『alea jacta est 』

倉梯・葵（1882）＆藤野　羽月（1989）＆リラ・サファト（1879）

　何時か。
　何時の日か。

　――止まってしまうのだろうか。

　この指が。

　確かに意識することの出来る、この鼓動が。

　認識しない内に、本人が何を考える間もなく――動きを。


　――――……止めて、しまうのだろうか？


　時折、そんな不安を抱きながら、リラ・サファトは一人の時間を自室で過ごす。
　大好きな可愛い飼い猫である茶虎が居る時でさえ、同じような不安を抱く事があるものの、一人の時の方が一層その不安は大きかったし、また、絶えず襲ってくる考えでもあった。

（―――………何時か…………）

　数回、リラは首を振る。
　独りにしないと約束したのに、約束がとても儚いものになっていきそうで、慌てて何度も、何度も。
　否定するように、しっかり、約束を守ろうと決意するように。

　…何度も。

　何時しか、あまりに頭を振り過ぎて貧血を起こしてしまうだろう程に。

「…しっかりしなくちゃ」

　寂しさを感じてるのは自分だけではない。
　呼ぶように抱き寄せる掌。
　優しい、腕を持つ人。

　――置いては、逝けない。

（こんな時……）

　夢の中に出てくるあの人ならば、今自分が持つ不安に対して明確な答えをくれるだろうか。
　眠い訳でないのに、途切れがちになる意識。
　いきなり、動けなくなるように身体が強張りつく、謎を――明かして、くれるだろうか……。

　瞬きを数回繰り返し。
　リラは日記を書こうかと、文机に向かうべく立ち上がる。
　が。
　歩いてるつもりなのに足が縺れ……視界がいきなり。
　……黒く、染まりあがる。
　純粋な、黒。
　何処にもない、真っ黒な闇色に呑まれ、リラは倒れた。

　音の大きさに驚いたのか――リラの部屋の前、一匹の仔猫があらん限りの声で鳴き続ける。

　その鳴き声は、まるで。
"早く来て"
　と、子供が親を呼ぶのにも似て。



＋


　猫の声。
　いつもの鳴き方とは違い――、気になり藤野羽月は作業の手を休めた。
　手からは、櫛で丹念に梳いていた人形の髪が艶を放ち、落ちる。
　リラとの約束で、作業中であろうと休憩は取るようにと言われた……丁度休憩の時刻。
　もう暫くしたら、何か飲み物でも作ろうかと考えていた時だけに、鳴き声がする方向をいぶかしみながら羽月は室内から出た。

　羽月が居た場所から、ほんの僅か歩くとリラの部屋がある。

　猫の声は、どうも其処から聞こえているようなのだが……リラが大事にしている猫の声に気づかないと言うことなどあるだろうか？
　不意に羽月の中に、先日の事が思い浮かぶ。
　台所で食事の準備をしている時にいきなり倒れ、やはり、茶虎が同じように鳴いていた事があったのだ。

（もし、今回もそうだとしたら？）

　やたらと、此処最近頻繁に起こるそれに恐れを抱きながら襖の前、鳴き続ける茶虎を抱えあげた。
　安心したように鳴くのをやめる、その猫の落ち着いた碧の瞳に怯えさせないよう声をかけて。

「今、扉を開けるから、待て」

　宥めるようにそれだけ言うと、襖を開け――、思っていた通りの光景に羽月は表情を固まらせ、茶虎は羽月の手から滑り落ちるように、リラへと駆け寄った。

　畳の上に散らばるライラック色の髪。
　微動だにせず、投げ出された四肢。

　――固く閉じられた瞳と、そして。

　以前に僅かながら見た、白い血。
　それを思い出すほどに、今のリラの顔色は白く……どうすれば良いのか解らぬまま、羽月は、あと数分だけ、リラの目覚めを待つ事にした。

　暫く経って、目を覚まさぬようであれば病院に―――……病院？

（…病院では、駄目だ）

　はた、と気付く。
　此処には何もリラを護る機関が無いことに。

（何処へ連れて行くべきだろう……）

　何処へ？
　彼女自身が人ではない、機械との融合体だと言っていたのに。
　普通の病院では解りうる筈さえない……医者が診たとしても意識不明のままで終わらされる。

　どうすればいい？と、考えた瞬間。

『機械類なら、何でも見るから壊れたら持って来い……修理してやる』

　不意に浮かんだ親友の言葉に羽月はリラが目を覚まさなければ、修理屋へ持っていこうと決め、大きめのシーツを用意する。
　馬も馬車も持たない、羽月がリラを運ぶには、包んで抱えあげるくらいしか出来ないのだ。
　人目を避けさせるように、大事にそっと包み、髪を整えてやると意識のないリラの表情が、不思議と微笑んだ様に見え――羽月は見えないと知っていながらも、彼女へと微笑み返した。



＋


「今日も収穫ナシ……っと」

　工房から二階に上がる際に呟く、自分の言葉に自嘲交じりの苦笑が浮かぶ。
　何処へ行こうと誰に聞こうと手がかりは無く、足場にと借りた、この修理屋でさえ今では工房として名を出すほどになってしまっていた。

　……何かが違う、そう思う。

　けれど、どうしようもない。
　探す人物が確かに此処にいて、この付近に居るのだと解っているのだ。

　――探さねばならない。
　それは、当然の義務である様にさえ思えたし、彼にとって探している人物は何よりも代え難い人物でもあった。
　横になる前に今日終わらせられる修理品があったら終わらせるか――、そう、考えた矢先。

　ドン！

　扉を激しく叩く音が数回、鳴り響いた。
　しかも尋常でない程の大きな音に、倉梯葵は、自分で意識する間もなく驚いたような顔をし、階下を覗き込む。
　…気配は感じられるから、扉を叩いた人物はまだ外にいるようだ。
　やれやれ、と溜息を吐き、葵は再び、下へと降りる。

（……此処は病院じゃないっての）

　修理をする所であって、命を助ける場所ではない。
　…其処まで、大事にしている物があると言うなら、その品物にとっても何よりだろうが……。
　だが。
　そんな葵の思考は扉を開けてすぐ、打ち消されることとなる。

　目の前には、青ざめた顔をしている友人と、シーツに包まれた……人、だろうか？
　表情を変えること無く葵は目の前の友人、羽月へと問い掛けた。
「羽月……それは、何だ？」
「頼れるのが葵さんくらいしか居ない……診てやってくれ」

"あのな……俺は医者じゃないっての"

　そう、言おうとした。
　なのに。
　何も言えないまま、時間だけが止まる。

　―――いいや。

　シーツに包まっていた姿を見て葵は息が止まると言うのは、こう言うことかもしれないとさえ考えた。
　長く緩やかに波打つライラック色の髪。
　あどけない顔も、アオザイをベースにしたその服も。
　瞳は今閉じられていて見る事も出来ないが……髪の色より濃い、紫の瞳も、全部。

（……変わってない、な……）

　心の中で呟くと、葵は、
「解った、診てみよう。羽月も、まだ夏とは言え、外は冷える……とりあえず、中に入って待て」
　それだけ言い、羽月を店へと引き入れると、リラを受け取り、２階へと消えていった。
　何の説明を羽月にすることも無く、ずっと探していたリラとの再会がこんなものになるとは思わなかった動揺を隠すことも出来ないままに。


＋

　人の身体は。
　全て。
　必要な臓器があり、生きる為に補い合い、司令塔である脳が伝達を下し、血液を、細胞を運ぶ。
　繰り返される生命の不思議。
　司令塔である脳が生き続ける間、この営みは続いていく。

　通常ならば、そうだ。
　通常ならば――、と言う言葉がつくには理由がある。

　今、葵が運んでいるリラの身体は半分がそれであり、半分がそれではない。
　人工の血液が四肢を駆け巡り、人としての動きも若干、手を加えられている。

　人に似た、けれど人ではない――身体。

　人は神になれない。
　なれないのに『絶対』を求めるのだ。
　唯一無二、君臨するものとして――愚かな、夢を見る。

　リラの身体に施されたものも、神として君臨しようとした名残に似ている。
「彼」が何を作ろうとしていたのか葵は知らない。
　娘が生きているだけで彼は満足だったのか、それさえも解らない。
　が、彼が自身の娘に施したことは、どうあっても諸手をあげられるものではない。

　移ろい消えてしまう、定かとは言えない記憶。
　全てがあやふやになってしまう記憶の中で、自身の存在だけが明確な。

　涙を流すこともない閉じられた瞳は何を夢見るだろう。
　葵は、横たえたリラの身体に触れ、二人共通の記憶を追う。
　今ではない、僅かばかり前の記憶だ。

「……数値的に異常はナシ……」

　呟くと、リラの身体から手を離し、数値を用紙に書き込み、葵は立ち上がる。
　とりあえず、下でやきもきしているだろう、羽月へと結果を報告するためだ。
　ざっとしか見ていないし、この世界では設備が足りなさ過ぎる故に詳しいことは調べられず、解らない。
　だが、呼吸の数、脈拍、人工血液を作り出す機能等は正常値で動いているし、特に問題はない。

　――そう、言えばいい。

　安心しろ、と。
　消える訳ではないのだから、其処まで青い顔にならなくてもいいのだと。

　……とは言え、これを言うより先に聞きたい事が葵には、あった。

　リラと何処で、逢ったのか。
　何故、共に居るようになったかを。

（……とりあえず、説明をして順序良く聞くべきだろうな）

　時間だけは腐るほど、ある。
　迷子になってから、これまでの時をどうやって過ごしていたのか――時間の空白を埋めるべく、葵はまだ眠るリラの顔を見、ゆっくり扉を閉めた。

　規則正しい足音だけが、響いて行き――、その時、微かにではあるけれどリラが指を動かした。

　しかし、その動きは本当に微かで。
　誰かが見ていたとしても気づかないだろう、ささやかな動きでもあった。

　そして。

後には静寂だけが室内へと残り……再び、リラは深い闇の向こうに夢を見――眠り続ける。


＋

　一階。
　葵に通された場所で羽月は、まだかまだかと腕を組換え、テーブルの上に指を落としテーブルを軽く叩いたり…と、リラが見ていたら驚くだろうほど、落ち着きがなかった。
　待つように言われて、どのくらいの時が経ったろう。
　数分なのかもしれないし、数時間以上経っているのかも知れない。
　どちらにせよ、まだ結果が解らないのだから時間などは今は大した問題ではない。

　結果が解ること。
　それこそが羽月にとって最も重要なことであり、待ち望むことであった。
　葵が来るだろう方向をずっと見続け、漸く、待ち望んだ姿が見えると羽月は、長い息をついた。

　取り敢えずは、終わったのだ。
　……結果がどういうものであろうとも。

「お待たせ……何だ、何か飲むなり食べてたりしてりゃあ良かったのに」
　そう言う所もらしいけどな、と言いながら葵は羽月の真向かいに腰掛ける。
　思いがけない言葉を聞いたような気がして羽月の瞳が若干丸みを帯びた。
「いや……其処まで考えが及ばなかった…待つので精一杯で」
「じゃあ喉が渇いたんじゃないか？　水でも飲むか？」
　問いかけに、羽月はただ首を振る。
　水も食べ物も今は要らない。
　要るのは、ただ――リラの結果だけだ。
　葵にも羽月のその想いは伝わったのだろう、僅かばかり微笑むと葵は「気にするな」と最初に言葉を置いた。

「意識は戻ってないが、取り敢えずは大丈夫だろう」
「……本当か？」
「嘘言ってどうするんだ？　ただ、詳しい事は調べられないから、細部の点についてはどうだかってトコロかな。……此処に、もう少し良い設備があれば良かったんだが……」
「そう、か」
　まだ顔色が良くならない羽月に苦笑し葵は軽く額をはじく。
　額を抑え、上目遣いに葵を見る、その視線を軽く無視し微笑う。
「落ち込むなって。……所で次は俺の方から聞きたいことがあるんだが」
「何だろうか……私で解ることがあるのなら」
「羽月でないと無理だな……リラとは、何時、何処であった？」
「何処、と言われても……」

　出逢った当初を思い出すように考え込む羽月。
　葵は、先に言った方が良かったかも知れない言葉を、羽月へと投げる。

「言い忘れてたな……俺が探してた少女は――リラだ」
「………」
「だから、聞きたい」
「……解った。…とは言え私にも出逢った場所は定かではないのだ……知り合いを探している時、写真を見せながら聞いて歩いていたら、写真の人物の名前を言ってくれた。それがリラさんで」
「ああ、そう言えば羽月も人探しをしていたんだっけな……」
　こくりと羽月は頷くと話を続ける。
　ゆっくりゆっくり、話していた言葉を一つ一つ追いかけるように。
「知っている人物が居てくれて嬉しかった事もあるが、彼女が知っている知り合いの話に、少しずつ様々な事を話すようになって……そう言えば」
　くす、と。
　微かに悪戯めいた笑みが羽月の口元に浮かび、葵は怪訝気に眉を顰めた。
「―――なんだ？」
「今にして思えば、リラさんがしてくれたあの話は葵さんの事だったのだな……」
「オイオイ、頼むから自己完結はせずに話せ。俺が、何だって？」
「髪を結ってあげた時に、こうして誰かに編んで貰ってた気がする、と。大事な人の筈なのに、名前さえ覚えてない自分が可笑しい、とも」

　――可笑しい、でしょう？

　記憶の隅に響く声。
　不思議と、どの時を思い出すにしてもリラの声はいつも落ち着きを持った音で羽月の中に残っている。

　――――……だって、可笑しいでしょう？　私…その人の名前さえ…顔さえも思い出せない……。

　なのに記憶だけはあるんですと苦笑混じりに言っていた顔。
　ふと、葵の方を見ると。
　…どこか苦しげな表情をしていた。
　それは、可笑しいでしょうと問い掛けてきたリラの表情にも良く似ており、いつもとは違う表情に、羽月は漸く納得が行った。

　彼にとってリラは本当になくてはならない人物なのだ。
　人が水を飲まねば渇くように。
　空気がなければ生きていけないように。
　在って、当たり前な――存在。

「…葵さんは」
「――うん？」
「何時からリラさんと一緒に行動を？」
「軍を出る時に、かな。其処から一緒に行動してて……此処へ来る際に、はぐれた」
「成る程……リラさんは意外と方向に弱いものな」
「ああ。……元々迷子になりやすいタチだったから、すぐに探したんだが……」

　ここまで、かかってしまった――、そう、葵は苦笑する。
　しかも探している筈が、すぐ近くに居たと言う現実にも。
　目の前の人物が、はぐれてから今までのリラを知っているのだと言う事さえも、若干複雑な気持ちが芽生えていくのを葵は否定できないでいた。

　親友から聞かされていた恋人の話が他ならぬリラだった――こんなにも近くに居たのだ。

（もっと早く知っていれば、もっと早くに逢えたかも知れない）

　葵は無論、羽月の彼女の名前を知らなかったし、また聞く必要も無いだろうと言う考えを、悔いた。

（こう言う場合は、誰を殴れば良いんだか）

　自分自身は殴れないから目の前の人物を殴るべきか？
　いや、流石にいきなり殴ると言うのはどう言うものか。
　幾ら親友とは言え、理由もなく殴られたら気分を害してしまうだろうし……こうなると、やはり自分を殴るべきか……？
　自問自答を繰り返し、葵はふと、リラがどの様に過ごしていたかを聞いてないな、と考え。

「そういや……リラは相変わらず甘いものばかり食べてないか？」
「良く、忍ばせてる。初めて逢った時も、飴を貰った……檸檬味の」
「やっぱり？　あとは……意外にと言うからしいと言うか……不器用だったりするけれど、其処は改善されたか？」
「……残念だが其処だけは未だ解らない」
「―――は？」
「良く失敗したと言う話は聞くのだが……失敗品を見た事がないのだ」
「成る程」
　そいつは見たくても見れないよな、と葵は呟き、煙草を口にしようとして思いとどまる。
　不思議と今は、吸ってはいけないような気がしたのだ。
　上では、まだリラが眠っていて、何時起きるとも知れないのに。
　そんな状態の葵を不思議に思ったのか、羽月が戸惑うように葵の名を口にした。
「葵さん？」
「……悪い。考え事してた」
「いや、それは構わないんだが……」
「気にするな……とは言え、そう言っても羽月は気にするだろうから、詫びついでにリラの様子でも見てみるか？　寝てるだけの姿を見る事になるとは思うけど」
　葵の提案に羽月は考え込む。
　見たいのはやまやまだが、見れば見たで「何故起きないのか」と言う、どうしようもない問いかけを、リラに対しても葵に対してもしてしまいそうで、首を縦に振る事も出来ず、かといって否定を示して横に振るのも嫌だ。
　なら、斜めに振るのはどうか、と思いつつも葵にこれは笑われそうな気がし、一番妥当かと思われる言葉を呟く事に、した。

「見ても大丈夫だと言うのなら」
「……随分と回りくどい言い方だな？　別に集中治療室に居るわけでもないんだから、見て、害になるわけでもない」
「…それもそうか」
「だろ？」
　そして。
　立ち上がり歩き出す葵を目で追いながら羽月も同じように歩き出した。
　まだ、白い顔をしているのだろうリラの様子を見に行くべく。


＋

　――花の名前……。

　――あ？

　――あのね、"リラ"も"葵"も花の名前なんだって。

"知ってる？"
　と、リラは首を傾げる。
　すると浮かぶのは僅かばかりの苦笑い。

　綺麗な名前なのに……と思うけれど、やはり花の名前と知るのは複雑なものがあるのかも知れないし、リラには解らぬ違うものがあるのかも知れなかった。

　――……知ってる。誰かから聞いた覚えがある。

　一番綺麗な季節にリラの花は咲く、と言われる。
　葵の花は、どんどん太陽の方向に葉が伸びていく事から「仰日」とも呼ばれた。
　どちらも、美しい花の、名。
　暗い空の下でも、砂漠が続く大地であろうと、青を、美しい季節を求める心は絶えずあり――その中でも花は咲く。
　一筋の光と綺麗な水さえ、あれば。
　温室の中でのみであろうとも、戦いの中、踏み潰される定めにあるとしても、花は、花として咲き続ける。

　何時か、その花が見たいね。
　そういう風に言うと夢の中でのみ、逢える人は微笑う。

　困ったような顔をしつつも穏やかに。

　リラは、夢の中でのみ呼べる名前を、この時ばかりと呼んだ。

　――ねえ、アオイ。

　呼びかけても「何だ？」と応える声は無いと、解っているのに。


＋

　微かな音を立てて、再びリラが寝かされていた部屋の扉が開いた。
　リラの顔色は依然変わらぬまま、白い、蝋のような顔色をしている。

　間近に寄ることも出来ぬまま、葵と羽月の二人は眠るリラを見ながら、言葉を交わす。

「…やはり起きてはいないか」
「何時になったら起きるやら…だな。だがな、今は大丈夫でも羽月も"何時か"の覚悟を決めておいた方がいい」
「……？」
「こういう風に……何時か完全に止まるだろう日の事は」
「……解ってる」
「そっか……なら良い」

　まるで葵さんはリラさんの父親のようだ、と羽月が微かに思い葵を見た瞬間。
　葵のリラを見ている瞳が、僅かながら驚いたように見え――羽月も、リラを見る。

　すると。

　リラの紫の瞳が開いて、じっと葵を見つめていた。
　声をかけようと羽月は思う、が、かけられずにリラが何かを言うのをじっと待った。
　葵も、羽月同様に声を掛けられず、ただ開いた瞳を見た。
　作業をしている時でも何をしている時でも、瞳をこちらに向けたら見返す様にしていた。
　でないとリラは、上手い具合に言葉を切り出す事は出来ないのだから。
　言葉を切り出せるまで待つ事だ、と葵は、共にしていた行動からそれを学んでいた。

　一方、リラも葵を見ながら、呼ぶ名前を思い出そうとしていた。
　先ほどまで、呼べていた筈の名前。
　花の名前だと――リラ自身も確かに言っていた覚えがある、名前。

　不思議と、目の前にいる青年が夢に出てきた人物だと解るから、だから。

（……名前を呼ばなきゃ）

　一緒に、行動するようになって何度呼んだか解らない名前。
　花の名前と、そして。
　羽月の青い瞳を見て思い出す事の出来る、空の青。
　青い……元居た世界では決して見ることの出来なかった空の色。
　リラにとっての希望の色とも言えるかも知れない、色。

　――確か……そう、彼の名は。

　どの位、眠っていたかは解らない。
　だが、その所為もあるだろう、上手く呂律が回らない唇をゆっくり動かしリラは、葵へと呼びかける。

「アオイ……？」
「――何だ？」

　返ってくる言葉にリラは、これが夢でないのだと気付き……口元に柔らかな笑みを浮かべた。
　顔色こそ、まだ悪いままだが、葵も羽月もほっとするような笑顔を。



―End―



＋ライター通信＋

こんにちは、ライターの秋月　奏です。
今回はグループノベルでのご発注を本当に、本当に有難うございました！！
凄い素敵なプレイングに、このお話を私が書かせて頂いて良いものかを考えつつも、
倉梯さんも、リラさんも、藤野さんも書かせて頂いたことのある方たちなので
本当に嬉しく、また逢えて良かったなあ…としみじみ思いました（＾＾）

さてさて、今回のタイトルですが……ラテン語の格言で有名な言葉でもある「賽は投げられた」と言うものです。
出逢う事によって色々な賽の目が出てくる事かと思います。
例えば今までとは違う日常であったりとか…以前とは変わらないようで居ても、変わってしまっている事とかもある物で。
この後の、お三方の日々に、様々な賽の目が出たとしても乗り越えられていけますよう、過ごしていけるよう祈りつつ、このようなタイトルにさせていただきました。
それから、文中の「リラの花が咲く頃〜」と言うのはフランスで言われてる事でして、一番良い気候の中でリラは咲くそうです（＾＾）
柔らかな紫の花が一番美しい青空の下、咲く姿はきっと絵のように美しいでしょうね♪

それでは、今回はこの辺で。
本当にこの話を書かせて頂き有難うございました♪

PCシチュエーションノベル（グループ３）

秋月　奏

聖獣界ソーン

2004年08月30日