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『甘く薫る秋 』
天樹・燐1957)&高遠・弓弦(0322)

「秋といえば」
 それは唐突な発言だった。天樹・燐(あまぎ りん)は、長い黒髪を風にふわりと靡かせ、意志の強い黒の目で目の前の高遠・弓弦(たかとお ゆづる)を見つめた。
「……読書の秋、でしょうか?」
 燐の発言をうけ、さらりと銀の髪を靡かせ、赤の目をきょとんとさせながら弓弦は燐を見つめ返すした。
「……読書の秋……それもいいですけど。もっと、もっと他に!」
 ぐっと拳をつくり、燐は更なる回答を求めた。弓弦は「ええと」と小さく呟き、少しだけ悩んでから「あ」と呟く。
「スポーツの秋」
 弓弦の言葉を受け、燐は小さく「ふふ」と笑った。自嘲的な笑みにも見えるのは、気のせいだろうか。
 燐はぐぐぐっと更に拳を握り締め、弓弦に向かってにっこりと笑う。
「そうです、スポーツの秋もいいでしょう!でも、今ここで大切なのは、そう。食欲の秋なのです!」
「食欲の秋、ですか」
「そうです!」
 燐の力説に、弓弦はこっくりと頷きながら微笑んだ。その様子に、燐はにっこりと悪戯っぽく笑う。
「どうですか?弓弦さん。これから私と食欲の秋を堪能しにいきませんか?」
「食欲の秋を、堪能するんですか?」
「ええ。……まあ、早い話がどこかにお茶をしに行きませんか?っていうお誘いなんですけど」
 燐の言葉に、弓弦はくすくすと笑う。
「はい。私でよければ、喜んで」
「それは良かったです!さあ、行きましょう」
 弓弦の言葉を受け、燐は先導して歩き始めた。
「それがですね、ふといい店を見つけたので是非行ってみたかったんですよ」
「いい店なんですか。楽しみです」
 弓弦は微笑みながらそう言い、ふと気付く。
「そういえば、燐さん。食欲の秋を堪能って……?」
 お茶だけならば、食欲の秋を堪能するとは言わない。勿論、メニューの端から端までを食べるというのならば話は別なのだが。
 不思議そうにしている弓弦に、燐はただにっこりと笑い「任せてください」と胸を張って答えるだけだった。


 燐と弓弦が辿り着いたのは、一軒の紅茶店だった。可愛らしい外観に、センスのよい看板が立っている。
「ここですよ」
「可愛らしいお店ですね」
 看板に描いてあるお品書きを見ながら、弓弦が微笑む。燐は得意そうににっこりと笑い、弓弦の手をそっと取った。
「さあ、行きましょう!」
「え?……あ、はい」
 燐に連れられて中に入ると、途端に紅茶とバニラの香りがふわりと二人を包み込んだ。出入り口付近に色とりどりのケーキが綺麗に並べられた硝子ケースがあり、窓際にはたくさんの種類の紅茶が整頓され、また色々な説明が樹と共に並べられてあった。
「……素敵なお店ですね」
 弓弦は思わず口に出す。それを聞き、燐は満足そうに微笑み、頷く。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
 感じの良さそうな女性の店員が出てきて、二人を席に案内する。机と椅子も、店の雰囲気を壊さぬような木で作られた温かなものだった。椅子にはそれぞれ違う布で作られた座布団が置かれている。燐と弓弦の顔に、自然と笑みが零れる。
「……心遣いが、素敵ですね」
「本当ですね。ここに弓弦さんと一緒に来れて良かったです」
 燐はそう言い、にっこりと笑った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 水を二人に置きながら、店員が尋ねた。持ってこられた水の入ったグラスも、きらきらと光に反射して綺麗だ。
「ええと……」
 机にそっと立ててあるメニューに弓弦は手を伸ばしたが、燐が悪戯っぽく笑ってそれを阻む。
「紅茶とケーキのバイキングを二つ」
「畏まりました。ケーキはあちらの机に用意してあります。紅茶は遠慮なくお申し付けください」
「じゃあ、ダージリンのホットを。ストレートで」
 燐がにっこりと笑って注文する。そして、店員は弓弦の方を見る。弓弦はそこで改めてメニューを見、そっと口を開く。
「キャラメルティーのホットをお願いします」
「はい。畏まりました」
 店員が下がると、燐が弓弦ににっこりと笑いかけた。
「言ったでしょう?弓弦さん。食欲の秋を堪能しましょうって」
 弓弦はあっと呟いた。燐が言っていたのは、このことだったのかと。
「このお店のお品書きに、バイキングがあるって知った時から、是非来たかったんです。念願叶ってよかったです」
「誘って頂けて嬉しいです、燐さん」
 弓弦がにこやかに言うと、燐は少しだけ照れたように笑い、立ち上がる。
「さあ、弓弦さん!食欲の秋ですよ」
「はい」
 二人は笑い合い、ケーキが並べられたテーブルへと移動する。そこにあるのは、硝子ケースにも並べられていた色とりどりの美しいケーキたち。
「綺麗ですねぇ」
 弓弦がうっとりしながら嘆息する。燐も同じように口元を綻ばせ、ケーキたちを見つめる。
 赤い色彩のベリータルトや、たくさんのフルーツの乗っているフルーツタルトは、光にきらきらと反射している。ふわふわのスポンジの上に生クリームが乗せられたショーとケーキや、つやつやと光るチョコレートがかかったザッハトルテ、何層ものクレープと生クリームで作られたミルクレープ、オーソドックスな黄金色のチーズケーキ。どれも食べやすいようにカットされ、一つ一つ宝石のように盛り付けられている。
「どれから食べればいいのか、迷ってしまいますね」
「弓弦さん、そう言うときは端から順番に食べればいいんですよ」
 ぐっと皿を握り締めて言う燐に、思わず弓弦はくすくすと笑う。燐はにっこりと笑い、本当に端から一つずつ皿に不恰好にはならない程度に乗せていく。弓弦は自分が食べたいと思うケーキを三つほど皿に乗せる。
 二人がケーキの皿を持って席に着くと、すぐに店員が二人に紅茶を出してくれた。
「いただきますっ!」
「いただきます」
 二人は手を合わせ、ケーキを口に運ぶ。その瞬間、口一杯に甘い香りが広がっていく。幸せの、甘い香りが。二人とも言葉も無く、その味を堪能する。
「美味しいですねぇ!」
「ええ、美味しいです」
 一つ目のケーキを、もくもくと二人は口に運んだ。顔は綻んだままだ。そして、一つ目を食べ終わり、紅茶の味を堪能したところで、一息つく。
「美味しいですねぇ、紅茶もケーキも」
「本当に、美味しいですね。こんなに素敵なお店、知らなかったです」
 弓弦の言葉に、燐は悪戯っぽく笑う。
「あら、弓弦さんは彼氏さんとこういうところには来られないんですか?」
 燐がその言葉を言った途端、弓弦の紅茶を飲もうとした手がぴたりと止まった。頬を赤く染め、じっと紅茶を見つめる。
「突然、ですね。燐さん」
「そうですか?私には彼氏さんがいないので、羨ましいんですよ」
 ぱくぱくとケーキを口に運びながら、燐はにっこりと笑う。弓弦は顔を赤らめたまま、伏目がちに微笑む。
「……時々、ですけど」
「いいですね。今度、いいお店があったら教えて下さいね」
「はい」
 まだほんのりと赤い頬のまま、弓弦は顔を上げて微笑んだ。
「あ、私もう一度行って来ますね」
 燐は自分の皿が空になってしまったのを見て、立ち上がった。まだとっていないケーキがあるのだ。うきうきとしながら皿を取り、先程とは違うケーキを一つずつとっていく。弓弦はまだケーキの残っている自分の皿を見つめ、それからたくさんのケーキを嬉しそうに取っている燐を見つめ、一瞬驚きながら微笑む。
「燐さんは、たくさん食べられるんですね」
 テーブルに帰ってきた燐に、弓弦はそう言った。燐は「そうですか?」と平然と言い放つ。
「これくらい、普通じゃないですか?」
「普通……なんですかね?」
「普通です。少なくとも、私にとっては!」
 燐はぐっと拳を握り締める。その様子がなんだかおかしくて、弓弦はくすくすと笑う。
「確かに、たくさん食べられそうですよね。こんなに美味しいんですもの」
「そうそう。しっかりと堪能しないといけませんよね!」
 燐の力強い言葉に、再び弓弦はくすくすと笑った。それにつられ、燐もくすくすと笑うのだった。


「お腹一杯になっちゃいました」
 燐がそう言ってにっこりと笑ったのは、出ていたケーキの種類を二つずつ平らげた時だった。
「弓弦さん……」
 燐は「どうですか?」と尋ねようとし、気付く。弓弦はお腹が一杯になり、温かな紅茶で眠くなってしまったようだった。燐は「あら」と言いながらそっと弓弦を起こさないように笑い、二人分の会計を済ませて店を後にする。弓弦をそっとおぶり、弓弦の家に送っていく。
 その途中、不意に弓弦が目を覚ました。弓弦は自分の置かれた状況が一瞬分からなくなっていたが、すぐに自分が燐におぶわれている事に気付いて慌てた。
「……り、燐さん」
「あら、弓弦さん。起きちゃったかしら?」
「すいません、もう起きましたから」
「そう?別にいいんですよ」
 燐はそう言いながら、そっと弓弦をおろす。弓弦は顔を赤らめ、伏目がちにそっと微笑む。
「すいません、なんだか」
「別にいいんですよ。だってほら……何だか、妹がもう一人できたみたいでしたし」
「妹、ですか?」
 そっと弓弦が顔を上げた。燐はにっこりと笑い、頷く。
「またどこかに行きましょうね。本当に、楽しかったんです」
 燐の言葉に、弓弦は微笑む。少しだけ、照れたように。
「はい。私でよければ、是非」
「約束しましょうね」
「はい」
 二人は顔を見合わせ、にっこりと微笑みあった。口の中にまだほんのりと残っている甘味と、紅茶の味を確かめながら。

<食欲の秋は甘い香りに包まれて・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月27日

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