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『降りる月光 』
チェリーナ・ライスフェルド2903)&硝月・倉菜(2194)

 はじまりはいつもと同じ。草間興信所からの依頼であった。
 しかしいつもは無駄に人が集まる場所でも、たまには人がいないこともある。
 今回がまさにそれで、
「……二人だけ?」
 依頼に当たるという面子の紹介を受けた硝月倉菜は、まずそう問い返した。
「ああ……他に掴まらなくてな」
 溜息とともにそう告げたのは草間武彦。倉菜の隣には、ちょうど連絡が来た時一緒にいたチェリーナ・ライスフェルド。チェリーナも、思ったことは倉菜とほぼ同じであった。
「でも、武彦さんは三人で大丈夫って判断したってことだよね? そうでなきゃこの人数で行こうなんて言わないよね」
 明るく快活な言葉に押され気味になりながらも、武彦はこくりとしっかり頷いた。
「それで、どんな依頼なんですか?」
 倉菜の問いに、武彦は二人をソファへ促した。

◆ ◆ ◆

 依頼は猫探し。
 ある夜を境に忽然と姿を消してしまった愛猫を探して欲しいというのがその内容だ。
 室内飼いではなかったため、猫の外での行動はあまりわかっていない。
 しかし一応武彦もプロの探偵。人懐っこいチェリーナの活躍もあって、猫の行動範囲は案外早くに絞ることができた。
「結構広いんですね……」
 地図に書きこまれた猫の行動範囲予想を見ながら倉菜が呟く。
「問題は、ここのどこでいなくなったか、だよね」
 事故で動けなくなったとか言う可能性もあるのだが、保健所や獣医の方は武彦がすでに手を回していた。
 つまり、もし事故に遭っていたとしても、人の手に助けられてはいないということ。
「無事だと良いけど……」
「大丈夫。きっと無事だよっ」
 残る可能性はすでに死んでいるか、もしくは迷子になって帰れなくなっているか。
 どうか後者であるよう願いつつ、三人はさらに猫の行方を絞るべく聞き込みを再開した。


 聞き込みの中で突如浮かび上がってきた話に、二人は思わず顔を見合わせた。――ちなみに武彦は別行動中である。
「猫が、空を飛んでいった??」
 最初は見間違いかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
 文字通り、なんの支えもない場所で、近くに飛び移れるような木も屋根もない場所を。猫がふわふわと浮いていたというのだ。
 とりあえず。二人は猫が浮いていたという場所を聞き、そこに移動してみることにした。
「……ここから、あっちの方に行ったのよね」
「話によればね」
 こくりと頷きあって、聞いた方角へと歩を進める。
 途中でやはり同じように空飛ぶ猫の話を聞いた武彦とも合流し、僅かな手掛かりをもとに道を歩く。
 傾き掛けていた太陽が完全に地平線の向こうに沈み、空は青から赤……藍へと変化していく。
「今日は一旦戻るか」
 薄雲に隠れた満月を見てそう告げた武彦の視界に、突如――空を浮かぶ何かが飛び込んできた。
「……あれ、なんだと思う?」
 言われるまでもなく、二人も気がついていた。
 空飛ぶ猫――その背にはこうもりのような羽がくっついている。猫の様子からして、空を飛ぶのは猫にとっては不本意であるらしい。
「魔物……?」
「猫にとりつく魔物?」
 そんなものがいるのだろうか?
 少々疑問に思ったが、目の前に事実があるのも確か。
 三人はすぐさま猫を追って駆け出した。
 しかし相手は障害物なしに空を一直線に駆ける者。一方こちらは道に沿って走らなければならない。距離には差が生まれるばかりである。
 そしてまた、近づいたとしても目的の者は空にいるわけで、そう簡単に捕まえられる状況でもなかった。
 ふと。
 家が途切れ、電線が途切れた箇所で。
 倉菜がその場に立ち止まった。
「どうしたの?」
 チェリーナの問いに、倉菜はふわりと髪を靡かせ空を見る。
 手は届かないが、道具を上手く使えば……。
「貴方の弓の弦音を聞かせて。……私はあの音が好きだから」
 無表情ではあるが、そこには確かに、信頼を思わせる暖かい響きがあった。
 チェリーナの返事を待たずに、倉菜はそっと自らの力を解放する。
 ――現れたのは、ガラスの弓と、矢が一本。
 綺麗ではあるが脆いそれは、続いて倉菜が念をこめることによって本物の武器へと変化する。
「そんな便利なことができるのか。……拳銃は出せないか?」
「……銃の音は嫌い」
 武彦の要望をあっさりと切り捨て、弓と矢を持ち倉菜はチェリーナへと向き直った。
 夜の闇の中。月明かりはなく、家の明かりは遠い。あるのは薄い星の明かりだけ。
 そんな場所で狙い違わず打つことができるだろうか?
 最近洋弓にはまっているチェリーナだが、飽きっぽい性格ゆえかあまり深くまで学ばないことが多く、洋弓もまだ始めたばかり。
 手を出そうか迷ったその瞬間。
 サアッ――と薄雲が晴れ、雲の合間から細い月明かりが空飛ぶ魔物と猫を照らし出した。
 それはまるで、道を指し示しているかのようで。
「大丈夫。月の光の下では絶対外さないよ」
 半ば憑かれたかのように、チェリーナは絶対の自信が宿る声で告げ微笑を浮かべた。

 きりきりと弦を絞る音――そして、ヒュッと鋭い風の音と共に矢が飛び出した。
 それは見事に羽根だけに当たり、飛ぶ手段を失った猫が落ちる。
「っと!」
 見事な滑り込みダッシュで落ちてきた猫を受け取ったのは武彦だった。
 無事な猫の姿を見届けてから、チェリーナはくるりと倉菜へ向き直る。
「クラーナ! この弓、自分の体みたいだったよ!」
 どこまでも明るい満面の笑みにつられてか、倉菜も穏やかな微笑を見せた。
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東京怪談
2004年09月27日

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