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『湯煙と憩いと合戦と 』
鬼頭・郡司1838)&ぺんぎん・文太(2769)

 湯煙つられて独り旅。
 今日も今日とて温泉ペンギンは、湯煙探して闊歩(かっぽ)する。
 
■秘湯への突破
 人里離れた山奥に温泉が湧いているのはご存じだろうか?
 荒れ果てた森林を進み、くねくねとまがる細い獣道を歩いていくと、突然道が開けることがある。
 岩陰の多い広場に出たらぐるりと辺りを見回してみるといい。そこには大抵ほのかな湯煙があがっているはずだ。
 ただし、人間はその湯煙に近付いてはいけない。その先は人ならざるものの場所、足を踏み入れたら無事に帰ることはまず出来ない……
 
「お、あんなところに珍しいな……」
 雷獣にまたがり空中散歩を楽しんでいた鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)は、坂の途中にある岩陰から立ち上る湯煙を発見した。
 ゆっくりと降下していくと、硫黄の香りが少しずつ強くなってくる。それと同時に、古びた屋敷の中庭にある、露天の岩風呂が姿を現した。
 少し手前の小高い丘で雷獣降り、郡司は辺りを注意しながら屋敷へと近付いていく。
 遠くの方から川のせせらぎと鳥の鳴き声が聞こえるが、それ以外は郡司が土を踏みしめる音以外ほとんど聞こえない。どうやら秘湯の中の秘湯といったところだろうか。
 崩れやすい坂を慎重に下っていた郡司の視界を急に霧が覆い隠した。気が付けば四方を完全に真っ白な霧に囲まれている。
「……っかしいなぁ……さっきまであんなに晴れてたのに、どういうことだ?」
 きびすを返し、来た道を戻る。すると、波が引くように霧が消えていき、元の静かな森が郡司の前に広がった。
「こりゃ何か仕掛けてあるな……」
 おそらく人を容易に近付けさせないように、という魂胆なのだろう。
「俺を惑わそうするとは、いい度胸してるぜっ」
 郡司は雷獣を呼び戻し、ひらりと背にまたがった。そのまま一気に坂を下り、霧の中で「力」を放出させた。
 郡司から放たれた雷撃は瞬く間に辺りを駆け巡る。
 一瞬、雷によるまばゆい光が辺りを照らしたかと思うと、見る間に霧が掻き消えていった。
 開けた視界の先に古めかしい門の姿があった。今にも崩れそうな屋根瓦の上に看板らしきものが置かれている。
「……『もののけーー』なんだ?」
 かろうじて読める単語は最初の四文字だけ。その後にかなりくずされた書体の文字が2つ並んでいたが、郡司にはそれを読み取る能力はなかった。
「まあいいか、入れば分かるな」
 郡司が門の前に立つと、鈍い音をきしませて木製の扉が開かれる。
 歓迎されているのだと勝手に解釈し、郡司は門の中へと入っていった。
 
■もののけ温泉
 『もののけ温泉』といえば、妖怪・神族達の間で非常に人気のある、隠れ温泉宿のひとつだ。
 周囲に強力な結界を張っているため「温泉手形」なる会員切符を持った者しか、その宿にたどり着くことはできない。何も持たずに強引に近付こうとすると、霧の迷路に迷い込み、一生そこから出られなくなるという。そのためか、もののけ温泉への「温泉手形」は温泉通のステータスともいわれ「手形を持たずして温泉通を語ることなかれ」と密かにいわれていた。
 その温泉手形なる印の入った木片をを首から下げて、ぺんぎん・文太(ー・ぶんた)は呑気な足取りで歩いていた。
 少し肌寒くなってきた森の空気が実に心地よい。羽毛をなでる初秋の風に誘われるように、文太は森の奥へと進んでいった。
 しばらくすると、古ぼけた門が突然視界に現れる。
 門の上に掲げられた『もののけ温泉』の看板を見上げながら、文太は門の扉を叩いた。
 
 ぎー……
 
 ゆっくりときしみをあげながら扉は開かれていく。
 文太は桶を抱え直し、門の奥にある屋敷へと進んでいった。
 
 屋敷の玄関にはくつ箱はなく、簡素なすのこが土間に並べられているだけだった。入り口は1つ、どうやら混浴のようだ。
 入り口にかけられたえんじ色ののれんをくぐると、番台の横にでた。文太の姿を見つけ、番台にちょこんと座るオスの老猫がパイプをくゆらせながら彼に言った。
「らっしゃい」
 本能で危機感を感じつつも、文太は首から下げている手形を見せる。獲物を見るように目を細め、丹念に文太と手形を見比べると、入っていいよ、とひとつ呟いた。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、脱衣所を抜けて浴室へと向かう。
 ここは昔、武家の屋敷であったらしく、玄関のすぐそばに客間のがあり、そこから直接中庭が眺められるよう作られていた。
 数百年程前に武士達がこの家を捨てた際、その家にすむ座敷童がこの家を引き継いで屋敷の主となったらしい。座敷童はその家に住み着いていた老猫の頼みをかなえるため、客間を広い脱衣所に改造させ、中庭に温泉を引き込んだ。もともとこの辺りは湯量が豊富で源泉にも近いため、少し掘れば良質な温泉を得ることができた。
 人間の姿を気にせずに温泉を楽しみたい、老猫のささやかな願いは今や、もののけ達の貴重な憩いの施設へと進化をとげていたのだった。
 
 中庭の中央に、露天の岩風呂が作られていた。きちんと手入れされた日本庭園を眺めながら、文太はゆっくりと湯の中へ体を沈めていった。
 温かいお湯と草木の濡れた匂いが心身共に疲れを癒してくれる。風呂の中で手足をのばし、大きく深呼吸をすれば都会のけん騒をすっかり忘れさせてくれるだろう。
 全身の力を抜き、文太はぷかりと湯船にただようように浮かび上がった。湯船に注がれるお湯のせせらぎと、虫達の鳴き声が優しい音色となって風呂全体を包み込んでいた。
 しばらくそうしてぼんやりと浮かんでいると、にぎやかな声が聞こえてきた。
「おー、風呂だ風呂だ」
 この辺りにすむ妖怪達だろうか。頭に角を生やした赤ら顔の男達がぞろぞろと風呂に入ってきた。入った早々、酒を飲みはじめるもの、こんでいるにも関わらず泳ぎはじめるもの、と周りの迷惑を考えない自分勝手な行動に、文太は渋い顔をさせて彼らを睨み付けた。
「おい、見ろよ。ペンギンだ」
「珍しいなぁ……温泉につかるペンギンなんて初めてみたぞ」
 そんな会話を交わしながら、彼らは文太を見て顔をにやけさせる。気にしないが吉、と決め込み、文太は少し離れたつぼ湯の方へ行くことにした。
 
 岩風呂から続く石畳を歩いていくと、庭のすみに大きなつぼが置かれている。そこにはそれぞれ湯が満たされており、独りで湯を楽しみたい人にはうってつけの場所となっていた。
 短い手足で駆使してなんとかよじ上り、文太はつぼの中へと身を沈めた。くちばしをつぼのふちに乗せ、大きく深呼吸をする。まだ中央からにぎやかな話し声は聞こえていたが、絡まれない分ここは安全だ。
 ふと、人の気配を感じ、文太は小さな瞳を開けた。
「……鳥がゆでられてる……」
 頭には可愛らしいハート柄のシャンプーハット、手に抱えた桶の中にはあひるの人形。筋肉質の成人男性の持ち物とは思えぬ格好に、文太はつぶらな黒い瞳を何度も瞬かせた。
「酒のつまみに、温泉ゆで鳥っつーのもおつだよな」
 やばい。
 このままだとやばい。
 文太の本能が警鐘(けいしょう)をならす。
 徐々に近付いてくる彼の手を逃れようと、文太はつぼ湯から飛び出すと、一目散に岩風呂へ戻っていった。
「ちっ、逃げやがったか」
 彼ー郡司は小さく舌打ちをし、岩風呂へと足を進めた。
 
■入浴はお静かに
「冷え物ご免」
 この間銭湯にいった際に教えてもらった挨拶を交わして、湯船に浸かる。
 郡司はざぶざぶと湯をかき分けて中央付近にいる獲物へと近付いていく。
「鳥、逃げることないだろう?」
 にこりと笑顔を作る郡司。文太は一定の距離を保とうと、彼が近付こうとする度に体を後退させる。
 気が付くと、文太は風呂の端に追いつめられていた。
「さあ、これでもう逃げられないな」
 郡司の手が文太に伸びる。
 最後の手段、と文太は風呂に潜りこみ、俊速の泳ぎで郡司の足下をくぐり抜けた。
「……っ! 待ちやがれ!」
 辺りに客がいるのも気にせずに、郡司は手当たり次第に湯船の中を走る影に雷を打ち付けた。
 勢いある雷撃は水の中を走ることなく、一瞬のうちに蒸発させる。強力な電気の力は、時にどのような常識も打ち破るのだ。
「くそっ! ちょこまかとすばしっこい野郎だ!」
 水中を泳ぐペンギンほど驚異的な生き物はいないだろう。彼らは地上をよちよちと歩くあの姿からは想像もできない、時速10キロという早さで泳ぎ、瞬時のうちにえさである小魚を捕まえるのだ。
 そんなに広くなく、障害物も多い湯船の中であったが、文太は体内に眠る本能を呼び覚まして、巧みに湯の中を駆け巡った。
「いい、かげんに、しろーー!」
 郡司はいら立ちと怒りに我を忘れ、ついに全力の一撃を打ち放った。
 辺りが一瞬、白い世界に包まれる。
 ふっと気圧が下がったような静寂の後、耳をつんざく爆発音が轟いた。
 風呂に入っていた湯が全てのうちに蒸発し、霧が郡司の視界を遮った。
 鼻の奥にささるようなこげた匂いに、郡司は徐々に落ち着きを取り戻し……自分がしてしまったことを目の当たりにし、血の気が引いていくのを感じた。
 そこの部分が半分溶け、湯が完全に蒸発した浴槽。死屍累々(ししるいるい)と散乱する温泉客の姿。そして、自分の目の前に立ちふさがる、怒りをあらわにした年老いた猫。
「……」
 猫は鋭い眼光を光らせて、郡司をにらみ付ける。
「あ……、と、そのすいま…っ、ぐはっ!」
 郡司の言葉が終わる前に、強烈な猫パンチが彼の頬に炸裂した。
 猫は毛を逆立てて威嚇の声をあげる。本気を出せば勝てる相手ではあったが、ここは退くべき、と郡司はそそくさと脱衣所へ逃げていった。
 彼の姿がいなくなるのを確認し、岩陰からひょっこりと文太は姿を現した。
 じろりと横目で睨み、猫はあごをしゃくって指示をする。
 こっちも巻き込まれたんだけどな……
 そんなことを思いつつ、文太はしかたなく露天風呂を後にした。
 
 もののけ温泉を出てからも少しの間、雷鬼とペンギンの追いかけっこが繰り広げられたが、
 それはまた別のお話。
 
文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月13日

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