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『 欠けたるもの 』
都築・秋成3228)&高柳・月子(3822)
 
 種類は豊富で、どれも色鮮やかであったり、涼やかであったり、造形が凝っていたりするものだから、眺めているだけでも楽しいのだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
「お客さん、そろそろお決まりになりました?」
 和菓子が並ぶショーケースの向こう側、店員たる月子の顔には笑みが浮かんでいるには浮かんでいるが、少しばかりその笑みは引きつっているようにも思えなくはない。
「いや、まだ……すみません」
 笹でくるんである小さな水羊羹もいいし、和菓子の定番ともいえるきんつばも捨てがたい。期間限定とある金粉をまぶした和風ゼリーは目にも涼やかで美味しそうだ。
「それでは、お決まりになりましたらお声をおかけ下さいませ。……じゃ」
 にこやかな笑顔でそう言ったかと思うと、くるりと背を向ける。最後の言葉は少なくとも客向けではない。
「……どこ行くんですか」
 都築は目をぱちくりさせたあと、月子の背中に声をかけた。すると、月子は肩を軽く動かしたあと、振り向いた。……あの肩の動き。間違いなく振り向く前にため息をついている……都築は思った。
「……冗談。でも、そう言いたくもなるってものよ。優柔不断ねぇ。ばしっと決めちゃいなさいよ、ばしっと」
 月子は時計をちらりと視線をやったあと、都築を見つめた。この店に訪れ、どれだけの時間が経過したか。少なくとも、三人の客が訪れ、品物を手に帰っている。
「そうなんですけどね、どれも綺麗でしょう。迷ってしまうんですよ」
 ショーケースに並ぶ和菓子を見つめ、都築は答えた。それぞれに趣があるから、どれにしようか迷ってしまう。色彩が豊かであり、造形が美しくもあるから、眺めているだけでも飽きない。
「その気持ちはわからなくもないけどね。ゆっくり選んでください、お客さん……と言いたいところだけど」
 月子はもう一度、時計を見やった。
「もうすぐ閉店時刻なのよ。それとも……それを狙っているとか?」
 月子が閉店のあとの逢瀬を期待した瞬間に、都築は言った。
「それはすみません。気がつきませんでした。すぐに選びます……え、何か言いましたか?」
「……いいえ、何も」
「そうですか? 少し、怒っていません?」
 なんだか急に不機嫌になったような気がする。また、笑みが引きつっているように感じるのは気のせいではない……はず。
「いいから。どれにする?」
「もはや、客に対する態度ではありませんよね、それ……」
 苦笑いを浮かべつつ都築が言うと、月子は何を言っているという顔で都築を見つめ、そして、言った。
「だって、秋成だし」
「どういう意味ですか、それは」
「言葉のままだけど?」
 あっさりと言葉を返され、返す言葉を失う。最初はきちんと客であったはず。それがいつの間にか、秋成だしになっている。
「それで、予算はいくら? どのレベルの相手を訪ねるの? 訪問先の人数は何人? ……優しい店員さんが相談に乗ってあげるだけよ。そんな顔しないで」
「はぁ……そうですね、予算は特に考えていませんでした。レベルは同年代の友人、訪問先の人数は……微妙ですね、これは……基本は二人なんですが」
 正直に答えると、月子はショーケースを見やりながら訊ねてきた。
「夫婦?」
「いえ、兄妹です。しかし、仕事の関係で何かと人の出入りが激しいところで。もしかしたら、他にも数人いる可能性が無きにしも非ず……」
 都築はこれから訪ねようと思っている草間興信所のことを思い浮かべながら答えた。基本は草間と零のふたりではあるが、自分と同じように出入りをしている人間が多数いることを知っている。まあ、それでも狭いところだから、どんなに頑張っても二桁になることはないだろう。
「……どんな仕事をしているわけ?」
 ショーケースを眺め、和菓子を選びながら月子は言った。都築の言葉から考えて、少し多めの人数を想定して、和菓子を選んでおく。
「興信所をやっているんですよ」
「興信所?」
 月子は手を止め、顔をあげた。
「興信所って、身元調査を頼んだりするところよね?」
「それだけではありませんが、そういったこともしているでしょうね。ただ、草間くんは……ああ、草間武彦というんですが……専ら怪奇探偵の有名が轟いてしまっていますから、あまりそういった『普通』の依頼は受けてなさそうですよ」
 本当は『普通』の依頼を受けたいようではあるが、その意思に反して変わった依頼が舞い込んでいる。少しばかり変わった事件を解決すると、それに似た事件が立て続けに舞い込んでくるということは、よくある話である。そして、気がつけばそれの専門になっているという話も。
「……ねぇ、これからそこに行くのよね?」
「ええ、近くまで来たので」
 そのための手土産のためにここへ寄ったわけだが、思ったよりも時間を食ってしまっている。それもこれも丹精に作られた和菓子のせい……ではなく、自分が優柔不断なせいだろう。
「十五分」
「はい?」
「あと十五分待って」
 真剣な顔で月子は言った。
「はぁ?」
 よくわからないままに頷くと月子は目を細め、笑う。
「今、お茶を出すわ」
 そして、出てきたものは湯飲みと和菓子。それを渡され、奥を示される。わけがわからないままに茶を飲み、和菓子をつまむ。そうしていると、お先に失礼しますと和菓子屋の主人に声をかけた月子が現れた。
「おまたせ」
 そう言った月子が店をあがっている状態なのは、見てすぐにわかる。
「あの……」
 和菓子は……と訊ねようとすると、包装された箱が差し出された。
「はい、これ。オマケしておいたから。お代? ……いいわよ、夕飯で」
 ぽん、都築の背中を叩き、月子は笑った。
 
 草間興信所。
「へーぇ……」
 扉をくぐったあとの第一声は、それだった。
「その『へ』と『え』の間の伸ばし方が微妙に気になるわけですが、いかがなものでしょう、草間くん?」
 ついでに付け加えれば、煙草をくわえてやや目を細めたその表情もかなり気になる。さらに付け加えれば、月子と自分をしきりに見比べていることも。
「なるほどなるほど、そうかそうか」
 ぱんぱんと都築の腕を叩きながら草間は頷く。
「何がですか……?」
 何がなるほどでそうかなのかがわからない。怪訝そうに訊ねたが、草間は何も言わなかった。そうかそうかと頷くばかりだった。
「この人は、高柳月子さん。草間くんの仕事ぶりが見てみたいとのことなので……それから、そう、これをどうぞ」
 都築は和菓子を差し出した。草間は笹かまぼこで文句を言った男だが、和菓子はどうだろうか。また文句を言ったら……もう買ってきてやらない。
「おお。さんきゅ」
 箱を掲げ、開けていいかというような視線を送ってきたので、こくりと頷く。すると、草間はがさがさと包装紙を外し、箱を開けた。
「和菓子か……」
 少し声の調子が下がったような気がする。かちんとくるところだが、その前にはっとして月子の様子をうかがった。……よかった、聞かれていなかったようだ。月子は物珍しそうに興信所の室内を見回し、零と言葉を交わしている。
「そういう失礼なことを言う人には土産なんてあげません」
 返してくださいと取りあげようとすると、草間は慌てて都築から箱を遠ざけた。
「いやいや、おい、零、お茶を用意してくれないか」
 ごまかすように草間は言った。そして、和菓子をテーブルの上に広げる。……だが、こんなことでごまかされるものか。次は処分に困るような不気味な人形を買ってきてやる……そう、捨てると呪われそうな、でも部屋には置いておきたくないような。
「……何か、企んでないか?」
 怪訝そうな顔で草間が見つめてくる。都築はにこりと笑みを浮かべて否定した。
「いいえ、べつに。処分に困りそうな人形を買ってこようだなんて考えていませんよ、ええ、全然」
「……ごめん、悪かった」
「まあ、それは冗談ですが。俺は土産にケチをつけられた程度で怒ったりはしませんが、他の人はどうかわかりませんから、そういう態度はやめた方がいいですよ」
「大丈夫だ、おまえにしか言わないから」
「……」
 都築は草間を見つめる。草間も都築を見つめた。……お互いににこりと笑う。
「なに男二人で微笑みあっているのよ……?」
 月子に怪訝そうな顔をされるのも仕方がない。
「いえ、ねぇ……」
「そう、べつに……ああ、でも、なんていうか……いい感じかもな」
 都築と月子を見比べ、草間はうんと頷いた。
「何がですか?」
 しかし、草間は都築の問いかけには答えず、月子に向き直り、ちょっと呑気な奴だけどよろしく頼むというような内容を口にした。月子は月子で任せてというような内容の返答をしている。
 ……何がよろしくで任せてなのか。
 何も言えずにこめかみを指でかいていると、零が茶を差し出した。ありがとうとそれを受け取り、口をつける。その間も草間と月子は話を続けた。どうにも取り残されたような気分のなか、ため息をついていると二人の話題はつい先日、草間のもとへ訪れたときに遭遇した深夜に現れ『ワタシキレイ?』と訊ねてくる女が出没するという依頼のことになった。草間は事件のあらましを話し、月子はそれを聞いている。
 それを横で聞いているうちに、ふと思い出した。
 そういえば。
 口裂け女こそ人の仕業ではあったが、それに伴う調査で知った踏切に出没した霊は、本物だった。聞けば、あそこでは事故や自殺が多いという。少なからず、その霊が関係している……いや、ほぼ確実にその霊の仕業であるといえるだろう。
「……どうした?」
 ふと気づくと草間が見つめている。月子と零も自分を見つめていた。
「あ、いえ。ちょっと……あの依頼のときに遭遇した女性の霊のことを思い出して」
 言葉を濁してしまおうと思ったのだが、そういう雰囲気ではない。濁したところで訊ねられそうだったので、素直に答えておいた。
「ああ……なんだか出るという話だったものな。……そんなに気になるなら行ってみたらどうだ?」
 都築を見つめ、草間は言う。
「……そう……ですね」
 どうやら自分は思ったよりも、気にしているようだ。都築は草間の言葉に頷き、あの踏切へ向かうことを決める。
「あの踏切で起こった事故、自殺について簡単に調べてみた」
 そんな草間の言葉に顔をあげる。
「共通していることは、身体がバラバラになっちまうこと。だから、いつも遺体の一部が見つからないらしい」
「……」
「それと、目撃者の証言によれば、誰もがふらふらと遮断機をくぐり、電車の前に立つということだ」
 そう、まるで招かれるように、な……と草間は言った。
 
 沿線を通り、あの踏切の前に立つ。
 以前とは昼間に訪れたが、今日は、夜。人通りは以前にも増して少なく、灯が少ないということもないのに、何故か周囲は暗く感じる。近くにある交番の警官が見回りを嫌がると言っていたが、なるほど、あまり通りたいところではない。
「出ると言われても、頷けそうな場所ね」
 周囲を見回し、月子は言う。怖がっているようには見えない。
「……どうしてあたしが一緒なんだと思ってない?」
 ふと都築の顔を覗き込み、月子は眉を顰めた。
「それは。これから夕飯を食べに行くから」
 和菓子の代金として夕飯をおごることが何故か決まっているから、必然的に月子は隣にいるわけで、それについてはどうとも思わない。
「じゃあ、その微妙な表情は、なに?」
「いえ、普通の女性は怖がりそうですから」
「……きゃー、こわーい」
 月子は平然とした表情、抑揚のない口調でそう言った。……俺が間違っていました。都築は思わず、心のなかで謝った。
「でもね、勘違いしないでよ。あたしだって怖いと思うことくらいあるんだから。ただ、今は怖いと思わないだけ」
 月子はそう言うとちらりと都築を見あげ、それから踏切へと視線をやった。
「何故だかわかる?」
「そうですね……怪異に慣れているから?」
 そう答えると、何故かため息をつかれた。ハズレであったらしい。それでは……と次を考えようとすると、もういいというように手を振られてしまった。それでも理由を考えていると、不意に月子は呟いた。
「……手招きしてる」
 その言葉に反応し、踏切を見つめる。あの日と同じように、向こう側にワンピースの女性が立っている。あの日と違うことは、手招きをしているということ。
「出ましたか……」
 自分も月子も手招きの影響を受けてはいない。じっと見つめているうちに、ふと奇妙なことに気がついた。ワンピースの女性の身体は透けて見える。それはべつに霊体であるから、不思議でもない。見え方は様々で場所やこちらの状態、または相手の状態によって人と変わらないように見えたり、透けて見えたりとそのつど変わる。正面に立っているはずなのに、足が一本しか見えないような気がするのは……果して、気のせいだろうか。
 ……もしかしたら。
 ふとあることが頭を過る。
「なぜ、生者を引き込もうとするんですか? そうすることで、かえって自分を苦しくするのではないのですか?」
 とりあえずは言葉による説得か。都築は踏切の向こう側、正面に立つワンピースの女性に向かい、声をかける。
 だが、返答はない。
「心残りがあるなら、あたしが身体を貸してあげるから昇華してきたら?」
「?!」
 隣でそんなことを言いだす月子に驚く。どんな顔でその台詞を口にしているのだろうと思わず、月子の横顔を見つめた。月子は真剣な表情でワンピースの女性を見つめている。冗談で言っているわけではなさそうだった。
「秋成がいるからあたしに変なことはできないだろうし、……ああでも、秋成にへんなことをしたら承知しないけどね」
 そこまで言ったところで、視線に気がついたのか月子がこちらを向いた。
「なに?」
「あ、いえ……」
 迷いなくそう言えることに戸惑いを隠せない。それは月子が自分自身を信じているからそう言えるのか、それとも、拝み屋としての自分の腕前を信じているからそう言えるのか……どちらにせよ、驚かされる。
「あ」
 月子が小さく声をあげた。
「!」
 踏切の向こう側から感じていた気配をすぐ近く……足元で感じる。ふと見れば、月子の左の足首に白い腕が絡みついていた。
 ……足……足……足……私の足……。
 感じるものは、足に執着する思い。
 私の足……見つけた……。
「身体は貸すといったけど、あげるとは言ってないよ」
 それにこれはあたしの足だと月子は言う。だが、白い腕は月子の足に絡みつき、離さない。都築が象牙の数珠を手にしたところで、月子は手で制した。
「待って」
 待ってとは言われても、待っていては何が起こるか。白い腕は月子の足首から徐々に脛、膝と上部へと移動している。やがて、その白い腕は消え、月子の気配が変わった。
 憑依している。
 尚も月子を見守っていると、不意にすたすたと歩きだした。だが、そうかと思うといきなりがくりと力を失い、倒れかける。
「……大丈夫ですか?」
 駆け寄り、身体を支えたときは、既に普段の月子の気配に戻っていた。霊の気配は感じられない。
「大丈夫よ、これくらい。なんでもないわ。……」
 だが、ひとりで立とうとした月子はほんの少し顔を歪めた。
「左足……持っていかれましたね?」
「すぐに戻ってくるわよ。あの世までちょっと貸してあげただけ」
 さらりと月子は言う。左足は痺れているが、それは永続するものではない。そのうちにおさまる。
「無茶をする人ですね……」
 都築はこめかみに手をやり、ため息をついた。
「あの世まで歩く足が欲しかったのよ。大丈夫、これできちんと歩いていけるわ……」
 夜空を見あげ、月子は言う。やはりまるで怖がるでも恐れるでもない様子に都築は再びため息をついた。そして、背中を向け、少し屈む。
「どうぞ」
「なにが?」
「歩くの、辛いでしょう?」
「馬鹿ね、大丈夫よ」
 歩きかけ、月子はふらついた。
「大丈夫ではないでしょう。……人通りはありませんから、恥ずかしくはありませんよ。ほら、誰の姿もありません」
 駅までの線路に沿った通りには人の姿はない。それでも月子は渋った。
「結局、あなたが浄化させたわけで……俺は何もしていない。これくらいはさせてくださいよ。お願いします」
「なに頭下げてんのよ! ……駅に着く前におろしてよ?」
 酔っぱらって歩けないと思われるのはイヤだからといつでも強気である月子が珍しく困ったような気弱な表情で小首を傾げる。都築はこくりと頷き、背を向けた。
 月子を背負い、暗い通りを歩きだす。
 お互いに口を開かない。
 ゆっくりと歩きながらふと踏切の女性のことを考える。
 欠けているものがあったから、それを補いたかった……ということだろうか。
 自分とは違う考え方をする月子は、自分にとって欠けている部分を補ってくれるのだろうか……ふとそんなことを思う。
「なに……考えてるの?」
 不意に月子が言った。声は心なしか不機嫌に思える。
「いえ、べつに」
「それ、多いよね」
「多いですか?」
「多い。思ったこと、わりと素直に言わないでしょう」
「思ったことを考えなしに口にするのは、子供です」
「じゃあ、あたしは子供ってこと?」
 そんな言葉のあと、ぽかりと頭を叩かれた。
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ、どういうわけよ?」
 そう訊ねられると、こう答えるしかない。
「そういうわけなんですが……」
 ぽかり。また、叩かれた。
 
 件の踏切での事故は減り、ワンピースの女性に手招きをされるということもなくなった。
 そして、あの夜以来、都築の仕事に月子が同行するようになり、どちらが助手なのかわからない活躍を見せるようになるのだが……それはまたべつのおはなし。
 
 −完−
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
穂積杜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月07日

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