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『彼女の秘密 』
水鏡・千剣破3446)&チェリーナ・ライスフェルド(2903)

■彼女の変化
「今度の日曜日開いてる?」
 いつもの分かれ道。登校途中の駅のホームで、チェリーナ・ライスフェルドは何気なく言った。
 水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)は歩みを止めてすぐさま承諾の言葉を答えようとするも、何かを思い出したように慌てて否定した。
「ごめんなさい……今度の日曜はちょっとだめなの」
「あれ、でも部活もないし補習前とかじゃなかったよね。あ、そっか。さては……デートか」
「ちっ、違うって! そうじゃなくて、ちょっと家の都合で……」
 申し訳なさそうに千剣破は目をそらす。
 大きく息を吐き出すと、チェリーナはあきらめたような口調でぽつりともらした。
「何かさここ最近、約束断る理由って家の手伝いばっかりだよね。本当に家のことなの? 何か悩んでるんだったら相談に乗るよ?」
「うん、大丈夫……ほんとにごめんね。来週のシュークリーム博物館は絶対一緒にいくからっ。それじゃ……!」
 千剣破はいうが早いか、きびすを返し、あっという間にホームの階段を駆け上がっていった。
 人混みにまぎれてすぐに見えなくなってしまった彼女の後ろ姿を見つめながら、チェリーナはわずかに眉をしかめた。
 
■相談
 チェリーナと千剣破は出会った時からすぐに打ち解けあえた親友ともいえる友人だった。お互いの性格がよく似ているためなのか、特にケンカもすることなく、登下校の時間を合わせてよく会話を楽しんだ。
 そのうち休みの日に一緒に出かけたりなど、気の置けない友人として互いの友情は徐々に深まりつつあった。が、ここ数日……いや、休みの日に遊びにいくようになってから。徐々に千剣破の態度がよそよそしくなってきたのをチェリーナは感じずにはいられなかった。
 なぜ彼女がそうなったのか、もちろん理由は分からない。だが千剣破が断る理由をして持ち出す「家の都合」が深く関わっているのだろう。
「ねえ、やっぱり変だよね」
 クラスメイトに相談して返ってくる言葉は大抵同じだった。
「彼氏が出来た」「実は嫌っていた」「本当に家の手伝いが忙しくなった」
 どれもいまいち説得力に欠けるため、チェリーナは納得できなかった。
 ……やっぱり本人に聞いてみよう……
 そう決意したチェリーナは携帯のメモリに入れてあったダイヤルをかけた。
 
■竜に捧げる儀式
 仕事着である巫女衣装に身を包むと、不思議と身が引き締まる思いがした。
 ゆっくりと呼吸を整え、千剣破は障子を音をたてないように開ける。
 その先にある広い板間を一歩一歩踏み締めて歩く。足の裏から伝わるひんやりとした心地よい冷たさが、より一層千剣破の身を引き締めさせた。
「水鏡・千剣破、準備整いました」
 広間の中央に正座し、千剣破は両手を床に添える。空気が重く冷たく変わり、息苦しさに千剣破は大きく深呼吸をした。
 吐き出す息と同時に立ち上がり、持っていた錫杖を打ち鳴らす。凛とした鋭い音色が室内に響き渡った。
「ーー高天原にぃ坐し坐してぇー……天と地にぃ御働きを現し給う竜王はぁー…」
 まるで舞うように千剣破は優雅に錫杖を振り回す。床に打ちおろされる度に清らかな金属音が鳴り響き、千剣破の紡ぎ出す祝詞と共鳴しあう。徐々に千剣破の周囲に不可視の力が集まり出し、うっすらと薄い膜のような帯で千剣破を包みはじめた。
「……はっ!」
 頃合いを見計り、千剣破は鋭く錫杖を叩き付けた。
 シャンッ!
 彼女の回りにあった幕は一気に弾け飛び、空気に溶けるように消えていった。
 同時にほんのわずかだが、雨の香りが千剣破の鼻をくすぐった。
 障子越しに細やかな雨音が聞こえてくる。儀式は無事成功したようだ。
「これであの村も水不足が解消されますね」
 ふっと和らいだ笑みを浮かべて。千剣破は静かに板間から出ていった。
 
■彼女の秘密
 いつもより1本早い電車に乗り込んだチェリーナは、千剣破と待ち合わせている広場へと足早に到着した。
 時計と時刻表を確認し、千剣破が毎日乗ってくる電車を待つ。
 昨夜から降る細かい雨はなかなか止みそうにない。雨音がほとんどしないので、傘をさす必要がない気もしてきたが、傘を閉じると途端に霧のような雨が頬に当たってくる。仕方なく苦笑いを浮かべながら千剣破は傘を再び差し直した。
 通勤ラッシュより少し早いせいか、まだ人混みは多いというほどではなく、通り過ぎる人々の足取りも少しのんびりとしている。
 ふと、朝の目覚めを唱う雀たちの声が聞こえてきた。
 何気なくチェリーナは朝食のパンの欠片を彼らに放り投げる。
 草影にいた雀たちはいそいそと近付き、辺りを警戒しながら突きはじめた。
「おはようございます」
 いつも通りの笑顔で千剣破は挨拶をかけてきた。
「おはよう、ごめんね。昨日は夜中に電話しちゃって」
「ううん、大丈夫。まだ寝る前だったもの……それより話って何?」
「それなんだけどさ……」
 チェリーナは心の片隅にとどめていた疑問を思いきって千剣破に打ち明けた。千剣破は徐々に表情を厳しくさせ、強く唇を噛みしめはじめた。
「……言いたくないならいわなくてもいいからさ、もし言えるなら教えてほしいな……千剣破さんの態度の理由」
「……少し考えさせて……」
「……じゃ、帰りもいつもの時間に待ってるから」
「うん……」
 じゃあね、と軽く手を振り、チェリーナはホームへと駆けていった。
「やっぱりいうべきかな……」
 懐にしまっている小瓶を握りしめ、千剣破は一瞬寂しげな表情を浮かべた。
 
■万能選手
 今日は神聖都学園高等部恒例のスポーツレクリェーションの日。
 健全な精神は健全な肉体に宿る、という何とも懐かしくも使い古された標語のもと、毎月開催されている。
 普段勉強や修行に励んでいる生徒達は気分転換に丁度いい、と積極的に競技に参加していた。もっともこの日は登下校も自由となってるため、気分転換と称して登校してきていない生徒も若干名いるようだ。
 朝方降っていた霧のような雨も、各競技が開催される頃にはすっかりと晴れており、抜けるような青空へと変わっていた。
「いっくよー!」
 チェリーナの右手から投げ出された白球はうなりをあげてキャッチャーミットへ飛び込んでいった。
 乾いた音を弾かせて、ミットは白球を受け止める。
「ーースットライク! バッターアウトォ!」
 審判のかけ声と共に、バットを振る余裕すらなかった選手がとぼとぼとバッターボックスから出ていった。
「チェリー、あと1人で完封だよー」
 ふわりと投げられた白球を受け止め、チェリーナはうなずいて返事をする。
「よし……完封試合成立とまいりますか……」
 チェリーナはゆっくりと構え、大きく身をふりかざして白球を投げた。
 
 試合は無事終了し、片づけもそろそろ終わりはじめた頃、生徒達は両選手含めての雑談会へと移っていた。
「やっぱライスフェルドさんは強いねー」
「もう、いれば完全勝利間違いなし、って感じだしね」
 周りの会話を聞いていて、何となく照れくさくなってきたチェリーナはおもむろに立ち上がると皆に告げた。
「な、なにか買ってくるよ。みんな何飲む?」
「え、いいの? じゃあ私どくだみ緑茶ー」
「私アイスレモンティお願いー」
「あたしは……アップルオレンジジュースかなぁ」
 一人一人の注文をメモし、チェリーナはその場から逃げるように駆け出していった。
 その姿を見て、クラスメイト達は思わず微笑んだ。
「ライスフェルドさんって本当に純粋ってかんじだよね」
「困った時は助けてくれるし、スポーツ万能だし、何より格好よいし」
「そういや大学どこにいくんだろう……もし決まってるんだったら一緒の学科受けるんだけどなぁ……」
 そんな会話を交わしながら彼女らはころころと笑いあうのだった。
 
■事実を知るとき
 レクリェーション日のため、購買所はいつもより人であふれていた。ジュース片手に会話を弾ませる生徒たちを横目に眺めながら、チェリーナは自動販売機へと歩いていった。
 ふと、耳に流れてきたテレビのニュースに足を止めた。
「……次のニュースです。先月より水不足が心配されていた利根川上流のダムですが、一昨日から突如降り始めた雨のおかげで放水制限が無事に解除されました。この雨はあと2〜3日続く模様で、貯水量は平年並みにまで回復する模様です」
 ……そういえば……
 チェリーナはある事に気付いた。
 千剣破が約束を断る次の日は何故かいつも雨が降っていた。そしてそのあと決まって水不足が心配されていた地域への降雨や河川の氾濫の急速な減少がニュースで報道されている。単なる偶然にしては回数が多すぎる、やはり彼女の秘密と何らかの関係があるに違いない。
「っと、みんなを待たせたら駄目だね」
 チェリーナは懐を探り、ポケットを探る。
 その時、何かが指先に触れ、チェリーナはそれを取り出した。
 それは中に透明な液体が入った小瓶だった。じっと目をこらしてみるとその液体自体がわずかに発光しているのが分かる。少し前にお守り代わりにと千剣破からもらったものだ。財布の中にいれていたのが、何かの弾みで転がり出てきたのだろう。
 ……そうか……
 チェリーナは納得したような笑みを薄く浮かべる。
「そうだよね……普通の人だったら、怖がったりするもんね」
 苦笑を浮かべつつ、チェリーナは瓶をそっと懐へしまった。
 
■告白
 帰りの待ち合わせにも先に到着していたのはチェリーナだった。
 彼女に挨拶を交わした千剣破は意を決し、思いきって自分の正体を告白した。
 千剣破の予想に反し、チェリーナは恐れるそぶりも驚くそぶりもさせずに、ただにっこりと微笑みを返した。
「……やっぱりそうだったんだね」
「やっぱり……?」
 目を瞬かせて千剣破はじっとチェリーナの顔を見上げた。
「うすうすちょっと感じてたんだ。私もさ昔は千剣破みたいな力持ってたんだよ……今はもう無くしちゃったけど……」
「……えっ……」
「だからさ、そんなに怖がらなくてもいいよ。どんな力を持っていようと、それは千剣破のいいところのひとつなんだから、嫌うはずがないよ……だから安心して」
 そういってチェリーナはそっと優しく千剣破を抱きしめた。途端、箍(たが)が外れたかのように、千剣破はぼろぼろと涙をあふれさせた。
「ごめん、ごめんね……あたし馬鹿だった……」
 しゃくりあげながら必死に謝罪する千剣破。そっと背を叩き、チェリーナは優しく言う。
「大好きだよ千剣破……これからも友達でいてくれる?」
 千剣破は嗚咽の混じった声で必死に返事をしようとするがうまくいかなかった。
 何度も必死に頷く千剣破の姿にチェリーナは再びぎゅっと抱きしめた。
 
■新たな世界へ
 ようやく落ち着いた千剣破をチェリーナは共にある場所へと誘った。
 帰宅ラッシュのため人で溢れる電車内に乗っている間、2人は離れないよう強く手を握りしめていた。
 電車にゆられて数十分。ようやく降りた駅の先にチェリーナが案内した先はひとつの雑居ビルだった。
「ここなの?」
「うん、この中にあるんだ。ちょっと階段下が暗いから気を付けてね」
 慣れた様子でチェリーナは雑居ビルの階段を上っていく。小首を傾げながらも千剣破はその後をついていった。
「ここだよ」
 チェリーナは1つの扉の前で足を止める。扉は小さく看板がつけられている他には、雑居ビル内の他の扉と何も変わりのない普通のものだ。
 看板には「草間探偵事務所」と書かれている。普通の探偵事務所が何の関係があるのだろうと、千剣破はさらに首を傾げた。
「ここは普通の探偵事務所じゃないんだ。私や千剣破みたいな……ちょっと変わった力を持っている人達が集まる場所なんだよ」
 言われてみれば、事務所のあるフロアだけ、他の階と少し空気が違っていた。単に換気のせいなのか霊的作用があるのかまでは判断しづらい、ごく微量の差ではあるのだが。
「きっと千剣破も歓迎してくれると思うよ。さ、入ろう」
 そう言うとチェリーナは千早の手を取り、そっと扉を開いた。
 
ーーーーー
 
 後日千剣破は、その事務所の主人である探偵に「ここは普通の探偵事務所なんだから、そういう紹介はやめろ」と小言を言われていたのを何気なく耳にした。
「今更だと思うのにね」
 反省のそぶりもみせず、ぺろりと舌を出すチェリーナに千剣破は肩をすくめて微笑んだ。
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月09日

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