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『スルヴルデコスを憐れむ歌 』
舜・蘇鼓3678


 ぼろん、
 ばららん、
「んー、ちがう」
 きゅきゅっと締めて、
 ぽろろん、
 ぱらららん。
「うし、オケオケ」
 ぽろん、と蘇鼓のギターが音をとる。
 蘇鼓がそれと思った音でも、実は、観衆が聴きとる音はちがう音だった。薄汚れた彼のギターは、この世のものではない音を奏でる。

   アグるバスンば、うェかとウけおソ
   波間と虎子はガケノシタ
   スチャラカ節の領収書
   アイ・アイ・リイ・カア、
   アグるバスンば、うェかとウけおソ

   とどのつまりは失調症で
   俺の中の世界はくずれる(ドンガラ)
   くずれた欠片は燃やして喰うか
   何せ俺様ヒクイドリ

   アグるバスンば、うェかとウけおソ
「イャ――――――――――――ヤ・ヤ・ヤアアア!!」
 ドダッ!!


 さすがの蘇鼓も、歌を止めた。
 客は悲鳴を上げて後ずさった。蘇鼓の向かいのビルの屋上から、悲鳴も押し殺さずに女がひとり降ってきて、無惨にも地面で砕け散ったのである。
「何だア、オイ」
「け、警察!」
 ギターを抱えて呆れ顔の蘇鼓を尻目に、何人かが携帯を取り出し、何人かが吐いた。蘇鼓はしばらくその目をぱちくりして、騒動を見守っていたのだが、救急車とパトカーのサイレンが聞こえはじめてきた頃には、ギターを抱えてその場を去っていた。
 場所を変えて仕切り直すつもりだった。

 場所を変えたところで、結果は似たようなものだった。
 気を取り直して1曲、と半ばまで歌ったところで、決まって悲鳴の邪魔が入る。駅前で歌ったときは最悪だった。特急の前に飛び出したサラリーマンが砕け散り、臓物が蘇鼓の前に置いてあるチューリップハットにポケットしたのだ。そのチューリップハットは拾いもので、1曲終えたあとのおひねりを入れてもらうのに重宝していた。
 集まっていた客が発狂寸前の状態で大騒ぎをしている中、こんなんいらね、と蘇鼓はこぼした。この東京でのんべんだらりと生きるには、新鮮な臓物ではなくゼニが要るのだから。
「何でかね……日和でも悪いンか?」
 ぼやきながらも、きゅきゅっと締めて、ぽろんと奏でる。
 ぼろん、ぼうろろん。
 すぐ近くで、車が何かを撥ねる音がした。

 ギターだった。
 そもそも、そのギターはチューリップハットと一緒にゴミ捨て場で拾ったものだった。弦も何本か切れていたし、一夜限りの相棒のつもりでいたのだ。
 それが、ふとしたことから手に入れた、丈夫な弦を張ることで、まともなギターとして生まれ変わったのである。丈夫な弦というのは、蘇鼓が名前もろくに覚えていない(スルヴルなんとか)寄生虫だか邪神から引きずり出した筋だった。ちょっとばかり、ナタク気分になってみたのだ。獲物の筋を何かに使う、というのは、蘇鼓にとって非常にクールでファンキーでイケてる行為なのである。昔から。
「まア、あんなイソギンチャクのスジじゃ、ヘンな音が出ても無理ねェか……」
 別に人間が狂おうが死のうが、蘇鼓の知ったことではない。むしろ、ぽろんと軽く音を取るだけで人間が正気を失う様は、面白おかしかった。
「何せ俺様、ヒクイドリ」
 けらりと笑って、蘇鼓は弦を弾く――。
 その夜は、飽きるまで音を出していた。ある路地裏で1曲奏で、血と死の匂いを嗅げば、今度は病院の前に座って音を出す。窓から患者が落ちてきたら、次は公園のよくわからないオブジェの前で。
 そうして満月もだいぶ傾いた頃、ようやくご機嫌な蘇鼓は気がついた。
 いつの間にやら、連れが出来ていたのだ。
 どこかの中学の制服を着た少年だった。


「なに、てめェ」
 ギターの弦にかけた手を一旦離し、きょとんとした顔で、蘇鼓は少年に尋ねた。少年はぎくりとしたようだった。もぐもぐと言葉に詰まっていた。
「だから、なに」
「お、お、お、おにいさんは」
 顔も地味だが、声も地味だった。おまけに小さい。蘇鼓は顔をしかめ、片眉をはね上げて、身を乗り出した。
「そ、そのギ、ギターで、人を殺せる、んだね」
「あーあああ、あいやァ」
 蘇鼓は笑ってギターをつついた。
「オレはべつに殺す気ないんだけどさ。これ弾いたらニンゲンの頭がおかしくなる、だけ」
「ぼ、ぼぼ、僕を殺してほしいんだ……もう5回も失敗してるんだ……しし、死にたいんだよう」
「だァからお前サン、オレは殺してるわけじゃねェんだってばよ」
 蘇鼓はやはり笑って、今度は肩をすくめた。
「死ぬかどうかは、イカレた本人次第ってやつ?」
 肩をすくめたまま、彼は首を傾げた。
 そのとき、彼の耳がかすかに聞き取ったものがあった。

 ――ぎゃう、ぎゃう、いや、あぎゃ、ぐぉわ、いや、きゃあああ――

「……」
 蘇鼓は、いまやギターに耳をあてていた。
 ギターがひとりでに奏でているのは、悲鳴だ。断末魔の叫び声だ。蘇鼓が――いや、ギターが殺した狂人たちの叫び声が、ギターの音を狂わせ、ギターの力をますます恐るべきものに変えているのだ。
「音出すのは、全ッ然かまわねンだけどさァ」
 ギターの音を聞きながら、蘇鼓はわずかばかり難しい顔をした。
「こいつの音で死ぬことになったら、なァんか、ひでェ目に遭うっぽいぜ。あの世に逝けないンじゃねェかなァ」
「し、しし、死にたいんだよう! 死にたいんだよう! 死にたいんだよう!」
 少年の声はヒステリックなほどに高くなり、思わず蘇鼓は首をすくめた。たまらない音だ。耳がいい蘇鼓はすっかり閉口した。
「あーあああ! わーかった! わかったってよ!」
 ここで一筆、「わたしは自分の意思でギターの音を聞きました」という念書を書かせたい気持ちにも駆られたが――それはそれで面白いことになるかもと、蘇鼓は結局、中学生の望みを聞き入れた。


   アグるバスンば、うェかとウけおソ
   波間と虎子はガケノシタ
   スチャラカ節の領収書
   アイ・アイ・リイ・カア、
   アグるバスンば、うェかとウけおソ

   とどのつまりは失調症で
   俺の中の世界はくずれる(ドンガラ)
   くずれた欠片は燃やして喰うか
   何せ俺様ヒ


「わぁうる! いあ! すすす!」
 なにごとかわめきながら、少年が蘇鼓からギターを奪った。蘇鼓が、あッと声を上げたときには、すでにこの世のものではない弦が引き千切られていた。少年は異様な色の筋を自身の首に巻きつけて、ぎりりと締め上げた。
 ぼろろん。
 ばうん。
 がん、ごろん。


 真夜中の公園に転がっているのは、白目を剥いた少年の死体と、壊れたギターだ。
「てめェ……これ、返せよ……」
 ギターはもはや直しようもないほどに壊れてしまったが、筋はまだまだ使えるはずだ。蘇鼓はしかめっ面で、少年の首に手をかけた。
 この筋を張ったギターで歌を唄い、どこかのレーベルに取り入って、CDの1枚でも出してもらうのだ。そうして、歌が有線なり歌番なりで世界に流れるといい。ニンゲンすべてが、今よりずっと狂っていく。そうなれば、蘇鼓はきっと退屈することもない。
 蘇鼓のささやかな夢が、懐中電灯の光で粉々に打ち砕かれた。
「何をしているんだ!」
 やっべ。
 蘇鼓はさっと光から身をひるがえした。懐中電灯を持っているのが、巡回中か、少年のヒステリックな声を聞きつけたかの、巡査であることは間違いなかった。
 蘇鼓の手は、しっかり1本の筋を握りしめていた。ただ、半ばほどで千切れ、ギターの弦にするには短くなってしまっていた。
 警察に捕まったところで、逃げ出すのは蘇鼓にとってわけもないことだったが、つまらない悪名を戴くつもりはなかった。彼は走って走って、月が沈むまで走りつづけてから、鳥のようにけたたましく笑い出していた。
 狂気じみた哄笑だったが、彼はいま誰よりも正気でいるのだ。
 手の中のものを振り回しながら、つぎの遊び道具を探すことに夢中になっているのだから。

 彼の後ろを、狂気の断末魔たちが影となって追いかけていった。




<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月02日

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