『【 迷イ子ノ迷イナキ心 】 』

ローナ・カーツウェル（1936）＆今川・恵那（1343）

　どこに行っても、「都会」やら「都市」と呼ばれる土地はコンクリートで固められていて、右を見ても、左を見ても面白くない。
　コンクリートの森の中で、本来ならば森を形成するはずの植物たちが、不自然に植えられている。
　そんな姿は、アメリカも日本も変わりない。だから、不思議と「未開の地」にきた感覚はなかった。
　けれど違和感は感じる。匂いが何となく違うのだ。それと同時に、わくわくする心。
　早くこの、「日本」という地に慣れ親しみ、日本の匂いを心地よいものと感じたい。

　そんなときは、自分の足で進んでみるのが一番だ。

　アメリカよりもぜんぜん治安がよく、一人で行動しても危険なんて一つもないと聞かされたことがある。
　だったら――いざ進め！
　ローナは地図も持たず、愛車であるマウンテンバイクにまたがり、道も知らぬ近所へと飛び出した。

　◇　　◇　　◇

　実際に外に出て、体感してみるとよくわかる日本の道。
　アメリカよりもとにかく狭い。
　マウンテンバイクに乗って走っていると、対向から歩いてくる人とすれ違うときに苦労する。だからといって下りるのは嫌だから、スピードを落とし、ぶつからないように注意して走っている。
「difficultなところだなぁ」
　常にどこかで、他人に対して気を使いながら行動しなければならない。なんて日本人らしさをよく表わしている特徴だろうか。
　きっと日本人がアメリカに行ったら、逆のことを思うのだろう。
　道もわかりにくい。細かく張り巡らされた、不規則な曲がり道と小路。来た道を戻ることさえ困難かもしれない。
　なんて思ったとき。
「ん？　where？」
　一度マウンテンバイクからおりて、きょろきょろと辺りを見渡してみる。
　おかしい。
　今まで走ってきた方向をみるが、その先に見える十字路でどちらからきたのかを思い出せない。
　ためしにその十字路まで戻ってみるが、初めて見た場所のようだ。
「ミーはwhichからきたかな？」
　見たこともない建物。見慣れない文字で書かれた看板。立ち並ぶ知らない店。
　目印として覚えていられるものなんて、よく考えればこの場で一つもない。
「完全に……get lost……」
　迷子になるのも、必然と言えたのだろう。それを未然に防ぐ作として、地図を持って出かけるという手があったのだが、あいにくそんな作は取らずに飛び出してしまった。
　まあ、迷ってしまったものは仕方がない。
　ローナは再びマウンテンバイクにまたがると、誰でもよいので、道を聞くために人を探した。
　何分も走らないうちに、数人の女性を見つける。多分主婦だろう。ビニールの袋を腕に下げて、エプロン姿で話し込んでいるようだ。
　聞いてみよう。
　ローナは近づき、話しかけることにした。
「Hi！　ミーは一つ、questionしたいことがあります」
　英語と日本語が混ざった、なんとも言えない不思議な言葉で話しかけられて、昨日のドラマの話だろうか、今晩のおかずのはなしだろうかを中断した主婦たちが、一気にローナに注目をする。
「My homeへ帰ろうとしているところだけれど、get lostしてしまって、come backできなくなってしまったんです」
　なんとなく、わかりやすい単語が並んでいたため、一人の主婦が「道に迷って帰れなくなっちゃったの？」と聞き返してくれる。
「Yes！」
「おうちはどこ？」
「condominiumです」
「え？　どこ？」
「houseがいっぱいあるところの、condominiumです」
　主婦たちはそろって首をかしげた。
「ごめんね、ちょっとわからないわ……交番も、少し遠くになってしまうし……」
「オー、Don't worryです」
　ローナは心配そうに自分を見つめるいくつもの瞳に、幼い子どもらしい笑顔を見せて安心させようとする。
　どうやら、この主婦たちは家を知らないようだ。そう判断をしたローナは一つ「Thank you」と残すと、マウンテンバイクにまたがって駆け出した。
　もう少し進んでみれば、また違う人に会える。知っているかもしれないし、誰かに会う前に自分で自宅を見つけることもできるだろう。
　もともとこの辺りを見るためにきたのだから、むしろ迷ったほうがたくさんのものが見える。

　◇　　◇　　◇

　あれからしばらくして。
　人にあったら掴まえて道を聞くということを繰り返すが、なかなか自宅までの道を知っている人がいない。というか、ローナの言っていることを理解できる人が出てこない。
「Nextに会う人こそ」
　でも、だんだん楽しくなってきた。
　そんな矢先のこと。
　背中に赤いランドセルを背負った少女が目の前を通った。彼女が「次に」会った人だ。掴まえて道を聞き出そう。
「Hi！　ユー！」
　少々離れてしまったため、大きく声を上げて引き止める。いかにも日本人らしい黒髪の少女は、一瞬身を強張らせたものの、振り返ってくれた。
「わ、私……ですか？」
「Yes。道をaskさせてください」
「え？　え？」
　聞きなれない言葉が出てきて、戸惑う少女。
「ミーはローナと言います。ユーは？」
　不信感を与えてはいけないと、ローナは名乗り、驚かせないように笑顔で声をかける。
「私は今川恵那です」
「イ・マ・ガ・ワ……エナ。difficultだけど、nice！」
　一つひとつ、かみ締めるように教えてもらった名前を繰り返すローナ。日本の名前は難しいと聞いていたが、本当に難しい。けれど、素敵な響きだと感じた。
「え、っと……ローナさん、どうか、したんですか？」
「Yes。ミーは今、get lostしてしまって、come backできなくなってしまったところで……」
　そこまで口にしてローナだったが、恵那の表情が目に入って思わず途中で口をつぐんだ。
「エナ？」
「ゲットロスト、と、カムバック……ってなんですか？」
「Oh、つまりは、迷子ってことだよ」
「ま、迷子ですか！」
　それは大変。
　慌てて「おうちはどちらですか？」とか、「ご両親は……」と質問をしてくる恵那。
「そんなにflurriedしないで。all right」
　そんな恵那とは反対に、迷っていると言うのにまったく心配のかけらも抱えていない様子のローナ。
「どうしましょう……とりあえず、この辺りを探してみましょう」
　恵那はローナのことを放っておくことができずに、彼女の家を探しながら辺りを歩いてみることにした。
　けれど、ローナ自身が目標物も覚えていなければ、家の住所も覚えてきていないため、家を見つけることはできない。
　どんどん深みにはまって、家がわからなくなっていくローナだが、「all right！　大丈夫」と、マウンテンバイクを押す姿に同様はない。
「せめて……おうちの周りがどんな風景だったかわかれば……」
「houseばかりでした」
　何の変哲もない住宅街の中にある一つのマンションだ。特徴など一つもない。
　ここらは広い住宅街だし、マンションもいっぱいある。とてもじゃないが、恵那にローナの家を見つけ出すことはできなかった。
　一つの方法を除いては。
「……あの、ローナさん」
「what？」
「私……実は」
　言い出すのは勇気のいることだった。自分が持っている「特殊な力」は、他人からみるととても気味の悪いものだろうから、ローナも例に漏れず、恵那のことを変だと思ってしまうのではないだろうか。
　けれど、迷子のローナを放っておくことはできないし、家を探し出してあげることもできない。
　家を見つける方法があるのに、それをずっと黙っていることもできない。
　だから、素直に力のことを話して、これを使って家を探し出そうと言い出さなければ。
「エナ？」
　戸惑うように口を閉じてしまった恵那を案じて、ローナが顔を覗き込んでくる。
「私、人の心が読めるんです。なので、ローナさんの心の中にある今まで歩いてきた「道」をたどれば、ローナさんの家を見つけることができます」
「Oh！　それはwonderful！」
　心配そうにしていた表情をぱっと明るくして、ローナが笑顔を見せる。
　不思議がることもなく、ましてや気持ち悪く思うことなんてかけらもなく。
　逆に、そんなローナに目を点にしてしまう恵那。
「……あ、の。気持ち悪くないん……ですか？」
「Why？　とってもnice。エナがmistakeな使い方をしなければ、wonderfulな力だよ！」
　何を言われているのかは半分もわからないけれど、悪いようには言っていない。
　ローナは自分の力を、「すごい」と褒めてくれているのだ。
　こんなことは初めてだ。対外変な顔をされる。でも、ローナは最初から受け入れてくれた。
「それじゃ、心を読みますね」
「Yes！　お願い！」
　いつもどこかで、この力を使うときは引け目を感じていたけれど、今日は違う。
　気持ち悪いとも、変だとも思わなくて受け入れてくれたローナのために使うのだから、役に立ててむしろ嬉しい。
「どう？　understand？」
「わかりました！　こっちです」
　見えた場所は案外近かった。ここならすぐにローナを家まで案内することができる。
　家に帰ってしまって、別れるのは少し寂しいけれど。
「ローナさん、また、お会いしたときは……友達でいてくれますか……？」
「of course！　日本での、初めてのfriendです！」

　迷い子なのに、迷いなき心を――瞳を――持つ少女の役に立てたのだから、それだけで胸がいっぱいになる。

　◇　　◇　　◇

「今日は転入生がいるぞー」
　担任の先生がそう言って、ドアの向こうで出番を今か、今かと待っていた彼女は、手招きして呼ばれた。
「はい。それじゃ、紹介……」
　しようと思ったところだったが、自ら大きく声を上げたため、担任の先生の声はかき消されてしまう。
「Hi！　今日からこのclassに仲間入りする、ローナ・カーツウェルといいます。peacefullyしてください！」
　ローナはいつもの調子で、日本語と英語の混ざった、よくわからない言葉を使い、自己紹介をした。
　クラス内を見渡すと、そんな彼女に圧倒されて、ぽかーんと口をあけているものが大半だ。
　その中で――
「Oh！　エナっ！」
　知っている顔を見つけて、思わず名を呼ぶローナ。
　みなが呼ばれた少女に注目をしたため、びくっと身を強張らせてしまったが、恥ずかしそうに口元で小さく笑って見せると。
「……お久しぶりです。ローナさん」
　控えめに手を振ってローナに応えたのだった。

　思わぬ――でも、嬉しい――再会に、二人は花のような笑みを浮かべた。


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　ライターより。

　はじめまして。この度は発注ありがとうございました！
　ライターの山崎あすなと申します。
　日本語と英語が混ざっているということで、ローナさんの台詞には少々苦労しました。
　でも、こういうキャラクターを描かせていただくのは初めてだったので、とても勉強になりました。
　内容は、後半、少々恵那さんの心理描写に偏ってしまい、ローナさんの豪快さが物足りなく感じられるかもしれません。
　ローナさんと恵那さんの関係は、こんな感じかなと思ったらつい、心理描写に力を入れてしまいました（汗）
　楽しんでいただければ、光栄です。
　それでは失礼します。
　また、お会いできることを、心より願っております。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山崎あすな　拝

PCシチュエーションノベル（ツイン）

山崎あすな

東京怪談

2004年10月06日