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『 ホントがウソにかわるとき 』
海原・みあお1415
 
 あるところにランドセルに憧れていた女の子がいました。
 小学校にあがり、母親に憧れのランドセルを買ってもらいましたが、その色は鮮やかな赤ではなく、少しくすんだ地味な赤色で、女の子はそれを嫌がりました。
『もっときれいな赤がいい』
 女の子は駄々をこねましたが、母親はそれで我慢しなさいと言いました。仕方がないので、女の子は我慢しました。それでもランドセルを背負って学校へ行くのが楽しみだったからです。
 入学式を終え、女の子はランドセルを背負って小学校へ通いましたが、その途中、車に跳ねられて死んでしまいました。
 赤いランドセルは女の子の血によって、女の子が望んだ赤色に染まったそうです。
 
 この話を聞いた人のところへ、三日以内に赤茶けたランドセルを背負った女の子が現れ、訊ねてくるそうです。
『このランドセル、きれい?』
 そのとき、きちんと答えることができないと……。
 
 それは、学校で一時的に流行った話。
 今は、もう、廃れて誰も口にはしない。
 誰でも知っていて、興味を持たない……そんな話。
 ああ、そんな話もあったかもね。
 その程度で終わってしまう。
 その理由は。
 
 
 空気が少しだけ冷たくなった。
「あれ? ……あ! 遊びに来たんだねっ」
 背後に気配。
 振り向くと『赤いランドセル』の女の子がいる。あの日、初めて会ったときと違うところは、顔がはっきりとわかること、そして、ランドセルは鮮やかな赤色で、みあおの特製お守りがついているということ。背後から現れることだけは、変わらない。何か背後にこだわりがあるのか……いや、たぶん、そんなものはなくて、なんとなく背後から現れるだけなんだろうけど……みあおはにこりと笑顔を向ける。すると、女の子もにこりと笑顔で応えた。
「にゃーん?」
 腕のなかの天使猫こと翼のはえた猫が反応する。じーっと女の子が立っている空間を見つめたあと、小さく啼いたかと思うと小首を傾げた。どうやら、きちんと『見えて』いるらしい。
「触ってみる?」
 女の子がじっと猫を見つめていることに気がつき、そう言ってみる。女の子は触りたそうな、それでいて躊躇うような表情で伸ばしかけた手を止める。
「噛みついたり、ひっかいたりしないよ?」
 ……たぶん。みあおは心のなかで付け足した。気まぐれだから、そのときの気分、相手によって態度が違う。自分にはいつであれお手という芸を披露してくれるが、相手によっては見向きもしないときがある。白衣を着たオトナに限っては苦手なようで、フーッと唸ったり、毛を逆立てたりもする。それでも、凶暴ということはないから、噛みついたり、ひっかいたりはしていない。……今のところは。
「ほら、大丈夫だよ」
 みあおは女の子の腕を掴むと、そっと猫の首もとへと運んだ。
『……ふわふわ』
「でしょう? お手もしてくれるよ。気が向けばだけど。今日はどうかなー?」
 猫を見つめ、おうかがいしてみる。……なんとなく、今日はやってくれそうな気がした。
『……あ』
 女の子は猫の前に手を差し出す。猫はにゃあと啼いてその白い手を女の子の手の上にちょんとのせた。
 よくできました。
 みあおは猫の頭を撫でる。
「今日は何をして遊ぼうか?」
『学校に行きたいな……』
「学校かぁ……みあおの学校はちょっとここから遠いかも」
 唇に指を添え、みあおは考える。
『……』
「でも、近くに小学校があるから、そこ、行ってみる?」
 女の子が頷いたので、早速、近くの小学校へと行ってみることにした。校門のところには、関係者以外の立ち入りを禁ずという看板があるものの、そこはそれ。放課後の校庭にはクラブ活動なのか、野球やサッカーをしている生徒の姿が見える。体育館からもボールをついているような音が聞こえてきた。しかし、校舎には生徒の気配はない。
「あんまり人がいないね。……そうだ、校舎のなか、探検してみようかっ?」
 校庭にある遊具で遊ぶのも面白いかもしれない。だが、人けのない校舎の探検の方が面白いような気がする。
『うんっ』
 女の子は笑顔で頷いた。職員用の玄関からこっそりと校舎へと忍び込み、土足ではいけないからと置いてあった来客用のスリッパにはきかえる。大人用であるため、かなり大きい。転ばないように気をつけなければいけなかった。
 ぱたぱたとスリッパの音をさせながら、誰もいない廊下を歩く。理科室や家庭科室の扉には鍵がかかっていたため、入ることはできなかった。しかし、音楽室の扉は開いていた。なかに人がいないことを確認したあと、大きなピアノへと近づく。ふたを開け、適当に鍵盤を叩いていると、人の気配がした。
「誰か来る……えーと、えーと……」
 女の子は……たぶん、見えない。隠れなくてならないのは自分だけ。みあおはきょろきょろと辺りを見回したあと、厚手のカーテンの影に隠れた。
「だ、誰……? ……誰もいない……」
 誰かが現れた。音楽室内を歩いている。足音からするとひとりではない。
「うそ、音楽室のピアノの噂、本当だったんだ……?!」
「七不思議のひとつ?」
「うん。放課後、誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえるんだって。発表会が近いからとひとりで練習していた女の子が帰り道に事故に……それから、出るっていう話だよ。今、ピアノの音、したもんね……」
「へぇ。じゃあ、他の噂も本当なのかなぁ? 三階の階段を数えると増えているとか、トイレに出る花子さんとか……確かめてみる?」
 そんな声が遠くなっていった。どうやら、音楽室を出ていったらしい。みあおは小さく息をつくと、カーテンの影から出た。生徒であるならば、隠れなくてもよかったかもしれない。問題は生徒ではなく、先生にみつかったときだ。生徒なら、おそらくうまくごまかせる。しかし、先生は難しそうだ。
「この学校にも七不思議があるんだね。どこの学校にもあるものなのかな、やっぱり」
『階段を数えると増えるのかな……?』
「数えてみようよ! 確か、三階の階段って言ってたよね」
 みあおが歩きだすと、猫もその後ろをちょんちょんとついてくる。それを見た女の子は不思議そうに小首を傾げた。
『飛ばないの……?』
「ぱたぱた飛ぶよ。でもね、結構、飛ぶの疲れるみたい」
 背中の翼は飾りではない。ぱたぱたと飛ぶことができるのだが、あまりそれをしようとしない。大抵はみあおの腕のなかにいて、ゆらゆらと尻尾を動かしている。
『そうなんだ……』
「にゃあーん」
 肯定するように猫は啼く。数えると増えるらしい階段は音楽室からわりと近い場所にあった。三階の階段ということは、二階と三階の間のことなのか、それとも、三階から四階にかけても階段のことなのか……そこがいまいちわからなかった。なので、二階から四階まで階段を数えてみた。
「いーち、にー、さーん……」
 数えて四階までやってきたはよかったが、考えてみるともとの階段の数を知らない。増えていたのかどうかまったくわからなかった。
「……誰かいるのか?」
 四階まであがったところで、階下から声がした。大人の声だ。
「あ」
『隠れなくちゃ……』
 みつかると怒られるかもしれない。再び、隠れられそうな場所を探す。しかし、そこは階段、何もない。階下から靴音は近づいてくる。
「えーと、んーと……あそこ!」
 みあおは近くに女子トイレがあることに気がついた。あそこなら、隠れられる。ぱたぱたと足音をさせながらトイレの一番奥の扉を開き、そこへ隠れた。隠れなくても、たぶん、大丈夫である女の子も一緒に個室のなかへと入る。
「誰かいるのか?」
 隠れていると、そんな声がした。そして、扉を開く音。……確認している。
 ギィ……ばたん。
 扉を開き、確かめては閉める。ひとつ、ふたつ、みっつ……よっつめは自分たちが隠れている個室になる。
 しかし、三つ目を確かめたあと、靴音は遠ざかった。いないと判断したらしい。
 ……見つからなかった。
 みあおは小さく息をついた。
『ちょっとどきどきしちゃった……』
 女の子は嬉しそうな顔で言う。靴音もどこかへ去ったようだし、個室から出ようとすると今度は違う靴音が近づいてきた。複数だ。
「また、誰か来た……」
 仕方がないので個室のなかで息を殺していると、靴音は迷わずにみあおたちが隠れている個室の前までやって来た。そして、扉を叩く。
「花子さん、花子さん、遊びましょう」
「はーい」
 みあおは返事をした。すると、明らかに扉の向こうでは慌てた気配がする。
「え、い、今、返事……」
「うそ、トイレの花子さんも本当だったの……?!」
「みあおは花子さんじゃないけど、一緒に遊んでもいいよ」
 きっと、さっきの音楽室の生徒たちだろう。七不思議を一緒に確かめるのも楽しいかもしれない。みあおは扉を開いた。
 途端。
「キャーッ!」
 悲鳴が響きわたり、そこにいた女生徒たちは一目散に逃げてしまった。
「……」
『……』
「……にゃーん」
 
 何日か女の子と遊ぶ日々を過ごしたあと、いつもであれば『またね』と言って別れる女の子が違う言葉を口にした。
『ありがとう。楽しかった……』
 女の子の赤いブラウスは、白いブラウスに変わっていた。血に染まって赤色だったのかもしれない。それが白に戻っている。最初は顔さえはっきりしなかった。それが顔ははっきりとわかるようになったし、服も普通に戻っている。完全に自分を取り戻したのかもしれない。
「もう行っちゃうの?」
『……うん』
「……そっか。『向こう』でも元気でね。いつでも遊びに来ていいよ。みあお、ずっと覚えてるから」
 いきなり来ても大丈夫だよとみあおは笑う。
『うん。私も忘れない……』
 じゃあねと手を振った女の子の姿が遠く霞み、消えた。
「行っちゃった……」
 もうランドセルが綺麗かどうか問う必要もないのだろう。思い残すことはないから『向こう』へと旅立つ。たぶん、もう、話を聞いた人のところへ律儀に訪れるようなことはしないのだろう。もしかしたら、カシマレイコや足取りミナコといったこの話を聞いた人のところへ現れる……でも、聞いても現れなかった話もこれと同じなのかもしれない。最初は現れた。でも、現れる理由がなくなったから、現れなくなった……そして、ただの怖い話となった……そういうことなのかもしれない。たぶん、そうだ……みあおは思う。
「みゃう〜……」
「でも、これでいいんだよね。会おうと思えば、いつでも会えるもん」
 女の子が消えた空間を見つめ、みあおは呟いた。
 
 赤いランドセル。
 それは、学校で一時的に流行った話。
 今は、もう、廃れて誰も口にはしない。
 誰でも知っていて、興味を持たない……そんな話。
 ああ、そんな話もあったかもね。
 その程度で終わってしまう。
 その理由は、三日が過ぎても女の子は現れないから。
 
 現れない理由は、みあおだけが知っている。
 
 そして、トイレには花子さんではなく、銀色の髪をしたみあおさんが出るという話が広まるのはもうちょっと先の話である。
 
 −完−
PCシチュエーションノベル(シングル) -
穂積杜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月25日

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