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『吉日/凶日 』
御崎・神楽2036)&和田・京太郎(1837)
「いいおてんきー」
 兄にかぶせられた日射病除けの大きな麦わら帽子を被った子供が、十数階あるマンションの屋上のへりに腰掛けてぷらぷらと足を動かしている。
 幸い屋上に人はいなかったし、わざわざこの照り付ける日差しに逆らって空を見上げる通行人も無く、
「なつー。なつはあついねー」
 ぶらんぶらん。
 歌うような声が、能天気にじりじりと照り付けるコンクリートの上を跳ねて飛んだ。
「今度はひかげがいいな」
 誰に言うでも無く、にこりと笑うと、童話の猫のように笑みの残滓だけを残し――すぅ、っと溶けるように消えた。
 見ているものは誰もおらず。
 へりに残る、コンクリートに染み込んだ汗の跡も踊るように消えていった。

     * * * * *

 にゃっ!?
 比較的涼しい影で、つかの間の平和を貪っていた猫が、突然現れた少年…神楽に全身の毛を逆立てながらパニックを起こし、ジグザグにその場から走って逃げ去っていく。
「逃げちゃった。どうしたんだろ?」
 かっくん、と首を傾げる神楽。大きめのサイズの麦わら帽子がその勢いでずれて落ちかけ、あご紐に引っかかる形で止まった。――逆に首が苦しかったのだろう、けほけほ、と小さく神楽が咳き込む。
「あ」
 さあぁ…っと風が神楽の頬を撫でる。
「風もおさんぽしてるー。涼しいー♪」
 楽しげにぱたぱたと動き回っていた神楽だったが、何かに気付いたのか悪戯っぽい目をくりくりっとさせるとすぐにまた消えた。
 それから少しして、おそるおそる戻ってきた猫が、嗅ぎ慣れない匂いはあるものの誰もいないことを確認したか、風の通り道であるその日陰で長々と身体を伸ばした。

     * * * * *

「暑ぃ…」
 世間では夏休みと言うとおり、道路は若者達で溢れ返っている。そんな中を、物凄くダルそうな顔をした少年、京太郎がたらたらと歩いていた。
 友人達と待ち合わせてプールに行く筈だったのだが、肝心のプールは同じく避暑を求めた人々でごった返しており、泳ぐどころか浸かることも出来そうになく…また今度と言う事で別れての帰り道だった。
 …直射日光が黒い髪に染みる。
 アスファルトの下からの照り返しも馬鹿にならない位熱い。
 少しでも影のある場所へと移動したのは本能のなせるわざだったのだろうが…本能は、危険関知まではしてくれなかったようだった。
 何者かに導かれるように日陰へとずんずん足を踏み入れ、そして横目で脇道から飛び出す人影がいないかどうかを確認し、意識を前へ向けた――

 どんっ。

 思いも寄らない衝撃に一瞬何が起きたのか分からなかった。

 何とか頭が理解したのは、いないと思っていた脇道から誰かが飛び出して来たと言うこと。
 自分の身体が重かったか、相手が跳ね飛ばされて地面へと転がっていること、だった。
 ――って、そんな悠長に判断している場合じゃない。
 良く見れば、転んだ時に擦ったらしく膝と肘がささくれ立っており、そこから薄赤い色が滲み出している所だった。
「ふぇ…うわーん」
 最初何が起こったのか分からなかったのは相手の少年も同じだったのだろう。きょとんとした顔が身体の痛みに気付いた途端くしゃりと顔を歪めてぽろぽろと大粒の涙を流ししゃくりあげる。
「わわっ、大丈夫か!?」
 流石に自分のしでかした事で相手が泣き出したのには困ったらしく、慌てて地面へ座り込んでいる少年へしゃがみ込む。

 ――キキィィィ――ドォン、ガシャァァン……

 京太郎の背後…路地を抜けた交差点の方向から、何か事故でも起きたのか金属音が断続的に聞こえてきたが、
「悪ぃ、その…痛いか?」
「いたいぃぃぃぃ…ああああぁぁああああん」
 京太郎の声に力づけられたように泣き喚き出した神楽を宥めようとするのに精一杯で、背後で何が起こっているのか気付く筈も無かった。
「あぁぁあぁああん……痛いよぉぉうぅ」
 おろおろしながら泣きじゃくる少年の怪我をしていた部分を見ていた京太郎が困りきって、
「な、なあ泣き止めってば…そうだ、アイス買ってやっからさ」
「……アイス?」
 窮余の一策と思いついた言葉を言った途端。
「わーい、かークンアイス好きー♪」
 ぴたりと少年が泣き止み、にこおっと満面の笑みを浮かべた神楽ががばっとしゃがみこんで見ていた京太郎へと飛び付き、その勢いで京太郎までが地面を転がる羽目になった。

     * * * * *

「えーとね、えーとね」
 目をわくわくさせながらアイスが並べられている中を覗きこむ少年。
「これー」
 ラムネ味の青い、いかにも涼しげな棒アイスを手ににこにこと笑う。
「…ああ…じゃあ俺もこれな」
「それとね、これとこれもー」
「1個だけだっ!そんなに食ったら腹壊すぞ!」
「……ふぇ……」
「あ…あああ、悪かった悪かった。泣かないでくれよ、な?ああああもう、買ってやらぁ!感謝しろよっ」
 神楽が持っているアイスをがばっと手に取って路地を出たすぐのところにあるコンビニで会計を済ませ、
 思わぬ散財になった我が身を呪いながら肩を落として外へ出る。
「うわ…」
 途端、照り付ける夏の日差し。顔をしかめながら、その手でアイスの袋を破って1つを口にぱくりと咥え、残りの3つを期待いっぱいの目で見上げている少年へ手渡す。
「落すなよ」
「うん。アイスありがとー」
「何、別に…」
 ご機嫌な神楽の声に何か言おうと振り向いた京太郎の目の前で。
 棒アイスをしっかりと握った少年が、にっこりと笑ったまま掻き消えた。
「――……」
 茫然と、消えた目の前の道路を見つめる京太郎。手に持ったアイスが夏の暑さで溶けて行くのにも気付かず。

 ――遠くで、パトカーと救急車のサイレンの音が聞こえていた。

     * * * * *

 後日、京太郎は不思議な事故の話を耳にする。
 何処かの交差点で、真夏の暑い時間帯に起きたその事故は、急におかしな動きを始めた車同士が正面衝突したり、車の上に車が乗り上げたり、何にも引っかかっていないのにも関わらず車が横転したりひっくり返ったりとまさに『あり得ない』事故のオンパレードだったと言う。
 不可解な動きをした車の持ち主はさっそく各メーカーへとクレームを付け、マスコミを巻き込んでの調査が始まったが、持ち主達が主張するおかしな動きを起こす原因は分からず――調査途中で別の欠陥が見つかった車もあったのだがそれは置いておいて――、その上更に不思議なことに、これだけ何台も車を巻き込んでの事故だったにも関わらず死傷者が全くいなかった事もマスコミをいたく刺激したようで、暫くの間はこの話題に事欠かなかった。
 京太郎にとってはどうでも良い話だったが…事故が起こったのがあの日だったと言う事、そして自分達のすぐ近くで起こったものだったと言う事に何か引っかかりがあるらしく、この事故が報道されている間は続報を気にしつつも無関心を装うと言うやや不審な態度をとり続けた。
 そのお蔭で、冗談交じりながら京太郎がこの事故を引き起こしたのではないかと言われてしまい、否定しながらも憮然とした顔は暫く消える事が無かった。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年08月06日

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