもいた。が、確かに兵衛には愛想はなかったが、それは決して客を粗雑に扱っている訳ではない。無表情の中にも、兵衛の真面目さとひたむきさが見え隠れする接客は、自然と人を引き寄せるものである。またそれに加え、串焼き自身も、細やかな良い仕事がしてあり、なかなかの味であった為、新し物好きのOL達だけでなく、串焼きを心から愛するイナセな客も惹き付け、そこそこ常連がつく屋台へと成長していたのである。


 そんなある日。今日も今日とて、兵衛は忙しく働いていた。赤く燃え盛る炭と格闘していると、誰かが暖簾を潜る気配がする。兵衛は、顔も上げずにいらっしゃいませでござる、とその、客であるだろう誰かを迎え入れたのだが。
 「顔も上げずに声だけで迎えるとは何事ぢゃ。わしはおんしを、そのような礼儀知らずな商売人に育て上げた覚えはない」
 「……は?」
 その厳しい言葉と聞き覚えのある声に兵衛が顔を上げると、そこには元締め…もとい、嬉璃が仁王立ちしていた。
 「あ、嬉璃殿でござったか。これは申し訳ない。少々立て込んでおったもので…」
 「それはおんしの都合ぢゃろう。そんなのは客には通用せんぞ」
 「…尤も。貴重な苦言、傷み入るでござる」
 兵衛は素直に認めて深々と頭を垂れる。それを見た嬉璃は、満足げに頷いた。
 「それでこそ、わしが見込んだ男ぢゃて」
 と言うか、いつ見込んでいつ育てたと言うのだ。そんなツッコミは素知らぬ顔で、嬉璃は兵衛の手元を覗き込む。パチパチと小気味良い音をさせながら弾ける炭を、目を細めて見た。
 「…ほほぅ、炭は最高級の備長炭か。使っておる食材も、どれもぱっとはせんが良い物を使っておるようぢゃの」
 「いろいろと試してみたでござるが、やはり良いものは良いと言う事でござるな。材料は仕事次第である程度は如何様にも出来るが、炭だけは誤魔化しようがないのでござるよ」
 「確かに、串焼きの美味さは、材料は元より、赤く燃える炭に滴る脂の匂いと音にある。真に良い炭とは、串についた煤が美味いと思えるものぢゃ。おんし、よう鍛錬したの」
 感慨深げに頷く嬉璃に、兵衛も満更ではないようだ。
 「そう言って頂けると拙者、まだまだ修行の身とは言え、鍛錬した甲斐があったと言うものでござるよ。良いものは高価である為、完全な薄利ではあるが、客人に喜んで貰えれば拙者はそれで…」
 「甘い!」
 びしぃっと嬉璃が兵衛に立てた人差し指を突き付けた。兵衛は、そこからまるで感電したかのよう、びくっと身を竦ませる。
 「甘い、甘いぞ、おんし!それでは商売人としては半人前ぢゃ!客への満足度を優先する事は当然ぢゃが、そこで満足してしまってどうする!客は腹を満たす、己は懐を満たす、これがデキる商売人と言うものぢゃ!」
 どーんと稲光を背中に背負って、嬉璃が力説する。兵衛がいつから商売人を目指し出したんだ、と言うツッコミはさておき、兵衛の脳裏にも、同じ稲光がビビビッと走った。
 「嬉璃殿の申すとおりでござる!拙者、まだまだ未熟な事を痛感したでござる…嬉璃殿、これからもご助言、よろしくお願いするでござる」
 「ホホ、まぁ気が向いたらしてやらんでもないぞ。おんしは精々、今の技を磨くが良い。…さて、ここまで来て手ぶらで帰ると言うのもつまらんの。おんし、何か適当に見繕って焼いてはくれぬか」
 「承知致したでござる」
 頷き、兵衛は材料の入ったタッパーから、何本かの串を厳選し、焼き台に乗せる。それを確認してから嬉璃は、勝手に屋台の裏に廻って酒を物色し始めた。
 ジュジュ、と肉の脂が落ち始め、それが炭の上で弾けて良い匂いを周囲に漂わせた。兵衛は額に汗しながら、串をこまめに回して焼き具合を均一にする。ふぅ、と息をひとつ吐いて、兵衛が空を仰いだ時である。
 『……ん?』
 兵衛の目が瞬く。空を仰いだとは言え、屋根のある屋台であるから、当然兵衛の視界には屋根の裏側が映っていたのだが、そこに見慣れないもの…と言うか、そこには普通在り得ないものを発見したのだ。
 『…これは…ボタン…でござるな……』
 そこにあったのは、五百円玉大の赤いボタン。だが、何故こんな所にこんなボタンがあるのかは想像も付かない。大体、何の為のボタンだと言うのだろう。
 『…この世には、まだまだ拙者の知らぬ事が多いと言う事なのでござろう…己の小ささを思い知る瞬間でござるな』
 そう思って溜息を零す兵衛。だが、そこで己を振り返る事と、目の前のボタンが気になる事は別問題だった。
 見なかった振りをして、再び焼きに勤しむ兵衛であったが、視界から消えても、例のボタンは鮮明に己の脳裏に焼きついている。今の状態だと、頭の天辺にボタンの視線(ボタンに目があれば、だが)が突き刺さっているような気がして、どうにも気が散って仕方がない。人間、見ないようにと思えば思うほど、そっちが気になるのが人情と言うものだ。そして、ボタンがあればそれを押してみたくなるのもまた人情であって……。
 『何を考えておるのじゃ、拙者は!まだまだ修行中の身、他事に気を取られている場合ではない!』
 だが、ボタンを押す事と修行云々は関係ないし。
 『か、かような弱き心では、美味い串焼きは焼けぬではないか』
 いや、串焼きの才能とも関係ないし。
 『第一、この屋台は嬉璃殿から預かったもの、勝手に触っては…』
 「………」
 そっと振り返ると、当の嬉璃は、兵衛に背を向けたままで手酌で酒を一杯やっている。こちらの気配に気付く様子は微塵もない。
 何って、ボタンを押すだけじゃん。見つからなければ何の問題もないって。
 『…拙者、このままでは気が散って満足な串は焼けぬ…これは、美味い串を焼く為でござる、決して拙者の好奇心のみを満足させる為ではないでござる』
 人とは、物事を為そうとする時、最初の一歩を踏み出す為の何かを欲するものである。
 有り体に言えば、都合のいい言い訳が欲しいのだが。
 ともかく、兵衛はそう自分に言い聞かせて自分で自分の背中を押す。手を伸ばし、屋根の裏側にある赤いボタンを人差し指で押した。

   ポチッとな。

 「………」
 何も起こらない。なーんだ、と兵衛が安堵の息を吐いたその時である。
 ゴゴゴゴゴ……どこからか地響きが聞こえてくる。最初は分からなかったが、どうやら己の足元から聞こえてくるようだ。兵衛は思わず斬甲剣を手に取り、構える。どこから何がやってくるか、皆目見当がつかなかったが、とにかく万全に備えて気を張り巡らせた。鋭い視線が、油断なく周囲へと配られる。
 が。
 さすがの兵衛も、その元凶が己の目の前にあるとは思いも寄らなかった。突然、串焼き屋台がびよんと跳ねたかと思うと、ガシン!ガシン!と変形を始める。瞬く間にそれは、どこかで見た事のあるようなロボットの形になった。
 「………」
 思わずあんぐりと口を開けてそれを見上げる兵衛。元々あった質量よりも遥かに巨大になったそれには、等価交換と言う原則は存在しないらしい。元は屋根であった部分に、赤い目が二つ光る。それはぐるりと廻って兵衛にピタリと照準を定めた。キラリ、より一層赤く光ったそこから、何の前触れもなくビームが兵衛に向かって放たれた。
 ちゅどーん!
 モロにビームを食らった兵衛は、見るも無残な黒焦げになる。プスプスと残り火がまだ燃えている状態に関わらず、屋台ロボは再度兵衛に照準を合わせた。
 「うぎゃああぁぁぁ!!」
 動揺し切った兵衛が、悲鳴を上げて凄い勢いで逃げ出す。その後を、屋台ロボも追い掛け始めた。兵衛と屋台ロボの姿が通りから消えてしまっても、二人の追い掛けごっこは延々続いたらしい。何故なら、ちゅどーんちゅどーんと言う爆発音が、次第に遠ざかりながらも、途切れる事はなかったからである。


 そうして、屋台が消えたその場所では。嬉璃が相変わらずしゃがみ込んだまま動かない。気絶でもしているのかと思いきや、やがてゆっくりと振り向いたその顔は、ニヤリと満足げな笑みを浮かべていた。
 「…油断は禁物と言う言葉があるぢゃろ。程好い緊張があってこそ、技は極まると言うものぢゃて」
 ククク…と肩を揺らして笑う嬉璃が立ち上がる。その手には、なにやらラジコンのようなコントローラーらしきものが握られていた。
 「…さて、無事に帰ってこれるかの…楽しみぢゃて」
 夕暮れの住宅街、ククク…と言う嬉璃の笑い声が、いつまでも夕日に響き渡っていた。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!ライターの碧川桜です。
 これはオチたのか?オチているのか!?と凄く不安なんですが…ま、まぁこう言うのもアリだと寛容な心で見て頂ければ幸いかと(汗)
 ではでは!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月06日

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