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『あちこちどーちゅーき 〜岸辺の女性〜 』
桐苑・敦己2611


 銀色のコインがよく晴れた青い空に舞いあがる。
そしてそのまま落ちてきたコインを青年は見る。
青年は落ちてきたコインが表であるのを確認すると、ひとつ頷いて自分の前にある分かれ道を見据える。

「表、か、それじゃ右の道かな。」

 桐苑敦己(きりその・あつき)はそう呟くと、コインを拾い右の道へと進んで行く。
しばらく歩いていくと小高い丘の頂上にたどり着く。
丘の上からは遠くに海と港が見渡すことができた。
そこから見える港は普通の商船もあればタンカーなどの大型船、はてはどうみても軍艦といった船も見る事が出来た。

「う〜ん、ここからでもなんか潮の香りが香ってきそうだな、っと。
折角だし行ってみようかな。」

 丘の上に流れてくる、風を体中に感じながら、敦己はゆっくりと丘を降りて行った。
堤防は途中で買った大判焼きをつまみながら丘を下っていた、そしてこれからどこへ行こうか考えていた。

「折角、海の近くに来たんだし、港でも見て回るかな?」

 敦己はその類まれなる方向感覚で、殆ど地図も見ずに港に足を向ける。
周囲に潮風の香りの漂う公園を抜けて敦己は港にやってきた。
 遠くにタンカーや軍艦などが見える港にある堤防にやってくる。
堤防の先の方がより海を感じる事が出来そうだと思ったからだ。
 夏の日差しが照り返す水面とその上を飛び交うカモメ達をまぶしそうに静かに眺めていた敦己だったが、ふと少し離れた岩場の先の上に立つ女性の姿に目が留まる。
敦己は何故かその姿が目に焼きつき、気になってしまった。

「なんだろう?あの女性は……。」

 敦己はその女性が出会った事がある女性のようでは無いのになぜか気になり始める。
そしてそのまま堤防を後にする。

「確か……この辺だったと思うけど…?」

 敦己は先ほど見ていた岩場にやってきて、辺りを見渡す。
周囲を見渡しながら一回りして来た敦己が最初の場所に戻って来るとさっきはいなかったはずの白いワンピースを着た黒い長い髪の女性が立っているのに敦己は気がつく。

「あ、すみません……、この辺りに……。」

 敦己はそう言いかけてはっとなる。
その場に立っていたのは先ほど堤防から見た女性だったからだ。
その場所は一回りしてきた場所からどこからでも見えたと思えたのに、歩いてきたのにまったく気がつかなかった。
だから敦己は余計に驚いたのだ。
そして敦己が歩いてきたのに会わせたかの様に女性が敦己の方を振り返る。

 敦己はその女性の顔を見てはっとする。
それはどこかで見た気がする顔だった、でもどこであったか思い出せない、そんな女性だった。
敦己が呆然としている間に彼女がうっすらと微笑みを浮かべた、そして数瞬の後、気がつくと敦己の前からその女性は忽然と姿を消していた。

「あ……。」

 敦己が自分を取り戻した時、その場には潮騒と気持ちの良い潮風が辺りを包んでいるだけだった。

 不思議な気持ちのままその場でしばらく海を見ていた敦己だったが、気がつくと日も暮れ始めてきたので、町に戻ろうとその場を後にする。

 町に向かう途中の海に掛かる大橋の上で、土地の人らしい老婆と出会い、この辺りにある宿について話を聞いた際に先ほどの話をすると、なんでも毎年の夏になるとそういう事をいう旅人が多いらしいという話だった。
そしてそれは、決まってその見た人がどこか心に持っているものをとして現れるという。

「あれに出会えたものは、大抵その後、何か幸せがやってくるって話だよ。
だからあんたもきっと明日は良い事があるよ。」
「そうなんですか、それじゃ明日を楽しみにする事にしますよ。
俺は旅をしてるので、明日に良い事があると思うと楽しみなんで。」
「おや、旅人さんかい、最近は見なくなったからちょっと懐かしいね。」
「ええ、明日のいる所はこのコインのみが知るっていう気ままな旅をしてますよ。
それじゃそろそろ俺は行きますよ。」
「気をつけてな、旅人さんや。」
「ええ、おばあさんもお元気で……。」

 敦己はその老婆に小さくお辞儀をしお礼を言って暗くなり始めた空を見上げる。

「…俺の心の中にある存在、かぁ。
覚えてないけど、あれは何処かで会った、大切な人だったのかな…?」

 再び前を向いた敦己はそう呟いた後、ゆっくりと歩き出す。

『さて明日は何処に行きますか。』

 暗くなり始めた海辺の町を潮風に吹かれてそんな事を思いながら……。


Fin

2004.08.26
Written by Ren Fujimori
PCシチュエーションノベル(シングル) -
藤杜錬 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月26日

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