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『赤龍を斬る 』
紅・蘇蘭0908



 男性と女性とでは、肉体はもちろん、精神的な違いも大いにして在る。
 人が神仙に至る道……仙道における修練課程においても、その違いは大いに影響している。
 男性は、陽気を外に、陰気を内に秘める存在であると考えられているのに対し、女性は、陰気を外に、陽気を外に秘めているとされている。だから、男よりも"外"に気を使う生き物なのであろうか……それは他の文献に問題を譲る。
 女子は、生命の種たる"丹"を、そもそも胎内に備えており、しかもその性質は、純粋にして柔軟である。
 そのために、仙道を修めることに関して、女性は男性よりも適性を備えているとも言える。
 一方で、神格化したその仙気が、素外界の魔瘴に触れた結果、それが疝気と変貌してしまう可能性も備え持っている。
 疝気といっても、現代におけるそのままの意味ではない。
 自ずから宿している、仙気の源たる"丹"が、狂気を患ってしまった状態のことである。
 ……女子が仙道を修めるということに、そのような諸刃が潜んでいることを、本人はもちろんのこと、周囲も理解せねばならない。

  ◆ ◆ ◆

 その者、紅蘇蘭と名乗り、神仙としての名を、紅瞳公主と称す。
 かつて下界に降りたった際、愚者俗人たちの所業に触れた結果、疝気を患い人食いと化した神仙の一人である。
 その頃の記憶は殆ど残っていない。ましてや、それ以前が何者であったのか……意志持つ生き物であったのか、物であったのか。そのような記憶もすでに備えてはおらぬという。
 女子の仙道とは、精気を伴う男子のそれと違い、血の力を以って行うものである。
 精を補い、仙気へと昇華させるのではなく、血を補い昇華させる。
 疝気を患った紅瞳公主が、その力を奮うための血の摂取を、人のそれに求めたのは、ある意味当然の帰結でもあった。
 だが、それは、仙道の真の姿ではない。
 仙気とはすべからく、己の内に生じたものを、己の内にて育てていくものである。
 互いに精を換気、還元する房中の儀もあるにはあるが、それは交換ではあり、摂取ではない。
 外側からの還元、ましてや人の血肉などを喰らうは邪法のそれに位置するものである。
 この疝気とはとても厄介なもので、分かっていてもそのうずきを止められぬ。
 一体、どれだけの神仙が、この疝気を患った挙句に外道へと堕ち、自らがどのような存在であるかすらも分からなくなり、最後には心ある者に滅殺される途を辿ったか。
 ……紅瞳公主は、幸せだったのかもしれない。
 存在を認め、所業を諌め、孤独を理解した者がいた。異国の鬼神であったという。
 彼の勧めもあって、彼女は己を御する法を為すことを決意したものと伝えられている。

  ◆ ◆ ◆

 斬赤龍。
 それは決して、特殊な修練の法では無い。
 むしろ、女子が仙道を修めるに当たっては、基本中の基本とも言える、準備段階に位置するとも言える法だ。
 ……だが、この法は、疝気を患い、人の血肉に慣れた神仙にとっては地獄そのものである。

 女子は精では無く、血を以って仙気を養う。肉体を鍛え、それから血を仙気に変える。己の肉から血を絞り出すのである。
 だから、女性を表す部分――特に血の通った部分から、血気は見る見る内に途絶えていく。
 ……飢えと渇き。
 日に日に衰えていく肉体と力。
 呼び起こされる"恐"怖は、神仙の力を維持出来ぬのではないかという"怯"えへと変わり、更なる"狂"乱の舞台へと神仙をいざなう。
 紅瞳公主も、例外ではなかった。
 豊潤な肉体と乳房は男子のもののように縮み、しぼんだ。月経も途絶えた。
 血が足りなかった。どれほどにまで、何者かの血肉を喰ろうてやろうかと思ったか!
 血反吐すらも、瞳に走る僅かな血すらも、己の仙気を保ち、練ることに使った。
 狂気のままに突き立てる虎爪の鋭さすらも、己の身を傷つけることにのみ費やした。もちろんその血も使ったことは、言うまでも無い。

  ◆ ◆ ◆

 久方ぶりの正気を保てる頃になって、彼女は気付く。
 己の肉体が、まるで処女の体のように、穢れなく美しく、柔軟で純粋なものに保たれ始めていることに……そこには、疝気の患いの欠片も存在しないと同時に、神仙の力も殆ど抜けきっている。
 これを、再度習得せねばならない。
 もう一度、赤龍を斬る……女性の気を血へと変換する法を行う。
 肉体からは凹凸が消え、周期の戻っていた月経も、程無くしてまた途絶える。
 だが、もうそこに苦しみは無い。
 紅瞳公主は神仙としても、肉体としても処女性を取り戻していた。
 必要な血の力は、穢れ無き"丹"が無尽蔵に生み出す……それを仙気に還元して行けばよいのだ。
 女子の仙道とは、形質を練り神仙へと至る。
 その形とは乳房であり、質とは経血である。
 質は形を表すものであり、絶対的な質から生み出される仙気があるのだから、形から血が抜かれることは無くなる――紅瞳公主が神仙としては、類稀なる肢体を持つのは、絶望の淵から取り戻した神仙としての処女性の賜物である。
 紅瞳公主の髪や瞳が血のような紅に染まっているのも、この斬りきれぬ赤龍の力に因るもの、という口伝まであるほどだ。

  ◆ ◆ ◆

 この紅瞳公主の話は、疝気を絞り出したと同じくらいの永い年月を経て、さらなる神仙の力を得るに至った、稀有にして興味深い一例である。
 さらに神仙として異質たるは、時折ではあるものの、血肉を喰らっているという話が飛びかっているということだ。
 これが本当だとすれば、外から血の力を得ながらにして、神仙としての純粋な意識と精神、修法を保っているということであり……紅瞳公主は新しいかたちの神仙とも言えるのではないだろうか。



           (『仙気略訣』斬赤龍・紅瞳公主の項より引用、抜粋)
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東京怪談
2004年10月04日

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