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『Strange Paradise 』
月見里・千里0165)&結城・二三矢(1247)


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「ん……」
 カーテンのわずかな隙間から光が陽が差し込んでいる。
 その眩しさにわずかに眉根を寄せて、月見里千里(やまなし・ちさと)は寝返りを打つ。
 夏掛けのブランケットがその拍子にベッドの下に落ちる。
 うつぶせに転がったまま片手で床の上のブランケットを引き寄せようとするが上手くいかない。
「もう……!」
 そう言って振り回した手に何かが当たった。
 そして、がしゃんと何かが割れる音。
 慌てて千里は上半身を起した。何度か瞬いてからカーテンを開ける。
 一気に真夏の日差しが容赦なく部屋の中に差し込む。
 そして、ベッドサイドを見ると写真立てが1つフローリングの床に落ちてカバーガラスが割れてしまっている。
「きゃー! 二三矢ごめんねぇぇ」
 その写真立てにはいつだったか2人で撮った写真が飾られていたのだがよりによって2人の間に綺麗に亀裂が入っている。そしてそこを中心として幾筋もの亀裂がフレーム中に広がってしまっている。
―――朝からついてないなぁ……
 そう思いながら、千里はパジャマのままで冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをグラスに入れてテレビを付ける。
 まるきり平凡な―――ちょっとついてない程度の朝だった。
 そう、その時点ではまだ。
「でも、なんだか嫌な予感がするし……」
 そういうが早いか千里はすぐに携帯電話で写真の彼氏にメールをうった。
『件名 愛する二三矢へw
 朝から寝惚けて二三矢と一緒にとった写真を入れてたフレームを割っちゃって大ショック〜〜〜(>ロ<)
 でもなんだか心配なのでこれから二三矢の部屋に行くねw』


 その日、結城二三矢(ゆうき・ふみや)はいつものように神聖都学園の寮の一室で目を覚ました。
 そして簡単に身支度を整えると寮内にある食堂へ行く。
 そこまではいつも通り普段となんら変わらなかった。
 ただ、食堂へ入った途端に、その場の空気がいつもと違っていることに二三矢は気付いた。
 朝食をとっている者、食事を前にしたまま座っている者……大勢の寮生が集まっていたが皆一様に沈痛な面持ちをしている。
 それゆえに、食堂内はいつにない静けさで、ただ賄いの人が黙々と手を動かし調理している音だけがその食堂で聞こえている。それだけでもその異常さが判るというものだ。
 二三矢はその雰囲気の中、朝食の乗ったトレーを持ち空いている席に腰掛けた。
「いただきます」
 育ちの良さを表すように、二三矢はそんな中でもご丁寧に手を合わせてから食べ始めようとした。
「よく食えるよな。どういう神経してるんだか」
 明らかに悪意に満ちた言葉が聞こえる。
「それは、どういう意味ですか?」
 あまりにもあからさまなとげとげしい言葉に良い気分はしなかったが、それでも相手が先輩であったので二三矢は敬語で問い返す。
「これから人を殺さなきゃいけないって言うのによくそんな平然と飯なんか食べられるな!」
 静まり返った食堂に怒鳴り声が響く。
「……人を、殺す?」
 彼の言った言葉に二三矢は驚いた。
 驚いて当然だろう。
 だが、その場に居た生徒全員に聞こえたであろう声だったが、二三矢以外の誰一人として驚くものはいない。まるで、彼のその言葉が周知の事実であるかのようだった。


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 IO2のBプロジェクト―――4年に1度、世界各国のある一都市が選ばれてその一定地域の13歳〜18歳の子供たちがある場所で文字通り戦闘をさせるという研究だ。
 各国の潜在戦闘能力の調査のためと銘打っているものの、本当の目的ははっきりと公表されていない。
 もちろんIO2が非公開組織である為、大々的に世間一般に知られている計画では勿論ない。
 今年、日本が選ばれた背景には、日本古来の対魔組織とIO2との溝が年々深まりつつあり最近では虚無の世界のテロ活動の活発化と相俟って日本の対魔組織全体が虚無の世界へ賛同することへの牽制の意味も込められているという意見も政府高官の中でまことしやかに噂として流れていたが、日本政府としてはどんな理由があるにしてもそれを拒否することは出来なかった。
 今年そのプロジェクトに選ばれたのが日本の東京という都市。そして、その中でも私立神聖都学園であった。
 実際に参加させられる生徒に説明されたのはそれだけだった。
「―――携帯・一般電話・メールは当然禁止となっている。開始時間は今から1時間後10時からのスタート終了は午後18時となる。それまでに各々自分のスタートする場所に武装の上待機。合図以前に戦闘を開始した者、プロジェクトに非協力的であった者についてはIO2より処分が下る」
 校内放送で登校した全校生徒にBプロジェクトについての説明等が言い渡された。
 どこから誰が情報を得てきたのか、その放送以前にすでに全校生徒に大体の内容は伝わっていた為、その放送による混乱はなかった。
生徒には各々IDチップが埋め込まれたバングルのような物がすでに腕にセットされている。
 いつの間にか学園の周囲を囲む長大な壁にはIO2より派遣されたらしい厳つい連中が学校内―――このプロジェクト的に言うならば指定戦闘地域内からの逃亡者のないよう厳重な監視システムをとりいれ管理している。
 ただ、盲点だったのはこの学園内に学園外の者がすでに進入していたというところだろうか。
「なによ……今の放送」
 今朝の写真立ての一件で嫌な予感がした千里は自主休校を決め込んでこっそり神聖と学園内に忍んでいてその放送を聴いてしまったのだった。
 もちろん、登校時間より遅れて進入したのは一応名目上は男子寮へ他校生のその上女子生徒があまり堂々と入るには憚られた為であった。
 千里は慌てて自分の携帯電話で二三矢に連絡を取ろうとしたが携帯は圏外になってしまっている。
「二三矢……今朝のメール見たのかな……」
 時間的には二三矢の登校時間ぎりぎりであったのでもしかすると見ていないという可能性もある。
 とすれば、二三矢は戦闘地域内に千里が居るとは思ってもいないのかもしれない。
 しかし、多分自分も戦闘地域内に居る以上戦わないわけにはいかないのだろう。
 アレコレと考えているうちに時計を見ればすでに戦闘開始まであと数分となっている。
 もうこれ以上、うだうだと考えている時間は千里にはなかった。
「とにかく、二三矢を探し出して―――それからのことは二三矢と相談して決めるしかないんだから!」
 そう決意して千里は特殊能力で作り出したフルオートマティックのベレッタM93Rを抱えた。
 二三矢との合流は少なくとも千里がこの能力を使える間―――1日3回で1回につき1時間―――3時間後までにという制限時間付きだ。


「諸君。それぞれ位置についたかな?」
 先ほど説明の放送で流れていたのとは明らかに違う初老の男性の声が再び校内放送を使って流れる。
「―――戦闘開始」
 鐘の音とともにその男はまるで神聖な儀式を始めるかのような口調でそう告げた。


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 発砲した反動で千里の体が後方へ揺れる。
 反動が大きく安定しないのが幸いしてか今の所、千里の銃は相手を怪我させるのみに留まっており、1発で頭や胸を打ち抜くということはなかった。
 だが、鉄錆にも似た血の匂いが辺り一体に充満しており、それが戦闘の激しさを物語っている。
 校舎裏など人気のない道はかえって誰かが潜んでいる可能性が高いと思った千里は敢えて校舎の中を突っ切っていた。
 廊下には血溜りに倒れていた誰かを引きずって移動させたような跡や、点々とした血の跡がいくつも残されている。
―――二三矢……無事でいてね……
 千里はその一心で走り続けていた。
 そして、校舎を抜けてようやく寮へと辿り着いた。
 今は圏外になっているが、千里は二三矢がメールを見た方に賭けて二三矢の部屋へ向かうことにしたのだ。
 寮の周囲を見回して進入口を探すと、都合よく食堂の窓が開いていた。
 スカートの乱れを気にしつつ窓から寮の中へと侵入する。
 極力音を出さないように千里は靴を脱いで銃を片腕に抱えるようにして窓枠を越えた。
 耳を澄ますが、物音ひとつしない静まり返った寮の中を恐る恐る進んでいく。
 バタン!
 扉の閉まる音に千里はすばやく反応して連射する。
 ダダダダダ――――乱打により廊下の壁一体に穴が開く。
「……風か」
 さっきの扉の閉まる音はどうやら風で開いていたドアが閉まっただけのようだ。
 それでも、千里の鼓動は早鐘を打っている。
 千里の手にある銃はもう2つ目だった。
 能力がつかえるのは後1回。
―――早く……早く行かなくちゃ。
 能力が使えなくなれば千里は丸腰になってしまう。
 恐怖の2文字は消えることはなかったが、それでも千里の足はまっすぐと二三矢の部屋へ向かう。
 ようやく辿り着いた部屋の前で千里は3回大きな深呼吸を繰り返し、ゆっくりとそして小さくドアをノックした。
 即座にドアが開く。
 ぎゅっと、力強く引き寄せられて抱きしめられる。
「ちー!」
「……二三矢ぁ」
 ゴトッ……と、重い音がして2人の足元に千里が持っていた銃が落ち―――そして消えた。
 ただただ力いっぱい抱きしめる二三矢に千里は身を任せる。
 自分が不安だった以上に、二三矢はどれほど千里の身を心配しただろう。
 それを思うと千里は二三矢の名を呼ぶ以外何も言うことは出来ない。
 しかし、安堵は束の間だった。
 お互いの無事をその体温で確かめるように無言で抱き合ったままの2人の背後。
 ガラスの砕け散る音がしたかと思うと、二三矢の部屋の窓が蹴破って侵入者が現れた。
 背を向けていた二三矢より先に千里の体が反応した。
 とっさに再び銃を作り出して躊躇いもせず引き金を引いた。
 千里の手に現れた口径の小さな銃は真っ直ぐ飛び侵入者の胸を打ち抜いた。
 パン――――
 小さな音とともに、侵入者の胸があっという間に血色に染まる。
 ゆっくりと銃を握ったままの両手を下ろし、千里はぺたりと床に座り込んだ。
 時間が流れると今更ながらに、人を撃ち、そして殺めたという事実が先ほどの銃の反動のようにじわじわと体中に広がり震えが止められない。
「ちー……ごめん。ごめん―――」
 自分を守る為にとっさにした行動の結果の現実に震える千里に二三矢は謝るしか出来ない。
―――永遠に護るって誓ったのに……
 自分のいつかの誓いの言葉を思い出す二三矢の胸が痛む。
 そっと肩を抱きしめる二三矢はその時初めて、千里の呼吸の乱れが興奮だけではないということに気付いた。
「ちー……熱が!」
 1時間おきとはいえぶっ通しで能力を使った千里の身体が悲鳴を上げているのだ。
 集中力と体力を激しく消耗してそれが発熱に繋がってしまったようだ。
 二三矢は千里を抱き上げると自分の別途に横たえる。
「二三矢、大丈夫だから」
 そういって千里が上半身を起した次の瞬間、二三矢の視界の端に映った黒い影。
「ちー、危ない!」
 先ほど千里が撃った侵入者が銃を構えている。

「どうして!?」
 その声は2人のどちらの口から漏れた声だったのか―――

 そこから先は全てがスローモーションだった。
 男がゆっくり引き金を引き、放たれる弾丸。
 千里を狙うその弾はそのまま彼女の形の良い額を打ち抜くはずだった―――だが、その千里を二三矢が再び抱きしめる。
 鈍い、肉にのめり込む音が二三矢の身体を通して千里の耳に伝わる。
 千里の頭を力強く掻き抱いた二三矢の腕が、身体がそのままずるずると崩れ落ち千里の膝にう仰向けのまま倒れこむ。
 布団にじわじわと広がる血の染みは布団を通して直に千里の膝を濡らす。
「二三矢! 二三矢! 二三矢二三矢二三矢!!」
 叫ぶ千里の額、こめかみの辺りでパンという音がした。


 どさっ……千里の身体が二三矢の身体に折り重なるようにして倒れた。


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「千里さん。千里お嬢さん、一体いつまで寝ているんですか?―――きゃっ!」
 突然跳ね起きた千里に通いの家政婦は小さく悲鳴を上げた。
「どうしたんですか、顔真っ青ですよ」
 脂汗を浮かべて飛び起きた千里の顔を見て家政婦が心配そうに顔を覗きこむ。
「夢かぁ……」
 千里は安堵のため息を漏らした。
「何か怖い夢でも見たんですか?顔に涙の後がついてますよ」
 小さく笑われて千里はベッドサイドに置いてある鏡に手を伸ばし……指を止める。


 鏡の隣にある写真立てに夢で見たのと同じような亀裂が入っていた……
 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月15日

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