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『『 恋で苦行 』 』
楓・兵衛3940


「さあさあ、お立会い、お立会い。良い子も悪い子も、笑ってる子も泣いてる子も寄ってきな。小さなお子さんから爺ちゃん婆ちゃんまで寄ってきな。始まる始まる始まるよ、って。我らが楓・兵衛の愉快痛快な物語が始まるよ。寄って見て聞いていかなきゃ損損。お題は飴玉、水あめ、ラムネ菓子を買っていってくんねー」
 ぱちんぱちん、木を打ち鳴らし、その道化は一礼をして、紙芝居を始めたのでございます。
「我らが楓・兵衛はついに愛しのあの子に名前まで呼んでもらえて、しかもお願い事までされた。好いた女子にお願い事されるとは男冥利に尽きるってもの。しかもこれを完遂すれば、我らが兵衛の男っぷりにメロメロよ。だがしかし、世の中そう上手くはいかねーもんだわな。我らが兵衛に降りかかる困難、愛しのあの子は我らが楓・兵衛に甘味処に行って特製栗どら焼きを買ってきてとお願いする。さあさあ、果たして我らが楓・兵衛はその試練をどう乗り越える?」



 ――――――――――――――――――


 これまで数々の修行によって鍛えられたこの体。重いおもりをつけて神社の石段を何往復もした事がある。その修行後におもりを外した時は体が羽根のように軽く感じられたものだが、あの子の名前を本人の口から教えてもらった今の体の軽さはその時の非ではない。
 兵衛は楽しそうに鼻歌なんかをしながらスキップを踏んで甘味処に向った。
 見えた角を曲がって、
 そして兵衛の黒の瞳はそれを視界に映して、
 瞬いた。
 さぁーっと恋の色に染まっていた世界がモノトーンに変わる。
 たらりと額から頬を伝って、顎から滴り落ちる汗。
 まだ真新しい店構えの甘味処には老いも若きも女ばかり。
 小学校帰りの女の子がたこ焼きのように紙皿に乗ったシュークリームを食べて、
 中高生の制服を着た少女たちが笑いながらカスタードクリームの鯛焼きなんかを頬張っている。
 子どもを連れた買い物帰りの主婦が買っているのはお団子だろうか?
 店の前に置かれた赤い布が敷いてある長椅子に座るお婆さんたちは楽しそうに話しながら抹茶なんかを啜っている。
 見事に女性ばかり。
 男性の姿は微塵も無く、オマケに店員さんも恰幅のいいおばちゃんだ。
 兵衛はだらだらと滝のように汗を流した。
「あのように女性ばかりのところに日本男児である拙者に行けとは…あまりにも、あまりにも酷でござる」
 固まる兵衛の顔の横にぬぅっと現れた大人ヴァージョンの嬉璃さんの顔。
「ふむ、どれも美味そうぢゃな。わしは鯛焼きが食いたいかな。ちなみに兵衛は頭と尾、どっちから食す?」
 銀色の髪で兵衛の頬を触り、吐息を吹きかけながら囁いたのはもちろん、意地悪で。そもそもが大人ヴァージョンで現れる事自体が意地悪か。
「うわぁー」
 兵衛は飛び上がって、尻もちをついて、いひひひひと笑う嬉璃を恨めしそうに睨んだ。
 小首をたおやかに傾げて微笑む嬉璃さん。兵衛は口をもごもごとさせるだけで喉まで出掛かっていた文句を飲み込んで、代わりに溜息を吐いた。
「まあ、許せ。座敷わらしとは悪戯好きなんぢゃよ」
 悪びれも無くそう言いきってまたいひひひひと笑う嬉璃に唖然としていた兵衛はまた溜息を吐いた。
「で、どうした? 早く買いにいかないのか? 兵衛の想い人ご所望の特製栗どら焼きを」
 にんまりと笑いながら言う嬉璃。
 普段から無口な方の兵衛だが、彼女を相手にしては一段と言葉が出ない。
「ほれほれ、売切れてしまうぞ?」
 ものすごく楽しそうに言う。
 兵衛はうぐぅっと息を呑み、冷汗を流して角から甘味処を覗き込んだ。
 店先にはたくさんの女性がやっぱりまだ居た。
「はぁー。日本男児が女子に紛れて甘味を買うことになるとは・・・。とほ」



 +++


「本当に嬉璃さんってのは意地が悪いよな。我らが楓・兵衛は嬉璃さんに見られているから、って、脂汗を流しながら若いお姉ちゃんやおばちゃん、婆さんたちに囲まれながらショウウインドウの前に立った。まあ、そりゃあそうだよな。嬉璃さんは彼女の親友。嬉璃さんの口から彼女に何が流れるのかわからねーんだからな。だがよ、ショウウインドウの前に立てたからって、そこからが問題なんだぜ、我らが楓・兵衛」



 ――――――――――――――――――
 

「わあ、かわいい」
「か、かかかかかかかかわいい…」
「お母さんのお使い? 偉いねー」
「は、母上殿のお使いではないでござる」
「これなんか美味しいよ?」
「い、いや、せ、せせせ拙者は特製栗どら焼きを」
「わわ、あたしはこっちがお勧めだよ」
 いかにクール振舞おうが所詮は小学校一年生。女子中学生や女子高生、OLに主婦、老婆にしてみればかわいい男の子が美味しい甘味を買いに来たにすぎない。
 頭を撫でられ、肩に後ろから手をまわされ思いっきり片腕で抱きしめられながら耳元で楽しげにしゃべられたら………
 石のように固まって、だぁーっと脂汗を流していた、兵衛。
 その兵衛が、
「わ、わわーでござる」
 もはや我慢の限界となって、おもむろに大声を出して、周りの女性陣がびっくりとしたところで脱兎の如くに退散した。
 いかなる修行を積んでも斬甲剣で蒟蒻が斬れないように、
 修行を積んでどんな強者とも刀を交えるだけの強さも自信もある兵衛もしかし女子中高生などには敵わなかったようだ。
「は、恥ずかしいぃぃぃーでござる」
 走る兵衛の顔は真っ赤だった。



 +++


「あははははは。いや、笑っちゃ悪いか、我らが楓・兵衛に。いや、しかし可愛いもんじゃねーか、なあ、本当によ。これで愛しのあの子とデートをする事になったのなら、一体どうなる事やら我らが楓・兵衛。まあ、それは先のお話。あるか無いかのお話。だけど今があって未来がある。今が過去となる。原因があって、結果がある。じゃあ、今をがんばるしかないよな、我らが楓・兵衛」



 ――――――――――――――――――


「情けないのう、兵衛。蒟蒻も斬れんはずぢゃ」
 な、違う。蒟蒻が斬れんのは拙者のせいではなく、斬甲剣が…、という台詞は咄嗟のところで飲み込んだ。
 これ以上、嬉璃の前で情けない姿を晒せない。
「せ、拙者はに、ににににに日本男児でござる! その日本男児の拙者が女子に混じって特製栗どら焼きを買うのはやっぱりむ…」
 む…、の後に兵衛はなんと言おうとしたのか?
 しかしそれが兵衛の口から発せられる事は無かった。
 大きく開けられた口を嬉璃の手が覆ったのだ。
「き、嬉璃殿?」
 手を外された兵衛は眼をぱちぱちと瞬かせた。
 その兵衛に嬉璃は甘やかに微笑しながら言う。
「兵衛、おんしは日本男児なんぢゃろう? ぢゃったらその日本男児が無理などと口にしてはいかん」
 兵衛の目から鱗が落ちた。
 そしてその場に兵衛は崩れるように座り込んだ。
「す、すまなかったでござるぅ」
 兵衛は嬉璃に頭をさげて、許しを請うた。
「もう少しで拙者は日本男児失格になるところだったでござる」
「うむ、わかれば良いのぢゃ。ならば特製栗どら焼きは買ってこれるな?」
「うぅ」
「うぅ?」
 眉根を寄せる嬉璃。
「うぅ、とはなんぢゃ? ほんに情けない。良いか、よく聞け、兵衛。侍とは恥を知る者、という意味なのぢゃぞ。ならばおんしも恥を知るのぢゃ。もしもおんしが自分を捨てて女子に紛れて特製栗どら焼きを買えたら、その時は兵衛はまた一段と日本男児となれるぢゃろう」
 指紋が見えそうなぐらいにぴぃっと突きつけられた右手の人差し指。兵衛の目から本日、二度目の鱗が落ちる。
 そして兵衛は斬甲剣を手にして立ち上がると、嬉璃へと清々しくもたくましい精悍な顔つきが浮かんだ顔を向けた。
「武士とは恥を知る者、良い言葉でござる、嬉璃殿。わかったでござる。拙者、己が我を捨てて特製栗どら焼きを買ってくるでござる。そしてそれによって、また一段と日本男児になるでござるよ」
 力拳を握って宣言する兵衛に嬉璃は満足そうに頷いた。
「うむ、よくぞ言うた、兵衛。それこそ今はもうすっかりとその数を減らし、特別天然記念物ほどにその数の少ない希少種の日本男児ぢゃ。わしもおんしの事を認めてやるぞ」
「ありがとうでござる、嬉璃殿」
「うむ。骨はわしが拾ってやる。だから安心して行ってくるがよいのぢゃ」
 こくりと頷き、走り隠れこんだ道の角から再び甘味処へと行こうとして、そこで兵衛は足を止めて、嬉璃を振り返った。
「嬉璃殿。恋とはかくも辛いものなんでござるな。拙者、今まで斬甲剣を振るうに値する男となるべく荒行を積んできたが、こんなにも辛い試練は初めてでござる」
「うむ。恋は苦行ぢゃ」
「恋は苦行でござるか。本当にそうでござる」
 きらりと目の端から輝く一粒の水の珠を流しながらそう言った兵衛は身を翻した。その瞬間に、兵衛の目の端から零れ落ちていた水の珠は空を舞った。
 そしてそれがアスファルトに落ちる前に兵衛は歩き出した。
 苦行の地、甘味処へと。
 そしてその彼の前で、それは起こった。
 ひとりの老婆が手に持つ手提げ鞄をバイクに乗った二人組の男が奪っていったのだ。
 それを見た兵衛はもちろん、
「な、何たる事を。か弱き老婆にかような事をするとは不届きな。許さんでござるぞぉー」
 怒髪天を衝く。
 兵衛はその場に崩れこんだ老婆に、
「心配せんでも貴殿の手下げ鞄は拙者が取り戻してみせるでござる」
 と、誓うと、走り去る原付バイク目掛けて全速力で走り出した。
 ――――――――視界の端で、最後の客が帰り、客が誰も居ないという絶好の特製栗どら焼きが買える状況が成立していたが、しかし…
「待てぇーでござるぅ―――――――――ゥ」
 兵衛は迷わなかった。



 +++
 

「かぁー、さすがは我らが楓・兵衛。日本男児。最後の武士。絶好の特製栗どら焼きを買う状況が出来上がっていたってのに迷わないんだからよ。さあ、ここからとくとご覧あれ、我らが楓・兵衛のカッコいい悪者退治を。真の男の生き様をな」



 ――――――――――――――――――


「ぬぅ。さすがにいかに拙者の足でも原付バイクには追いつけぬでござるか?」
 無理、という言葉が頭に浮かびそうになったが、しかし兵衛はそれを掻き消した。先ほど嬉璃に教えてもらったから。そしてそれを視界に映すと彼は迷わずに頼み込んだ。
「お願いでござる。拙者をバイクの後ろに乗せて欲しいでござる。借りは必ず後で返すでござるから」
 兵衛は滑り込むように反対側の斜線を走ってきたバイクの前に両手を広げて立った。
 そのバイクのライダーはかぶっていたフルフェイスのメットのバイザーをあげると、紫暗の瞳で兵衛の黒の瞳を見据え、そしてこくりと頷いて、素早くバイクを180度ターンさせた。
 アスファルトには焼け付いたゴムによってスリップ跡による半円が描かれる。
「乗って」
「すまないでござる」
 兵衛はどうやら女性らしいライダーの後ろに乗った。
 だが彼はもう侍の真の意味を知っているから、
 女性に頼み事をするのも、
 女性の後ろに座るのも恥ずかしくは無かった。
 バイクは凄まじいスピードで走り出す。
 相手はたかだか原付。しかも高校生ぐらいのがたいのいい男を二人乗せている。
 しかしそれを追う兵衛のバイクはZR105。レーサータイプのバイクで、しかもどうやらギア―なども改造されているらしく、心地良いメロディーをマフラーに奏でさせるそれは余裕で原付バイクに追いつこうとしている。
「余裕でござるな!!!」
「もちろん」
 ライダーの腰に回した兵衛の腕に振動が伝わったのは彼女がくすりと笑ったからだ。兵衛もわくわくとしていた。
 原付の後ろに座る男が後ろを向いて、何かを叫び、そして、原付は黄色信号であるにも関わらずにそのまま交差点を真っ直ぐに走っていった。
 下唇を噛む兵衛。
 しかし…
「ぐっと、舌を噛まないように歯を噛み締めていてね」
 そう歌うように彼女は言うと、バイクのスピードをあげた。
 兵衛は言われた通りに歯を噛み締めて、そしてバイクは赤信号にも関わらずに交差点に突っ込んだ。無論、車は行き来している。右手側からは車が!!!
 しかしハリウッドのアクション映画のようにノーブレーキによる体重移動だけでバイクは90度ターンしてそれをかわすと共にまた体重移動によってバイクの向きを変えて、そしてそのまま交差点を突っ切った。
 兵衛は生きている事をこの世のあらゆる神に感謝しながら前方を見据える。原付バイクが居た。
「ここからはもう真っ直ぐ。飛ばすわよ」
「うむ、任せたでござる」
 バイクは一気に加速し、ぐんぐんと原付バイクへと迫り、
「そのまま原付バイクを追い越して欲しいでござる」
「わかったわ」
 バイクはスピードをあげる。
 そのバイクに兵衛は両足だけでしがみつき、左手に持った鞘から斬甲剣を抜き払った。



 斬ッ!!!!



 そしてそれを追い抜き様に一閃。
 兵衛が手に持つ斬甲剣は見事に原付バイクだけを横に切った。
 追い抜き様に振り返って見た男二人は宙に自分たちだけを残して先に行く下半分だけの原付バイクをあほのような表情で見送って、そして下に落下した。
 それらのちょっと前でバイクは止まり、
 そのバイクから飛び降りた兵衛は二人に突っ込んでいく。
 立ち上がった男達の表情に浮かぶのは怒り。
 懐から抜き払ったバタフライナイフを煌かせて兵衛を迎え討たんとするが、
「笑止千万でござるよ」
 不敵に笑った兵衛は刃を鞘に収め、立ち止まり、半身の姿勢に。
 男二人はそれを兵衛が怖気ついたと取ったか唇の端を吊り上げてバタフライナイフを振り上げるが、
 しかし、彼らが兵衛の手元で何かがきらりと光った、と想った瞬間に勝負はついていた。
「また、つまらぬものを斬ってしまった・・・」
 彼がそう口にした瞬間にバタフライナイフも、男達の服もすべてが微塵斬りになってはらりと落ちて、それを見た男達は、気絶をした。



【ラスト】


「ありがとうでござった」
「いいえ。楽しかったわ、兵衛君。それではまたね」
 彼女はにこりと笑って、それで嬉璃にぺこりと頭を下げると、帰って行った。
「お知り合いなのでござるか、嬉璃殿?」
「うむ。彼女は闇の調律師で、おんしの好いた女子とも知り合いじゃ。これもまた縁じゃな」
 そして嬉璃は兵衛を見つめる。
「結局、特製栗どら焼きは買えなかったな?」
 しかし兵衛は首を横に振った。
「老婆殿に手提げ鞄を返せた。それで良いでござる」
 そう笑顔で言い切った兵衛に嬉璃はふむと満足げに頷いた。
 そしてシャッターが半分だけ閉まっている甘味処に顎をしゃくる。
「行ってくるがよい」
 しかしそう言われても、甘味処はもう閉店したはずだ。小首を傾げながらも兵衛が行くと、なんと、シャッターは半分は閉まっていたが店内には明かりがついていて、兵衛を見たこの店のおばちゃんがにこりと笑って、そしてシャッターが上がって、
 それから・・・
「いらっしゃい。何にする? 小さな兵法師さん」
 優しく笑うおばちゃんに兵衛は涙を堪えながらショウウインドウの中にそれだけ飾られたまだ出来て間もない特製栗どら焼きを指差しながら口を開いた。
「特製栗どら焼きをお願いしますでござる」



 ――――――――――――――――――


「さあさあ、これにて恋で苦行は完結でござーい。見事に特製栗どら焼きを買った我らが楓・兵衛。まだ温かいそれを両腕に抱いて好いたあの子のおでん屋さんに帰るその足は綿毛のように軽く。さて、ここからどうなったか、オイラこそが知るってな。まあ、とにかく我らが楓・兵衛。ご苦労様」




 ― fin ―



 ++ライターより++


 こんにちは、楓・兵衛さま。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 プレイングでは嬉しくなってしまうお言葉ありがとうございます。^^
 こちらもお逢いできて嬉しいです。^^
 今回の依頼を頂いた日がちょうど初依頼をUPして活動を始めさせていただいて一周年で、こちらもそのような日に依頼を頂けて嬉しかったです。^^

 さて、兵衛さんは果たして無事に特製栗どら焼きを彼女の下まで持っていけるのでしょうか?><
 なんとなくそのようなイメージが浮かんでしまいました。^^
 そして好いたあの子との関係は?
 今後が楽しみなPCさまです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月17日

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