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『〜赫〜 』
橘・沙羅2489


 赤い瞳が、ずっとこちらを見つめていた。それは、何処までも赤くて、深くて、昏くて…何かが、ざわざわと音を立てて、それを求めていた。

* * *

『…ぁ…』
 夢を見た。また、あの夢だ。
 夢の中に出てくるのは、ただ一人。赤くて、白くて、昏い少女。どこか、人形めいた雰囲気の彼女は、夢の中に出てくるたびに沙羅に近づいてきた。
 少女の手が、沙羅に触れる。ただそれだけで、触れられた場所は熱を帯び、そのまま全身へと広がっていくような気がした…。そして、彼女はそのまま首へと口付けて…。



「…はぁ!」
 勢いよくベッドから跳ね上がる。カーテンの外が白くなっていて、それだけで朝だということが分かった。
「また…あの夢…」
 荒い息を落ち着かせようと、胸に手を置いて深呼吸をしてみる。新しい空気が美味しかった。それでもまだ気持ちは落ち着かないので、視線を動かすと時計が見えた。時間は6時半…まだ、学校へ行くまでは時間がある。
「…シャワー浴びよう」
 じっとりとかいた汗で、服がべったりと引っ付いて気持ちが悪かった。

「ふぅ…」
 シャワーを浴びて、髪をタオルで拭きながらベッドに座る。顔を上げると、そこには可愛い幼人形が一つ。何気なくその子を手にとってみた。
「……」
 この子を貰った人形店に、この子の名前を報告しに行った日、沙羅はあの人と出会った。
 夕方、世界が赤く染まる刻。その中にいても、彼女はなお紅く、昏かった。見た瞬間、息が止まりそうなほど見入ってしまった。
 彼女も、沙羅を見た瞬間に大きく目を見開いて、笑った。何故か、心がズキッと鳴った。
 あの日のことは、忘れようにも忘れられない。彼女の一挙手一投足が気になって、彼女の一言一言が心の奥底に、まるで深く刻まれていくようで。彼女の紅く深い瞳が、ずっと沙羅を見つめていた。
『それでね、沙羅はその子のこと…』
 普段から、沙羅はそう喋る方じゃないのに、あの日だけは何故かずっと喋り続けた。そして、彼女はずっと微笑みながらそれを聞いていた。
 あの時。喋っていないと、沙羅の何かが叫びそうな、壊れそうな、そんな感じがしたから。言い知れない不安と、胸の痛みが沙羅の中から湧き上がってきたから。まるで、沙羅の中に、沙羅の知らないもう一人の自分がいるような、そんな気がして…。
『また、私に会いにきて。約束』
 だから、あの時も言われるがままに約束して、それが怖くなってお店を逃げ出すように飛び出した。
 あの日以来、沙羅は夢を見る。彼女によく似た人が出てくる夢を。でも、そこにいるのは沙羅じゃなくて…。
「沙羅、学校遅れるわよー?」
「あ、は、はーい。あぁ、急がなくちゃ!」
 考え事をしているうちに、時間がかなり経ってしまっていた。時間ももうぎりぎり、幼人形を元に戻して、鞄を手に取り部屋を出た。
「はっはっはっはっ…」
 思いっきり走った。走らないと、またあのことを思い出してしまいそうだったから…。



* * *

「…沙羅、どうしたの?なんか顔色悪く見えるけど…」
「…え?」
 顔を上げると、仲のいい友達が心配そうに沙羅の顔を覗いていた。その前に言っていたことは、よく聞こえていなかった。
「聞いてなかったの?今日なんか変だよ沙羅」
「あ、ごめん…ちょっと朝から気分悪くて」
 でも軽くだからと、彼女が心配しないように言っておいた。沙羅に少しでも何かあると、すぐに大げさに心配しちゃうから。そこが好きなところなんだけど。
「無理は駄目だよ?やばかったらすぐにいいなよ?」
「うん、じゃあちょっと保健室行ってこようかな…」
 あまり彼女に心配させ続けるのも嫌だったので、早いうちに保健室で休むことにした。

 先生に言って、保健室のベッドで休ませてもらえることになった。どうもあの夢を見るようになってから寝不足も続いているので、ベッドに寝転ぶとすぐに意識は落ちていった…。



 雨が降っていた。少女が、その雨に濡れていた。真っ白な肌に張り付く黒髪が、ひどく淫靡に思えて、『私』は頬を赤らめた。
 彼女があまりにも寒そうだったから、私は学校の一室に彼女を案内した。そこで体を拭いてもらって、その間に着物なんかを乾かそうと思っていた。
 着物を脱いだ彼女は、同性である私が見てもハッとするほどに綺麗で、思わず目を逸らしてしまった。
 その着物を乾かそうと手を伸ばそうとしたとき、後ろから彼女に抱きつかれた。少女そのものの体は、なのにひどく大人びていて…。
『寒いの…暖めて…』

「はぁ…はぁ…また…夢…」
 起き上がると、真っ白な天井が目に入ってきた。それに少し安心する、沙羅はちゃんと保健室にいるって分かるから。
 怖かった、あの夢の続きを見るのが。さっきのは、確かに沙羅によく似た『誰か』。それが誰なのかはわからないけど…。
「このままじゃ…沙羅おかしくなっちゃいそう…」
 じっとりとかいた汗のせいで、肌に髪がはりついて気持ちが悪かった。保健室は、夢の中の一室にどこかよく似ていて、また不安になってしまった…。

 結局、今日はそのまま学校を早退させてもらうことになった。仲良しの友達が、とても心配そうにしていたけど、『大丈夫だから』って言っておいた。
 でも、実は帰りたくなかった。あの子の傍にいたかった。誰かの傍にいないと、沙羅じゃない誰かが『あの人』を求めそうで、ただ怖かった…。



* * *

「ご馳走様…」
「…やっぱり、まだ気分悪い?」
「うん、今日はもう休むね…」
 折角ママが作ってくれた料理も、今日は喉を通らなかった。あれからずっと気分が悪くて、何も食べたくなかった。そのまま箸をおいて、部屋へと戻った。
 部屋に戻った後、またあの夢を見そうで怖かったからしばらくそのまま起きていた。ベッドに寝転がったまま、静かな時間だけがすぎていく。
 でも、やっぱり疲れが溜まっているせいか、そのうちに眠くなってきてしまった。夢、それを見るのが怖かったから寝たくなかったけど、でも睡魔には抗うことが出来ず、沙羅の意識は闇に落ちていった。



『違う…』
 目の前の男性から、血が噴出した。『私』が、その首に短刀を振り下ろしたから。多分、男性は意味も分からず絶命したのだろう、その顔は驚愕で目を見開いたままだった。
 血が、私を赤く染めていく。ドロッと生暖かい感触が、妙に生々しかった。赫は、『彼女』の色…。
 私は、跨っていたその男性から短剣だけ抜いてから離れ、蝋燭を地面に倒した。蝋燭の火は、豪華な絨毯に瞬く間に広がり、すぐさま部屋中を包み込み、そして屋敷へと広がっていった。
 歩いていると、そのうちに怒声が聞こえてきた。私の目に、彼女を奪ったあの人の姿が入ってきた。自分の家を守ろうと必死で指示を飛ばしていた。なんだか、それがひどく滑稽で少し笑ってしまった。
『おお』
 その人が、私を見つけて駆け寄ってきた。何も着ていない私を見て、少し驚いてから何か言おうとした。その無防備なお腹に、さっきの短刀を突き刺した。
『ど…どうして…』
『どうして?私から彼女を奪っておいて……彼女を返して…』
 それが、私の父だった男の最期だった。

 屋敷中に火は回って、そのうち全てを焼き尽くすだろう。今いる私の部屋にも、すでに火が回ってきていた。
 彼女がいない世界になんて、何も意味はない。そんな世界は要らない。私はただ、彼女だけが欲しかった。でも、もう彼女には会えない。私が生きている意味なんて、何もない。
 だから、私は小さく窓ガラスに手を振って、手に持っていた短刀を自分の胸に突き刺した。
 痛みは一瞬だけだった。胸から、暖かいものが流れていく。あぁ、私の血だ…。
 暖かいそれは、確かに彼女と同じ色で。全てを失った私でも、それだけは彼女と一緒なんだって、少し嬉しかった。
 血は止まることなく流れていく。後は、炎に焼かれるのが先か、それとも血が流れきるのが先か…まぁ、そんなことはもうどうでもいいのだけど。
 でもその時、目を閉じようとした私は、確かにそこに彼女がいるのを見た。
『ぁ…』
 必死に手を伸ばす。血が流れすぎたせいか、上手い具合に手が動いてくれなかった。
『ぁぁ…』
 肌を焦がす炎も、何もかもが消えて、私の中にはもう彼女だけだった。
『私…あなた以外…あなた以外何も要らないの…あぁ…』
 目が霞む。涙のせいか、もう力がないせいか…声ももう出てくれない、彼女の名前を何度も呼んであげたいのに…。
 あなただけ、あなただけだから、あなただけが欲しいの、あなただけを、あなただけを、あなただけをあなただけをあなただけを…。



「いやぁぁ!!」
 起きると、真っ暗な部屋の中にいた。すぐに電気をつけて、枕に顔を突っ込んだ。
「なんて…なんて夢…」
 それは、沙羅じゃない『私』が、全てを壊して、自分までも壊してしまう、そんな夢だった。全てが生々しくて、今でも沙羅の中にその感触が残っていた。手が、命を消して…。
「沙羅、おかしくなっちゃう…あなたは、あなたは一体誰なの…!」
 沙羅によく似た『あなた』のことが、沙羅はただ怖かった…そして、最後に出てきた、人形店にいたあの人によく似た『彼女』が…。
 心が、ただ彼女を求めていた。それが怖くて、変になりそうで、沙羅はずっと泣き続けた…。



* * *

「ねぇ沙羅、本当に大丈夫?」
「うん、ちょっと最近眠れないんだ…でも大丈夫だよ」
 大切な友達が、心配そうに顔を覗きこんできたので、無理をして笑顔を返した。かなり無理をしているけど、あまり心配はさせたくなかったから。
「沙羅がそういうならいいけど…駄目だったらちゃんとあたしに言うように」
 その心遣いが素直に嬉しくて、益々彼女のことが好きになってしまった。
「じゃあ、次の用意があるから沙羅は先に教室行ってるね」
 友達といったん別れ、授業の準備に教室へ向かう。その途中、雨の降る渡り廊下で見てしまった。
 雨は、やむ気配もなく振り続ける。項の辺りが寒さで震える。沙羅の視線の先には、雨に濡れる『彼女』の姿があった。

 それは、何時か見たあの日の光景。心が、ざわざわとまた動き始めた…。



<END>



というわけで、初めましてライターのEEEです!
今回は発注どうもありがとうございました♪
今までの受注の中で、初めてコメディ以外のものを書かせてもらえたので、かなり楽しむことが出来ました、どうだったでしょうか?
人形って、ホント怖いですね(何)
それでは、また機会があればそのときに。ありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月01日

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