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『ささやかな反抗 』
田中・緋玻2240)&芹沢・青(2259)
「青、今暇?暇よね、行きましょ」
「へっ?…行くって何処に」
「決まってるじゃない。何しに学園祭に来てるつもりなの?今日は授業も無いんだし行きましょ、ホラ早く」
「ま、待ってよ叔母さん…てっ」
 ぺち、と額に手が当てられ。にっこりと笑った田中緋玻が、
「緋玻『さん』でしょ?」
 ほんの少しだけ鬼気を向けながら、芹沢青に笑いかけた。
 …何でよりにもよって隣のクラスなのか、と青が自分の身の上を切なく思う、そんな彼を尻目に緋玻は楽しげにどんどん先を歩いて行く。

     *     *     *     *     *

 ――学園祭。
 夏最後の、そして最大のイベントとして学校内の誰もが半分以上浮かれ気分になるお祭り。何日かのイベントをきっかけにくっつくカップルも多く、やっかみと妬みもあってかこう噂されていた。
 …学園祭でくっついたカップルはひと月経たずに別れてしまうと。
「よっ、青。って何だよお前、彼女かぁ?」
 顔見知りが出店をひやかしている緋玻と青を見ながらわざとらしく顔をしかめた。
「ち、違うよ。彼女は叔母さん…」
「――青?」
 慌てて説明しようとしたのが裏目に出たらしい。いつの間にか背後を取られ、真後ろから名を囁かれ、ぞぉっと鳥肌を立てる。直後、ぐいと耳を、遠慮なしに引張られ。引きつった顔で男へ顔を捻じ向けて、
「…あ、その、血縁者なんだ。うん。父の年の離れた妹でね」
「青のお友達?初めましてかしら。よろしくしてやってね」
「お、おう、こちらこそ」
 艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳。日に焼ける事などなさそうな白い肌。
 そんな彼女ににこやかに微笑まれたら大抵の男はめろめろになってしまうだろう。現に、青の隣にいるこの男はもう真赤だ。
 …不公平だ、と言葉に出さず青が呟く。
 緋玻は年上気取りで、青の事を甥と見て話し掛けてくる――なのに、自分を叔母と青が呼ぶと何故だか怒るのだ。
 たった3ヶ月の差でしかないのに。しかも名前にさん付けを強要するし。…笑顔で。
 背後でゆらめく雰囲気を感じ取る度、怖くて仕方の無いあの笑顔で。
「何してるの?次行くわよ」
「あ…うん」
 それでも、仲の良い事は嘘ではない。ただ…
「ねーえ?あんた、年季の違いは分かってるわよね?あたしに不満を持つなんて100年早いわよ?」
 ――格が違いすぎるだけで。
「ねえ、このお手玉可愛くない?」
 端切れを利用した、和風の色合い豊かなお手玉を緋玻が持って微笑む。しゃらしゃら、と鳴る音を聞けばきちんと小豆で作られているようで、ちょっと感心した顔をし。
「あら、この布ってもしかして着物の反故布じゃ無い?」
 手触りの滑らかさと使い込んだ色合いを見て目を見張る。
 …そんな所は、青の目から見ても可愛いと思う。
 ひとつ勧められるままにお手玉を手に取りながら、青も物珍しげにお手玉を眺めた。見るとそこは昔懐かしい玩具を駄菓子屋風の店にして並べている所で、奥には青も良く知る駄菓子がずらりと並べられている。
「昔懐かしいって言ったって、まだ高校生なのに…」
「そうねえ」
 緋玻が歯切れ悪く呟いて2人で店番をしている女生徒を眺める。
 その女生徒から感じ取れたのは、10数年よりも遥かに長い年月…女子高生なのに何故か熟成した大人の雰囲気を見出して、思わず納得した。
「これ買おうかしら。ふたつ…みっつっと。青はいいの?」
「いや…だって俺がお手玉買ってもさ…叔母さんならともかく」
 手でお手玉を握り、俯いていたせいだろうか。ほんの少し、口に手を当てるのが遅れてしまい。
「んっふっふっ…」
 ――怖い。
「あたしならお手玉が似合うってそう言いたいの?懐かしの玩具を本当に懐かしいと思うような年に見えるって言うの?」
「あ、緋玻さんっ、俺、それ買うよっっ。ほ、他に何か無い?ほら、駄菓子もあるよ、ちっちゃいプリンとかさ、杏飴とかさ」
 緋玻の手に握られているお手玉を受け取って、レジへと突進しようとする青。
「――よろしくね♪」
 非常に明るい声の緋玻は――渡す際に青の手の甲へいくつもの爪痕を残す事も忘れなかった。
 …痣にならないだけ、マシだろうと思う痛さが、財布が軽くなった跡もじんじんと残っていた。

     *     *     *     *     *

「何だか思ってたよりも色々買っちゃったわね」
「………」
「どうしたのよ、青ったら。こんな事で疲れるなんてだらしないわねぇ」
 誰のせいだと思ってるんだ――そんな言葉さえも出てこない。
 入り口に近い場所に設営されている喫茶店の椅子にぐったりとよりかかった青は、見えない部分が色々と痛かった。特に最後の鳩尾への一発は、一瞬とは言え息が止まったのだから。これでも確実に手加減している様子なのが分かるだけに怖い。
 それもこれも、目の前で涼しげな顔をして飲み物に口を付けている緋玻のせいなのだが。
「んー、美味しい♪」
 朗らかに、今日一日を楽しんできた緋玻に一矢報いなければ…そんな思いを起こしたのも、少し身体を休めて気力が戻ったような気になったからかもしれない。
「こういうイベントなのに彼氏といっしょじゃないってことは、彼氏いない歴また伸びた?」
 そんな爆弾発言をしてしまったのは。
「…それはあんたも同じでしょ」
 にっこり。
 あっさり返されてぐうの音も出ない。…青の最大の不幸は、それで終わったと思ってしまったからだろうか。
「ご馳走様。ねえ、食後に軽い運動でもしない?」
「えっ?運動って…そんなイベントあったっけ?」
「やあねえ、何言ってるの青ったら」
 にこにこと緋玻が笑う。無邪気な顔の裏に鬼の気を噴出させて。…それは、すぐ近くで休憩している他の生徒の顔が気付かず白くなって行く程のもので。
「――こういう時は体育館裏でしょ?」
 異論は、認められなかった。

     *     *     *     *     *

 ――朝。
 目覚めの良い、朝。
「ん〜〜〜〜〜っ」
 思い切り伸びをして、ひとつ欠伸。
 残暑もそろそろ通り過ぎて行こうかというそんな気温と日差しが、緋玻の目に優しく映る。
 何か、楽しい夢を見ていたような気がした。
 自分が自分でないような…まるで普通の人間のように、楽しんでいる夢。
 隣に居たのは誰だっただろうか?とても良く知っている人のような気がするのだが、どうしてもその顔が思い出せない。特徴的な何かがあったと思ったのだが…それも、頭がクリアになって行くに従って薄れ、形の無い物になって行く。
「まあ、いいわ。さて、今日の仕事は…」
 学園ホラーの翻訳があったんだった、と思い返しながらスケジュールを頭の中で調整し。…その仕事に、どこか、懐かしいような思いを抱きつつ、着替えるために起き上がった。

 ――朝。
 目覚めの悪い、朝。
「…………」
 目が開かない。
 目蓋が重い。
 もう一度寝直そうかと枕に頭を沈めた途端、かっ、と青い目が見開かれる。
「うわっ、今日小テストあったんだったっ!」
 あたふたと起き上がりながら、異様に重い頭と身体をべきばきと捻って伸ばすと、肩の力を落とす。
 何でこんな気分なんだろう。そんなに悪い夢でも見たんだろうか。
 普段はあまりそういった悪夢を見ても、引きずられると言う事は無いのに…と思いながら、首を捻る。
「ていうか…寝た気がしない…」
 制服の袖に腕を通すのも、何だか夢の続きのような気がして…夢?
「学校の夢でも見てたのかな」
 この所、多いような気がする。確か学校の夢は…ストレスがあるとか、昔の事に拘っているとかそんなだったような…聞きかじりで良く覚えていないが。
「そりゃ、昔の事に拘ってるけど…昔って言っても相当古いからなぁ…」
 それよりも現実的な事に目を向けなければ。
 ――テスト。
 現実も夢も重い――そんな事を思った青だった。


-END-
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間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月01日

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