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『*****LIKE A MOON***** 』
葛城・樹1985)&チェリーナ・ライスフェルド(2903)


 舞台の幕が開き、観客の視線は一斉にステージ上に集中する。
客席と、舞台との光のコントラストに、チェリーナは僅かに目を細めた。
テレビや本では知っていても、実際に「オペラ」に触れたのはこれが初めての事。
普段でも大きく魅力的な瞳をさらに大きく開いて吸い込まれるようにステージの上を見つめる彼女を、
樹は嬉しいような、そしてどこか気恥ずかしいような気持ちで見つめた。
 ステージ上ではフィガロ役、スザンナ役、伯爵役のオペラ歌手が館内に響き渡る声を披露している。
そして物語は進み…樹の母である伯爵夫人が登場した瞬間には、
チェリーナはまるで身を乗り出すほどの雰囲気で舞台上の彼女に視線を見つめ続けたのだった。


*****LIKE A MOON*****


「え?オペラ…ですか?」
 ホテルの喫茶にて、いつものように樹の演奏を聴きに着ていたチェリーナに、
樹は顔を赤くしながら白い封筒を差し出し、彼女を誘ったのは数日ほど前の出来事だった。
「そう…母が出演する公演のペアチケットをタダで貰ったんですけど…良かったらと思って」
「嬉しいです!ありがとうございますっ…!あ…でも…私、オペラって初めてで…」
「大丈夫…『フィガロの結婚』の公演なんだ…オペラって堅苦しいイメージがあるだろうけれど、
これは喜劇だから少しは気楽に見られると思うんだ…ど、どうかな…?」
 樹はただでさえ赤かった顔をさらに赤面させ、チェリーナの反応を窺う。
「フィガロの結婚ですか…」
「知ってる?」
「あ!はい…!知ってます!た、タイトルだけ…」
 自分で言っておきながら、チェリーナは「うわあ」と樹に負けないほど顔を真っ赤にする。
「じゃあいい機会だね…どうかな?一緒に…」
「行きます!はいっ!!もう絶対にっ!!」
 力をこめて言うチェリーナを見て、樹はほっとしたような気分で肩の力を抜く。
誘っておきながら、もし断られたら…と言う思いもあったのだ。
「実はこの公演で母が伯爵夫人を演じるんです…」
「そうなんですか?!わあ…じゃあますます見に行きたいですっ!はいっ!」
 嬉しそうに満面の笑みで言うチェリーナにつられ、樹もやわらかな笑みを浮かべる。
その後、二人で当日の待ち合わせ場所等の予定を立てながら、先日のジャズ喫茶の話題にも花を咲かせたのだった。



「はぁ〜…凄いなぁ…凄いなぁ…」
 何度目かわからない呟きをこぼすチェリーナの隣を歩きながら、樹は微笑みを浮かべる。
オペラの面白さ、そしてその舞台に立つ声楽家達の声の質、奥深さ、雄大さにえらく感動したらしく、
会場を出てからひたすらずっとチェリーナは「凄い」を連発しているのだった。
しかもまだ、その世界に浸っているかのような雰囲気を纏っている。
実に感受性豊かな彼女のそんな所も、樹がどこか惹かれる理由の一つでもある。
 二人はしばらく街を歩き、近くのファミリーレストランに向かう。
今日の二人は樹は紺のブレザーのアイビーファッション、チェリーナは濃い黄色のワンピースで、
どこか上品さはあるものの、改まった服装と言うわけではなくファミレスにも気軽に入れる服装だった。
 ファミレスでとりあえず注文を済ませ、氷の入った冷たい水を飲むと同時に、
チェリーナはどこかいつもの調子に戻ったのか、ほっと表情を緩ませて。
「今日は本当にありがとうございました!面白かったし…感動しました」
「それは良かった」
「何より樹さんのお母さん…とっても素敵でした…あの、怒らないで聞いてくれます?」
「?」
「私、オペラ歌手って…ほら、恰幅のいいって言うか…大きい人ばかりなんだと思ってました」
「ああ…なるほど」
 樹はくすっとおかしそうに笑うと、両手を組みながら。
「確かにそういう人も多いし、目立つからね…しっかりとした声量も出るみたいだし」
「へえ〜…そうなんですか…でも樹さんのお母さんは細い体でもとても素敵な歌声でしたよ!
なんていうか…空にまで届きそうなほど高くって、でも…海のように深くって…とても気持ちがこもってて…
あんなお母さんうらやましいです!自慢のお母さんですよね!」
 チェリーナは素直に自分の思った事を言っただけだったのだが、
樹はどこか苦笑いのような微妙な笑みを浮かべて目の前の水を口に運ぶ。
何か言ってはいけない事を言ってしまったのかな…と、チェリーナが不安になりそうになった瞬間、
「母は世界的にも有名な声楽家で、ね…昔はその重圧を意識して息子だって事を隠してた時期もあったんだ…」
 樹の方が先に口を開いて静かに語り始める。
過去の自分の事を思い出し、そして懐かしむようにも見えるその表情には、
どこかその過去の自分に対する自嘲的な笑みも含まれているような雰囲気がしてチェリーナは少し不安になる。
やっぱり、言っちゃいけなかった事なんだ…と、自分の発言を後悔する。
 そんな彼女の不安な表情に樹も気付くと、ふっといつもの樹の優しげな表情に戻り、
「それも昔の事だから、ね」
「あのっ…私…」
「今は尊敬する、何よりも誰よりも誇りに思う…自慢の母だよ」
「……はい…!」
 樹の顔には嘘も偽りもなく、本当に心から母親を尊敬し、自慢に思っている顔だった。
チェリーナはほっとして元気に頷くと目の前のコップの水を少し含んで。
「それに母は意外と普段はまるで子供みたいな人なんだ」
「ええ?!だってあんなに気品があって、穏やかで大人っぽくて美人で…」
「そう思うだろう?でも、白馬に乗った王子様を信じていた事もあるような人なんだ」
「わあ…ロマンチックなんですね!でも私、大好きです!そういうお母さん」
 チェリーナが両手をパンと合わせてニコニコと微笑みながら言うと同時に、
ウェイトレスが注文した品を持ってやって来る。テーブルの上に並べられる間、会話が一度沈黙し…
「美味しそう…私、お腹ペコペコ…あ、すみません!私ったら」
「実は僕もなんです…」
 互いの顔を見て、くすっと微笑み合うと同時に二人で「いただきます」と手をあわせる。
そしてささやかなファミレスでのディナータイムを開始したのだった。





 外は少し曇り空。雨が降りそうな雰囲気は無いものの、月も星も無い夜空。
しかし、場所が市街地でビルの灯りが曇り空に反射して暗いと言う印象は受けなかった。
ファミレスを後にして、駅までチェリーナを送る為に樹は二人並んで夜の街を歩く。
周りを見ればカップルばかりで、少々意識をしてしまいそうになるものの…
「私って運動とかは得意だし任せて!って感じなんですけど、やっぱり苦手な分野もあって…
でもスポーツは球技でも陸上競技でも全般好きなんです!」
 チェリーナはお腹もふくれて、楽しそうに最近の出来事について語っていた。
「それで、今度…ソフトの助っ人に行く事になったんですよ!」
「ソフトってソフトボール?」
「はい!」
「…もし良かったら応援に行ってもいいかな?」
「えっ…?」
 樹に問われ、チェリーナは一瞬動きを止める。
その反応を、樹は「嫌だったかな」と取り、ごめんと謝ろうとした…のだが、
「ええっ!?ど、どうしよう…樹さんに来てもらえるなんて嬉しいです…!
でも私、樹さんの前だとミスとか出来ないなあ〜!あ、普段もミスはしないですよ!」
「それじゃあ…行ってもいいのかな…?」
「はいっ!もちろんです!」
「良かった…スポーツって応援するのも楽しいからね」
「私も応援するの大好きです!わぁ…でも樹さんが来るならいつも以上に頑張っちゃいそうです!
あ、でもあのっ…ソフトずっと外だから暑いと思うので…」
「熱中症には気をつけます」
 微笑みながら言う樹に、チェリーナもニコッと笑みを浮かべて。
「今日は本当にありがとうございました!とても楽しかったです」
 いつの間にか、駅前に着いていた事をチェリーナの挨拶で気付かされる樹。
こうやって二人で話していると、どうにも時間が経過していく事を忘れてしまいそうになりがちで。
それくらい、二人でいる時間が楽しいという事なのだろう。
「いや、こちらこそ来て貰えて良かったです…また良ければ」
「楽しみにしてます!オペラ!あっ…いつか普段の樹さんのお母さんにもお会いしてみたいな」
「え?」
「あ、ごめんなさい!深い意味とか無いんですっ!
ステージを下りてるときのお母さんってどんな風なのかな〜って思って」
「………そうですね…そのうち…」
 顔を真っ赤にして手をパタパタ振るチェリーナを樹は優しげに見つめ。
チェリーナは樹のその微笑に赤面しつつペコリと頭を下げると、もう一度、樹に礼を告げて駅構内へと駆けて行く。
彼女の姿が見えなくなるまでそれを見送ると、樹はくるりと体を反転させてふと夜空を見上げた。
月も星も無い曇天の夜空に、チェリーナの黄色い少し大人っぽい雰囲気のワンピースが、
まるで夜空に月が浮かんでいるように樹の眼に残像として残っていたのだった。





〜〜〜Fin〜〜〜




※納品が遅くなってしまい申し訳ございません。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますがもしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月09日

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