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『【 want to wrap in 】 』
不城・鋼2239)&飛鳥・桜華(2439)


 何度、手にした携帯電話とにらめっこしているか、数える気もなくなってきた。
 一度目はじっと電話を見つめて止めようと思い携帯電話を置いた。きっと断られるから、電話するのを止めようと思ったのだ。
 でもやっぱり、と二度目に手にしたとき、電話帳を開いてかけたい相手の名前を見つけたところで止めた。何を言うべきか、真っ白な頭で電話をかけたら、相手を苛立たせてそのまま電話を切られてしまいそうだったから。
 そして三度目の正直、台詞もいろいろ用意して、今度こそは大丈夫だ! と意気込んで電話帳を開き、通話ボタンを押した瞬間。
「鋼ぇー!」
 突然母親に呼ばれて、思わず「切り」ボタンを押した。下手をすれば、ワンコールで切る――いわゆる「ワンギリ」になってしまったかもしれない。それじゃ、不快にさせるばかりじゃないか。
 母親からの用事をさっさとすませて、謝りながら電話をかけようとリダイヤルからすぐに通話ボタンを押す。
 しかし。
『ただいまおかけになった電話番号は、現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため……』

 ……まずい……。

 やはり、三度目の挑戦がワンギリになってしまい、怒ったから電源を切った。そう考えるのが一番な今の状況。
 さて、どうしたものか。電源が切れられてしまった以上、もう携帯電話ではどうしようもないのだが。
「も、もう一回……」
 もしかしたら、ただ圏外に入ってしまっただけかもしれないという、少ない可能性に賭けて通話ボタンを押す。
 すると。

 ぷるるるるる、ぷるるるるる。

「かかった!」
『……なにがですかぁ?』
「どわっ!」
 思わず機械的なアナウンスが流れなかったことに感動し、声を上げてしまった鋼。ちょうどいいタイミングで電話に出た、相手先の声が不信感いっぱいで訪ねてくる。
「ななな……なんでもない」
『変ですねぇ……。ところで、ご用なんじゃ、ないんですかぁ?』
「あ、ああ。そうなんだよ」
 口調は変わらず一本調子。やる気があるのか、ないのか。スローテンポな彼女の普段通りの言葉にほっとする。怒っているわけではなさそうだ。
 だったら、回りくどいことは好きじゃない。彼女も、どちらかというと、はっきりしているのを好むタイプだ。
「海に遊びににいかないか?」
 鋼が単刀直入に誘いを投げかけた。しばしの沈黙ののち、耳元に聞こえる、少しだけ機械的に変換された彼女の声。
『さくらちゃんと、ですかぁ?』
「そう。さくらと」
『他には、誰もこないんですかぁ?』
「誰も誘ってないけど……誘ったほうがいいか?」
『別にかまわないですよぉ』
「じゃ、少ししたら家まで迎えにいくから。それでいいか?」
『わかりましたー』
 伝えるべきことはしっかり伝えた。電話を切って、鋼はほとんど終わっていた準備の最終チェックをすませると、家を飛び出した。

 ある種これはデート……だよな。二人きりで海に遊びに行くんだし。

 強く意識したい、というわけではないが、できたらそう思いたい。しかし、思うことで変に緊張したり、距離をおいたりするのも嫌だ。自然な関係のままで、デートだという意識を強く持てたら――この上ない。
 しかし、鋼のそんな思考は、彼女を迎えに行ってすぐに、ぶち壊しにされるのだった。

 ◇  ◇  ◇

「……なんで、一緒なんだ……?」
「二人きりでは、せっかくの海もにぎやかじゃないと思ったんですぅ」
「いや、でもだからって……」
 こんなに大人数で行くことになると、誰が予想できただろうか。しかも、自分は電話で「さくらと」と念を押して言った。二人きりで行きたいとは、確かに口にだしてはいないが、その意味は十分、暗に含んであったはずだ。
 まぁ、天然の彼女に気づけというほうが、間違いだったか。鋼はため息混じりに様々な思考をめぐらせるが、この際、細かいことを考えるのはやめようと、ポジティブになる。
 海にはもう着いているんだし、早く遊びはじめたほうが多く同じ時間を過ごせるじゃないか。二人きりじゃないけど……。
「とりあえず、ほら、さくら。着替えてこいよ。水着、持ってきたんだろ?」
「はいー。じゃぁ、着替えてきますね」
 海の家にある更衣室を借りるため、一時その場を後にする彼女の背中を見送る鋼。
「邪魔だって思ってるでしょ? 私たちのこと」
 いたずらにはにかみながら、すでに水着姿となっている彼女の「連れ」が声をかけてくる。あー、邪魔だよ。思いっきり邪魔さ。はっきと告げてやりたかったが、そこはぐっと抑えて「そんな姿にもなれたんだな」と話題を反らした。
「主人と共にあるための手段なら、いくつも持っているわよ」
「人になじむのも一つの手じゃからなぁ……」
 主人というのは、彼女――桜華のこと。連れたちは、彼女が普段従えている幻獣が、人化の能力を使って人に化けている姿なのだ。幻獣たちを従えていることは知っているし、その姿を見たこともあったが、まさか人になれるとまでは思っていなかったため、最初はとまどいもした。海に着くまでになれてしまったが。
 受ける雰囲気に、それぞれ獣だったときの面影が残っているから、ある意味面白いともいえる。しかし、五人もいたんじゃ、桜華と二人きりになるのは至難の業かもしれない。
 様々な思考はめぐれど、振り払い、鋼は桜華が帰ってくる前に自分の着替えを済ませてしまった。とは言っても、ズボンの下に黒いトランクスタイプの水着を着てきてしまったため、脱ぐだけだ。
「おまたせですぅ」
 海の家の一角に取った自分たちの場所まで、着替えをすませた桜華が戻ってきた。一瞬息を呑んで、まじまじと彼女の水着姿に目を奪われる鋼。
「……さくら」
「なんですかぁ?」
「水着、可愛いな。よく、似合ってる」
 ストレートな言葉だったかもしれない。でも、着飾った台詞を届けるのは得意じゃない。だから、自分らしさで気持ちを伝えたい。
 鋼が桜華の水着姿を素直に褒めると、照れているのか、ほんの少しだけ桜華の頬が染まった気がした。いや、鋼の気のせいだったのかもしれないが……。
 白のワンピースに、腰から巻かれたパレオがアクセントになっていて、桜華が漂わせている純白のイメージを裏切らず、むしろ強調させていると言っても過言ではない水着だった。
「……さっそく、泳ぎにいくか?」
「はい。いきましょー」
 鋼と桜華は「連れ」に置いて荷物番を頼み、波打ち際まで走っていった。無邪気な子どものような背中を見送る連れの五人だったが、
「荷物番は、わし一人で十分じゃ。みなも、行ってこーい」
 連れの中の唯一の老人が他の四人をけしかける。
「じゃ、行っちゃおっか!」
 いたずらに笑みを浮かべた女性の一言で、連れたちは先に行った鋼と桜華の後を追って行ってしまったのだった。

 ◇  ◇  ◇

 あれから結局。
 二人きりになれるチャンスなど一度もなく、忠実な幻獣たちが容赦なく付きまとってきてくれた。
 海の家の売店へ、昼食を買いに行ったときも。
 その後、持ってきたビーチボールで、ビーチバレーを始めたときも。
 桜華が「疲れましたぁ」と根を上げるまで遊んだが、二人きりになれることなどなかった。
 とくに、二人きりになって伝えたいことがあったわけじゃない。だた、二人の時間がすごせたらいいと思っていたから、邪魔が入ったと思うと腹が立ってしかたがないのかもしれない。
「何か、飲みもの買ってくるか?」
 鋼は立ち上がり、桜華もふくめ、みなに声をかけた。
「それじゃ、さくらちゃんも一緒にいきますぅ」
「え? いいよ、別に。俺が買ってくるから」
「一人じゃ、持てませんよぉ」
 言われてみればそうかもしれない。桜華からの嬉しい申し出に、軽く首をうなずかせて同意すると、連れたちの希望を聞いて、二人が飲みものを買いに出る。
 ふと、鋼は心の中で思った。

 チャンスじゃないか、今。

 それに、日の傾き加減から言ってもいい時間帯だ。せっかく二人きりになれたのだし、チャンスは今しかない。
「さくら、ちょっと、向こうの岩場のほうにいかないか?」
「え? でもぉ、自動販売機、あっちにはないですよぉ」
「そうじゃなくて、見せたいものがあるんだよ。あっちに」
「見せたいもの?」
「ああ。とりあえず、行けばわかる」
 半ば強引に、鋼は先に歩き出してしまう。ついてきてくれるか少々心配だったが、桜華の歩き出す音が耳に届いて、鋼は正直ほっとしただろう。
「こっち。大丈夫か? ごつごつしてて、歩きにくいけど」
「平気ですぅ」
 岩場の上にあがると、鋼は腰をおろし海を見つめた。習って桜華も腰をおろす。そして、海を見つめたとき。
「わぁ……」
 全身に鳥肌がたった。
「きれいですぅ」
 文句なし。他の言葉は何一つ要らない。海に沈んでいく夕陽を真正面で捕らえることのできる、絶好のポイントだ。
「だろ? これを見せたかったんだよ、さくらに」
「……どうして、ですかぁ?」
「ん? だってよ、お前仕事とかで疲れてないか? たまには綺麗なもんとか、でっかいもんとかみて、癒されたほうがいいと思ったんだよ」
 身体を支えるために岩についている桜華の手。
 この真っ白な手で、どれだけの「害」を叩き、切り、封じてきたのだろうか。
 たった一人で――孤独に耐えながら。いや、桜華は、孤独さえも従えているのかもしれない。
「これなら、暖かいから、さくらの癒しになると思ったし」
「暖かい……から。ですかぁ?」
「ああ……さくらは暖かいもの、もう少し求めたほうがいいんじゃねぇかと思う。お前のやってること的に、んなこと言ってられないってのはわかるんだけどな。でも、それでも……」
 温もりなど、必要ないと。冷酷な判断を下し、どんな理由があろうと害は害。その害を、「害」になる前に斬る。
「人には、どっかで暖かさが必要なとき、あると思うんだよ。必ず」
 凍らせた感情を緩和にしてほしいとは言わない。それはたぶん、この先、桜華が生きていく上で障害になってしまうだろうから。今までのように、仕事をこなせなくなってしまうだろうから。
 でも、だったら、一時でも、一瞬でもかまないから、暖かさを感じられる刹那を与えたい。
 自分では役不足だとわかっているが、それでも――その役目がほしい。
 一方通行の想いでもかまわないから、彼女に暖かさという刹那を与えられる役は、自分でありたい。
「さくらちゃんにも、必要だと思いますかぁ?」
「ああ。俺にも、さくらにも、きっとどこかで必要になってくる」
「そうですかぁ……」
 膝を抱えて、少しだけ考え込むような様子。けれどすぐにそれをとき、また岩の上に手をつく。
 鋼は再び岩の上に戻ってきた彼女の腕に、自らの手を重ねた。
 いつのまにか、沈んでいた夕陽はほとんど見えなくなってしまっていて、海に紅さだけが残っていた。
「そろそろ、戻るか。連中、遅いって怒ってるかもしれねぇな」
「そんなことはないですよぉ」
「そっか……」
 鋼は触れていた手を、そのまま優しく握ると、彼女の手を引き歩き出した。顔が見られないように、必ず何歩か前になるように足を進める。
 桜華の大きな瞳に、今の自分の表情を覗かれたら、想い気づかれてしまう気がして。何より、夕陽と同じ色に染まった頬を見られるのが、恥ずかしくて。

 桜華はそんな鋼の様子を不思議に思いながら、じっと握られている手を見つめた。
 そして、少々迷った末、遠慮がちに鋼の手を握り返す。しかし、自分のことで精一杯になっている鋼には、伝わらなかったようだ。

 海の家の自分たちが確保した一角まで戻った二人は、飲みものを買っていないことに気づき、連れたちに文句を言われる羽目になった。
 何をやってたと問われ、「夕陽見てたら、すっかり忘れちまった」と適当に誤魔化した鋼は、急いで近くの自動販売機に走った。
 二人きりの時間は、本当に、たったそれだけの時間だったけれど。
 拒まれなかった気がする。
 暖かさを必要と言っても、「いらない」とは言わなかった。だから少しは……。

「期待、してもいいか……?」

 自分だけが、彼女に「暖かい刹那」を与えられる存在なのだと。
 今はまだ、一方通行でもいい。
 どんな形でも、桜華の中で、「特別」であるのなら。



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 ライターより。

 この度は発注ありがとうございました! ライターの山崎あすなと申します。
 またまた、鋼さん&桜華さんの様子を描かせていただけて、嬉しいです〜。
 今回は二人で海に出かける、という日常的な話でしたので、ほのぼのとした雰囲気を出せるように心がけました。
 気に入っていただければ光栄です!
 それでは失礼します。
 また、お会いできることを、心より願っております。

                       山崎あすな 拝
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東京怪談
2004年09月21日

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