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『電脳怪奇ファイリング〜KIDDING04〜 』
榊原・信也3244

天井のシミがいつのまにか増えていた。
窓から入る空気は、排気ガスと混ざってあまりいい匂いではない。

大学の講義を知人に代返させてサボった榊原・信也は自宅アパートで優雅とまではいかないが
それなりに好き勝手していた。TVを見ながら、コンビニで購入した酒を茶代わりに飲み干し、
いまはソファーでくつろぎながら、2缶目の酒のフタをあけたところだ。
彼の思考では酒は水と一緒だ。もちろん、飲まれたりもしない(らしい)。


信也が2缶目の酒を空にしようとしたそのときだ。

客の訪れを告げる高音のくせに安っぽいチャイムがなったのは。
無視して酒に浸ろうと思ったが、重大な用件だとしてもマズイので信也はダラダラと玄関に赴いた。

「・・・はい」

ぶっきらぼうに応対するのが早いか、ドアを開けるのが早いか。
信也の目に飛び込んできたのは外の光と、手にノートパソコンを抱えた同じ大学の男友達だった。
目に涙を浮かべて額に汗をにじませ、無残な姿だ。

「信也ぁあ・・・」

「なんだよ」

お邪魔しますも言わず中に転がり込んできた挙句、抱きついてくる始末に
イマスグカエレと言いたい衝動に駆られる。しかしそこは友人の顔に免じて許してやることにする。

「ウィルスにやられちゃったみたいで・・・オレじゃどうしようもねぇんだよぉ〜」

「ウィルス?」

さっきまで信也がくつろいでいた部屋に招きいれながら友人はノートパソコンを手に持ってきた理由を話し始めた。
友人のパソコンに目をやると、それほど古くない型のノートパソコンだ。

「そうなんだよぉ〜な、友達の一生のお願いだ、ウィルス駆除してくれよぉ!」

「…俺がやるのか…?はぁ…ったく…分かったよ、やってやるよ…仕方ない…」

信也は無駄なことは一切引き受けない。
しかし、自分に出来る範囲のことなら、いやいやでも引き受ける。
このセリフは、そういうとき、決まっていうセリフだ。

信也が作業に掛かろうとしてノートパソコンの線をつなごうとした時、
つけっぱなしだったTVからニュース速報が流れている。
若い女子アナが口に出して読み、画面テロップに映し出されているのは、「最新コンピューターウィルスが各地で暴利」の文字。
タイミングよく速報されているのはまさしくコレだった。

「あ、コレだよ信也ぁ!」

「言わなくても分かってるって。それよりお前、ウィルス駆除ソフトとかファイアウォールとかちゃんと設定してるのか?」

パソコンの電源を入れて立ち上げながら信也は尋ねた。
デスクトップ画面にはあちこちに破壊されて使用できないアイコンが散らばっていた。

「…これは…どうやら予想以上にめんどくさいことを引き受けちまったみたいだな…」

信也は信じられないような顔で液晶画面を見つめた。
こんな症状、見た事が無い。

『なお、現在も被害は拡大中の模様です。被害状況から考えて、
 個人ではなく複数のグループや団体の犯行の可能性が高いと警視庁で発表がありました。引き続き速報していく方針です』

事務的な口調で喋るアナウンサーの声が聞こえる。
友人は青ざめてあたふたしている。

「し、信也ぁ・・・直るのか?結構大規模なウィルスみたいだぜ?」

「・・・俺が引き受けたんだ。やってやるさ」

冷静に力強い言葉を発した後信也は作業に集中する。
見るところによると、アプリケーション機能が全て破壊されている。
マウスの動きも異様に遅い。
このままでは原因を調べるどころか何も出来ない。
友人のパソコンでの駆除を諦め、自分の所有する自作パソコンで免疫(ワクチン)を作成することにした。
パソコンに詳しい信也のおかげで、信也のパソコンは幸い無傷だった。
しかし、ワクチンを作るためにはウィルスの正体を暴かなければいけない。
友人のパソコンとケーブルで接続し、ネットワークを通じて友人のパソコンに侵入した。
その途端、

「新しいウィルスを発見しました ―――KIDDING04」

という警告が表示された。
文末に表示された英数字が、ウィルス名である。
全く聞き覚えの無いウィルスだ。
友人のパソコンはKIDDING04というウィルスで汚染されていた。
しかし、名前さえ分かればあとは、「能力」さえ使えば・・・。

「すまないが、時間が掛かりそうだ。直り次第連絡する」

「分かった、絶対直してくれよ!?」

友人はさも修理屋に頼む偉そうな客のように信也に押し付け、またお邪魔しましたも言わず帰っていった。
そこは友人の顔に免じて許してやるのが信也なのだが。
友人を帰したには理由がある。
信也の能力とはハッキングのことだった。下手に見つかれば修理屋どころか犯罪者呼ばわりだ。
特にこの能力を使って悪質なことをしでかすわけではないにしても、だ。

信也はインターネットに接続し、ハッキング能力所持者のみがしる検索エンジンサイト「電脳怪奇ファイル」にアクセスする。
もちろんこのサイトは公に公開されておらず、アドレスバーに直接アドレスを打たない限り絶対表示されない。
いわばハッカー御用達の情報提供サイトだった。
トップページには検索バーがあり、そこに調べたい内容を打ち込めば、情報を得られる仕組みになっている。
信也はブラインドタッチで手早く打ち込んだ。

検索バーには「KIDDING04」と打ち込まれている。細長い指でキーボードのエンターキーを音を立てて弾いた。

するといつもは表示されないはずのエラー警告が表示された。

「進入禁止 痛い目を見るぞ」

明らかにアクセスされることを恐れてあらかじめ作られている警告だ。
電脳怪奇ファイルの警告ではなかった。

「・・・組織の仕業か?」

KIDDING04を作り出した組織の張った強力なシステムセキュリティとしか思えなかった。
しかし、信也のハッキング能力はこんなところでは終わらなかった。
信也はハッキング専用の自作ソフトを起動させた。大抵のセキュリティを打ち破る、最強のハッキングソフトだ。
起動後にもう一度先ほどのページにアクセスする。
すると警告文章が出ず、アクセス完了した合図の「WEBサイトが見つかりました。ページを表示しています」という
ローディングのコメントがページ下部に流れている。信也は口元を緩めた。
ページ読み込みが完了すると、表示されたのはチャット部屋のようなページだった。
しかも、リロードが自動でされる、「リアルタイムチャット」のようで、文章が1秒ごとに更新されている。

K:イタリアにも送信完了したぞ

Q:中国にはまだか?>J

A:アメリカのメディアは破壊が完了した

信也が閲覧しているチャットはまさしく、ウィルスをばら撒いた組織団体の会議チャットだった。
現在の入室者は4人。いずれも攻撃の主犯格らしい。

「面白い。お前らの陰謀は俺が止めてやる」

信也はつぶやいた後、ハンドルネームを「JOKER」と入力し、入室した。
現在の入室者を見る限り、「K」「Q」「J」「A」はトランプの絵柄から取ったものだと思ったのだ。
入室完了すると同時か1秒後には、

K:いらっしゃい>JOKER

A:よう、日本はどうだ?>JOKER

J:お疲れさま>JOKERさん

Q:こんばんわ(n‘∀‘)>JOKER

などとさも組織の一員だと思った4人の挨拶がみるみるうちに飛んできた。
Qの発言によると、JOKERというのは偶然にも日本担当の犯罪者らしい。
信也は適当に口裏を合わせることにした。

JOKER:ちょろいもんさ。いま警視庁が慌てふためいてる。

発言すると、すぐさま返答が帰ってきた。

K:ご苦労さんだ。もうすぐ俺らの目的も叶うな。>JOKER

幸運にも確信をつく発言だった。組織の目的を知ることが出来る発言だ。

JOKER:目的?どれのことだ?>K

K:おいおい、言わせるな。>JOKER

Q:私たちの目的といったら、アレしかないでしょ>JOKER

J:そうだよ。僕たちの腕がどれだけスゴイか世界に見せ付けようってコンピュータダウンさせたんじゃない( ^▽^)>JOKERさん

「・・・。くだらないな。なんだこのバカ集団は」

信也はあきれていた。日本、いや世界各地のメディアを混乱させているウィルスを作った組織の目的がこんな幼稚だったとは。
もともとウィルスを作る人間の精神なんて馬鹿げていて計り知れないのだけれども。

A:おい。どうしたJOKER?

J:今日はヤケに発言遅くない?(メ・ん・)>JOKERさん

信也が呆れてるうちに発言がどんどん増えていく。
さすがに発言が早い。しかし、目的さえ分かったなら、こんなところで何時までもお喋りしている必要は無い。

信也は、手早くもう一つのソフトを起動させながら発言した。

JOKER:ああ、すまない。余りにもお前等の目的がくだらなかったのでな。背後が笑い転げていたんだ。

煽るような発言を打ってみる。
すると見る見るうちに発言が埋まっていく。

Q:なんですって?

A:てめぇ、何のつもりだ!?

J:・・・ニセモノだね(°Д°)?

K:ハッカーか・・・。わざわざこんな所までご苦労だな。

4人は一気に態度を翻す。信也は目で笑いながら発言した。

JOKER:お前らこそご苦労だったな。くだらない能力のひけらかしごっこはココまでだ。
ここのアドレスとログを流せばお前らはおしまいだ。

K:それはどうかな?俺たちがお前みたいなネズミをタダで返すと思うか?

J:くだらない能力かどうか・・・君のパソコンで確かめてみるといいよ。βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ

Jの発言と同時に警告文が無数に表示された。

「新しいウィルスを発見しました」「新しいウィルスを発見しました」「新しいウィルスを発見しました」

どうやら、ネットワークを通じてウィルスを送りつけてくるらしい。

K:どうだ?俺たちの自慢のウィルスだ。ネズミは所詮ネズミなんだよ。じきにお前のパソコンは使い物にならなくなる。

「・・・つくづくおめでたい連中だな。まんまと俺の罠にはまってるとも知らずに・・・」


信也は警告文章を全て消去し、免疫をかけた。
そして、静かに退席ボタンをクリックし、チャットから抜け、ネットを閉じた。
友人のパソコンにも免疫をかけ、ハードディスクにすみついたウィルスをすべて駆除した。


そして、何事も無かったかのように電源を落とした。



























「いやー助かったぜ信也ぁ〜これでマージャンソフトが出来るぜ!」

「・・・そんなものがしたくて修理を頼んだのか?」

翌日、パソコンが直ったことを友人に連絡し、取りに来てもらっていた。
友人は嬉しそうに満面の笑みを浮かべながらノートパソコンを胸に抱き、帰っていった。またお邪魔しましたもいわずに。

信也は今日も大学をサボり家でゴロゴロしていた。
いまは酒缶を片手に、新聞を読んでいる。

「ん?・・・ハハッ・・・。世界中を脅かしたウィルスより、俺のソフトの方が一枚上手だったようだな」

ある新聞の記事を見つけて信也は笑いながらつぶやいた。




『ウィルス作成集団、自作ウィルスで自爆!
 某日、世界を恐怖に至らしめたウィルスKIDDING04をばらまいた組織集団が逮捕された。
 調べによると、組織集団のサイトにハッカーが潜り込み、ハッカーに対して攻撃を仕掛けたところ
 ハッカーのセキュリティに跳ね返され、組織集団自体がウィルスに感染したとのこと。
 なおハッカーの正体はいまだ不明である』



信也は、本日3缶目の酒のフタをあけて、微笑んだ。



電脳怪奇ファイリング〜KIDDING04〜   任務完了
PCシチュエーションノベル(シングル) -
風立 涼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月17日

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