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『オーマのホンマグロ 』
オーマ・シュヴァルツ1953

 主夫スキルに長けたオーマであるから、勿論料理の腕もプロ級だ。しかも、主夫とプロとの違いはと言うと、如何に食材を有効に且つ節約して利用できるかどうか、と言う点に掛かっている。
 「イイ食材のイイ部位を使って美味い料理を作る、そんなのはあったりまえじゃねぇか。タコでもイカでもカメでも出来らぁ」
 ざーん!と仁王立ちするオーマの足元で、波飛沫が白く弾けた。
 「イイ食材を余す所なく使って、美味いは勿論、栄養的にも経済的にも優れた料理を作る。それこそが、日々の食卓を担う者としての宿命だろうがよ」
 「そ、それはご尤もですが…だからって、なんでこうなるんですか―――!?」
 青年の悲鳴が波頭に響くも、嵐が来る一歩手前の港では誰も聞くものもおらず。しかもそれはオーマの高笑いに重なり、敢え無くシカトされてしまった。


 事の発端は、オーマが妻とちょっとやりあった事に始まる。
 簡単に言えば夫婦喧嘩を仕出かしたのだが、なにせ妻には極めて弱いオーマである。拗ねた(と言うかヘソを曲げた?)妻のご機嫌を取る為にオーマが考えた手と言うのは、美味しいものをたらふく食わせて誤魔化し…いやいや、許してもらおうと思ったのである。
 「大体、元はと言えば俺は何にも悪くないんだぜ?あのお嬢さんが勝手に俺に恋をして、それで押し掛けてきただけじゃねーの。本当なら、「アタシのダンナサマってばモテモテね、皆に自慢しなきゃ♪」って思うところじゃねぇの?」
 「そう思うんなら、奥さんにそう言ってやればいいじゃないですか」
 青年がそう言うと、オーマはにっこりと笑って彼の頭を鷲掴みにした。ギリリとその指に力を籠めて吊り上げると、青年が悲鳴を上げて手足をジタバタとさせる。
 「痛い、痛いですって、オーマさーん!!」
 「そう言っても無駄だって分かってるから、今こうしてここに居るんじゃねぇの。わっかるっかなぁ」
 「分かったっ、分かったから離してくださーい!」
 涙を浮かべて訴える青年に、オーマは素直にパッと手を離す。当然、青年の身体は投げ出され、そのままドサリと地面に落ちた。

 「…で、だ。俺が欲しいのはホンマグロだ。メバチやキハダなんぞメじゃねぇぞ。ホンマグロただひとつを狙いたい訳よ」
 漁船の舳先に片足を掛け、大海原を真っ直ぐに睨みながらオーマが言う。青年はと言えば、船の後方で道具を用意したり碇を上げたりと大忙しだ。ですけどねっ、とオーマに向かって声を張り上げる。
 「確かにホンマグロは魚の王様ですよ。頭の天辺から尻尾の先まで、食えないのは皮と大骨だけって言うぐらい、どこもかしこも美味い魚です。でも、ここルナザームでも水揚げされる事は滅多にないんですよ?!オレだって実物を見た事は一度しかありません。ましてや、釣り上げた事など…」
 「だから一緒に連れてってやるって言ってんだ。お前だって漁師の端くれなら、一度はそんな大物を釣り上げてみてぇと思うだろ?」
 振り返ったオーマがそう言ってニッと笑うと、青年は口をへの字にしながらもこくりと頷いた。
 この青年は、漁業の村、ルナザームで漁を生業とする青年である。どういう経緯でこうなったか、オーマに適当に言い含められてか、共にホンマグロを釣り上げようと船を出す羽目になったのだ。
 確かに、オーマの言うとおり、この青年とて幼い頃から海で育ち海の糧で生き長らえてきたのだから、すべての海の幸をこの眼で見てみたいと言う夢はあった。ましてや、今回オーマが求めているのは、魚の王様とも海の宝玉とも呼ばれるホンマグロだ。魚雷型の大きな身体で、その身は数百キロは軽くあり、中には一トンを越えるものさえあると言う。脂の乗ったその身は最上級の牛肉にも勝るとも劣らず、だが獣肉よりも良質の脂は美容にもいいと言う事で、女性の間では憧れの食材となっている。だが、ホンマグロは漁獲量がお話にならない程少ない。網で獲れない魚であると同時に、なかなか狡猾な魚ゆえに、簡単に釣り竿にも引っ掛からないのだそうだ。極々たまに釣り上げられるとそれはもう港中の大騒ぎとなり、釣り上げた漁師はその後数年は遊んで暮らせる程の収入を得るのだと言う。
 「…いいですよねぇ、…数年遊んで暮らせたら、オレもちっとは冒険者みたいな事を…」
 「アホウ、釣り上げたホンマグロは俺がそのまま料理するんだから、ンな金になる訳ねぇだろ」
 「ええっ、じゃあオレはただ働きなんですかッ!?」
 舵を取っていた青年が驚いて大声を出す。思わずオーマの方に身を乗り出すので、思いっ切り舵を急激に切る事となり、急旋回する船の上でオーマは、足を踏ん張って海に落ちないように身体を支えなければならなかった。
 「ばっ、ばっかやろう!危ねぇじゃねぇか!」
 「…あ、すみません……」
 「誰もタダでお前をこき使おうなんぞ思ってねぇよ。さすがにホンマグロ一匹分もの報酬は出せねぇけど、それなりの謝礼は出すつもりだぜ。それに第一、一匹丸ごと全部をひと家族で食うのは無理だろ。おまえんとこにも分けてやるからさ、それを売るなり何なりすりゃ、それなりの収入にはなるだろ?」
 「…ま、それはそうですけど……」
 「それに何より、俺はお前に大事なものを与えてやれるぜ?」
 そう言うと、オーマがにやりと口端で笑った。なんですか、と青年が首を傾げてその先を促す。
 「普段なら到底手に負えねぇような、そんな大物を自分の手で釣る、…男の浪漫ってヤツ、だよ」
 「………」
 浪漫じゃ飯は食えません。そう言いたかったが、それを言うと船から突き落とされそうなので、青年は黙って頷いておいた。


 さて、それから暫く後、漁船は波に揺られてひたすら沖を目指した。今日は、他の漁船の姿はさっぱりと見かけない。それもそのはず、実はここ一帯に嵐が近付いてきており、真っ当な漁師なら今日は休みを取っている筈だからだ。
 「……オーマさん…そろそろ諦めませんかー…?」
 「バカヤロウ、まだ釣り糸も垂らしてねぇんだぞ?何もせずに諦めるなんぞ、男のする事じゃねぇ」
 「そうは言っても、嵐に巻き込まれて沈没するよりはずっといいと思いますけどー?」
 そんな泣き言を言いつつも、青年は巧みに舵を操って舟を進めていく。オーマにはやはり、人を見る眼があるのだろう。オーマの申し出に尻込みをする猟師達の中で、この青年を無理矢理引っ張ってきた甲斐があったと言うものだ。
 「だが、今までの記録では、ホンマグロはこんな荒れた海の日に釣れているって言うじゃねぇか。嵐なんぞ、早々来るもんじゃねぇ。これはチャンスと捉えるべきだろう?」
 「そうですね……じゃなくて!…う、うーん………」
 オーマの自信たっぷりな言葉に、ついうっかり言い含められそうになり、青年はぶるぶると首を左右に振る。だがその言い分は尤もでもあり、それなりに漁師としての野望もある青年は、結局は従う羽目になった。
 周りはひたすら海原が広がる場所で、漁船は碇を降ろして停泊し、本格的に釣りの体勢になった。釣竿は鋼鉄製のごっついもの、糸も太く丈夫なものを使い、餌にはなんと生きたままの魚を使用する。オーマが持ってさえ大袈裟なほどにごつい釣竿を、男は軽々と遠くにまで投げ入れた。青年は、小船を使って周囲に撒き餌をする。これで準備完了だ。後は、運を天に任せて……
 「お、おい、何か引いてるぞ!」
 「え、もうですか!?」
 オーマが両手で竿を支え、足を踏ん張る。そうして尚、釣り糸の先はオーマごと海へと引き摺り込もうとしているかのよう、激しく引っ張っては暴れている。この引きは並みの魚ではない事は確実だ。ホンマグロであるかどうかは分からないが、少なくとも漁師生活の長い青年でさえ、お目に掛かった事のない代物であろう。オーマと獲物との駆引きは当分続いた。獲物はなかなか賢いらしく、強くひたすらに引っ張ったかと思えば、不意に力を抜いてくるので、オーマは危うく後ろに転倒しそうになる。右へ左へと激しく動き回り、オーマを翻弄する。額に汗をかきつつも、オーマの口元には実に楽しげな笑みが浮かんでいた。
 「楽しませてくれるじゃねぇの、オサカナさんよ……だが、…」
 …俺の敵じゃねぇな!
 そう叫ぶのと同時、オーマは一気に釣り竿を引き抜く手段に出た。糸が切れる!と青年は一瞬眼を閉じる。が、タイミングが巧みだったのだろう、ざばぁんッ!と獲物はそれに釣られてそのまま海中から引き抜かれ、高く空を舞った。その姿を目で追うオーマと青年であったが、雲の間から一瞬覗く太陽を背負った獲物の姿は杳として知れない。それが重力に任せて船上に落下してくるのを待つしかなかった。の、だが。
 「………なんだ、こりゃ」
 「………それはオレが聞きたいですよ…」
 水飛沫を上げながら甲板に落ちてきたそれを目の当たりにして、オーマと青年は思わずその場に立ち尽くした。
 それは、有り体に言うと人魚だった。が、ここで、髪が長く下半身だけが魚の、美しい裸体の女性を想像してはいけない。人魚とて生き物である以上、オスとメスが存在して当たり前。オーマが釣り上げた人魚は、まさにそのオスの人魚だったのだが、ワカメのような髪にまさに魚眼のぎょろりとした目、鱗を纏って筋肉隆々な身体をしているうえに下半身の二本の足がそれぞれ魚の尾びれになっていて、一言で言うならば見目麗しいとは到底表現できないゴツい生物であったのだ。
 「って言うか、これの何処を食えって言うんだよ!」
 「食う事前提で話を進めるな!」
 と、叫び返したのは当の人魚である。すっくと立ち上がって、口端に引っ掛かっていたでかい釣り針を外し、バシッと甲板に叩き付けた。
 「ったく、人がのんびり昼寝してりゃいきなり針で引っ掛けやがって…嵐の日は漁に出ないってのがお約束じゃねえのかよ」
 「つか、針が口に引っ掛かったってー事はお前、餌の魚を食おうとしたんじゃねぇの?」
 じろりと睨み返してオーマがそう突っ込むと、人魚は素知らぬ顔でソッポを向いた。
 「つうか、俺だって文句のひとつも言いたいんだぜ。俺が釣りたかったのはホンマグロであって、食う部位もねぇような人魚じゃねぇっつうの。……つか、お前」
 す、っとオーマの目が細められ、視線が鋭くなる。人魚を一瞥すると、くいっと顎を上げて見下ろし、一言。
 「お前、ウォズだろ」
 「……ウォズ?」
 「如何にも」
 訝しがる青年は脇に置いといて、人魚がひとつ頷いた。瞬時に、精神力を具現化しようとするオーマを制し、人魚は両手を降参のポーズにして肩を竦めた。
 「言っとくが、確かに俺はウォズだが、何の迷惑も掛けてねぇぜ。こうして魚に似せた身体に己を具現化し、のんびり海中生活を楽しんでいるだけだ。貴様だって分かっているのだろう?この世界には、こうした隠匿生活を送っているウォズが数多く居る事をよ」
 「……まぁな」
 オーマは口をへの字にする。
 「俺は何も望まん。こうして波に身を漂わせて日々を送るのが何よりも楽しみだ。この海には、俺以外にも同じような趣旨のウォズがまだ他にも居る。姿形は様々だ。俺のような人魚の姿をしているものもいれば、魚雷型の大きな魚の姿のもの、貝の形をしているもの、等と言うように。…それでもお前が俺を封印すると言うのなら、すれば良い」
 「…抵抗もしねぇようなヤツに、攻撃仕掛けられる訳ねぇだろうがよ」
 憮然としてオーマは言い返す。気を治め、一度は形を成しかけた精神力をまた内へと戻した。
 「今回は見逃してやる。だが、次に会った時は容赦しねぇ。例え、人に何の害も及ぼしてなくとも、ウォズはウォズだ。俺がヴァンサーである限り、お前らを屠る事が俺の仕事だ」
 「……いいだろう」
 人魚は頷き、その身を翻すと水飛沫を弾けさせて海に飛び込み、その身を紺色の水の中へと消していった。ぶくぶくと気泡が立ち、それが弾けると、泡に閉じ込められていた人魚の声が聞こえて来た。
 『もうすぐ本格的に嵐が近付く。悪いことは言わん、今のうちに港に帰れ』
 「…大きなお世話だっつーの」
 そう言い返すも、オーマの顔は笑っている。サンキュ、と海に向かって揃えた二本指を敬礼のように振った。


 人魚の忠告どおり、オーマ達の船が港に帰港した途端、海も空も大荒れとなり激しい雨風が吹き荒んだ。大粒の雨が屋根を打つなか、オーマと青年は港のカフェの軒下から、鈍色の海を眺めていた。
 「オーマさん、残念でしたね…ホンマグロ、釣れなくて」
 「ま、これも時の運さ。その代わり、変わったモンが釣れたから良しとするかね」
 オーマが笑ってそう言うと、青年も声を立てて笑い、そうですねと頷いた。
 「だがしかし俺はよ。ちぃっとばかり気になる事がある訳よ」
 「なんですか?」
 青年が首を傾げ、オーマの顔を見上げる。口をへの字にしたオーマが、視線は水平線の向こうに定めたままで言う。
 「さっきのウォズがさ、言ってたじゃねぇか。魚雷型のデカい魚の姿をしたウォズもいる、ってよ」
 「…ええ」
 「ホンマグロってさ…デカい魚雷型をしてるんだろ?」
 「ええ、そうです。大人の両腕でも廻り切らないほどの大きさですよ」
 「しかも賢くて狡猾で滅多に釣り上げられる事はない…」
 「そうです。漁師仲間では、人並みに知能が高いのではないか、とさえ言われています」
 「……もしかしてよ、…ホンマグロって…海中生活を楽しんでるウォズの一種…なんじゃねぇかな……」
 「…………」
 それじゃ食えねぇじゃん。そう呟くオーマは、ホンマグロを釣り上げなくて良かった、そう心から思うのであった。


おわり。


☆ライターより

 もう最初に謝罪しておきます、すみません!(平身低頭)どうも、またお会いできて光栄です。ライターの碧川桜です。
 この度は再度のシチュノベのご依頼、誠にありがとうございました!とても嬉しかった…んですが、それがこの体たらく…しかも大間=オーマと言う下らないシャレで始まるシチュノベ…幾ら自由にしていいとのご指定でも、これはないだろ、と思わずセルフツッコミをしてしまいました。つうか、諸設定に全然踏み込んでないじゃん碧川(汗)
 が、書いてる本人はとっても楽しかったです(そりゃそうだろう)本当は、もっと設定を活かして、バトルシーンも充実させたものを、と考えていたのですが、ついうっかり意外性を狙ってしまいました。意外過ぎて呆れられたらどうしようと思いつつも、少しでも楽しんで頂ければ…と戦々恐々としています(笑)
 ではでは、今回はこの辺で。またまたお会いできる事をお祈りしつつ、これにて失礼仕ります。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年09月29日

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