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『無理のありすぎた二人 』
海原・みたま1685


「あ〜…疲れた〜…」
 曲がっていた背筋を伸ばし、『んー』と思いっきり背伸びした。バキバキと背骨が音を鳴らす気がする。ホント、それは気のせいなんだけど。
 たまに『お仕事』がないときくらいは、私だって主婦をする。でも、何度やっても主婦っていうのにはなれない。なんで銃やナイフは上手く使えるのに、包丁やフライパンは上手く使えないんだろう?洗物とかが上手く出来ないんだろう?
 …きっとあれだ、武器じゃないからだ、なんて思って一人納得してみたりする。でも、フライパンだって包丁だって十分武器になりえるな、とか思ったりもして少し落ち込んでみたり。洗物は…きっと娘たちにやらせろっていうことで、こちらもやっぱり一人納得。

 本日の成果。皿三枚を割り、鍋を焦げ付かせて使い物に出来なくする。
 …はぅ。

 なれないことっていうのは、なんでこう体力を使うんだろう?普段戦場を走り回ったりしても全然疲れた気はしないのに、たった数十分の単調作業は、確実にそれより疲労が溜まる。…精神的なものかな?
 疲れたときは寝るのが一番、というわけでベッドにボスッと顔から突っ込む。こういうときだけは寝付くのも早い。どっかの眼鏡の少年もビックリだ。

 普段の私にとっての眠りは、とても浅いもの。それは、体が生きるために覚えてしまったから。確かに疲れは取らなきゃいけない、でもそれ以上に、生きなきゃならなかったから。
 そんなことを思うのは、久方ぶりに深い眠りについたから。夢を見るくらいの深い眠りは、何気ない日常生活っていう平和な時間だからこそ出来るもの。まぁ、偶にはいいかな、なんて思う。
 私は夢を見た。あれは、うん、確か8歳の時。とっても大切な想い出…。



◇ダンナさまと…

 それは、初秋のある日、まだ大切なあの子が生まれる前のこと。ダンナさまが一つの提案をしてきた。
「デートしようか?」
 ダンナさまが言うには、まだお腹が目立つ前に、せめて一つくらいは恋人らしいことをしたかったらしい。…まぁ、確かに妊娠したのは8歳だから、大きくなると相当、というか滅茶苦茶目立つわけで。それに、まだまだ私自身体が小さいから、少しでもお腹が大きくなるとまともに動けるかどうかもよく分からなかった。
「ん〜…変じゃないかなぁ…?」
 慣れない洋服に袖を通し、鏡の前で軽く回ってみる。実は、前後逆に着てしまったりして、もの凄く恥ずかしい思いをした後というのは秘密。ダンナさまは「変じゃないよ」って言ってくれるけど、考えたらデートなんてほとんどしたこともないし、やっぱり気になってしまう。ダンナさまの前で少しでも変なところがあると、やっぱり恥ずかしいし…。
 でも、ダンナさまはそんな私の手を引っ張って、そのまま飛行機に乗せて飛び立ってしまった。そんなダンナさまも素敵に思えちゃうわけで…。
ぐんぐんと高度が上がっていく。私はこれからどんなことがあるのか、軽く期待に胸を躍らせていた。



* * *

 飛行機が降り立ったのは、フランスはパリ、シャルル・ド・ゴール空港だった。といっても、戦場育ちの私は当時そんなことは全く知らないわけで。
 飛行機を降りた私たちの前に、今度は滅茶苦茶長い車がやってきた。勿論それはリムジンだったけど、やっぱり何も知らない私は、初めてその時にその名前を聞いた。
「これ、敵に襲われたらひとたまりもないね」
 初めてリムジンを見た感想がそんなのだったのも、やっぱり常識が全くなかったからだろう。さすがにこれには、ダンナさまも苦笑しか浮かべることが出来なかったみたい。

「わぁ…」
 初めて見るパリの街並みは、私にとって全てが目新しかった。今までの生活が生活だっただけに、こんなに華やかな世界があるのかと思えてしまった。
「凄く殺りやすそうな人たちばっかり…なんであんなに無防備なんだろ?」
 いや、普通デートでそんなことは思わないから!今考えると、もうツッコミどころ満載な私の呟き。でも、ダンナさまはそれにもツッコんでくれなかった。その時ダンナさまはダンナさまで、小さなハンドブックと必死に睨めっこしていたから。
 後から聞いた話だと、実はダンナさまはデート経験皆無だったとか。さらには女の人の扱いも知らなかったらしい。そこに加えて相手が一般常識全くなし、戦場育ちの私だったから始末が悪い。…普通に聞いただけで先が心配になるわよ、この組み合わせ。

 そんな私たちがまずやってきたのは凱旋門。パリといえばまずはここ、なんだとか。ダンナさまは、ハンドブック片手に一生懸命色々と説明してくれたけど、私は一つも聞いてなかった。初めて見る凱旋門を上りたくてしょうがなかったから。
「ほらダンナさま、行こう♪」
 そんな私は、ダンナさまの手を引いて早速展望台へ。展望台からは、パリの街並みが一望できた。
「わぁ…♪」
 こういう景色には、どんなに非常識な子供でも感動を覚えるらしい。あのときの私は、素直に目を輝かせてそれを見ていた。
 …でも、それ以上に感動を覚えていた人が一人。他ならぬダンナさま。
「ねぇ、ダンナさま…」
 後ろからくいくいっと袖を引いても、全然話を聞いてくれない。
「ねぇってばぁ…」
 それで振り向いてくれたと思ったら、『凄いよほらほら!』なんて嬉しそうに。ホント、どっちが子供だか分からない。普通こういう場合、私がそれをやる役じゃないの?今はそんなダンナさまも大好きだけど、当時子供だった私は放っておかれたことが嫌で、そのまま拗ねてしまった。
「ダンナさまなんて大っ嫌い!!」
「ま、まてみたま、落ち着くんだ!」
 そんなダンナさまに、銃を突きつける当時の私。ダンナさまは当然のごとく滅茶苦茶焦っていた。ホント、ただの駄々っ子。…いや、駄々っ子でも普通懐に銃はもってないわよね。『殺されるかと思った』とは、ダンナさまの弁。

「…ぶぅ」
 その次にやってきたのは、世界一美しい通りとまで言われるシャンデリゼ通り。ダンナさまは、この通りの食べ物で私の機嫌を治すつもりだったらしい。当然、引っかかるはずがない…なんてことはなくて、子供だからすぐに引っかかった。
「ダンナさま、これ美味しい♪」
 ジェラート片手に無邪気に喜ぶ私、そしてそんな私の頭をよかったね、なんて言いながら撫でてくれるダンナさま。その手の暖かさが嬉しくて、余計に笑みがこぼれちゃう。ホント、子供って単純でいいわねぇ。
 それから、たくさん洋服なんかを買ってもらった。
「ダンナさま、似合ってる?」
「うん、とっても」
 やんわりと微笑むダンナさまを見るのが嬉しくて、私は終始笑顔だった。
 …でも、これは傍から見ると、どうやっても親子にしか見えないカップル。まぁ、街の人たちにもそんな風にしか見てもらえてないわけで。
「あ、写真ですか?いいですよ」
 ダンナさまが街の人に声をかけて、写真を撮ってもらうことになった。
「はい笑ってください、撮りますよ〜…親子ですか?」
「ううん、夫婦♪」
「…は?」
 あのとき男性が浮かべた表情、今でも忘れられないなぁ。

 そして、私たちはグラン・パレにやってきた。グラン・パレでは丁度有名画家の絵画展をやっていた。でも、当時そんなのには全く興味のなかった私にはただ退屈なだけの空間だった。ダンナさまがいなかったら、そのまま帰っちゃったかも?
「…ねぇダンナさま、早く行こうよぉ…」
「あぁごめん、もうちょっとだけ…」
 で、また目を輝かせていたのはダンナさま。だからこういうのは普通逆だって!また拗ねそうになったけど、何かの叫びを見たときは私も笑ってしまったので結局それはなし。でもデートにこういう絵画展とかは駄目だよって念を押しておいた、その当時はただ暇だったからって理由だけど。
 これは後から聞いた話だけど、ダンナさまはデート経験皆無なので、何処に行けばわからず、とりあえずフランスの観光名所を巡っていたらしい。『そりゃデートもデートらしくならないわね』って、思わず苦笑してしまった。勿論、相手が私だったのもその原因の一つだろうけど。

 ブルボン宮では、私がやらかしてしまった。
 ちょっと暇をもてあましていたので、懐から銃を取り出してカチャカチャと弄っていた。ブルボン宮には現在フランス下院の国民議会がおかれていて、当然警備員なんかもいるわけで、その警備員の前にいきなり銃を持った子供が現れたりしたものだからもう大変。
「おい、ちょっと止まれ、その銃を下ろせ!」
「うわわ、やめろみたま!」
「どうして?殺られちゃうよ?」
「いいから!」
 警備員に銃を突きつけられた私は、条件反射で撃ち返そうとして、ダンナさまに止められた。そのまま大慌てのダンナさまに手を引かれて、私たちは逃げ出した。後ろからその警備員が追ってくる。…実はこのときが一番楽しかったりした、ちょっと不謹慎な私。
「止まれ!あ、応援を頼む!」
 後ろを見ると、走りながらも無線で応援を呼ぶ警備員が見えた。ダンナさまはさらに大慌て、私はその顔が面白くて笑っちゃった。
 でも、私が常識知らずなのは分かってることなんだから、そういうことは最初から言っておいて欲しかったかな?…え、違う?
 ちなみに、この事件はダンナさまのコネでなんとかなってたりする。

 そのまま逃げ切った私たちは、ダンナさまの目的の映画館に到着した。ただ、二人で見る予定だった恋愛映画は見れなかった。二人とも慣れない事で色々と無理してたらしく、疲労が溜まっていて、映画が始まってすぐに眠りについてしまったらしい。そしてそのまま清掃員の人が起こしてくれるまで熟睡。
 清掃員曰く、『お二人ともとても気持ちよさそうでしたよ』とか、涎も垂らしていたとか。そしてもう一つ、『仲のいい親子ですね』だって…私たち恋人なのに。それが不満だった。

 最後の最後が涎で終わりなんて、どこまでも決まらない二人、無理なデート。…でもまぁ、行ってよかった…かな?なんだかんだで楽しかったし。



* * *

「…ふぁぁ…」
 目を覚ますと、既に外は赤くなりかけていた。欠伸をしながら時計を見れば、針は三時間も進んでいた。
「結構寝ちゃってたわねぇ…」
 娘たちもそろそろ帰ってくるし、また家事をしなきゃ。
 と、そこまで思って、私は電話に向かった。受話器をとって、ボタンを押していく。あて先は、勿論ダンナさま。
「あ、ダンナさま?私♪…え、何って?あのね、今度デートしない、パリで」
 あぁいいよって、何時もの声でダンナさまは言ってくれた。
「ありがとう、愛してるわ♪」
 あの日の続きを、決まらない二人をまたやってみるのもいいかなぁ、なんて思いながら私は受話器を置いた。



<END>

――――――――――

どうも初めまして、ライターのEEEです、この度は発注ありがとうございました!
何処までも無理のある二人のデート、なんかいいですね。コミカルにしようと思っていたらほのぼのっぽくなってしまいました…よろしかったでしょうか?(汗)
というか、みたまさんの設定に本当にビックリです、妊娠した時期とか(笑)
楽しんでいただければ幸いです、それではまた機会がありましたらよろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月01日

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