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『never ever 』
月見里・千里0165)&結城・二三矢(1247)


「雨が降るんじゃないですか?」
 月見里千里(やまなし・ちさと)は出掛けに通いの家政婦に言われた言葉を思い出して、
「失礼しちゃう、ホント」
と少々立腹しつつも口元は明らかに緩んでいた。
 千里はバスケットを抱えて近くのバス停でバスを待っている。
 中には頑張って早起きした千里が一生懸命作ったサンドイッチやから揚げ玉子焼きなど手作りのお弁当がつまっている。
 恋人結城二三矢(ゆうき・ふみや)との久しぶりのデートに気合を入れて朝からお弁当を作っていた千里を見て家政婦が前述の台詞を言われたのだが、それでも二三矢と会える嬉しさの前ではそんな台詞もどこを吹く風である。
 今日はこのお弁当を持って新しく出来たという動物園と植物園が一緒になった自然公園なる所へピクニックに行く約束だった。
 千里の部屋のカレンダーにはこの日まで毎日1日過ぎるごとに罰印がつけられていた。
 今日は、夏休みの最後の日。1週間前から、二三矢は久しぶりに海外に居る両親の元へ行っていたので今日のデートが待ち遠しくて仕方がなかったのだ。
 腕時計を見るとと待ち合わせまで後1時間。
 時間を確認したところでちょうどバスが来た。
 千里は携帯電話にメールなどが届いていないことを確認して電源を落とす。
 するとプシューという空気の抜けるような音がしてバスのドアが開く。
 携帯を斜め掛けにした鞄に入れてバスのテラップを昇ろうと足をかけた時にあることに気付いて、ちさとは一瞬足を止めた。
「あ……」
 テラップにかけた右足の靴紐が解けていた……。


■■■■■


 気ばかりが急いて、結城二三矢(ゆうき・ふみや)は先に進まない人の波に彼らしくもなく少し苛々していた。
 何とか両親を説得して1人日本の学校に戻って来られたはいいものの、その際にたった一つだけ出された条件。
「長期休暇中は1度は親元に来ること」
 それを守るために二三矢は1週間ほど渡欧していたのである。
 本当ならもう少し早く帰ってくるつもりだったのだが、久しぶりに会う息子を両親がなかなか話してくれなくて結局千里と夏休み最後のデート当日に帰国になってしまったのだ。
―――えぇと、これから1度寮に帰って荷物を置いて……汗もかいているからちょっとシャワー浴びて着替えて……
 この後のどういう順番で段取りをこなしていけば1番タイムロスが少ないか二三矢は目まぐるしく頭の中で計算をしながら帰国したのだが、空港のこの込み具合ははっきりいって予想外だった。
 とりあえず、二三矢は成田空港1分でも早く出たいのだがなかなかそうも行かない。
「参ったなぁ……」
 そう言ってディパックを背負ったまま二三矢は頭をかく。
 しかし、そうしている間にも刻一刻と千里との約束の時間は近づいている。
 親との約束だったので仕方がなかったとはいえ、1週間以上も離れるのは久しぶりだったのでなんだか千里に会うのが楽しみのような照れくさいような、そんな甘酸っぱい気持ちが二三矢の心を満たす。
 今となっては以前は千里に出逢う前まで、自分はどうやって過ごしていたのか……それすらうまく思い出せない。
 それくらい、二三矢の心の中で千里が占める割合が大きいのだ。
 もちろん、恋愛だけが二三矢の人生の全てだとは言わないが、少なくとも今現在の二三矢の人と成りに影響を与えていることには違いない。
 思わず物思いにふけっていた二三矢は、突然当たりに響き渡った悲鳴で我に返った。
「きゃぁぁ―――」
 耳を劈くような女性の悲鳴。
 その声に振り向くとナイフを振り回した男が何かわけのわからないことを喚きながら人込みを掻き分けるように歩いてくる。
 その足取りはまるで泥酔した人のそれのようだ。
「おい、警察! 警察呼べよ!」
 どこかからそんな台詞が聞こえ、男はその濁った目を周囲に向ける。
 そしてその目が、ちょうど二三矢の隣にいた若い母子連れの前で止まった。
「うぁぁぁぁ」
 雄叫びめいた声を上げて真っ直ぐ走ってくる。
 そして、ナイフを振り回し威嚇しながら母親の方の腕を掴む。
 その拍子に突き飛ばされた幼い少女が泣き声をあげた。
「うぁぁぁぁん―――!」
「いやぁぁぁ! 離してぇぇ!」
 腕を掴まれ彼女は一気に顔が蒼白になる。
 男は口の端から泡を吹きながら真っ直ぐにその刃を振り下ろす。
 女性は痛みを予想して目を瞑った。
 だが、そのナイフが彼女を傷つけることはなかった。
 男が大きく振りかぶり振り下ろそうとした腕は、
「……」
聞き取れないほどの小さな声で呟いた二三矢の能力により急に止まったかと思うと、流れに逆らうようにナイフの刃が不自然な方向に曲がった。
 近くにいた男性が飛び掛り、男がもんどりを打って倒れた。
 そこで彼女はとっさに自分の身よりも娘の無事を確かめ抱きしめる。
 大切な人の顔を見る時、どんな女性もその目にはどこか慈愛の光が浮かぶ。
 その瞬間の彼女の表情が何故か千里の顔と重なった。
「大丈夫ですか?」
 二三矢は力が抜けへたり込んだ女性に手を差し伸べる。
「は……はい」
 そう言って彼女が二三矢の手を借りようとしたその時だった―――
 周囲にいた人間に抑えられていた男が急に暴れだし、ズボンの後ろポケットに隠し持っていたナイフを振り上げた。

「きゃぁぁぁぁ――――」


 悲鳴と聞いたのが先だったのか……それとも二三矢の身体にナイフが突き刺さったのが先立ったのか……


「ち……ちー……」
 倒れた二三矢の身体の下に徐々に赤い血溜りが広がった。


■■■■■


 約束の時間はすでに1時間も過ぎているのに二三矢は現れない。
 それどころか、携帯電話の電源自体が入っていないのか何度かけても出るのは留守番電話サービスの女性の声だ。
「ん、もう」
 ピッ小さな音を立てて千里は携帯電話の通話ボタンをオフにした。
 が、タイミングがいいのか悪いのか、突然携帯電話の呼び出しの音楽が流れる。
―――二三矢?
 そう思って確認すると、それは待ち人ではなく友人の1人だった。
「はーい。なぁに?」
 あまり機嫌がいいとはいえない口調で呼び出しに応じた千里は、電話の向こうの台詞に身体を強張らせた。
「うそ……」
 するりと千里の手から携帯電話が落ちる。


『気を確かに持ってよく聞いて下さい。二三矢さんが事件だか事故だかに巻き込まれて病院に―――』


 すぐにタクシーを拾って病院に駆けつけた千里の目の前には手術中の赤いランプが点っている。
 がくがくと震える膝を千里は両手で押さえつける。
 それでも気丈に顔を上げるとちょうど赤いランプが消えて手術室から医師が出てきた。
「先生! 二三矢は!?」
「大丈夫ですよ。幸いにも内蔵までは損傷していませんでしたから。出血の割に傷はそんなに深くありませんよ」
 ぽんぽんと、手袋を外した手が千里の肩を叩く。
 真っ直ぐ廊下を歩いていく医師の背中に向かって千里は深々と頭を下げた。
 二三矢の両親は海外にいてすぐには帰国できない為、それこそ千里は泊り込みで二三矢の看病に当たった。
 そして、入院から2日目。
 二三矢の瞼が微かに動いたかと思うと、ゆっくりゆっくりとその双眸が開く。
「二三矢ぁ―――」
 千里はいつの間にかあふれ出る涙でゆがんだ視界でそれでも二三矢の瞳を覗き込んだ。
「あ、先生……呼ばないとね」
 ナースコールで二三矢が目覚めたことを伝え、千里は零れ落ちる涙を手の甲で拭う。
 医師が言うには傷も浅く内臓や神経も損傷していないので命に別状はないといわれていたが、それでも千里は不安だったのだ。
 このまま目を覚まさなかったら―――そんなことを考えるだけで、千里は身体が震えだすのを止められなかった。
「よかったぁ……もう、すっごくすっごくすっごく心配したんだからぁ」
 そう言って泣いたあとが色濃く残る顔で、それでも千里は微笑んだ。
「俺……?」
 上半身を起そうとした二三矢を千里が慌てて止める。
「ダメよ、まだ安静にしてなきゃ」
「……」
 二三矢はそんな千里を確かにその瞳に映しているはずであるのにすぐに答えてはくれない。
 そして、ようやく二三矢の口から出た言葉―――


「あの……あなた……誰ですか?」


 二三矢の記憶から、千里の存在が消えてしまっていた。


『ちー。ちー、大好きだよ。
 愛してる。
 ずっとちーのことを俺が守るから―――』
 がんがん言う頭を千里は押さえ込むようにして蹲る。
 本当に哀しい時は人は涙すら出ないのかもしれない。
 千里の世界は瞬時に全ての色を無くした―――
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月09日

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