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『夏の稲妻 』
城ヶ崎・由代2839)&尾神・七重(2557)&ウラ・フレンツヒェン(3427)


 ここは東京の片隅にある鬱蒼とした森の入口。霧のように蠢く瘴気は闇をも飲み込まんとする不気味さを放っている。太陽の日が差し込む朝方でも、ここにはなかなか足を踏み入れ難い雰囲気がある。地元の人間もなかなか近づかないそんな場所に、ゴスロリ姿の少女がためらいもなく足を踏み入れるではないか。彼女は腰まで伸ばした長い髪を少し揺らしながら、その人形のような容姿に似合わぬ声で「ヒヒッ」と笑った。どうやらこの中に用があるらしい。彼女は衣装に合わせた黒いかばんを振りながら、小走りで中に入っていくのだった。
 森の中には古ぼけた洋館が建っている。そこには主人がおり、彼はほとんどの時間をここで過ごしていた。館の主の名は城ヶ崎 由代という。近所で彼を知るものはなかなかいない……まぁ、近くに家がないのだから当然といえば当然だ。彼は現代に生きる魔術師だ。過去にある魔術教団に在籍するほどの人物だったが、今は退団しこの洋館で悠々自適の生活を営んでいる。由代は虚空にシジルという絵文字を描いて力を行使する力を持っており、その姿を見て人は彼を『魔の指揮者』と呼んだ。だが彼は自分の仕事は魔術書の解読と著述だと考えている。だから外に出て敵と戦うだとか、そういうことはあまりしない。今日も静かに書斎で読みかけの本を広げ、暑い夏の日を優雅に過ごしているのだった。机の近くに置かれているコーヒーカップからわずかに湯気が立ち昇っている……
 今、彼の読んでいるのは魔導書ではない。ごく一般的に古書と呼ばれる本だった。それを証拠に背表紙に記された題名も日本語で書かれている。確かに本を読むのは彼の日課だが、いつもかも魔導書を読んでいるわけではない。知識欲が旺盛な由代はどんな種類の本でも読むのだ。少し頷きながら次のページを開こうとしたその時、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。来客だろうか。彼は動じることなくゆっくりとその身を後ろへ傾けて顔を確認する。

 「ごきげんよう、ユシロ」
 「ウラですか。やあ、いらっしゃい」

 由代は来客をウラと呼んだ。そう、そこに立っていたのは森の中を駆けてきた少女である。ウラ・フレンツヒェンはうやうやしく礼をすると、その態度とは裏腹に由代の都合も聞かず、勝手に用件を話し始めるではないか。彼はウラのそんな性格を知っているのか、読みかけの本のページにしおりを挟んで本を机に置いた。そしてゆっくりと椅子から立ち上がる。

 「ところで、ここは警備が厳重なのね。結界が張ってあったわ……防犯会社もビックリね」
 「訪問者がいつも人間とは限らないからね。自分にできることをやっているだけだよ」

 「……………失礼します」

 ウラが由代の言葉に反応して周囲をきょろきょろと見回している最中、その横を物静かな少年が難しそうな本を抱えながら入ってきた。彼もまたウラと同じく用事があってここを訪問しているのだった。普通に考えればこんなこと造作もなくわかるだろうが、ウラはなぜかビックリした表情を浮かべながらふたりに向かってせわしなく視線を飛ばす。何をそんなに驚いているのか、由代も少年も不思議がった。

 「ユシロって、そういう趣味があ」
 「違うから」
 「……否定だけ早いわね。あたし、期待して損しちゃったわ」
 「どうしてキミがそんなに残念がるのかが、僕にはわかりません。それに期待させたつもりは全然ないのですがね。彼は尾神 七重くん。今日はうちに探し物で来てるんだ。仲良くしてあげて下さい」
 「……………どうも」

 うつむき加減の七重をまざまざと見るウラ。その距離はどんどん近くなる。だが、七重はまったくの無反応。面白くないウラは目の前で気取った顔や舌を出したバカな顔をしたりするが、結果はまったく変わらずだった。逆に自分のやった表情がマヌケだったことに気づき、少し頬を膨らませる始末。『ああ、ナナエってそんな子なのね〜』と彼女が素直に納得するはずもなく、今度は両手を使って実力行使。七重の口端を引っ張って無理に笑ってる表情を作ってみるが、目が笑ってない上にどこか遠くを見据えているものだからなんとも奇妙な顔になってしまった。

 「ナナエって、笑わないのね……」
 「……………」
 「ところでウラ、キミの用事って何かな」
 「そうそう、ミソスープの作り方を聞きに来たの。レシピくらいここにあるんでしょ、いっぱい本があるんだし」

 ウラの言葉を聞いて由代は困った表情を浮かべた。そして腕組みをし、あごに手をやる。彼は何やら悩んでいるようだ。七重とは違い、顔いっぱいに表情を出す由代にウラは尋ねる。

 「ま、まさか……!」
 「まだ何にも言ってないですよ。レシピは確か……いくつかの魔導書と一緒に封印してしまっているな。紐解くには封印を守る番人に合言葉を告げなくてはならないのだが、さてなんだったかな?」
 「合言葉がわからない……?」
 「ま、そういうことだね」

 彼女の見えないところで由代の口元が少し緩んだ。『ウラはまだ子どもですね』と彼は心の中で笑う。実は由代、ウラにウソをついていた。しばらくじらしてからレシピを渡した方がありがたみを感じるだろうと考えた末の行動だった。しばらくしたら本当のことを教えてあげようと思って、わざと考えてる振りをしていたのだが、ウラは彼の期待通りには動かなかった。いや、止まらなかったという方が正解かもしれない。

 「だったら番人なんてぶっ飛ばせばいいのよ! 伝説のミソスープを一緒に手に入れましょう。ちょうどいいわ……ナナエはあたしのライバル役ね! クヒッ」
 「……………?」
 「おいおい、いつから『伝説の』ミソスープになったのかな?」
 「行くわよ、先に見つけた方が勝ちなんだからね! レシピを賭けた熱い戦いが今、始まるのよ〜〜〜!」
 「……………いえ、熱くはないと……」

 人の話をまったく聞かずに、書庫を探しに部屋をダッシュで出ていくウラ。由代は今さらウソとも言えずに困惑し、七重も勝手に彼女のライバルにされて戸惑っている。すべては思いつきで冗談を言った由代に問題があるのだが、ウラのあの様子では本当のことをちゃんと聞かない可能性の方が高い。由代は困ったというよりも呆れた表情で人差し指で軽く頭を掻く。

 「七重くん。調べものの最中で申し訳ないのですが、彼女のお付き合いをしてくれませんか。僕は少し準備がありますので」
 「……………ライバルですか?」
 「まぁ、それっぽいことをお願いします。適当に本を開いて確認する素振りをしてくれるだけでいいですから」
 「……………わかりました」

 七重は手に持った本を暖炉の側にある小さな机に置くと、ウラの向かった場所へゆっくりと歩き出す。
 しかし、何から何までふたりは対照的だ。活発を絵に描いたようなウラは、思ったことをなんでも喋るし元気いっぱい。七重は聞いた話を心の中で反復するくらい冷静で、何をするにも論理的。ただ身体が弱く、運動は苦手としている。そんなふたりが冗談でもライバル同士になっていることが面白い。由代は他人事のようにそう笑うと、さっそくウソの処理をするために書庫に収めてある封印された本のことを思い出す。

 「確か、薬学に関する本棚に魔導書があったはずだ。それを使ってなんとかしましょうか。ミソスープのレシピは出てこなくてもなんとかなるでしょう。あるに越したことはないですが……」

 由代はいろいろと策を練りながら、熱い戦いをしているふたりの元に向かっていた。


 由代の書庫ではさっそくウラが本を引っ掻き回していた。「あれでもない、これでもない」と言いながら本を入れたり戻したりとせわしなく動く。一方の七重は由代の指示通り、適当に本を抜いて中をパラパラと読んでいた。目的もなく書庫にやって来ることの少ない彼は、いつもよりも気楽に興味を持った本に手を伸ばし、その内容を確かめていた。不幸中の幸いにも見えるが、相手はウラだ……そうはいかない。ライバルがおっとりゆっくり調べ物をしているのを見て、ウラが噛みついてきた。

 「ナナエ、見つける気はあるのぉ?」
 「……………」
 「んもぅ、張り合いないわ〜。せっかく伝説のレシピを探してるのに、これじゃ盛り上がらないじゃない」
 「………だから、伝説じゃ……」

 七重のツッコミがウラに届くわけがない。彼女は伝説を手にするため、必死になって本を探す。七重はその姿を見ながら何気なく一冊の本を取ってそれに目を通す……彼は内容を読んで思わず声が出そうになったが、それをいつもの冷静さでごまかした。そしてウラが奇妙な笑い声を響かせて、必死にページをめくっている隙をついてその本を元に戻す。

 「……………あった。困った」
 「え、ナナエ何か言った?」
 「………別に」

 そう、七重は本物のミソスープのレシピを見つけてしまったのだ。彼もウラと同様、由代がウソをついていることを知らない。だからこそ、発見したことに驚いたのだ。確かいくつかの魔導書を封印した中のひとつだったはずなのに……それでも彼は何食わぬ顔で別の本に手を伸ばし、ライバルの振りをするのに必死だった。

 七重が素直にミソスープのレシピがあったのを言わなかったせいで、この戦いはさらにややこしくなる。ウラが偶然、いくつかの本をまとめたものを見つけ出してしまったのだ。そう、これが由代が言っていた『封印した魔導書』なのだ。彼女は目を輝かせながら、嬉しそうにその本を手に持って喜ぶ。早くも勝ったつもりなのか、いつもの笑いが何度も部屋中に響き渡った。

 「クヒッ、ヒヒッ! 見つけたわ! きっとこの中に伝説のミソスープのレシピがあるんだわ!」

 その言葉を発すると同時に、本を括っている青い紐が淡い光を放つ。そこからはわずかな煙が吹き出し、それは徐々に固まりとなる……そしてそれは背に翼を持った悪魔の姿へと変貌した!

 『クケケーーーッ! 我はこの本の番人な』

  ガラピシャーーーン!!
 『いだいだ、痛ぁぁぁ! お嬢ちゃん、お願いだから前口上くらい聞いてくんないかなぁ! ふーーー、痛てぇ……』

 番人が出てくると同時にウラが手を叩き、その頭に雷を落としていたのだ。彼女は泣き言をいう番人に顔を近づけ、さっそく交渉に入った。

 「さ、本の封印を解いてちょうだい!」
 『だから、俺はこの本の番人なの。合言葉がないとできない約束でここに括ら』

  ドンガラガッシャーーーン!!
 『アギアギアギギギギ……って聞きなさいっ! 話を聞きなさいってばよ!!』
 「あたしは封印を解いてくれたらそれでいいのよっ!」

 押し問答と言っていいものかどうか……ウラと番人は自分の主張を押しつけるばかりで話がまったく進展しない。番人は自分の役目を説明するが、すればするだけ雷が落ちるのでしばらくすると口篭もり始めた。ところは彼女は封印を解こうとしないウジウジした姿が気に入らず、指を鳴らしたり手を叩いたりして雷を発生させ、容赦なくお仕置きする。さすがの七重もその姿を見て後ずさった。すると背中が何かにぶつかる。そう、後ろに由代がいたのだ。

 「あっ……」
 「これは……番人には悪いことをした。あのままでは封印に使っている紐が切れるのも時間の問題だな」
 「………あの、あそこにミソスープの本が……」
 「おお、あったのか。ありがたい。じゃあ、あの封印が破られて本が四散するのに乗じて……」

 由代はミソスープのレシピを手に取って、それをすかさず後ろに隠す。別にそんなことをしなくとも、ウラは雷で番人をいじめるのに必死だから気づくことは絶対にない。七重から本を受け取る最中もバッシンバッシン雷が落ち、周囲を蒼く染めていた。もうボロボロの番人はついに泣き始める。逆にウラはそれを見て笑顔を見せる。

 『ごめっ、ごめんなさい! お願いだからその雷やめてっ!』
 「ヒヒッ、やっと封印を解く気になったのね! さあっ、早く早く!」
 『だから……封印は解けないんだって言ってるじゃ』

  ドガガガガガガーーーーーン!!
 『ウッゲーーー! もう耐え切れーーーん!!』

 ついに番人と本を括る紐が限界を超えてしまい、豪快に切れてしまった! 番人は出現した時と同じく煙のように四散し、本は部屋中に散らばる。本物のミソスープのレシピを持つ由代はその時を逃さず、手に持った本をそっと足元へ落とした。すると飛び散った本を必死に拾い集めているウラがそれを取りに来た。そしてその中身を見てニンマリする……

 「ヒヒッ、見つけたーーーっ! ナナエよりも先に伝説のミソスープのレシピっ! やっぱりあの本の中に混ざってたのね!」
 「お見事だったね、ウラくん。いや、実に七重くんも惜しかった。足元に落ちているのよりも先に後ろに飛んだ本に気が行ったのが運のツキだった」
 「……………はい」

 由代は口では話をまとめてつつ、身体は封印に使っていた紐のところに向かっていた。そして無残な姿になったそれをつまんで少し悲しそうな顔をした。

 「しかし、ここまで派手にやるとはね。まぁ、自分のせいでもあるし仕方ないか……」
 「………自分のせい?」
 「う。い、いや、七重くんには後から話すよ」

 いつのまにか自分の後ろに来ていた七重にひとりごとを聞かれた由代は驚きながらもなんとかその場を取り繕った。七重のおかげでいらぬ騒動をまとめられたのだからそれでいいだろうと由代はひとり頷くのだった。
 しかし、ミソスープのレシピを手に入れたウラの暴走はまだ終わらない。

 「さ、今度はレシピ通りに作れるかどうか調査よ!」
 「ウラくん、それは別に自分の家でもできるんじゃないのかな?」
 「伝説の味を審査する人がどうしても必要のよ。こういうことは自己満足で終わったらいけないの!」
 「……………」
 「ヒヒッ、今度はナナエと一緒に買い出しに行くわ! 昨日の敵は今日の友っ!」
 「……………まだ今日です」

 何にも聞こえないウラはレシピを片手に、そして七重の手を引いて今度は外へ向かう。彼はウラにずるずると引きずられて行ってしまった。本当に伝説のミソスープをここで作る気らしい。書庫の中にひとり取り残された由代は封印されていた本をかき集めながら小さく笑った。

 「夕飯を作る手間も省けるし、まぁいいか。彼女に付き合うのもまた一興。暑い夏の日にはちょうどいいかもしれない」

 そう笑いながら魔導書を再び封印する準備に取りかかる由代。これから先、ウラが巻き起こす騒動に付き合うかはわからない。しかし今日はそれでいい。彼は今日という日は騒動を楽しむ日と決めたのだった。夏の稲妻はその威力をまだまだ発揮しそうだ。


 「クヒッ、ナナエもあたしの伝説のミソスープを味わえるんだからしっかり買い出しがんばるのよ!」
 「……………だから伝説じゃ……」

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月24日

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