▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『   A certain day 』
月夢・優名2803



「う〜ん・・・・・・」

 月夢優名は困ったように一つ首を傾げて辺りを見渡した。
 その四方はどちらも雑木林が続くばかりで、人どころか目印になりそうな建物すら見当たらない。
 最早、自分がどちらから歩いてきたのかもわからず、こちらだろうという推測はかなり心許無かった。
 とはいえ、別段慌てた風もないのは生来の楽天的な性格ゆえだろうか。確かに困ってはいるのだが、その一方で何とかなるだろうと楽観している自分もいる。
 だから目下の問題といえば、どちらに向かって歩き出そうか、といった類のものぐらいで、事態はさして深刻でもない。その中にあって、もし一つだけ不安を挙げるとするなら、出来れば視界の片隅にも入れたくないと常々思っている、大嫌いな虫と出会ってしまったらどうしよう、というようなものだった。願わくば、一歩を踏み出す先は、最も虫の少ない方角でありますように。
 そう念じて優名は、こちらだと思う方に一歩を踏み出した。

 道に迷った時のセオリーは二つ。
 元の道を来た通りに引き返すか、ただひたすら突き進むか。
 決して永遠に続く事はない雑木林、ましてや神聖都学園の広大な敷地内の一角なのだ。歩いていれば、この雑木林を抜け出すのもそう長くはかかるまい。
 事の起こりは、一時間ほど前に遡る。
 普段滅多に足を踏み入れる事のない大学部校内に訪れるなんて学園祭の時ぐらいなものだろうか、高等部から大学部へ続く並木道を抜け、大学部部内への門をくぐった。
 前面に校舎、左手には体育館が見える。
 そして右手にある雑木林からは、甘い香りが薫ってきていた。それが大好きな石榴の香りだと気付くのには、さして多くの時間を必要とせず。
 そういえば実が成る季節だったと、雑木林に足を向けてしまった・・・・・・ら、この体たらく。
 石榴の木はすぐに見つけて、たわわに実を綻ばす石榴を堪能したのだけれど、代わりに雑木林の入口を見失ってしまっていた。

 暫く、ウロウロと雑木林を歩く。
 そこで何かにつまずいて転びそうになった。
 何とか踏みとどまって、つまづいたものを見やる。そこに、人の足を見つけて一瞬死体か何かかと勘違いし、優名は悲鳴をあげそうになった。
 しかしそれより早く、木の影の方から声がする。
「いった〜・・・・・・」
 木の影、丁度見えている足の向きから考えて、頭部のある辺りになるだろうか。そちらを覗くと、雑木林の中に倒れていたのか、寝ていただけなのか、とにもかくにも美人なお姉さんが、黒くて長いストレートの髪を掻き揚げて上体を起こしたところだった。
「あ、すみません」
 慌てて優名は頭を下げる。
 すると、その美人のお姉さんは「あぁ」と優名を振り返って、目の前でひらひらと手を振ってみせた。
「いやいや、こんなところで寝てた方が悪い」
 そう言って立ち上がると優名より頭一つ分くらい背が高いだろうか、スレンダーなお姉さんだった。
「すみません」
 優名はもう一度頭をさげた。
 お姉さんは困惑げに苦笑を滲ませる。
「それより、それ・・・・・・高等部のお嬢さんが大学部に何用?」
 優名の制服を指差して尋ねた。
「あ、生協の購買部に行こうと思ったんです」
「生協の購買部?」
 お姉さんはしばし首を傾げて、それから腑に落ちない顔で尋ねた。
「・・・・・・は、逆方向だけど?」
「はい。そうですよね・・・・・・」
 優名は大きく頷いた。全くもってその通りなのだろう、お姉さんの言いたい事も想像に難くない。
 どこから説明したものかと考えていると、お姉さんの方が先に動いた。
「しょうがないな・・・・・・」
 頭を掻きながら溜息混じりに小さく呟くと、踵を返してすたすたと歩き出す。
 優名は戸惑うようにその背を見ていたが、付いて行っていいものかは判然としない。
 するとお姉さんは足を止めて振り返った。
「何やってるの? こっちよ」
 どうやら案内してくれるらしい、ホッと安堵の息を吐いて優名はその後を追いかけた。
「すみません」


「購買部に用事で、何でこんな所に?」
 雑木林を歩きながら、お姉さんが何とはなしに尋ねた。
「あ、石榴の香りがして・・・・・・」
 優名が答えると納得したように大きく頷いている。
「そういえば、一本だけあったっけ。石榴、好きなんだ?」
「はい」
 即答の優名にお姉さんはどこか満足そうだ。
「昔、誰かが勝手に植えたらしいんだけど、よほど石榴好きだったのか・・・・・・」
 そうして優名の顔を覗き込む。どこかいたずらっぽい表情を湛えて。
「意外と、貴女かもしれないわね」
「え?」
 一瞬、言葉の意味がわからなくて、優名はまじまじとお姉さんを見返していた。
 風が吹いて木々の葉を揺らすざわざわとした音がする。その風はお姉さんの長い髪も靡かせていた。

 優名が困惑に言葉を継ごうとすると、それよりわずか早く、はぐらかすように、お姉さんは話題を変えた。
「で、購買部に何用?」
「あ、被服科が作った洋服があると聞いて」
 大学部の生協では、各学部や学科の学生らが作ったものを安くで売っていた。
「あぁ、高等部じゃおこづかいは仕送りが殆どか」
「え? あ、はい、そうですけど」
 どうしてわかったんだろう、と訝しんでいると、お姉さんはしたり顔で種明かしをしてくれた。
「休みの日に学園にいるのは、バイトをしていない寮生ぐらいでしょ」
 確かに、それもそうだ。
「軽く羽織れる部屋着が欲しいんです」
「へぇ〜」
「いつも部屋では服を着てないんですけど、それを話したら友達に変って言われちゃって」
「あら、いいんじゃない。気楽で」
「はい。そうなんですけど、急な来客があった時は、やっぱり慌てるかなと思ったので」
「あぁ、なるほど。それもそうね」


 後から考えれば、初対面の人にいろいろ話したなぁ、と思うほど話した気がする。実際には大した時間でもなく、大した内容でもなかったのだろうが。
 程なくして雑木林が開けた。大学の中庭と思しき場所へ出る。
「ほら、あそこに見える建物が大学生協よ」
 お姉さんがその建物を指差して言った。
「あ、ありがとうございます」
 優名は深々と頭を下げる。
「探しもの、見つかるといいわね」
「はい」
「じゃぁ」
 そう言って、美人のお姉さんはひらひらと手を振って校舎の方へ歩きだして行ってしまった。
 優名は生協へと向かう。
 そこで、気軽に着られて邪魔にならなさそうな服を選んで買い、ついでに農学部が作った野菜を何種類か買って帰途についた。
 帰り道、寮生向けに売りに来ている魚屋のおばちゃんから秋刀魚を買う。
 今日は秋刀魚の塩焼きにしよう。丁度、大根もある。

 そうして家に帰って人心地ついたベッドの上。
 読みかけの本もそぞろで大学部での事を思い出した。
 そういえば、お姉さんの名前を聞いてなかった事を思い出す。雑木林で何をしていたのだろう、休みの日に。意外にも石榴の木の苗を植えたのは、お姉さんだったんじゃないのか、なんてこっそり考えてみた。
 いろいろと不思議なお姉さんだった。
 いつかまた会えるだろうか。

 そんな事を考えながら眠りについた。





   − Fin −
PCシチュエーションノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.