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『まだ隣にいてくれた 』
神宮寺・夕日3586)&深町・加門(3516)


 ――プロローグ
 
 神宮寺・夕日は、通常兄とその弟子と一緒に住んでいる。
 彼女にストーカーらしき人間がいるとわかったのは、三ヶ月ほど前のことだ。うら若き女性ではあるものの、夕日はこれでも警部補つまり警官である。まさか警察に「ストーカーに悩まされているからどうにかしてくれ」とは訴え出られない。そもそも、もし襲ってきたところで返り討ちにしてやる自信があるのだ。
 だから、三ヶ月「好きだ」から始まって「殺したいほど愛している」に繋がるストーカーの手紙を受けたからといって、実はなんとも思っていなかった。何度か撃退に出たものの、見事に逃げられ続けていたので、面倒になって諦めてしまっていたのだ。
 相手の好意や悪意にあまり敏感ではない夕日にとって、強烈な好意であるストーカーの心理が理解できなかったからかもしれない。彼女にしてみれば、まるでお遊びのように自分の反応を楽しんでいるだけなのだろう、だから無視をしていさえいれば止むだろうと考えられた。


 ――エピソード
 
 その日は家の全員が出払っていて、とても気持ちのいい日だった。
 珍しく仕事が定時に終わったので、帰りに友達と食事をして家路についていた。住んでいる家は教会だった。教会の裏口はいつも開いていて、誰でも入れるが、誰か入ってきたためしはない。夕日はいつものように裏口からキッチンへ入り、そこで靴からスリッパに履き替えて靴を持って玄関まで歩いた。
 いつも帰り道によるケーキ屋さんのちょっとした事件を解決してから、夕日はそこのケーキがタダで食べられるという特権を得ていたので、ケーキの箱をキッチンに置いて、彼女は部屋に入った。黒いスーツを脱ぎ、いつもの桃色のシャツを脱ぎ、ちょっとTシャツとジーンズに着替えてキッチンへ戻った。小さなフォークと小皿を取り出して、マンゴーのムースの透明なコーティングをはがす。
 それから気が付いたように立ち上がってアールグレイのティーパックで、電気ポットからお湯を注いで紅茶を淹れた。ケーキを食べるのだから、砂糖は入れない方がいいだろう。
 香りたつ柑橘系の匂いを楽しみながら、席に座ってケーキを食べ始める。小さなケーキはあっという間に夕日の胃袋に納まってしまう。それから紅茶をゆっくり飲んで、今日は非常に有意義な日だと実感した。
 誰かがいるとこの間に意味のない諍いが起きるのは目に見えているのだ。
 兄はとんちんかんに口うるさいし、その弟子はとんちんかんにボケているのだから仕方がない。
 それからお風呂に入って、報道番組でも見て寝てしまおうかと小皿とフォークを流しを出したところに、突然裏口のドアが開いた。
 髪をきれいに整えている、今時風の青年がそこには立っていた。
 家人の知り合いだろうかと頭を巡らせて、声をかけようと思う。
「あの……」
 先に口を開いたのは男の方だった。そして男は、夕日の方へ土足で上がってきた。夕日はびっくりして二三歩後退した。そして彼が手に包丁を持っているのを見た。一度逃げ出してしまうと、腰も引けてしまうもので、彼にかかっていって包丁をむしり取るという行動は思い浮かびもしなかった。
「夕日さん」
 男は言った。
 夕日は流しを片手で触りながら後ろに下がり、食器棚を伝って廊下に出た。それから、後ろを見ずに一目散に自分の部屋へ逃げ帰った。
 自分の部屋にはベットとパソコンとコンポぐらいしかない。入って鍵を閉めてから、何か武器になるものを持ってくればよかったと思い至った。ただ、心臓が口から出るほどドキドキしていて、あまりのことに驚いてしまっていたので、何も考え付かなかった。
 あれが、ストーカーというものなのか。
 包丁を持って夕日を襲ってきて、どうするつもりなのだろう。手紙にあった通り殺すつもりなのだろうか。それとも脅かして犯すつもりなのだろうか。それとも……それともなんなんだ。
 すぐに自室のドアがガタガタと揺れ出した。ドアにもたれていた夕日は驚いて飛び退いた。
 ドンドンドンドン、ドンドンドンドン。
 激しいノックが続き、ドアノブがガチャガチャと回される。こんなドア、男が本気になれば簡単にこじ開けられてしまうのではないか。
 そんな不安に陥っているとき、ドアの音は止んだ。
 嵐は去った? 思って視線を感じて窓を見ると、カーテンの隙間に男が立っているのが見えた。ぎょろりとした目が夕日を見ている。男はじっとガラスに貼り付いていた。
 窓ガラスだって割ろうと思えばすぐに割れるではないか。
 夕日はベットの上に追い詰められるように乗って、手に当たったさっき放り出した鞄に気が付いた。中を探って、携帯電話を取り出す。それからは自由意志ではないかのように、ともかく彼に電話をかけていた。

「誰だ」
 五つ目のベルが鳴ったとき、深町・加門が電話に出た。後ろに雑音が鳴っている。恐らく車の中なのだろう。
「わ、私」
 私と言ってわかる相手ではないのに、彼女は名乗る余裕もなかった。加門は調子を変えずに訊ねる。
「だから誰だよ」
「神宮寺・夕日よ」
 加門は電話先で「ああ」と納得の声をあげた。それから、何も言わない。用件があるのは夕日の方だと考えているからだろう。
「来てくれない、ちょっと今、怖くて」
「なにが」
「だから、変な男が包丁持ってうちの部屋覗いてるのよ!」
 半分ヒステリックに叫ぶと、加門は驚いたように沈黙した。夕日は窓の目をじっと見つめていた。いつ彼がどうやって入ってくるのか、布団をかぶってしまいたいけれど、それは危険なのか。
「お前んち、どこ」
「国道B号沿いの教会よ、……小さな」
「誰かいねえのか」
「いたら、あんたなんかに電話しないわよ」
 頼んでいる側だというのに、緊迫した空気がそうさせるのか、夕日はイライラと口にしていた。電話が前触れもなく切れる。プツン、という絶望的な音。ツーツーツーという永遠に続くような突き放された寂しい音。
 そんな……。
 窓の外の目はじっと夕日を見つめている。夕日は体のあちこちを触って、自分を落ち着かせようと試みてみる。それは全て失敗に終わった。
 男は窓際からいなくなって、しばらくしてまたドアがノックされ始めた。
 ここは小さくても教会だ、多少の大きさはある。窓ガラスが割れれば近所も気付くかもしれないが、ドアが蹴破られるぐらいでは誰も気付かないかもしれない。
 夕日はふらふらと立ち上がって、コンポのスイッチを入れた。最近買ったベスト版のアルバムがぐるぐると回り出す。大音量にして、ノックとドアノブの音を打ち消そうと思っているのだが、音楽が恋愛の歌を唄えば唄うほど、嫌な恐怖は増していく。
 どうして変質的な曲が多いのだ、とコンポの電源を引っこ抜いて夕日は思った。
 
 それから一時間はそうしていただろうか。
 車が外に停まる度に夕日は希望を募らせたが、生憎深町・加門ではなかった。
「夕日さん、開けてください、そっちに行きますよ」
 知らぬ男がそう言ったとき、夕日は毅然と立ち上がった。怖がっていても仕方がない。このままでは殺されるかもしれない。彼が入って来た瞬間に、どうにかして相手をやっつけるしかない。それぐらいできなくて、なにが警官だ。
 やがて、ドン、ドンと体当たりをしている音が聞こえてくる。夕日はドアの横に立って男が入ってくるのに身構えた。
 そしてドアは――。
 最後の一撃はもの凄い音がした。男はその一撃でドアを破り、中に入った。中に入って夕日を探す。夕日は包丁に目をやって手を出そうと震える手を握り締める。
 その途端だった。
 突然廊下から男の頭が横に蹴られた。男は夕日のベットまですっ飛んだ。
 夕日は呆気に取られている。
 すぐに深町・加門が顔を出して、いつも通り眠そうな顔のまま立ち上がることもままならない男の右手を踏みつけて包丁を落とした。それから、鬱憤晴らしをするように、二度男の腹を蹴った。
 夕日は立ちすくんでいる。
 加門は彼女を見ることもせず、男の足を引きずって部屋から出て行った。
 少しして加門が帰ってくる。
「おい、お嬢ちゃん、警察呼べよ、警官なんだから」
 夕日はぺたっと座り込んで、加門を見上げていた。加門は煙草をくわえていて、夕日に手を差し出す。しかし夕日は苦笑いをした。
「……腰、抜かしたみたい」
「おいおい」
 加門が笑った。
「こんな広い家に一人で住んでんのか」
「今日は兄貴も居候も出かけてて」
 加門はそんなことを言いながら夕日のベットの上掛けをのけた。
 それからおもむろに彼女の背と足に手を差し込んで、よいこらしょっと彼女を持ち上げる。慌てた夕日は加門の首に抱きついた。
「重たい」
「……う、うるさいわね」
 スタスタと四歩歩いてベットまで運ぶと、加門はゆっくり夕日をベットに寝かせた。掛け布団を乱暴にかけて、きびすを返す。
「じゃあな」
「え? ちょっと」
 こんな状況に女の子一人置いていく気?
 礼を言う前にそう思ったものだから、加門が部屋から去っても夕日は彼にお礼を言うことすら思いつかなかった。
 緊迫した空気で疲れきっていたのか、彼が来たことで安心したのか、夕日はよく眠った。驚くほど。翌朝早くに目が覚めた頃には、腰も支障なく歩けるほど回復していた。
 昨晩の深町にいつか礼をしなければと思ったのは、そのときだった。
 それでも、あそこで帰ってしまうのは人としてどうなのか考えてしまう。またストーカーが襲ってきたらどうしてくれるつもりなのだ。
 などと考えながら、夕日は開けっ放しの部屋を出て廊下からキッチンへ行こうと居間を抜けようとした。


 ――エピローグ
 
 居間のソファーでは、ぐうぐうと眠っている深町・加門がいた。
 夕日は驚いて立ったまま数秒彼の姿を見ていた。
 それから自分の部屋に戻って掛け布団を持って戻ってくると、間抜けな顔で眠っている加門にかけてやり、それからソファーのすぐ横の床にぺたんと座って、出ている手を握ってようやく言った。
「ありがとう」
 眠っている彼はもちろん、何も聞いていないだろうけれど。
 


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/24/警視庁所属・警部補】
【3516/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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「もしもし私、」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
いきなり話が折れるようにはじまりまして、プレイングもこなせていたりこなせなかったり、不穏な感じで申し訳ないです。
各それぞれの分岐も多いので、全員合わせてお楽しみいただければと思います。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
文ふやか クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月07日

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