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『小さな出会い 』
四方神・結3941)&緋井路・桜(1233)

●赤い鳥居の迷宮
 本殿裏は木々の生い茂る森となっていて、昼でもひっそりとして仄暗い。この辺りにある小さな社と社を結ぶ参道には奉納された朱色の鳥居が幾つも並んでいる。落ち着いた色彩のなかでその朱色だけが鮮やかに浮かび上がり立ち並ぶ鳥居が回廊を形作っている。まるで迷宮を行く様だと四方神・結(しもがみ・ゆい)は思った。或いは異世界へと続く『扉』だろうか。行けばきっと戻っては来られないだろう『扉』を思うと、恐ろしい反面開けてみたいとも思う。もしそこに誰かが自分を待っていてくれるのだとわかっているのなら、躊躇うことなく自分は『扉』を開ける。普段、自分で自分を慎重派だと思っているが、時々驚くほどの行動力を示す事がある。それは大概同じ様な『引き金』によるものなのだ。
「‥‥行こうっと」
 想像の世界では幾つもの異世界を渡り歩いていたが、この世界の結は鳥居を見つめながら黙って10分以上も立っているのだけだった。白昼夢に似た強い思惟を強制終了させて歩き出そうとする。その時初めて、結は自分のすぐ近くに人が居る事に気が付いた。正直慌てた。こんな風に黙って立っていて、しかも独り言なんか言っちゃうのってアブナイ人だと思われそう‥‥っていうか、絶対に思われる! 
「あの‥‥」
 声を掛けようとしてしっかりと視線を向けると、その人もまた風変わりな様子をしていることが初めてわかった。その人は小学生ぐらいに見えるおかっぱ頭をした少女だった。今時ではない大きな柄の着物を着て、大きな樹の幹に身体をもたれかけている。まるで昔話に出てくる子供の妖怪みたいだった。実際邪気こそなかったが、その女の子には人間らしい気配があまり感じられない。
「もしかして‥‥妖魔‥‥?」
 結は身構えた。人ではないモノがいること、そして時にはそれらと戦わなくてはならないことを結は知っていた。宇宙人がいるかはわからない、けれど妖魔はいるのだ。
 少女はゆっくりと顔をあげた。身構えた結を視界に捉えているだろうにその視線は虚ろだった。何も映していないようなその瞳は不思議な青い色をしている。やはり人ではないのだろうか‥‥けれどそうではない事を結はすぐにわかった。常人にはない力ゆえに希薄な気配をまとうだけなのだろう。少女の瞳は徐々に色を変え黒へと変じていく。それに従って気配も濃厚になり視線も定まってくる。綺麗で無垢な瞳が真っ直ぐに見つめているのは‥‥それは結だった。きっちりと2人の視線が合う。
「あ、あの‥‥」
 焦るからか言葉が出てこない。 この少女に自分をどう説明したらいいのだろう。
「あのね、私、結っていうの! 四方神結! 今、神社巡りとかしててねっ」
「ゆ‥‥い‥‥?」
 オウム返しに少女が言った。
「そう、結よ。神社巡りなんて年寄り臭いって思うかも知れないけど、これはこれですごい発見の連続なのよ。例えばね、この神社は京都の伏見稲荷大社から関東の守護神として奉還された全国で唯一の分社なんだって。うん、さっき貰ったパンフレットにあったんだけど、それだけ伏見稲荷大社の力が強くて‥‥つまり京都の権威があったって事じゃないのかしら? それとも誰かすっごくキツネさんが好きな人がいたりして‥‥」
「‥‥街おこし‥‥って説もある‥‥みたい‥‥」
 少女が小さな声で話した。
「え?」
 結が聞き返す。
「本当に‥‥知りたい? 情報が‥‥欲しいなら‥‥教えても‥‥いい」
 少女の目は真剣だった。理知的で冷たい視線が結をじっと見つめている。その目があんまり冷静でつらかった。結の胸に悲しみが溢れてくる。年相応な子供なら誰もこんな目はしない。子供が子供らしくないのは子供の責任ではない。そうしなくては生きていけなかったから無理に大人になるのだ。結は大きく首を横に振った。
「いいの。情報なんて要らない。なんにも要らない、だからごめんね」
 結の様子を少女は不思議そうに見つめていた。小首を傾げた仕草は可愛いが、この少女がすると人形の様にも見える。少女は結に歩み寄った。小さな手が結の手を握る。
「‥‥緋井路、桜‥‥よ」
 その少女、緋井路・桜(ひいろ・さくら)は小さくそう言うと仄かに笑った。それはほんのすこしだけ目や口の辺りが和らいだだけの笑みであったが、人形が人間に産まれ変わった程の変化があった。この子を妖魔かもしれないなんて、何故思ったのだろう。確かに人にはない力を持ち、人とは違う気をまとってはいるだろう。けれど、ただそれだけの事だ。ある種の才能を持つ普通の子供に違いない。この子供と友達になりたい、と結は思った。自分がそうであったように、もしかしたらこの子も人とは違う自分をもてあまし、人の輪にとけ込めず、同年代の誰よりも孤独を味わって生きているかもしれない。そう思うとたまらなかった。自分に何が出来るなんて思わない。ただ、側にいて世界中で1人ぼっちじゃないと感じて欲しい。
「桜ちゃん。あのね、一緒にお茶してくれない?」
 結はトートバックの中からステンレスの水筒を取り出して見せた。それをじっと見ていた桜はゆっくりとうなづいた。

●樹の世界にいない人
 不思議な人にあってしまった。
 桜はよく樹に会いに行く。樹は好き。人間よりもずっとずっと好き。動物よりも好き。樹は桜を怖がらない、拒まない、嫌わない。大事そうに抱いて色々な世界を教えてくれる。樹が知る世界は桜にはない事、知らない事が一杯に詰まってる。樹のてっぺんを吹く風の心地よさ、太陽の光を浴びる時に沸き立つような幸福と底なしの力、雨が染み渡る体中の充足感。どれも桜は知らない。まだ知らない事なのか、それとも人間だと一生わからないものなのか、それすらわからない。けれどだから樹は好きだった。ずっとこうして樹に身体を預けていたい。今こうしてふれあっている樹も優しい。人間は杉だから、花粉で困るから杉を嫌うけど杉が悪いじゃないと思う。だって、ずっとずっと桜が産まれるずっと前から杉はこうやって生きてきた。変わったのは、悪いのは人間なのだって杉はいつも言う。
 杉と話をしていたから、その人がじっと見つめているのに気が付くのが遅くなった。杉が教えてくれなかったら、きっともっと遅れていたと思う。その人は不思議な人だった。じっと自分を見つめる目。その目は決して嫌な感じじゃない。初めて逢った人はこんな風に自分を見ない。大抵は変なものでも見つけてしまった様な目をする。だから知らない人は嫌い‥‥側にいたくない、どこかへ行っちゃって欲しい。それなのに、この人‥‥ゆいって名前のこの人は違う。最初はびっくりしたような目をした。それから怖い目をした。けれど、すぐにその目の力が抜けてふんわりした感じになった。なんでだろう、どうしてだろう。わからないけど、この人はあんまり嫌じゃない。一緒にいても痛くないかもしれない。だから名前を教えてあげた。ゆいになら名前を呼ばれてもいいかもしれない。ちょっとだけなら近くに寄ってもいいかもしれない。一緒にお茶が飲みたいって言う。変わってるよね。でも、ちょっと行ってくるね、杉の木さん。また来るからね。

●ささやかなお茶会
 空にはもう秋の雲がかかっていた。それが緩やかな風に吹かれてゆっくりと進んでいく。のどかな午後だった。
「はい」
「‥‥ありが、と」
 結は熱い飲み物でも注いで構わない厚手の紙コップにお茶を注いだ。それを桜の目の前へと持っていく。桜が小さな両手でその紙コップを持ち、自分の方へと引きよせるまで結は手を放さなかった。誤って紙コップを落としては桜が火傷を負うかもしれないし、綺麗な着物を汚してもいけないと思ったからだ。そして、自分にもお茶を注ぐ。せっかくだから紙コップを使った。急遽神社の売店で買ってきたものだ。朝水筒に入れてきたお茶はまだ熱い温度を保っていた。自画自賛だが、美味しいと思う。特にこうして野外で飲むお茶は格別だった。そして側には一緒にお茶を飲んでくれる人がいる。雲を押し流す風が地上の2人へも柔らかく心地の良い微風を運ぶ。何も起こらないけれど、なんか良い日になった気がする。2人に会話はなかったが、それは重い沈黙ではなく暖かく優しいものだった。

 まだ夏を感じさせるほどの秋の初め‥‥結と桜は出会った。
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深紅蒼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月17日

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