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『かつかつ 』
楽師・鳳明3812

 神は何の為に存在する?
 
 神は神が創り出したものではない。人々が求めるから生まれた存在だ。神が自ら、己が神だと名乗ったからと言って、その存在が安易に全て受け入れられる訳ではない。基盤として、人々が神を求める環境にいなければ、どんな能力、どんなカリスマ性を持とうとも、崇め奉られる存在になれはしないのだ。

 だからと言って、神に祀り上げられた者全てに、その資質があるとは限らないが。


 神格に属する者がいて、神を求める民衆がいて、そしてそれらを認め、状況を鑑み、適切な神を地に降ろす大帝がいて、それでこの世に神と言う存在が初めて出来上がるのだ。
 その水神も、初めはそんな神の一人だった。
 水を司るその龍は、清く美しい大河がその敷地内の半分程を占める、大陸某省の護り神であった。春になれば青々とした水田が広がり、秋には黄金色の稲穂が頭を垂れ、収穫の時を待つ。農作物が豊かで、それ故にか、鳥類や動物達の数も多く、収穫期には人間と攻防戦を繰り広げていたが、それはまだ平和な戦争だった。人々は作物を食い荒らす獣を退けつつも、余った食物を彼らの為に分けて置いておく、そんな情に溢れた土地柄であったのだ。
 そんな穏やかな日々が長く続けば、誰かがその平穏に飽きて、それをぶち壊そうとするのが歴史の自然な流れだ。それは隣国の侵略であったり、内部抗争であったり、貧富の差による暴動であったりと、その原因は様々だが、この省が乱れたその理由が、実は、この地を護るべき水神の気紛れであった事を知る者はいない。
 神が自らの判断に置いて、己が治める土地を滅ぼす事がある。だがそれは、例えば、民衆の心が乱れ治安が乱れるようなことがあり、それを憂いて神が鉄槌を下したと言うのなら、それは神が、その地を愛していたからだが。
 (別に私は人間を嫌っている訳ではない)
 【嫌】の感情は【好】の裏返しであるが、どちらも対象物に向け、強い感情を抱くと言う点に置いては同一である。ただ単に、その感情がマイナスであるかプラスであるかと言うだけの違いである。
 そう言う意味において、水神は、己が護るべき土地に住む人々を嫌ってはいなかったが好いてもおらず、簡単に言えば興味がなかったのであった。己の地が繁栄しようが衰退しようが、水神にとってはどちらでも良かった。神としてこの地に降りた頃は、まだ若々しい気概に満ちていた。かもしれない。余りに昔の事過ぎて、実は水神本人も覚えていないのだ。
 (ただ私は退屈していただけだ)
 余りに長きの間、平穏な時を無為に貪っていたが為に。
 (神の中には平和に人間を馴れさせまいと定期的に適度な災いを起こすものもいるが)
 それですら、何度も何度も繰り返しているうち、いつかは単調な作業となってしまうのだ。
     その努力さえ怠ったおまえは既に神ではない!
 声が響いた。
 (何を言うか、大帝。神は神が創り出すものではないと言ったのはあなたではないか。であれば、私が神かどうかの判断を下すのも、神ではないと言う事になる)
     物事の裏返しが全て成立すると思ったら大間違いだ。
     確かに神は神が創るものでは無いが、
     神にあらざるものをいつまでも神籍に置いておく訳にはいかぬのだ。
 その言葉を合図に、水神に雷が落ちた。焦げた身体はその心のままに、闇よりも黒く深く暗く、全てを干上がらせる旱神となったのだった。


 それから幾星霜の年月、旱神は人々の生活を脅かす邪神としてまさに君臨した。
 「劫玄龍王?」
 「そうだ、そう呼ぶがいい」
 「自らを王と称するとは、噂に違わぬ剛毅な奴よの」
 天駆ける水軍の勇者は、そう言って笑う。だが、その手に繋がる縛の気迫は萎えるどころか、ますます強まるばかりで、その身を捕らえられた旱神は、身動ぎもしないで目の前の将を睨み降ろした。
 貶められた我が身を、そして天も地も全て呪い、目に映らんばかりの激しい憤怒を抱えた元・水神は、片っ端から雨を止め、池や川を干上がらせた。暫くは寛大な眼でそれを見過ごしていた大帝であったが、眼に余るその傍若無人に、ついにその重い腰を上げた。命を受けた天の水軍、中でも猛将と名高い武人が人の地に降り、旱神と相見えたのだった。
 「我が名は神儀の名簿より抹消された、であれば、己で己の名を授けるより他ないだろう」
 「元より御身には名などは最早必要ない。悪龍、ただそれだけの評だ」
 武人がそう言うと、旱神は捕縛されたまま高らかに笑う。
 「私は私のしたいようにする。何人たりとも干渉は受けん。劫玄龍王、この名の通り、私は永き時、他者の脅威となる。この雷に打たれて焦げた黒色の身さえ、恥などとは思わぬ」
 「愚かな。我に束縛されたその身で、何をほざくか」
 旱神の平然とした様子は、武人の神経を逆なでしたようだ。眉間に皺を寄せ、猛将は縛に気を込める。ギリギリと音を立ててその輪を狭くする目に見えない縄は、旱神の黒く照り返す鱗を締め付け、そのうちの何枚かを剥げ落ちさせた。地へと向かって落ちていくその黒い鱗は、山に突き刺さり、幾つかの大きな亀裂を作ったと言う。
 「愚かは…どちらだ……!」
 旱神が咆える。口から放つ灼熱の大気が、一瞬にして猛将を涸らしてしまう。武人の、その身に潜む力は全て龍の糧となり、その力は何者をも寄せ付けぬ強大なものとなった。
 「私を御せるものなら試してみるがいい!私を動かすもの、それは私の気と悦びを惹くもの、ただそれだけだ!」


 こつこつと靴音を響かせ、その部屋へと男が入ってきた。光源は机の上の蝋燭だけ、文字さえ満足に書けぬ様な暗い室内で、その男の銀色の目だけが浮いて見えるようだった。
 「…品は?」
 「これだ」
 銀の眼の男が懐から何かを取り出す。紫の絹布を手の上で開くと、そこには虹色に輝く拳大の宝玉があった。
 「…ほう、これは…さすが楽師殿、相変わらずいい品揃えだ」
 「今更だ。確かめずとも私の品は良いものに決まっている。目で見ないと信用できないような愚か者と取引するつもりもないんでね」
 楽師と呼ばれた銀眼の男が、そんな傍若無人な事を言っても、相手の男は既に慣れているのか、ただ笑って肩を揺らすだけだった。
 「…で?」
 「ああ、勿論、既に用意してある。かの地の龍脈、それを含む利権の全て、楽師殿にお譲りしよう。なに、何も知らぬ者から見れば、あそこは箸にも棒にも掛からぬような荒れた土地、如何様にしようと誰も何も言わぬ」
 「例え何か言われようとも、私が何故それに従わなければならない。私を動かすもの、それは私の気と悦びを惹くもの、ただそれだけだ」
 楽師はそう言ってただ口元で笑う。相手の男も笑みを浮かべ、楽師から宝玉を受け取ると、代わりに何かが書き付けてある丸めた布紙を手渡した。
 では、と後は振り返りもせず、楽師は部屋を出て行く。それに釣られて移動する大気が、蝋燭の炎を揺らめかせた。同時に、楽師の影も揺らめく。壁に映る背の高い男の陰影が、一瞬だけ、龍の姿になった。
 (別に私は人間を嫌っている訳ではない。ただ私は退屈しているだけだ)
 天の水軍との戦いの後、猫の額ほどすら、涸らす所を残さず根こそぎ干上がらせた。永き眠りの後、再び潤った大地を涸らす事にも飽きた。何度涸らそうとも、人間はしぶといまでの生命力で持って甦ってくる。もしかしたら、この世で何よりも強いのは人間かもしれない、旱神はそう思った。
 (では、その人の世に紛れよう。何をしようと絶えない人の世なら、私の興味もまた、枯渇する事はないだろう)
 時代が変わり人が変わり、統べる文化や宗教や哲学が変わっても、人の欲と醜さは変わらない。程度や中身を替える事はあっても、その根本にあるものは一貫している。それが何より愛らしいと思えた。
 「…さて、それでは日本に帰るとするか。今は、あの国が一番面白い」
 国土もちっぽけだが人の欲もちっぽけで、その分、欲の種類も数も多い国。その数だけ、恐らく楽師の興味は尽きぬ事だろう。暫くはここで楽しませて貰うか、と楽師は笑った。


おわり。


☆ライターより
 シチュノベ強化月間の恐らく最後の受注になるだろう今回のノベルは、碧川としては相変わらずのギリギリの納品となってしまいました…すみません(涙)
 と言う訳ではじめまして、ライターの碧川桜です。この度はシチュノベのご依頼、誠にありがとうございました!
 相変わらずタイトルでもぐるぐる悩んでしまったのですが(笑)、今回は『活活』と『渇』とを掛けていたりします。…と説明しなければならないのって、案外私の文章中では想像出来ない→力量不足?…なのではないかと、ちょっと思ったりも(遠)
 タイトルはともあれ、ノベルは少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ、今回はこの辺で…。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月04日

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