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『一目会ったその時に 』
描舞・治2977)&友峨谷・涼香(3014)


「いらっしゃいませ〜♪」
 今日も店一杯の客で賑わう居酒屋涼屋。美味い料理に手頃な値段、それに華を添えるのは、見た目もまだまだ若い看板娘と黙して語らぬ頑固な親父。今日も看板娘の元気な声が客を出迎える。
 看板娘こと、友峨谷涼香27歳。既に女性としては結婚していても不思議ではない年齢だが、彼女の見た目はまだまだ若い。というより、どう見ても10代のまま。これが彼女に暗い影を作るときもあるのだが、接客中にそんなものをだすはずもなく。
「…って、なんや、治やん」
「あの、こんばんは。何か作ってもらってもいいですか?」
 そんな彼女の前にいたのは、見た目若い彼女よりもさらに幼い少年だった。描舞治、16歳。まだまだ幼さが残る、高校生。
「はいはい。…しかしなぁ自分、この時間帯に高校生が居酒屋きたらあかんのちゃうの?」
「えっと…涼香さんを見ながら手料理が食べたくなっちゃって。…駄目ですか?」
 もっともなことを言う涼香に、治はさらっと応えた。あまりに恥ずかしいことを堂々と言われ、思わず涼香は頬を赤らめる。「はいはい」とそれを隠しながら彼女は店の奥へと消えていった。
 そんな涼香の後姿をすこし微笑みながら見送って、治は鞄から原稿用紙を取り出し漫画を描き始めた。
 27歳と16歳、歳の離れた二人が出会ったのは一年前。それも、とんでもない形で。



◇一年前

「全く、あの親父いきなりなんやねんなほんまに…。店の準備もあるっちゅうのに…」
 夏のある暑い一日、涼香は炎天下を一人文句を言いながら歩いていた。原因は自分の親父。買い物から帰った彼女を向かえたのは、何時もの仏頂面の親父ではなく、一枚の置手紙。そこには簡単な地図と一緒にこう書かれていた。
『帰ったらすぐにそこにこい』
 なお、親父は店の準備など何もしていなかった。つまり、帰ったら大忙しになるのは確定なわけで。それを考えただけで頭が痛くなる。
「店の準備ほっぽり出して何考えとんねん…これでつまらん用事やったら一発殴ったらなあかんな」
 そんな物騒なことを呟きながら数分、一つの看板が見えた。
「ここやんな…えっと…バーに何があんねん」
 というか、真昼間からバーというもの変な話だ。
「ま、何があるんか知らんけど、さっさと終わらせて店の用意せな」
 くだらない用事ならそれこそそのまま放り出せばいいし、などと考えながら涼香はバーの中へと入っていった。

 同時刻、同じく燃えるような暑さの中を、治は歩いていた。手にはペンとノートを持って。額に浮かぶ汗もぬぐわず、ただ一心不乱に紙に向かう…歩きながら。
 治は、一度漫画のネタを閃いたら描かずにはいられない、そんな少年だった。それはもう、何処でも此処でも描きまくる。まさに、漫画のために生きている。というか、彼自身が冗談のような漫画のような、とでも言おうか。
「…そうだ、ここをこうして…あぁならこっちをこう…」
 ドンと、何かが彼とぶつかった。
「…おうおうおうおう兄ちゃんよ〜」
 なんというか、非常に分かりやすい人種にぶつかってしまったようだ。しかし、彼といえば。
 無視。完全無視。というより、その存在にすら気付いてはいない。描き出せば止まらない、それしか見えない。例え銃弾が降り注ごうが、天変地異が起ころうが。彼は本当の意味で鉄人だった。
「おいコラ、無視してんじゃねぇよ!」
「……」
 無視。
「おい、聞いてんのかコラァ!!」
「あ、こうすれば…」
 返事なし。
「…おい、頼むから聞いてくれよ…」
「そうだ、こうして…」
 漫画だけはすらすらと進む。
「…うわぁぁぁん母ちゃーーーん!!」
 …終いには、因縁をつけてきた相手のほうが泣いて走っていってしまった。なんというか、あまりにも哀れすぎる。
 しかし、治はそれでも気付かない。漫画を描きながら、涼香が入っていったバーへと入っていった。



 さて、二人が入っていったバーには、二人の男がいた。一人は仏頂面で酒を飲む男、言うまでもなく涼香の父親である。もう一人は…やたらと立派な髭にビシッと決まったスーツがカッコいい…かどうかはちょっと微妙な、執事風な男。
「…やっときよったか…」
「なんやねんな親父、こないなクソ暑い中呼んで。店の準備も全然終わっとらんちゅうのに。大体なぁ…」
 涼香は親父に非難轟々、しかしそんな二人の間に執事風の男が割って入った。
「いやすまなかった涼香君、急に呼び出したりしてしまって。これは私にも責任があることなのだ、彼ばかり非難しないでやってくれ」
 はっはっはっはっ、とやたらと豪快な笑い声を飛ばす執事風の男。とりあえず涼香の中で、彼の名前はセバスチャンに決定した。
「ただいま…」
「キミをここに呼んだのは…おぉ、帰ってきたな。治、こっちにきなさい」
 ドアを開けて入ってきたのは、今も漫画を描き続ける治だった。
「…何、父さん?」
 治は父の声に、ようやく漫画を描き続ける手を止め顔を上げた。
 その瞬間、彼の中に衝撃が走った。ドギャーンとくるものがあった。…何がどうドギャーンなのかはご想像にお任せします。
 ぽとりと、紙とペンが手から落ちた。目はただ一点を見つめ続ける。感じたこともないくらいの衝撃が、彼の体を無意識に振るわせた。視線の先にいるのは…。
「…なぁ、あのガキ誰やねん親父」
「こちらの息子さんの治君や、ガキは失礼やろ」
「そないなこと言われたかて、うちからしたらただのガキやし」
 治の視線の先にいるのは、親父に向かってぐちぐちと文句を言う涼香だった。
『な、なんて…なんて綺麗な人なんだ…!!』
 描舞治15歳。近所でも評判の美人のお姉さんにすら惹かれる事のなかった彼が、今生まれて初めての恋を経験する。…まぁ、美人のお姉さんに恋することがなかったのは、ただ単に漫画を描き続けて彼女を見ることがなかったからだろうが。
 青みがかった髪、リアルな人間ならではの可愛い顔立ち、自分よりも少しだけ高い背、健康そうな小麦色の肌…今まで漫画という2Dの世界だけに生きてきた治にとって、涼香という女性はあまりに衝撃的だったのだ。
 一方の涼香。
『なんやねんこのガキ。まぁ見た目はちょっとえぇけど、いかんせん背がなぁ…』
 特に何も思ってなかったりする。
 そんな治の様子に満足したのか、セバスチャンは言葉を続ける。
「では紹介しよう。彼女の名前は友峨谷涼香君、見てのとおりチャーミングで素敵な女性だ。治、彼女はお前の許嫁だよ」
「…まぁ、そういうことや」
 涼香はセバスチャンの言葉がよく消化できず、しばし考える。一方、治は顔を真っ赤にして固まっていた。
「いやおっさん、チャーミングてむずがゆいし…ってそこツッコミどころちゃうし!?」
 涼香から裏拳ツッコミが飛ぶ。セバスチャンはそれを顔に受けながらも『ハ〜ハッハッハ!!』とアメリカナイズな笑い声をあげた。鼻血がたらりと流れても平然としている、ある意味強いセバスチャン。
「い、許婚ってなんですか!?」
「せや、なんやねん許婚て!」
「『許婚』、結婚の約束をした相手。婚約者。フィアンセ。古くは、まだ幼少のうちに、双方の親の合意で結婚の約束をした子女の間柄をいった」
 親父、大声を上げる二人に国語辞典を開いて冷静に一言。というか、何処から出した?
「そういうことちゃうわボケェ!!」
 涼香怒りのドロップキックが親父に直撃!哀れ親父は吹っ飛んでいった。



◇二人の時間?

「…………」
 涼香は不機嫌だった。当然だろう、いきなり見ず知らずの、それも自分よりも小さな男の子をいきなり許婚などと言われたのだから。
 二人きりのバー。二人の父は既にいない。後は若い二人に任せてとか何とか言ってそのまま出て行ってしまった。お見合いかこれは。
「…あの、涼香さん…面白く、ないですか?」
 治が恐る恐る声をかける。瞬間、涼香のギロッと睨みつけられ少しビビってしまった。
「面白いわけあるかい!大体なんやねん許婚て!一体何時の時代の話や!!」
「ぁ、ご、ごめんなさい…」
「ま、まぁ別に自分が悪いわけちゃうけどな」
 シュンと小さくなってしまった彼に、さすがに怒鳴るのは悪いかと思ったのか、怒声はやんだ。しかし、彼女の不機嫌は納まったわけではない。帰ったら親父をシメる、心に強くその言葉を刻んだ。親父、合掌。
「しかし、自分も災難やったなぁ。自分の知らんうちに許婚とか決められて。ホンマうちも自分も災難や」
 心からの溜息をつきながら涼香は言った。というか、セバスチャンの子供に生まれたことが既に治の不幸じゃないのか、などとまで考えていたりする。確かに、センスとか性格とか、マトモかと言われれば疑問符がつく人物だ。
『…ま、うちの親父も似たようなもんか』
 何を考えているのか分からない辺りが特に。
「い、いえ、私はそんな風には思ってませんよ、だって、涼香さんと知り合えたし…」
 しかし、そんな涼香に帰ってきたのは意外な言葉だった。治君、何気に恥ずかしいことを言っている。少し頬を染めてちょっとモジモジしていたるする辺りがヤバいくらいにショタっ気たっぷりだった。
『…ッ!?』
 初めてのショタっ気に中てられたのか、涼香は少しグラッときてしまった。
『や、ヤバイ、めっちゃ可愛い…やなくて!!何考えとんねんうちは!!』
 それ以降、二人の間には会話はなくなった。治は少し気恥ずかしくて言葉が出せず、涼香は内心の動揺を隠すために必死だったためである。

 そして、そんな二人を生暖かく見守る二つの影。言うまでもなく二人の親父だった。
「はっはっはっは、うまくいっているようだね。若いということはいいことだ!」
 本当にうまくいっているように見えるのだろうか?
「…26にしてやっと結婚か…あいつの親として感無量や」
 熱くなった目頭を押さえる親父。既に親父の中では結婚まで話が進んでいるらしい、幾らなんでも早すぎる。
 そんな親父二人に、気付かない涼香ではない。退魔師として数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、気配を読むなど造作もないこと。『ブチッ』と、漫画でよくある効果音が何処からか鳴った。
「…殺す」
 ジーンズのポケットの中から、いざという時のために仕込んであった符数枚を取り出し、呪を呟いた。素人相手には幾らなんでも危険すぎる。しかし、彼女は勝手に話を進める親父二人組みに完全にブチギレていた。
「……」
 一方の治は、そんな涼香に見とれていた。初恋は、人を変える。漫画だけに生きてきた治も然りだった。何気ない笑顔、深い溜息、そして今見せている怒った顔…彼にとって、その全てが新鮮だった。見とれながらも、スケッチすることだけは忘れない。
「さて、二人もその気のようだし、式の日取りとかはどうしようか?」
「せやな…善は急げいうしなぁ…来週にでも?」
「おのれら…えぇ加減にせぇやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 勝手に話を進める二人に涼香の怒りが爆発。絶叫とともに店内を雷と轟音が包み込んだ。そんな中でも、治のペンは止まることはなかった。

 本日の被害:バー半壊、親父二人重傷。…なんだか。

「うちはもう帰るわ。…ごめんなぁ、家こんなにしてもうて」
 雷様のごとくアフロになりながら完全にのびた親父を引きずりながら、涼香は言った。さすがにやりすぎたと思ったらしい。
「いえ、父さんが悪いんですしいいですよ」
 しかし治は、笑顔で答えた。彼にとっては、涼香と出会えたことが何よりも嬉しかったから。ちなみに彼も雷術の影響で少し頭がチリチリパーマだったりする。シュールだ。そんな彼も、同じくアフロになった親父を引きずり、奥に連れて行く途中で…足を止めた。
「あ、あの、今度お店に行きますから!」
「…ま、客としてくるんなら、可愛い看板娘が美味い料理ぎょうさん出したるで」
 そんな治に、涼香はその日一番の笑顔で答えた。
 二人の物語は、まだ始まったばかり。そして、今にいたる。

 余談。後に描き上げられる治の新作漫画のヒロインは、当初赤いロングヘアの女性だったが、すぐに青い髪のショートカットの女性に描き直された。もうべた惚れである。



<END>

――――――――――

こんにちは、EEEです。この度は発注ありがとうございました。
…かなりビックリしましたが(笑)
それにしても、治君の父親…豪快な執事風、とあったのでこんな感じにしましたが、よかったんでしょうか?(聞くなよ)
好物(笑)だったので楽しかったです、また機会があればよろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年09月24日

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