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『月灯り、街灯り 』
春日・イツル2554
伎・神楽の名で若手俳優として活躍している春日・イツルは、今日も撮影に行っていた。
自分の選んだ道であり、この仕事にはやり甲斐を感じていて満足していた。
しかしやはり連日こう遅くまでとなれば、疲れもたまるというものだ。

「それじゃあ神楽さん、また明日お迎えに来ます。お疲れ様でした。」
「どうも、お疲れ様です。」
家の前でマネージャーの車を見送り、安堵のため息をついた時だった。

(……仕舞った。)

撮影現場へ向かう前、イツルはアニメショップにいた。
多忙であるにもかかわらず、店長代理でスタッフもこなしているのだ。
そう、そこでイツルは大事な手帳を置きっぱなしにしてしまっていた。
びっしりとつまったスケジュールは全てそこに記録されている。
コレが無くては――。

「はぁ……ついていないな。」
イツルはタクシーの中で溜息をついた。
もう深夜1時をまわっている。
夜の闇や静けさは、さほど嫌いというわけではなかった。
ぽつぽつと灯る家の明かりを、イツルはぼんやりと眺めていた。
そのひとつひとつに、家庭や、人の温もりがある。
なにより大事で大好きな世界の、命の灯り――。


ふとすれ違う車のヘッドライトの明るさに一瞬、目を奪われたと同時だった。
強く、何かを感じる。
「アレ、か。」
「どうかしましたか、お客さん?」
バックミラー越しに運転手が心配そうに訪ねた。
イツルは鏡に映った自分の顔を見て初めて、自分が酷く険しい顔になっていることに気付いた。
普段は決して見せない、魔狩人としての顔に――。

「いえ、なんでもありませんよ。ああ…ここで結構です。」
イツルはアニメショップよりも少し手前でタクシーを降りた。
人通りはないに等しい。
しん、と静まり返った通りは酷く不気味で、昼間の面影すらないように感じる。
通り抜ける風は、ひんやりとしていた。

イツルはゆっくりと路地裏の方へ歩いていった。
そしてピタリと足を止めると、アレに語りかける。
いつもよりワントーン低い声で――。
「疲れているんだ、さっさと出て来てくれないか。」
其の言葉に反応し姿を現した妖魔は、薄気味悪く笑った。

ヒュッ

速いスピードで妖魔はイツルに攻撃を仕掛ける。
イツルはすれすれの所でかわす。
黒く破れた蝙蝠の羽を持つその妖魔は、間合いを詰めてくる。
長い爪がコンクリートに擦れ、がりがりと音を立てた。
妖魔は余裕の表情を浮かべている。
まだ気付いていないのだ、イツルの真の力に――。

パキン

その時2つに割れたシルバーリングが、イツルの指から離れた。
趣味で作った、お気に入りのものだ。

適当に片づけて、さっさと家に帰りたかった。
ぎりぎりで避けていたのは、スピードに追いつけなかったからではない。
この程度の妖魔、全力を出す相手ではなかったのだ。
けれど地に転がったリングを見て、流石にイツルも酷く不愉快になった。


ギラリと妖魔を睨み付けるその目と髪が、銀に変わっていく。
今までとは桁違いの力がみなぎってくる。
イツルを取り巻く空気が、変わっていく――。

妖魔がたじろぎ、後ずさった。
「今さら……遅い。」
明らかに自分の叶う相手ではない、そう気付いた妖魔は翼を広げ空に舞い上がった。
先ほどよりもずっと速いスピードだ。
けれど覚醒したイツルには――。

『kamuy hum』

イツルは静かに、言葉を発する。
雷と言う意味のアイヌ語だ。
妖魔の周りに稲妻が現れ身体を縛り、そして凄まじい放電。
あまりの苦しさに、声も出せないのであろう。
バチバチとまばゆい光を放ち、妖魔はイツルの足下に落ちた。
「線香花火みたいだ……もっとも、あんな綺麗なものとは程遠いけどな。」

妖魔の懇願するような目。
しかしそれを見てイツルは、低く僅かに笑った。
右手を伸ばした先、異空間から愛刀の黒風が姿を現す。
漆黒の黒風は、冷酷な光を放っている。
そしてそれは、容赦なく妖魔に振り下ろされた――。




『una』

イツルがそう言うと言葉通り、息絶えた妖魔は灰へと形を変える。
冷たい風に吹かれて舞い上がり、どこへともなく消えていった。


「指輪といい手帳といい、今日は散々だな……。」
イツルは肩を落とし、大きく溜息をつく。
その髪も目も、眼差しもすっかり元に戻っていた。

そして、イツルはアニメショップへと歩き出した。
壊れた指輪を、月明かりに照らしながら――。


【END】

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■         ライター通信          ■
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今日は、この度は発注有り難う御座いました。
担当させていただきましたライターの光無月獅威です。

今回はほとんどがお任せ、ということで私なりに魔狩人のクールな格好良さや
ストイックさを表現できればと思い書かせていただきました。
その為セリフが少な目になってしまいました。

ダーク目な雰囲気で、楽しんで書かせていただきました。
少しでもイメージに近く、また楽しんで頂ければ嬉しく思います。
本当に有り難う御座いました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
光無月獅威 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年09月02日

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