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『CATCH YOU CAT'S ME 』
氷女杜・冬華2053)&冠城・琉人(2209)


―――……リン…チリン…

「あら?」
 パーラーの閉店作業をしていた冬華は、どこからとも無く響いてきた鈴の音にふと顔を上げる。
扉を開けきょろきょろと周囲を見渡してみても音の元でありそうなものは視界に入らない。
「気のせい…かしら…?」
 口元に人差し指を添えながら首を傾げた冬華は、そのまま扉を閉め鍵をかけた。
パーラーの「OPEN」の文字を「CLOSE」に架け替えて、なおかつ「本日定休日」のカードもかける。
そう、明日はパーラーの定休日。特にこれといって予定があると言うわけではないのだが、
もし暇があったらあの人を誘って出かけてみようかな…と…


***CATCH YOU CAT'S ME***



 少しまぶしい朝の日差しが窓をすり抜けて冬華の白い肌へと吸い込まれていく。
ゆっくりと目を開き、夢の世界から戻ってきた彼女は、顔にかかった髪を手で退けながら体を起こした。
「ん…今日もいい朝みたいにゃ…」
 思わず呟いた自分の声に、かなり違和感をおぼえて冬華はハッとする。
「わ、私、今…何か変な事を言った気がするにゃ…」
 再びの違和感に、両手を口にあてて咄嗟に窓に顔を向ける。
さすがに窓でははっきり映らず、冬華は急いで部屋にあるドレッサーに向かい、
鏡にかけていたカーテンを取り去りその前に座った。座って…
「にゃ〜〜〜〜〜?!ど、どういう事にゃ―――?!」
 普段の落ち着いた彼女にしては珍しいくらいの驚きの叫び声をあげたのだった。
それも仕方あるまい。なんと言っても、彼女の頭…ちょうど耳のある位置の上の方に…
ちょこん、と可愛らしく”猫の耳”が、くっついていたのだから。
「ゆ、夢かもにゃ………って、痛いにゃ…!夢じゃないにゃ…」
 耳を引っ張って確認してみて、あらためてそれが現実だと確認する冬華。
ドレッサーの前に座ったまま、呆然とした表情で自分の頭にくっついている白い猫の耳を見つめる。
思い当たる事と言えば、昨夜の出来事しかない。
あの時、猫の霊が居たような気がしたのだが、気配がすぐ消えた為に特に気に留めはしなかった。
しかしどうやら、猫の霊の方は、自分に気付いた冬華の事をしっかりチェックしてしまっていたらしい。
寝ている間に憑依してしまったようなのだ。そうとしか考えられない。
「困ったにゃ…今日はみんな旅行で留守にゃ…私しかいないにゃ…どうしたらいいにゃ…」
 こういう時に真っ先に頼りになる祖父母はと言うと、現在旅行中で所在がつかめない。
おまけにせっかくの旅行に水をさされるのが嫌だからと携帯電話の電源もプッツリ切っている為連絡が全くつかない。
頭を抱えながら視線を向けた先に、店内で営業中にお客さんが撮影した写真に目が止まる。
パーラーの常連客や親しい友人達を招いて行った新作デザートの試食会での写真。
その端っこの方で、お茶の湯のみを手にして微笑んでいる黒いコートの人物に…
「……そ、そうにゃ…!冠城さん…冠城さんにゃ!」
 冬華は言うが早いか、すぐに電話機に飛びついたのだった。
その動きはまさに猫が猫じゃらしに跳びかかるかのごとくだったのだが、本人は気付くはずもなかった。



「冬華さーん!貴女のピンチにお茶の使者まろやかに見参…」
「冠城さんにゃ…!」
「って…そ、そのお姿はっ…!」
 冬華からの連絡を受け、朝のお茶体操を切り上げてやってきた琉人は、
目の前にちょこんと座っているいつもと違う冬華の姿に、ストレートに動揺を表す。
ネコミミとかそういった嗜好は自分には無い!と思いつつもやはりどこかドキドキしてしまうのは男の性なのか…。
冬華はとりあえずこれまでの顛末を琉人に話して聞かせると、はうっと溜め息をついて。
「こんな事で冠城さんにご迷惑をかけてしまってごめんなさいにゃ…」
「そ、そんな事ありません!ちっとも迷惑だなんて思いませんよ?冬華さんの事なんですから」
 琉人はじっと見つめていた耳から視線を外して、ニッコリと微笑む。
その微笑を見ていると、ほっと安心出来て…冬華はつられてやんわりと微笑を浮かべた。
「よ、要するに…猫さんの霊を除霊できれば良いわけですね…ええ、はい。お任せ下さい。
人間霊、動物霊、その他なんでもお受けいたします!冬華さんのためならエンヤコラです」
「冠城さんってば顔が赤いですにゃ…」
「そ…そうですか?き、今日も暑いですからねえ…で、では早速、除霊をはじめますね…っ!」
 出てもいない汗を拭く真似事をしながら、琉人は視線を泳がせつつ呟く。
なんと言うか、冬華のプライベートルームで、ネコミミ姿の冬華を前にしていてはさすがの琉人とて、
いつもと同じようにと言うわけにもいかないらしい。
 除霊の為に目を閉じて祈りを捧げるものの、どうにも上手く術が発動しない。
「お、おかしいですね…もう一度やってみますね」
「は…はいですにゃ…!お願いしますにゃ…」
 冬華は正座したままぺこりと頭を下げる。その時、ぴょこんと動く耳がどうにも可愛らしい。
元々、猫や犬と言った動物はそれだけでも”かわいい”ものなのだが、その上それが冬華についているのだから…
「可愛いです…」
「うにゃ?」
「いっ…いえっ!なんでもありませんっ!はいっ…」
 無意識に呟いてしまった自分に対し顔を真っ赤に染めつつ、琉人は再び除霊を開始する。
しかし、やはり何故か上手く術が動いてくれず…
「すみません、冬華さん…もう一度やってみます!」
「ありがとうございますにゃ…冠城さん…私のために…」
 嬉しそうに微笑む冬華。しかし、ふと琉人が視線のスミになにかが動く気配を捉えてそちらに目を向けると、
いつの間にはえたのか…冬華のスカートの脇から白く長い猫の尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「と、と、と、と、冬華さん!!」
「はいにゃ…?って…し、シッポまでにゃー!?」
 冬華は両手で顔を覆って驚愕の表情を浮かべる。
もしかしなくても、耳、シッポ、と猫化が進行して行っているという事はこのままいけば…つまり…。
「なんとかしなくては…!!もう少し高等な術なら発動も…
ああ!でも強い術を使えば、妖(あやかし)の血を引いている冬華さん自身にも影響を与えてしまうかもしれませんし!」
「冠城さん…」
 潤んだ瞳でじっと琉人を見つめる冬華。琉人も冬華の瞳を見つめる。
そうしている間にも、冬華の頬の辺りがピクッと動いたかと思うと…片側三本、合計六本ほどの…
「ひ、ヒゲが―――!!」
「にゃぁあああ!!」
 こんな姿見られたくない!と、冬華は顔を覆ってしまうと琉人に背を向けてベッドに突っ伏する。
琉人はもうどうしたらいいのかとオロオロとしてしまう。
もし相手が、仕事の依頼者だとか誰かに頼まれて会ったばかりの人というのなら少しは違ったのだろうが、
彼にとって”大切な存在”である冬華のこととなると…どうにもどこかいつもの冷静さを欠いてしまう。
しつこいようであるが、今回はさらに”ネコミミ”と言うオプションまでついているわけで…。
 そうしている間にも冬華の”猫化”は進んでいく。
スカートの裾から見えていた両足の爪は伸び、心なしか肉球のようなものすら見えてきている。
それに、ただでさえ透き通るくらい白い冬華の肌には、うっすらと白い毛のようなものすら生え始めていた。
 自分の顔を覆っていた両手も、すっかり猫のようになってしまっている事に、
冬華は愕然とし、もしこのまま猫になってしまったらと思うと…
「と、冬華さん!」
「にゃ…?」
「私の力不足で…本当にすみません!でも必ず除霊してみせますから!!安心してください!!」
「冠城さん…」
「もし…もしっ…力が及ばずに冬華さんが…猫になってしまったとしても…必ず元に戻しますから…!
もし万が一…それも無理だったら、私も猫になって冬華さんと一緒に暮らします!!」
「にゃ!?冠城さん…それは…」
「私はきっと黒猫です。白猫の冬華さんと、黒猫の私…一緒に縁側でお茶を飲みながら日向ぼっこです」
 振り向き、自分の顔をじっと見つめる冬華の手を握りながら、真剣な顔で、しかし優しく微笑みを浮かべながら言う琉人。
冬華の瞳から小さな雫がポタリと頬を伝い琉人の手の上へと落ちて行く。
 多分きっとこのまま猫になってしまえば、人間の言葉を喋れなくなってしまうだろう。
もしそうなっても、琉人だったら自分の思っている事を感じてくれるかもしれない。そういう人だから。
しかし、冬華はちゃんと自分の口で言っておきたい事があった。
いや、伝えておきたい想いがあった。
大事な大事な想い…きっと、ずっとこれからも………
「か…冠城さん…にゃ…」
「はい…」
「ミー…っにゃっ…わ、私、私は…」
「冬華さん…」
「わ、私…っ…冠城さんのことが…す…」

―――パキッ…メキメキメキ…カパンッ…

『にゃあっ!?』
 どこからともなく聞こえてきた音に、冬華が大きく反応して体を震わせる。
冬華の声と、猫の声が被るように聞こえた瞬間…冬華の身体から白いもやっとしたものが抜けていく。
あっけに取られる琉人の目の前で、その白いもや…猫の霊体は窓をすり抜けて行った。
ドッとくず折れる冬華の身体を支えながら窓の外へと身を乗り出した琉人が見たものは…
「おーおー、慌てんでもちゃんと全員分あるがな〜〜〜!ほほほほほ…」
 裏路地で…近所の野良猫たちにエサをやっている近所のおばさんだった。
その足元には何匹もの野良猫が群がっていて、その周囲を猫の霊体がくるくるとまわっている。
猫たちの見つめる先、おばさんの手には…『猫の缶詰』。
「…も、もしやさっきの音はあれを開ける音…?そ、そんな事であの霊は出て行ったんですかっ…」
 ガクッと力が抜け、へろへろと琉人は座り込む。
冬華はその動きにはっと我に返り、慌てて身を起こして自分の頭へと手をやった。
そこには、猫の耳はもう無い。
「……冠城さん…?私…」
「いつもの冬華さんです…私のよく知っている冬華さんです」
 ニッコリと微笑む琉人の表情は、本当に安心できる。
冬華は鏡で確認する事はせずに嬉しそうに微笑んで、「ありがとうございました」と告げた。
「いいえ…礼を言うとすればあのおばさんです。私は何もしてませんから」
「おばさん…?」
 琉人は冬華に窓の外を見るように言うと、自分も立ち上がり並んで裏路地を見る。
近所のおばさんは猫缶をもう一つ開けて足元のプラスチックの皿に乗せていた。
「あ、あの音さっきの…!」
「どうやら猫さん…餌が欲しかったみたいですね…あ、ほら…満足したみたいですよ」
 冬華に憑依していた猫の霊は、数回、おばさんの周囲を旋回した後、
白く輝きを放ちながらすうっと天に吸い込まれるように昇っていく。
そして実に満足そうな満ち足りた声で、「にゃあ〜〜〜…」とひと鳴きしたのだった。
 2人は猫の霊が消えていくのを最後まで見送ると、ほぼ同時に顔を見合わせる。
可笑しいような、疲れたような、なんとも言えない表情の自分たちに、ぷっと思わず吹き出してしまう。
「いやぁ…一件落着、ですね」
「そうですね…本当にありがとうございました…私、冠城さんがいなかったらどうなっていたか」
「いいえ!今回、あまりお役に立てていませんからねぇ…」
「そんな事無いです…あの…」
「はい?」
「よかったら…お礼にパフェを食べて行ってくれませんか…?冠城さんの都合が良ければ…ですけど…」
「もちろん!いえ、実のところ、冬華さんのパフェを食べたいと今朝の夢にも見たくらいなんです」
「そ、そんな…冠城さんってば…!」
「本当ですよ?でも定休日だなあ〜って思っていたんです」
「それじゃあ…」
「ええ!午後のティータイムといきましょう♪実は冠城ブレンドの紅茶の新作を持って来ましたから」
 徐に懐から紙袋を取り出し、琉人は冬華に今日一番の笑顔を向ける。
冬華も嬉しそうにその紅茶の袋を受け取ると、同じように微笑を浮かべて返した。
「あ、あの…そういえば冬華さん」
「はい?」
「さっき、何か私に言いたい事とかあったんでしょうか?いえっ…別になければ良いんです、はい」
「あの…!それはそのっ…えっと…」
「…は、はい…」
「ひ、秘密ですにゃ…」
「やっぱり秘密ですか〜…って、にゃあって!?ええっ!?冬華さんっ!?」
 慌てる琉人に背を向けて厨房へと向かいながら、いたずらっ子のように冬華は小さく舌を出す。
まだ猫が憑依していた時の感覚が残っているのか…それは普段ではあまり見せない彼女の仕草で。
普段の冬華もいいけれど、こんな冬華もいいなぁ〜…などと琉人が思ったかどうかは…彼のみぞ知るのだった。





***おわり***




※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月15日

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