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『舞うはキミの腕 歌うは連理の枝 』
氷女杜・六花2166)&氷女杜・静和(2452)

 真名を知る親しい友人が問うた言葉に、六花は口に運ぼうとしたカップを持つ手を止めた。
「――年下の彼との恋愛成就とな?」
 孫娘の営むフルーツパーラーのカウンター。足も届かぬ幼女の姿で、やけに艶やかな笑みを零した。今、店内に夫である静和はいない。大学で教鞭を取っている。友人は静和が六花より年下で、かつ静和が六花に変らぬ愛を注いでいるのを知っていての台詞なのだ。
「そなたに好いた男がおるとはな……して、秘訣を知りたいのか?」
 六花は雪女郎。永の命と変幻可能な外見を持っている。妖力保持のために今の姿でいるため、友人と座っている様はまるで親子のようにも見える。すでに三世紀を生きているが、真の姿は若い成人女性なのだ。頬染める友人の顔を眺め、自分と倍も年の違う静和のことを想った。
「年下はな…結構あなどれんぞ……ふふ」
 暖かな昼下がり。お気に入りのいちご牛乳を口にして苦笑した。

 あれはまだ映画が「活動写真」と呼ばれていた頃のこと――。

                        +

 ――――カンカンカン!!

 小気味良い拍子木の音が、高く澄んだ空に響く。
「寄ってらっしゃい。見てらっしゃい! 男女が恋焦がれる物語。二人を分かつ運命の歯車ぁ〜ちょんちょん! さぁ〜燃える恋の炎のその先は? 見てって頂戴! 今秋の新作、損はさせないよーーー!」
 呼込み師の男が演台に立って、大きな扇子を振っている。六花は足を進めようとする静和の手を引いた。
「静和。面白そうじゃ! 見て行こうぞ!」
「おや? 新作ですか……恋愛草子ですね。いいですよ。六花さんは新しい物好きですから」
 柔和に笑う眼鏡の奥の目。見るにつれて緩んでいくのは頬。桜を散らした着物の袖を指先でつまみ、両手で淡く染まった頬を隠した。こうして頷いてくれる人のいる幸せ。
 繋ぎ合う手をくれたのは静和。山に篭り、ひとり人の世を羨んで生きてきた六花に。

 ――――――回顧。

   平凡であることがどんなにか幸せであるかを、あの時初めて知った――。
  「六花さん。河へ行きましょう」
   彼が呼ぶ無垢なる調べ。耳に残り、胸のなかで燃え続ける。けれど夢は長くは続かなかった。山を降りた六花を、村人は雪女郎と気づき「出ていけ」とがなり立てたのだ。
  「隠れていて下さい」
   優しく説いた静和。ひとり出て行く背をたまらず追った。目にしたのは、血まみれの青い衣。
  「許さぬ…許さぬ! 今、おぬし等が手にしているは、我に向かうべき刃ではないか!!」
   死すべし――血の涙を流し、天を仰いだ。
  「止めなさい! 六花!!」
   耳に届いたのは静和の声。新しい名を呼ぶ彼の声。
  「同じに戻りたいのですか!? 風に弄ばれるだけの笹林に、貴方は戻りたいのですかっ!?」
  「静和、止めるな! こ奴等は――」
  「私は生きてる。死にはしない……六花さんが、貴方が助けてくれるの…でしょ……う――」
   声が消えかかる。狂ったように駆け寄った。もう決して、失いたくなかったから。
  「散れ!! もう、構うな。死にとうなかろうが!!」
   悲鳴に近い言葉。村人は逃げ去った。その時に六花は与えたのだ。自分の妖力を注いで、静和に命を――。

  「貴方が村を出るなら、私が村を捨てましょう」
  「そ、それはならぬ……。人との関わりを捨てるようなものぞ!!」
   首を横に強く振った。自分ために彼が犠牲になる必要など、どこにもありはしないのだ。
   許されはしないのだ。辛うじて助かった彼の顔に背を向ける。だが、静和は頷かなかった。そっと大きな手で頬を包まれた。
  「私は六花さんの創り出す結晶が、とても好きなんですよ。とても…ね」
  「なぜ、ゆえ……?」
   問わずにはいられない。胸を焦がす慕情。恋しい気持ち。静和の心もまた、己と同じであれと祈った。
  「――心と同じに美しい光を放つ…君が」
   耳に囁く声と共に抱き寄せられる。
   強くしなる腕は、いつまでもいつまでも泣き出しそうな背中を抱きしめてくれた――。

「――六花さん?」
「ん? ……おお?、既に始まっておったか」
「ほら、弾け豆ですよ。食べますか?」
 優しく笑んだ静和の手から豆を摘んだ。これから見る活動写真が恋愛だったからか、目の前にいる退魔師と出会って、添い遂げたいと願った頃を思い出した。座布団にきちんと姿勢を正して座っている姿は、以前と少しも変わらない。
 六花は「フフッ」と気づかれぬように笑って、始まった物語を彼と共に楽しんだ。

                               +

「納得いかぬのう……」
 六花がそう呟いたのは人通りから離れ、海岸縁の松林を歩いている時だった。
「何が…ですか? そう言えば、途中から表情が固かった。六花さんには、面白くありませんでしたか?」
「話は面白かったのじゃ。だがな…あの弁士、新人のようじゃ」
 どこか台詞が上滑りしていて、声に伸びがなかった――いや、それよりも恋する想いを綴った言葉に、どうにも感情がこもっていなかったのだ。
「あれくらいなら、六花でも出来るぞ」
 胸を張ると、六花は袖を揺らして苦悩の表情をつくる。続けて、一番不満だった場面を諳んじてみせた。

『ああ…あなたは私の大切な人。なのに…どうしても、私の想いを受け入れてはくれないのですか!?』
 誘うように六花の銀の瞳が静和を見つめた。射抜かれる。永遠に解けぬ氷を思わせる美しき光の前に、静和は小さく肩をすくめた。腕を抱き締め、連なる男の台詞を紡いだ。
『小生の如き下男に、あなたのような高貴な方は似合うはずがありません…』
『嘘、嘘です……私の目にあなたしか映らないように、あなたの目にも私しか映っていない…あの時の言葉に偽りがないと信じていますもの!』

 ――そうだ。この物語の女が言うように、六花も静和しか目に入らない。
    映るモノすべてに静和を感じる。
    傍にいて、傍にいて、もっと暖かな心を感じていたい。

『ですが――』
『私の生まれなぞ、恋の隔たりとはなりません。私はあなたが好き! 傍にいたい――願う心はたったひとつなのです』
『……どうして、どうして小生を選ばれるのです…美しいあなたなら、他にもっと――』
 これはどちらの声色だったのだろう。まるで自分が否定されている気分になった。活動写真の偶像の女。それを模しただけのはずなのに。胸が苦しい。
 六花は静和の胸に飛びついた。
『私はここです。私を見て…ただの女としての私を……』
『――お嬢様。本当は! 本当はずっと…初めてお会いした時から、お慕いしておりました』
 強く背中が抱かれた。きつく抱き締められる。押しつけられた鼻先に静和の匂いがした。その瞬間、カッ――と六花の頬が赤く染まった。自分がすっかり本気になってしまっていたことに気づいたのだ。
 慌てて抱き締める静和の腕から抜けだそうともがく。が、出来なかった。
「は、離せ。空言は終わりじゃ〜」
 叫んだ声も静和の胸から伝わる心音にかき消された。染まった頬は引くどころか、ますます赤くなっていく。
「おや? 私は本気…でしたよ」
「なっ…!! …………う…」
 赤面したまま閉口する。年下のくせに、静和に口で勝った試しがない。ことに、恋に関しては。
「続きを希望されるんですね。もちろん、私の気持ちを込めて……」
「あ…せ、静…――――ん…」

 波の音が響く。
 松枝の間をスズメが遊びながら渡っていく。
 風が桜の小袖を揺らす。
 捕らわれた唇。添えられた手の平。重なる想い。

 ――ほんに、年下はあなどれん……。


□END□

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 発熱のため、納品日が期日より遅くなってしまってすみませんでした。ライターの杜野天音です。
 久々に六花を書かせて頂きましたが、照れる彼女はやはりイイですね♪
 静和の腕に踊らされ、恋の想いを連理の枝のように繋いでいく――そんな話にしてみました。
 実は、途中に入っている回顧は、以前「結晶賛歌」の初期版として書かせて頂いたものなんですよ。私的にも気に入っていたので、納品できなかった会話部分を今回入れさせてもらいました。もう日の目を見ないのかなぁと思っていたので、こうして静和の生きた言葉として、お届けできたことが嬉しいです。
 如何でしたか? 最後辺り、かなり甘くなりました(笑)
 それでは、相変わらず熱々なふたりを書かせて頂きありがとうございました♪
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年09月01日

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