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『 □明日、続く道程□ 』
ジュディ・マクドガル0923


 空に一片の雲もない、快晴と呼ぶに相応しい空が天上に広がるある日、ジュディ・マクドガルはひとり山道の入り口に立っていた。

「んーっ……、いい天気」

 くっ、と軽く伸びをすれば、真夏の太陽に照らされた金色の髪がきらきらと輝きながら跳ねる。
 伸びのついでのように見上げた山には青々と木々が茂り、ジュディが立っているここからでは枝に遮られて山頂までは見えない程だった。
 虫の鳴く声が響き渡る中ひとり勢いよく頷いて、少女は一歩前へと踏み出す。
 
「それじゃあ、行こう!!」 




 本来ならば今日はひとりで戦闘の型を復習する予定だったのだが、それが変わったのはつい昨日の事だった。
 自室で明日の為に練習着を用意していたジュディの耳に、とある会話が飛び込んできたのだ。

『……まあ……。そちらのお怪我の方は、大丈夫でしたの?』
『ええ、まあ。しかしうちも人手がありませんで、配達は後日という事になって……』
『そうですか……』  

 階下のホールから聞こえてくる微かな声のうち、ひとつが母親の声だというのに気付き、同時にその声色にジュディは心配そうに眉を寄せる。それは決して楽しい事を話しているようには聞こえなかったからだ。
 明日の準備を終えたジュディは階下の話し声が聞こえなくなったのを知ると、勢いよく扉を開けて階段を駆け下りた。
 ホールには未だ母の姿があり、何事かを考えながら溜め息をついているのが見える。

「お母さまっ、どうしたの?」
「ジュディ? あらあら、明日の準備はもう終わったようね」
「うんっ。でもそれよりお母さま、何かあったの? 何か、難しいお顔してるけど……」

 心配げに尋ねる娘の姿に母は困ったように笑い、事の次第をジュディに語った。
 母親の、そして父の知人である人に明日までに届けたい手紙があって配達屋に頼んでいたのだが、それをこちらに取りに来る途中に配達員が不慮の事故に遭遇してしまったのだという。
 配達屋の方に代わりを頼んだが、しかしこの時期は人手が足りないせいもあってか手紙の配達はどうしても遅れてしまうと聞かされ、母はどうしようかと悩んでいたとの事だった。

「私が行ってもいいのだけれど、明日は用事があるし……」

 何度目かの溜め息をつく母に、それまでずっと黙って話を聞いていたジュディは唐突に言った。

「……ね、そのお手紙届ける場所って、どこなの?」
「貴方も知っている、山の上のおじさんの所よ。よい知らせだったから、なるべく早く届けてあげたいと思っていたのだけれど……。でも最近魔物もうろついていて物騒らしいから、諦めるしかないようね」
「諦めなくてもだいじょーぶだよ、お母さま!!」
「え?」

 きょとんとする母に向かって、ジュディは明るく微笑む。

「あたしがおじさんのとこに、その手紙届けるから!!」
「でも明日は貴女、修行があるのではなかったの?」
「うん。でも平気だよ、山歩きだって立派な修行だもの。だからお母さまは何にも心配しなくていいんだよ。あたしだって冒険者のタマゴだもん」

 大きく胸を張って宣言する娘の姿を見た母は、その逞しさと可愛らしさに少し目を細めながら、
 
「じゃあ、お願いしようかしら」

 と、娘に知人への手紙を託したのだった。




 それが、ここに至るまでの経緯。
 
「――――ふぅ」

 軽く息をつき、ジュディは手の甲で額の汗を拭う。
 太陽はまだまだ中天に差し掛かるまではいかないが、それでも熱気だけは既に昼過ぎのそれと近いものだった。
 山の空を覆う枝と葉が陽射しを隠しているせいで、直射日光で焼かれる事はあまりない。しかし熱気はそれらを通り越してジュディの全身を襲う。

 全身から吹き出る汗をこまめに布で拭いながら、ジュディはジーンズに包まれた足を一歩一歩前へと進めて行く。
 このような暑い季節にはカットジーンズ等を愛用しているジュディだが、昨日家の書庫にて読んだ本によれば、あまりに肌を出して歩くのは危険過ぎるのだというので、暑いのを我慢して普通のジーンズを穿いてきたのだった。
 目的地に行く際にどんな服装を選ぶかというのも、その後の行動を大きく左右するものなのだと、少女は以前聞いていた。冒険者の心得として。

 こうして早めに山を昇り始めたのも、そのせいだった。
 どんな山でも迷うという危険性がないわけではない。もし迷ってしまえばそのままぐるぐると歩き回る羽目になり、下手をすれば日没を迎える危険性さえ生じる。
 軽装で行っても何とかなる程度の山だが、けれどジュディはこれも修行の一環として捉えていたので、油断はしまいと心に決めていた。慎重さ。それもまた、地を旅する者にとって重要だったからだ。

 同時に、体力というのも必要不可欠になる。

「…………はっ、………」

 立ち止まり深呼吸をしながら、ジュディは背負っていた袋の紐を直す。
 ずり落ちかけていたそれはしかし不自然な程に少女の白い肌に食い込んでいて、もし人が目にしていたのならばそれは酷く痛々しいものに思えただろう。
 しかしその中身を知れば、きっと誰もが言葉を失うだろう物を、少女は背負っていたのだ。
 
「よいしょっ、と。……うん、頑張らなきゃ」

 ごつごつと色々な部分が飛び出ている袋を片手で支えながら紐を直すジュディの腕に、こつん、と何かが当たる。  
 それは袋からあふれ出た石であり、袋の中には、転がり落ちたのと同じような石がそれこそ隙間なく詰められていた。
 石自体はジュディの手のひらに乗る程度の物だったが、しかしそれが幾つも集まればどうなるか。答えは既に少女が背負っているその様を見ればおのずと分かるだろう。
 
 修行の一環としてジュディが選んだのは、こういった体力づくりだった。
 こうして石を背負い山道をたどる事によって、少しでも体力がつけばいいと願い、大人でさえ尻込みするような事を少女は平然と実行したのである。

 だが、やはり少女の身にはきついものらしく、最初のうちは淀みがなかった歩みも徐々に遅くなってくる。
 背袋の紐が石の重みのせいで下へと引っ張られ、否応無しにジュディの肩へと食い込んでいく。シャツと紐とが引き起こす摩擦に肌が擦れ、肌に赤い痕がついていくが、しかしジュディは決して袋を投げ出したりはせずに更に上へ、上へと昇っていった。

 中間地点まで来た所で、ブーツに包まれた足がじんじんと熱を持ち始めた。汗は既に止め処なく額を頬を、そして顎を流れ、拭く作業すら追いつかない。
 拭いても拭いてもなお流れる汗をそれでも布で拭いながら、ジュディは足を止めて近くの草むらへと腰を降ろし、方向を確認するべく袋から地図を取り出して、眺めた。

「えーっと。木の年輪がこうだから太陽が出るのはあっちで、そうすると地図はこうやって見ればいいから……うん、合ってる合ってる!!」

 疲労の色は濃いが、しかし自分の辿ってきた道が正しかったのだと知り、ジュディの頬に運動をしているせいだけではない赤みがさす。

「よし、あと半分だね」

 地図を折り畳んで再び袋へとしまおうとしたジュディだったが、その動きがふと止まる。
 視線の先にあるのは、袋に所狭しと入れられた石の山の上に乗せられている、可愛らしい包みだった。ジュディの一番好きな布で包まれたそれからは好物の匂いが微かに漂ってきて、ジュディはその香りを嗅ぎ唇を綻ばせる。
 出かけていく娘にと母が持たせた、手製の弁当だった。

『ジュディの好きなものを沢山詰めたから、疲れた時にはどうかこれを食べて頑張って』
 
 行きがけに母から贈られた言葉が、弁当の包みに重なるように思い返された。
 姿が見えなくなるまでずっと心配そうに見送ってくれていた母の姿が、目蓋の裏によぎる。

「……うん。あたし、頑張るから」

 無事な顔を見せて、軽い足取りで帰って、「ほら、大丈夫だったよ!!」と満面の笑みを母に見せるのだ。
 出立の時の考えなど、全くの杞憂だったのだと母が笑ってしまう程に、元気な姿で家へと帰るのだ。

 そして。

「お父さまが帰ってきた時に、うーんと逞しくなってびっくりさせなきゃいけないし、ね」

 今は何処の空の下か、父が再び冒険へと旅立ってからしばらく経っている。
 その帰りを心待ちにしているジュディにとってはきっとまた父が山ほど抱えてくるだろうお土産も、そして語って聞かせてくれるだろう冒険の話も楽しみだったが、彼女が一番楽しみにしているのは家に戻った父に自身の成長を見せる事だった。
 誇らしい冒険者の父へ一刻も早く追いつきたい、その一心で続けている修行の毎日。

 そしてこれもまた、その中のひとつに過ぎない。
 諦めないで、頑張って、そして終えた時にはもっと伸びている自分になっている事を夢見て、再びジュディは歩き出す。

 肩は痛い。
 足も痛い。
 汗が目に沁み、拭うのも疲れる位だけれど。

 けれど頑張った先にまた成長した自分が立っているのなら、そこに至るまでの道程すらもいとおしい。

「よーっし、行くぞーっ!!」

 無理をせず、慎重に。
 突き進むだけではなく、時に休みながら確実に踏破する。
 
 本で得た知識を頭に、果てない上へと昇り続ける心を胸に、ジュディは再び小柄な身体を緑の狭間へと吸い込ませていくのだった。



 END.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ドール クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年08月09日

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