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『スルヴルデコスを称える歌 』
舜・蘇鼓3678


   我が名はボードレール
   我が名はミルトン
   我が名は大鴉
   そしてジェフリー・ダーマー、ジョン・ウェイン・ゲイシー
   目覚めよ千の舌/二千のまなこよ
   俺の肺は縮みはしない
   エグ! ウグ! アイ! アイ!
   ダッ! ブン! カッ! シン!


 ちゃりん……ちゃりん。ちゃりん――
「はい、どーも。はいはい、どーもです」
 その辺りのゴミ捨て場から拾ってきたチューリップハットに、小銭が貯まっていく。銀の雨に、彼は律儀にいちいち頭を下げていた。その美貌に浮かぶ笑みは、いささかあざといものであったし、どこか人間たちを卓越しているようで、要するに――小生意気な笑みだった。
 彼が旋律を奏でるために抱えているのは、チューリップハットと一緒にゴミ捨て場から持ってきた古いギターだ。それも、弦が2本ほど飛んでいた。
 しかし、彼――舜蘇鼓は事も無げに自作の旋律を披露したし、ほとんど人間離れした声色で危うげなく唄いきるのであった。ギターケースを背負った「同志」さえも、チューリップハットに100円硬貨を投げ入れて、立ち去っていった。
「なンだ、まだ聴いてくのかい。物好きだなァ」
 彼がけらりと笑ったように、その場にはまだ数名が残っていて、蘇鼓の皮肉に苦笑した。それでも、その目は輝いていた。2本の弦が切れたギターが奏でる音と、蘇鼓が練り出す詞にとりつかれ、狂ってしまっているのかもしれなかった。

 ――ん。
 唄いながら、蘇鼓は気づいた。
 夜の湿気のいたずらではない。蘇鼓の鋭敏な嗅覚が、南風が吹いたそのとき、血の匂いを嗅ぎとった。
 その金の視線が臭気を追って、地を這った。
 終着点は、ひとりのくたびれたサラリーマンだ――どこに勤めているのか、蘇鼓は知りたくなった。この臭い、その靴にこびりついた血糊、この男が勤める会社の業務内容は、殺人であるに違いない。
 べべん、と弦がすべて切れた。
「ああッと、やっちまった。今晩はこれでオシマイだな。またいつかどこかで続きをやるよ」
 ちゃりん、ちゃりん。
 落胆の声に混じって、金が降る――。
 血のサラリーマンは、動かなかった。

「なァ、オイ、ニイちゃん。コレ見えねェ?」
 どこか恍惚とした表情のまま立ち尽くす男の目の前で、蘇鼓はばしばしギターを叩いた。
「今日のオレの仕事はオシマイだってばよ。朝までこンなとこに立ってたら、風邪引いちまうぞ」
「おれの仕事ももうオシマイだ」
 そのとき初めて、サラリーマンの視線が確かなものになり、蘇鼓の金の目とかち合った。蘇鼓は思わず柳眉をひそめた。男の顔には、べっとりと死相が貼りついていたのだ。風邪を引くどころの騒ぎではない。この死相、もうすでに死んでいるに等しいのだ。
「てめェの仕事ってのは、もしかしなくても人殺し?」
「あああ、ついさっき終わったところだ」
「ふうん」
「きみの歌は、前にも聴いたよ。……よかったなあ。こう、仕事に対する情熱が湧いてくるんだ。どくどく湧いてくるんだ」
「そりゃ謝謝」
「今日もだ……今日も、どくどく……仕事だ、仕事……しなくっちゃ仕事……」
 阿片を吸ったかのような表情と足取りで、男は歩き出す。
 ギターの弦も切れ、今日の歌もオシマイだ。蘇鼓は退屈を嫌うたちだった。
「そうだな、仕事は義務だもンな」
 けらりと笑って、蘇鼓は血のサラリーマンについていった。


 不意に、男が飛び上がった。漫画のような飛び方だった。
「スルヴルデコス! イア、スルヴルデコス! イグナイイ! イグナイイ!」
「ぅおい、どこ行くンだ!」
 男は凄まじい勢いで走り出した。途中、何かに蹴躓き、派手に転んだ。しかし男はくじいた足をがくがくと酷使しながら、なおも走り続けた。
 前方に、男と同じような格好の、くたびれたサラリーマンがいた。ただしこちらのサラリーマンは至極まともな人間であり、奇声を上げながら走り寄る男を見て、悲鳴を上げた。
「スルヴル、デ、コおおおおおおおおおスすすすぅぼほ!」
 足を止めた蘇鼓は思わず、目をぱちくりした。
 狂人の口から、ぞばっ、と音を立てて何かが飛び出した。舌のようなものだったが、いくつもあったし、腐った血のようにどす黒かった。舌もどきはうぞうぞと伸びた。それを見てからあらためて、蘇鼓は男が吐いたものが舌ではなく、触手なのだと知った。
 恐怖にすくみ上がったあわれな男の口に、触手が食らいついた。悲鳴も血も響かなかった。ただ、触手がずごずごと音を立てるたび、狂人が喉を鳴らすたびに、犠牲者の身体は冗談のように萎んでいく。
 ものの一分後には、くたびれた犠牲者の皮と服が、その場に投げ出されたのだった。
「あが、あが、あが」
 触手が空をのたうつと、その先から吸い取ったものが溢れて散乱した。血、溶けた骨、脳漿であった。血のサラリーマンは、苦心しながら触手をしまいこんでいた。


「けったいな術使うんだな」
「すす、スルヴルデコスさまの奇跡だ」
「奇跡? ああ、今の?」
「じ、神保町のふる、古本屋で見つけた、『エメン=ジド祭祀書』」
「知らね」
「おれはたべた。祭祀書。たべたらたべる。それが奇跡」
「紙なンか食うなよ、ヤギじゃねンだから」
「奇跡だ、奇跡だ……それが賛歌なんだ……スルヴルデコスさま……」
「スルヴル……なんだって?」
「スルヴルデコスさま」
「あいやァ。――それって、うまいか?」


 ひどくマイナーな邪神の使徒は、歌を体内に抱えようとしたに違いない。
 ぞばっ、と触手が再び現れた。今度は、触手を真正面から見ることが出来た――蘇鼓は、とりあえず、感心した。
 触手の先には牙持つあぎとがあり、その牙の奥から、くぐもった男の声が聞こえてくる。
「なななななにもかも……たべて……女房も娘も……どどどっどっか行って……でもおれには……おれの中にどくどく……おれは、スルヴルデコスさまといっしょ……いっしょ……いいいいっしょしょしょ……うつくしい」
 触手を前にしながら、蘇鼓はけらりと嗤いとばした。
「おォ、そうかい、今はすっかり幸せかい。サナダムシ飼って幸せだって言う奴ァ、長ェこと生きてきたけど、てめェが初めてだよ」
 蘇鼓が口を開けた。
 狂人はその狂気で歪んだ視界の中、何を見たか。

 空であった。

「唄ってやろうか、てめェにぴったりの歌があるンだよ」
 男は、すでにわめきながら――口から触手を出したまま、逃げ出していた。
「おぅい、聴いてけよ――情熱なンだろ!」
 蘇鼓は難なく男に追いつき、その頭を飛び越えて真正面に立つと、触手を掴んだ。触手か男のどちらかが悲鳴を上げた。
「暇なんだよ! ギターもオシマイになっちまってよ! オレに付き合え、サナダムシ!」
 とりあえず、蘇鼓は男を助けようとしたのかもしれない。その目と耳と精神が、父の意思を蘇鼓に注ぎ込んできたのか。触手があまりにもこの世に相応しくないものであり、放っておくのは得策ではないと、蘇鼓はほとんど本能的に感じ取ったのだった。
 触手は蘇鼓の白色の腕に吸い付いたが、すすり上げることは出来なかった。
 蘇鼓はむんずと掴んだ触手を、力任せに男の口から引き抜いた。血飛沫が上がり、断末魔も上がった。蘇鼓は、たちまち血塗れになった。
「ったく、忘れちまってたよ」
 どちゃっ、と男が地の海に沈む。
 蘇鼓は引き抜いた触手の『根』を見た。
「ニンゲンてェのは、脆いモンだった」
 触手の根が絡め取っているのは、男の臓腑であった。臓腑を引き抜かれた男は、大きく口を開けた形相で息絶えていた。

「スルヴル……なんだったっけなァ」
 ずるずると触手を引きずり歩きながら、蘇鼓はぽきぽきと首をならす。
「歌に使えそうな名前……じゃなかったとは、思うんだがなァ」
 翌日、触手の筋はギターの弦に使われた。


<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月25日

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