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『遠き現は夢となり…… 』
ストラウス2359


 ストラウスが不死人となり、何百という年が明けては暮れた。ストラウスの起源ともいえる遠き日は、今はもう夢幻。
 思い出せる事は、少ない。
 滅びた砂の王国。消えた温もり。愛しい微笑み。微かな記憶だけが片隅にぼやけて残る。
 もう曖昧にしか思い出せぬ全てを、ストラウスは悔しく思いながらも願う。

 遠き幸せな日は夢幻と消え、現と感じるは彷徨い続ける今。探すモノは遠く幾重にも続き、情報の代償に少しずつ薄れて消える記憶達。
 それでも再び、己の時が動き出さん事を。
 故国を失った痛みと悲しみだけが、ストラウスを突き動かす。

 ***

 エルザード街の、小さな小さな情報屋。昼下がりというのに室内は薄暗く、人の気配も希薄だった。耳を欹ててみれば、微かに聞こえてくる寝息は店主のモノ。
 椅子に腰掛けたまま器用に寝息を立てるストラウス。その服装は派手な色と凝った装飾で飾られ、情報屋というより吟遊詩人や踊り手と言った方が良いような感がある。
 そんなストラウスは夢の中。
 瞳を縁取る長い睫は、彼の流す涙で濡れている。
 幸せでいて哀しい、今はもう夢でしか会えない、夢でしか見れない遠い現の日々。
 ストラウスの記憶が鮮やかに蘇る――。

 ***

 熱砂が延々と続き、ギラギラと燃える太陽が天空に浮かぶ。オアシスと呼ばれる小さなパラダイスを数える程度に残した、そこは砂の王国だった。
 砂とは形無き物。戯れに姿を変える砂の山に、王国の民は長く一所に住まう事が出来なかった。それ故に王国の地図という地図は、役目を成さない。一年の間に滅びる集落と消えるアオシスの数は、誰にも把握が出来なかった。
 それでも、この王国はまだ幸せだった。『砂人』と呼ばれる者が王国には居たのだ。
 砂人――砂を従え、操る者達。彼らの力を持ってすれば砂の変動も抑える事が出来た。砂に飲まれる村やオアシスは激減し、これにより救われた命は多かった。
 遠き何処の人々が噂を聞きつけ民となり、王国は栄え麗しく実る。

 幸せな筈だった。

 その時の事を巧く表現する事は、きっと誰にも出来ない。
 突然。それも一瞬のウチだった。瞬きをしたその一瞬の内に、何もかもが消え去った。悲鳴も恐怖もない、それはある意味では幸福な死であったのかも知れないが。
 ストラウスを残した全てのモノが、最初から何も無かったかのように消え去っていた。視界に広がるのは黄色い砂ばかり。
 目の前で笑っていた筈の恋人の姿、見慣れた物売り、砂の建造物。何もかもを失った世界で、自身すらも変動をきたす。
 最初はただの違和感でしかなかったソレ。
 ストラウスはその一瞬、全てが消えうせたその瞬間に『砂人』となった。体を覆う、硬い砂の殻。悟れば簡単な事、起こった何かからストラウスは砂に守られた。
 それは同時に一つの希望でもあったはずだった。『砂人』ならば生きているかもしれない。砂を操る彼らなら。
 やがて世界から光が消え、太陽の潰えた日々が始まって世界が真に砂漠となっても、ストラウスはたった一つの希望を求めて彷徨う事が出来た。
 いつか必ず『砂人』に会って、事の発端は何なのかを知る事。一体この世界に何があったのかを知る事。絶望に崩れそうになる体を何とか保ちながら、ストラウスはそれだけの為に歩き続けた。
 けれど。
 違和感は尚も続く。誰も居ない。何も無い。永遠に続く砂漠の中……ついに世界の果てまで訪れた時、ストラウスはゆうに百の歳月を過ごしていた筈なのに。
 体は若々しく瑞々しく、長い黒髪は色を失わず、【あの日】から何も変わらない。ただ自分の姿を正しく認識する事は出来ず、違和感として残るだけの不快感でしかなかったソレ。
 世界の果てでストラウスはやっと悟った。もう、ここには何も無いと。もう誰にも会えないと。絶望が胸を襲い、狂うような恐怖に震える体。――何も口にしては居ないと気付いて更に愕然とする。
 【あの日】世界が滅びただけでなく、自身にも何かが起こった。『砂人』となっただけではなく、それは異形めいた変貌。
 涙がとめどなく溢れて止まらない。ストラウスはその砂漠からただ逃げたかった。

 世界の果ては救済地だと誰かが言っていた。そうして、逃げたいと願ったストラウスの体は、故郷を飛び出した。

***

 それから、何があったのかは更に朧な記憶。
 ただ求むのは【あの日】に至る変貌の理由。己が不老不死となった理由。
 ストラウスは情報を求み、情報を与え、情報を通じ、情報を得る。
 多くの世界を巡り、多くの危険を潜り抜け、そうしてソーンにたどり着く。

 遠き現は夢となり、今はもう陽炎の様に。
 ゆらゆらと揺らめき、消え、それを繰り返すだけの――もう、遥か昔の記憶。
 
 遠き現の夢ばかり、ストラウスを繋ぎとめる。

***

 トントンと扉が叩かれ、おずおずと入ってくる影に情報屋は金色の瞳を細め、柔らかに言う。
「――いらっしゃいませ、私めは流浪の情報屋。何か、御用がおありで?」
躊躇いがちに言葉を紡ぐ【求む者】に、今日も変わらず手を差し伸べて
「情報の代価には、情報を」
涼やかな声音で、導く――――。


 遠き現は夢となり………。



 FIN
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ハイジ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年09月27日

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