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『 □駆け出す笑顔□ 』
ジュディ・マクドガル0923


「おはよーっ」
「……朝っぱらから元気ね、あんた」

 突然窓から顔を出したジュディを見て、少女は羨ましげに溜め息をつく。
 ここはジュディの家からほど近い少女の家だった。台所で朝食の後片付けをしていた最中に馴染みの顔が目の前の窓から乱入してきたのにもかかわらず、しかし少女はさして驚きもせずに手ふきで水気を拭う。

「いっつもいっつもここから顔出すの止めなさいよ。私の家の玄関はあっちだって何回言ったら分かるの」
「だってこっちからの方が早いんだもん。あ、ねえ、それより今日何か予定ある?」

 木でできた窓枠に上半身をあずけてジュディは笑うが、それに何かの匂いを感じた少女は僅かに眉をひそめた。

「あまり面倒な事だったら付き合えないわよ、私だって資料のまとめとかあるんだし」
「え、駄目?」
「いえ、駄目ってわけじゃないけど……。それよりあんた、まずその用件とやらが何かを言ってくれないと返事のしようがないんだけど」

 ひょい、と肩をすくめる少女に、ジュディは思い出したかのように両手を打ち鳴らす。

「あ、そうだった! あたしまだ何も言ってなかったね。実はね、今日これから街に行くついでに走りこみしようと思ってるんだけど、一緒に来ない?」
「街って、あんたおつかいとか頼まれたの?」
「そういうんじゃないの。えへへ、どうして街まで行くのかっていうのは一緒に来れば分かりまーす」
「あら、秘密ってわけ」
「そうでーすっ、一緒に来ないと正解は分かりませんっ。ねえねえ行こうよ! 今日は天気もいいし。あんまり部屋の中にばっかりいると身体にカビが生えちゃうって、お父さまも言ってたよ?」

 黒く大きな瞳に期待の二文字を輝かせて笑いかけてくるジュディを見て、少女は考えるようなポーズをとった後、大きく溜め息をついた。

「え? ど、どうしたの? 駄目?」
「……違うわよ、どうして私ってばあんたのそういう目に弱いのかなーって思ってたところ」
「じゃあ……」

 小首を傾げるジュディに向かって、少女は微笑みながら家の玄関がある方角を指し示す。

「中に入ってちょっと待ってなさいよ。準備したり、ついでに母さんにおつかいないかどうか聞いたり色々しなくちゃいけないしね」
「うんっ。あたし、ずっと待ってるよ!」
「そんなに待たなくてもすぐに終わるわよ。走りに行くんでしょう? それならぱぱーっと準備して行かなくっちゃ。じゃあ私、部屋行ってるから!」

 少女がぱたぱたと慌しく走り去っていくのと同時にジュディもまた窓枠から飛び降りると、満面の笑みを浮かべながら玄関へと走る。
 二人の少女はそれぞれに笑みを浮かべながら、足音を響かせた。





 足の筋をゆっくりと伸ばす。上半身も忘れずに。
 ジュディたちの住んでいるここから街まではそこそこの距離があるので、二人の準備運動は自然と念入りになる。
 こういう事に対してはジュディの方が長けているので、準備運動の手順を少女に教えながら二人でゆっくりと身体をほぐし、最後に深呼吸をしてジュディはぱっと顔を上げた。

「よっし! それじゃあ行こう」
「お手柔らかに頼むわよ。私、ここ最近目立った運動ってやつしてないから」
「だいじょーぶ。そんなに大変そうじゃない道選ぶし、それにゆっくり行くから絶対置いてきぼりになんかしないよ! ちょっと身体のあったまるお散歩だって思えば平気だから、頑張ろ?」
「ん。まあ、疲れたら後ろからあんたのシャツ引っ張って道連れにしちゃうしね」
「えぇー、それはないよお」

 二人の少女はひとしきり笑うと顔を見合わせて頷きあい、同時に乾いた地面を蹴った。

 ジュディは先程の言葉に違わず、ゆっくりと走る。履き慣れた訓練用の靴は足と同化したかのように軽く、大気はまだ完全には暖められてはおらず程好い気温を保ち、走り始めるのには絶好の時だとジュディは金髪を揺らしながら微笑む。 
 あまり日が昇ってしまうと暑くなりすぎるので、どうしてもペースが乱れがちになる。だからといって始める時刻を遅くし過ぎるのもいけない。このぐらいの時間がちょうどいいのだ。
 
 ちら、と隣を見れば、少女は前を向いて一心に駆けているのが見えた。
 たったそれだけの事だが、こうして友人と共に鍛錬ができるという事に嬉しさを隠し切れずに、ジュディはつい口元を緩ませる。いつも独りか、もしくは父親とだけ鍛錬を続けていたからか、こうやって同年代の者と共に同じ鍛錬をするという事自体が彼女とってはとても珍しく、かつ楽しいものだった。

「どうしたの?」

 じわりと額に汗を滲ませ始めた少女がジュディを見るが、それに「何でもないよ」と返し、金髪の少女は顔を前に戻して再び走りに集中する。いくら楽しくとも、これは鍛錬のうちなのだ。気を緩める所と引き締める所を、きちんと分けていかなければならない。
 うん。とひとり頷き、ジュディは少女と共に軽やかに緩やかな坂を駆け上った。





 数分も走っていると身体も温まり、汗が全身から噴き出してきた。
 首にあらかじめ引っ掛けてあった布でそれを拭い、目に入りそうになるのを防ぎながら足を進める。蹴る地面は土から砂利へと移り、ジュディは少女が転ばないようにと隣の様子に気をつけながら走っていた。

 小さな町は割と近くにあるが、そこから少し外れるとこうした比較的未開の場所が幾つも存在していた。まだ道も人が通りやすいように土で固められてはおらず、ぐるりとあたりを見回せば木々もよく生い茂っている。
 人の手が入っていない分は走りにくくはあったが、けれど。とジュディは視界の隅に入った町を見る。 
 あちらの町中には人が通りやすいように舗装がされているのだが、いかんせん坂が多く、自分ならいざ知らず傍らの少女に無理をさせてしまうのではないかとジュディは危惧していた。

 が。

「……自分でも正直、意外だわ。これ」

 少女はそう呟きながら走っていた。
 もう結構な距離を走っていてもそのペースは全く落ちる事がなく、少女は変わらずジュディの隣を併走している。
 しかし自分で何かおかしいと感じたのか、少女は仏頂面で走りながら首を傾げた。

「私ってあまり外出ない性質な上に、ついでにこんなに長く走るのも初めて……な筈なんだけど、どうしてこんなに平気なのよ……。ねえちょっとジュディ、どうしてだか分かる?」
「うーん、どうだろう。あたしにもちょっと分からないなぁ。でもほら、大丈夫ってことは素質があったってことなんじゃない?」
「そんなところかしらね……まあ体力があって困ることはないけど。ああ、でもこれはこれで徹夜して資料調べたりする時なんかに便利かもね」
「……身体に悪いよ、徹夜は……」

 あっさりとそう言い放つ少女に乾いた笑いを返していると、ジュディは足の裏からごつごつとした感触がなくなっているのを知り、下を向く。
 するともうそこには砂利道はなく、再び硬い土の道が下り坂となって彼女らの前方へと曲がりくねりながら伸びていた。
 
「うわーっ、風が気持ちいい……!!」

 加速し過ぎないように速さを調節しつつ駆けていけば、やがて畑が見えてくる。丸々とよく育った作物を刈り取っていた農夫がふと顔を上げ、ジュディたちに向かって大きく声を張り上げた。

「よーう! お嬢ちゃんたち、転ばねぇように気ぃつけなー!!」
「ありがとー、おじさーん!!」

 ぶんぶんぶん、と大きく手を振るジュディにならうようにして少女もまた少しだけ恥ずかしげに手を振れば、農夫もまた二人に向かって手を振り返す。
 走りこみは一見地味だが、こういう些細な交流があるのでジュディはこの鍛錬を好んでいた。走れば走るほどに移り変わる景色と、一瞬だけすれ違う人々。ほんのひとときの出会いと別れが凝縮されたそれは、ジュディにとってとても楽しいものだった。
 
「ね、楽しい?」 

 畑の間に続く細く狭い道を縦一列になって走りながらジュディが問うと、後ろを走っていた少女がぽつりと呟いた。

「……前はこんな風に身体動かすのって、あんまり好きじゃなかったんだけど」
「うん」
「でも、分からないものね。いざこうやってやってみると色々発見はあるし、その、結構楽しいし。……あんたといると、飽きないわよ。本当」

 どこか恥ずかしそうに紡がれた小さな声は、それでも途切れずにジュディの元へ届いた。
 その言葉にジュディは首だけを後ろに向かせて、我慢できないかのように声をあげる。

「へへへっ。あたしも、楽しいよ!!」
「――――って、あんた前見なさい前っ!! ここただでさえ道細いんだから、こけても知らないわよっ!!」
「あたしこれぐらいでこけたりしないもーんっ」

 じゃれあうような会話を繰り返しながら走り去っていく二人の少女の背中を、微笑ましげに農夫が見送っていた。





「よっし、もう少し!!」

 整備された街道に出ると、並木道が真っ直ぐに門へと続いている。
 遠くに見えている石造りの門。それを越えれば、目の前には大きな街並みが広がるだろう。ジュディは胸ときめかせながら少女に目配せをし、同時にスパートをかける。
 
 駆け出す二人の少女の姿を、街へ向かう人々や冒険者、そして商人などがどこか眩しそうに見つめる。元気のいい少女たちが転がるように駆ける様は並木道を歩く者へと楽しさを分け与えたせいか、道は微笑みで溢れ、子供の手を引いていた母親などは、つられて駆け出そうとする子供の手を離さないのに必死になっていた。

「よーっし一着いただきっ!!」
「あ、ずるいよっ!! あたしが一着ーっ!!」

 いつのまにか競争のようになりながら、二人は一心に駆ける。駆けて、駆けて駆けて――――――――



『とうちゃーくっ!!!!!』



 だん、と。
 門を潜り抜けたのは、ほぼ同時だった。

「……………………」
「……………………」

 石畳の敷かれた広場の中央に立ち尽くし、二人は顔を見合わせ、弾けるように笑った。

「あは、あははははっ!! ……あー、同着かぁ……でもこれはこれでいいかもね」
「へへっ、そうだね。あー楽しかった!! それじゃあ、行く時に言わなかった街へ来た理由、教えるね」

 そう言ってジュディは少女の手をとり、建物の密集する地区を指差す。
 ジュディの示す先が料理屋の並ぶ場所だという事に気付き、少女は何かに気付いた様子で口を開こうとしたが、それはジュディの人差し指によって止められる。

「いっぱい走ったらお腹空いたでしょ。あたしこの前お母さまからちょっとだけお小遣いもらっちゃったから、今日鍛錬付き合ってくれたお礼に、一緒にご飯食べようよ!!」
「でもそんな、……悪いよ。私ただ走るのに付き合っただけだし」
「ううん。付き合ってくれて、嬉しかった。だからこれはあたしなりのお礼だよ。だから――――」

 金髪を揺らして、
 目を細めて、

「受け取ってくれると、うれしいな」

 そう告げるジュディに、少女は。

「…………仕方ないわね」

 と。
 ジュディと同じ位の笑顔を浮かべて、そう答えた。





「ああーっ、美味しかったぁ!!」

 店の扉をくぐり外に出ると、ジュディは大きくのびをして満足げに天に向かってそう叫んだ。
 先に出ていた少女はその様を見てくすくすと笑う。

「うん、ここいいお魚料理たくさんあってとても私好みだったわ。お店の名前、覚えておかなきゃ。マリネも美味しかったけど、白身魚の香草焼きも絶品だったわ……。今度うちでもやってみようっと」
「あ、一緒に頼んだ貝たっくさんの炒め物もあたし好きだなー。それと海草のスープも!! あっさりしてて何杯でもいけそうだったもん」
「そうよねー」

 談笑しながら、行きとは違い今度はゆっくりとした足取りで少女たちは帰りへの道を歩き出す。

 行きとは景色が逆に過ぎていく。それだけの事がジュディはとても新鮮に思えた。
 並木道では互いに必死に競争した事を思い出し、畑の中の細い道を通っていれば声をかけた農夫が再び声をかけてくれ、そして砂利道では少女の体力が意外なほどあったという事を思い出し、何故だろうかと二人で考え込んだりもした。
 走ったのは行きの筈だというのに、何故か帰りの方がとてもとても早いもののようにジュディは感じた。

 やがて見慣れた景色が夕焼けと共に二人を包み、互いの家に続く分かれ道の前で足を止める。
 どこか別れがたい空気が二人の間に広がった。けれど一度だけ並んだまま手を握ると、躊躇いなく離し、ジュディと少女は互いの帰り道へと進んでいく。

 だが、その途中で少女は自分を呼ぶ声に振り返った。
 少し遠くで、ジュディがいっぱいに手を振って、そして、叫んでいた。


「――――また一緒に走ろうね!! 約束!!」


 ジュディは顔いっぱいの笑みと共にそう言葉を紡ぐと、背中を向けて走り出す。
 少女は笑顔のまま、その後ろ姿を見えなくなるまで見送っていた。





 END.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ドール クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年09月21日

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