▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ヘヴンリィ 』
涼原・水鈴3203

 こっそり。
 こっそりなら……見てても良いんだよね?

『今はまだ』――そう、水鈴へと告げた声へと問い掛けるように首を傾げる。
 今はまだ駄目と言われる少し前。
 ある筈のない石が道端に出現した。
 近づきたいと思っても、天から怒られてるように数々の障害が彼女に降りかかり。
 しまいには、犬にさえ吠えられてしまって。
 泣きたくなるほど怖くて、でも――遠ざかる後姿を見て、無性に声を掛けたくて、掛けれなくて。

 此処に居るよ。
 此処に居るのに――声さえ、掛けられないなんて……

(……辛すぎるよ)

 逢いたい気持ちは、沢山。
 姿が――後姿だけとは言え、解ってしまっては尚更、抑えられなくて暴れ出したい。
 じたばた、じたばた、踵を踏み鳴らしたい。
 実際には暴れないし、踏み鳴らさないけれど…でも、でも、と、解らない「誰か」にぶちぶち言いたい。

 青い、青い――水の底から。
 逢える筈の運命の人を想って居たのに。
 水底に沈むお家から、どれほどの時を待ったか考えただけでも駆け出して抱きつきたい程なのに。

 だから――……誰かから駄目とは言われない方向で水鈴は考える。
 一生懸命、ああでもない、こうでもないと考えて、そして。

「お小遣いもって、こっそり遊びに来ちゃったー♪ で、この時期限定の美味しいもの、一杯食べるんだ♪」

 と、楽しげに笑い、今現在、水鈴が遊びに来たのは横浜。
 水鈴自身が言っている様に美味しいものが沢山ある街でもあり、また港が近くにあることから水に恵まれた街でもある。

 地上で逢った場所とはホンの少し、違うけど……。
「ホンの少し」でも、運命の人と同じ空気を吸っていたい。
 水底で待つより、地上に居れば僅かでも同じ町にいるから、だから。

(今は、こっそり――こっそり、見るから)

 我慢し続ける事は嫌だし……中々、全部は全部、水鈴が考えるより複雑で。

(――――こっそりなら、見ても良いよね?)

 もう一度、水鈴は風へと問い掛けるように空を仰ぐ。
 優しい蒼が一杯に広がっている、空。
 風は、ただ、穏やかに吹き――水鈴が歩いている橋の下、流れる川の匂いを運んでは返した。

 てくてく、てくてく。
 ゆっくり、ゆっくり、水鈴は歩く。
 人通りの多い道を、時にぶつかりながら、「美味しそう……♪」と街頭で売り歩いてるパン屋さんを見ながら。
 その度、しゃらしゃらと髪につけた飾りもゆれる。
 柔らかなパンの匂いは、通り過ぎてもまだ水鈴の花をくすぐり続けるようで「か…買っちゃおうかな」と、何度か振り返り戻ろうとする――その時だ。

 パンの匂いの柔らかさとは違う、花色の柔らかさを見つけたのは。

 風にそよぐ花弁は何よりも気持ちよさそうで、まっすぐに伸びた茎は、何処か――運命の人の背中を思わせる、花。

(確か、秋桜……コスモスって言う花だったかなあ……)

 じーーーーっと水鈴はコスモスを見つめ、やんわり笑った。
 鮮やかなピンクもあれば淡いピンクもあり――白い、ただ白いコスモスもあって。
 様々な色を出しているのに、それでも花を見て思い出す事は、唯一つ。

 あの時見た、後姿と――風に吹かれて折れそうなのに前を向く、花。

(うん、やっぱり似てる♪)

 さらさらの黒髪。
 微かに届いた、穏やかな……耳に残る優しい声。
 後姿だけだったけど、とってもとっても笑顔が素敵な人だと水鈴は、知っている。

 思うだけで幸せになれる人が笑顔が素敵じゃない筈なんてありえないから。
 水鈴は店員へと話し掛けるより先に、エプロンの裾を引っ張った。
 小さい子の来店に店員も不思議そうな顔をするもやがて、笑顔へと変わり、
「いらっしゃいませ、贈り物?」
 と、問いかけてくれた。
 その位、水鈴は嬉しそうな、幸せそうな顔をしているのだ。
「えへへ〜とっても大事な人にあげるのv」
「そう、コスモスで良いのかしら?」
 数本綺麗なものを見繕いながら店員は「これでいい?」と聞く。
 大きく頷きながら水鈴は、自分の位置から見える綺麗な青のリボンを見つけ、
「うん♪ でね、リボンもつけてくれる?」
 あのリボンが良いな〜♪と、指を刺すと可愛く微笑んだ。

 今はまだ逢えない人。
 後姿だけ、顔は解らない。

 けれど、耳に残る声は。
 どのような潮騒よりも、心に残る、快い声。

 " ありがとう "

 花束を差し出したら。
 きっと、きっと、そう言って、受け取ってくれるから。

 だから、水鈴も店員に心からのお礼を言い、更に幸福な気持ちになっていく。
 ふわふわ、ふわふわ、雲の上に居るような、水の中で漂う浮遊感とはまた違うだろう気持ち。
 美味しいものは、花を買ってしまったから食べれなくなってしまったけれど……

「はい、お待たせしました。あんまり振り回さないように気をつけてね?」
「大丈夫! えへへ、凄く綺麗……ありがとう♪」
「また、どうぞ」

 花束の代金を払うと、水鈴は今にも走り出しそうな勢いで花を受け取り、歩き出す。
 店員が最後にかけた言葉も届いてるだろうか、ぎゅ、と大切そうに花を抱きしめて。
 リボンに合わせた、柔らかな薄青の包装紙が、手に心地よく触れる。

 初めて、大事な人のために何かを買えた瞬間。
 何時か、この花をちゃんと自分の手で渡せる事を考えながら水鈴は家へと帰るべく来た道を辿っていく。
 ゆっくり、来た時と同じように、風景と、大事な何かを楽しむように。


 ――水鈴の腕の中、風にそよぐコスモスと、青のリボンが揺れている。



―End―



+ライター通信+

初めまして、こんにちは。
今回、こちらのお話を担当させていただきましたライターの秋月 奏です。
とても可愛らしい話のご発注、本当に有難うございました!
出来るだけ、水鈴さんの雰囲気を壊さずに…と頑張ったつもりなのですが(><)
少しでも、お気に召していただけたら幸いです。

それから。
最初にはじめまして、と書いておりますが実はいつも納品を見ていた方でしたので
発注が頂けた時、ちょっと自分の頬を叩いてみたりでした(汗)
いつも可愛らしい方だなあと……(^^)

本当に今回はご発注、有難うございましたv
また何処かにてお逢いできることを祈りつつ……
PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.