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『隠れ言葉の懸想文を、キミに 』
セレスティ・カーニンガム1883

 途端、仕事に纏わる話し合いの静寂な雰囲気は打ち破られ、一転、部屋の中は唐突な賑わいに溢れていた。
 冷房が効いているからと、普段は閉められたままのこの屋敷の主の――セレスティ・カーニンガムの書斎の小さめな窓からは、太陽の香りを身に纏った小さな少女が迎え入れられ、
「……それで、何をやっていたんだい?」
 おそらく、この蔓を器用に利用してここまで登って来たのであろう少女に、先ほどまでセレスと話し合いを持っていた庭師でもあるセレスの部下が、随分と楽しそうに問いかけていた。
「オニゴッコ、だよ……! ほら!」
 問われた少女は――この屋敷の司書でもある童話本の精霊は、窓の方を振り返り、そのままそこから身を乗り出すなり、
「やーい、駄目秘書ー! くやしかったらここまでおいでー!」
 つられて庭師も、窓の外を覗き込む。
 ――そこには、見紛うはずもない。こちらを見上げて困ったように苦笑する、この少女の遊び相手でもあるあの仕事熱心な秘書の姿があった。
「おや、珍しい。……まぁたお嬢ちゃんは、今度は何であの秘書君に勝ったんだい? あの人、ただでは遊んでくれないでしょう?」
 あの秘書が、ただで少女の遊び相手をしてくれるとは到底思われない。話し相手はしてくれるだろうが、遊びや外出となると、話は全く別のものであった。
 庭師の言葉に、少女はうーんと考え込むと、
「チェス!」
「……そういえば最近、益々お強くなりましたものね」
 そこで口を挟んだのは、未だ机に向っていたはずのセレスであった。
 セレスはさらり、と長い銀髪をかきあげた後、己の座る車椅子を窓際の手前まで運ばせると、
「最近、勝ってるんですか?」
「ハンブンくらい!」
「おや、ついこの前までは三割くらいでしたのにね。良く、勉強していらっしゃるようで」
 次の相手はキミかも知れませんよ? と、本棚の影から庭師の方へと顔を向ける。
 庭師は、軽く苦笑して答えると、先ほどからずっと気にしてばかりいる窓の外へと、再び視線を投げ遣った。そうして、下から荒い息と共に聞えてくる弱々しい声音に、一つ二つと返事を返して、暫く。
「では私は、秘書君を迎えに行って差し上げましょうかねえ……」
 やおら、意地悪く微笑んだ。お着替えを持って行かなくちゃあね! とさり気なく付け加え、それでは失礼致します、と、セレスに退出の挨拶をする。
 セレスが答えたところで、庭師は颯爽と扉の向こうへ消えていった。
 そうして一瞬、部屋の中がしん、と静まり返る。
 暖かい夏風が、窓のカーテンを揺らして流れ込んで来た。
 その風に瞳を細めながら、少女がセレスの方を振り返る。
「ね、おソトは楽しいよ?」
「私は、少々外出は控えていたいものですね。あ、宜しければそこの窓も、閉めて下さりませんか?」
 冷たい空気が、全部逃げて行ってしまうといけませんから。
「やっぱりしめちゃうの……? でも、このオヤシキさむ〜いんだもん! おじさん、くぅらーいれすぎ!」
「……これでも、少し暑いと思っているのですが」
「おじさんだいじょーぶ? こんなんじゃあみーんなコオリついちゃうよ!」
「キミは、本当に元気ですからね。暑くても、平気なだけなんじゃあありませんか?」
「んー、もしかして、おじさんもいっしょにオニゴッコやりたかったの?」
「いいえ、私は遠慮しておきますよ」
 セレスが忍び笑いを交えて答えたところで、渋々といった具合に、少女によって部屋の窓が閉ざされた。
 窓を閉め、カーテンを整えると、早速やる事の無くなった少女は踵を返し、部屋の中に新しい興味を求めはじめる。本棚、テーブル、果ては執務机の上――と、色々な物を見回しながら、
「色好みとナニやってたの?」
「少々、仕事の打ち合わせを。丁度先ほど、終ったところだったのですけれども」
「おじさん、色好みと二人っきりになったら、タベラレチャウよー。駄目秘書がそーやっていってた!」
「私は、大丈夫ですよ」
 確かにあの秘書であれば、少々、どころかかなり危ないような気もしますけれどもね。
 苦笑気味に内心呟くと、先ほどまで、あの秘書のいたはずの外へと意識を投げかける。
 ああ決めた後の部下の行動は、とにかく早いのだ。きっと今回も、あの秘書は窓に庭師の姿を確認した時点で、事を予測しているのではあろうが、
 ――逃れられない、でしょうね。
「おじさん、ここにある本かたづけていーい? あ、机の上のヤツね!」
「ええ、是非お願い致しますよ」
 そういえば、と、改めて考えてみれば、あの部下が行動を起こすと、いつでも所謂被害者、というものが存在していて然りであった。
 被害者――口先と上辺の意思で抵抗するだけの部下もいれば、一方で、十字を印してひたすら信じる神へと祈りを捧げる友人もいる。あの秘書はどちらかといえば後者の分類に属するのであろうが、信仰している宗教がどうであれ、祈るだけではまず助かる事はないであろう。
 ……尤も、祈る他に、助かる方法があるとも思えませんけれどもね。
 自分に出来る事はといえば、度を超えないように少しばかり釘を刺しておくことくらいか。
 ふぅ、と軽く溜息を一つ吐いたところで、ふと執務机の方から、どたばたと賑々しい音が聞えて来る。
「おーうーちーにーかえろー♪ おーさまも〜、おうひさまも〜、まーってるよー♪」
 得意気に即興の歌を歌いながら、あちらこちらへと少女が本を片付け始めていた。


 セレスの耳に、ふと窓越しに、あの秘書の叫び声が聞えてきてから暫く。
「きょーはー、舞踏会〜♪ ステキなー、みらいのおーじさまがあらわれるかもー♪……ん?」
 片付けも着々と進み、机の上に積み上げられていた資料本の内、一番下にあった本に手をかけた少女が、ぴたりとその動きを止めていた。
「んんんー……?」
 じーっと、じーっと、その本の表紙に顔を近づけて眺める。
 ……おおお?
「おーじーさーんー!」
「はい?」
 密やかに、箱庭の鮮やかさに意識をめぐらせていたセレスが、少女の呼び声に、穏かな心地のままで返事を返す。
 少女はセレスの返事に、本をすっと持ち上げると、
「なんかねー、ウサギさんとかすんでそーな、イギリスー、みたいな、おいえの絵がいーっぱいかいてある本がでてきたよー。……おっ、」
 しかし次の瞬間には、再び本を机の上に起き、長いスカートに大した配慮もせずに身を屈めていた。
「なーんかおちたよー!」
 ひらり、と落っこちた、本の下にあったであろう紙を拾い上げる。
 と、
「あれ? これ、せっけーず……?」
「おや、見つかってしまいましたか」
 別に、隠していたわけでも、ないのですけれどもね。
 つい昨日、あの人と会ったばかりの庭から意識を放すと、車椅子のハンドリムに手をかける。
「おじさん、これかいたの?」
「ええ、」
 少女の後ろから、その小さな手の中にある一枚の紙を思い返していたところで、少女の振り返る気配が感じられた。
 ……おじさん、あのね!
「おいえ、つくるの?」
「ええ、是非そうしたいと、思っていますよ」
「もしかして、おねーさんにプレゼントするつもりだー、とか、そういうコトだったりするわけ? それとも、ベッソーでも一つつくるとか! けんきゅーしてみたい国でもふえた、とか?」
「別荘……は、もう大体足りていますからね。もう一つの推測が、当たりですよ」
 ほんの少しだけ苦笑気味に付け加えると、そのままセレスは、少女から自分で描いた家の図面を受取った。
 そうして、想いを込めて、海色の瞳を細める。
 少女に言われた、そのとおりであった。
 暑さ負けして外にも出られないこの日々を逆手に取った、前から考えていた計画、の実行――すなわち、
 あの人に、家を一つ、プレゼントしましょうか――。
「それに私は、今しばらくは外国に行く気は、ありませんよ」
 答えながらも、考えるのはもっと本質的な事。
「ふうん……おじさん、この国が好きなの?」
「あの人は、ここにいます」
 少女へと返された答えは、間接的な回答でもあった。
 それでも少女は、むぅ……と小首を傾げると、
「……ここに、いなかったら?」
「私はきっと、そこにいるでしょうね」
「いっしょに、いるの?」
「ええ」
「いつまで?」
「あの人が望んで下さる限り、ずっと――でしょうね」
「ずーっと、いっしょなの?」
「ええ、ずーっと、一緒ですよ」
「ずっと、ずーっと、ほんっとうにずーっと?」
「ずーっと、です」
「おねーさんのコト、大好きだから?」
 何度も問われ、それでもセレスは何度も頷いて見せる。そうして、おそらくこれだけでは、少女にとっては満足のいかない答えなのであろうと、
「キミも、あの人がいなければ、寂しいでしょう?」
 一番身近な例えで問う事によって、答えを返す。
 彼女のことを考える度、甘い痺れを伴うほどの強い想いが、いつでもセレスを捕らえて放そうとはしなかった。あの女性のことを考える度に、時の流れすら穏かになったと、そんな錯覚に陥ってしまうほどに。
 おそらく、この心地を言葉にする事は簡単ではあろうが、伝える事は非常に難しい。むしろ言葉にしてしまうよりも、
 ――感覚的に、の方が、わかっていただけるでしょうから。
 いくら童話本に宿る精霊として、人より長き道を歩んでいようとも、そこまでの想いを、きっとこの少女はまだ知らない。セレスがあの女性について語る時、この少女はいつでも、最高の好奇心を伴ってその話に耳を傾けているのだから。
 自分ではどうする事もできない想いというものを、セレスも彼女に出会って、初めて知らされた。
 だから、
 ……キミもいつか、そのような想いを、する事になるでしょうね。
 それがいつになるのかは、誰にもわからない。しかし、もし将来少女の所に??王子様?≠ェ現れて、二人が年齢も、生まれも、そうして種族すら超えてしまうような、何にも勝る想いで結び付けられたとするならば――、
「……あのヒトって、駄目秘書?」
「決して駄目な秘書――ではありませんが」
 苦く笑ったセレスに、
「んー……まぁ、ちょっとくらいはさみしーかもしれないけど。でも、ほんっとうに少しだよ!」
「強がりさんなんですね。この前の夜には、キミ、お化けが怖いって、あの人が居残りで仕事していらっしゃった所に駆け込んでいた事、」
「そんなコトないもんっ! ただあいかわらずシゴトサボるのキライみたいだから、たまぁには休んだら、って言いに行っただけ!」
「――そうですか」
 少女の言葉を受けたセレスが、今度はその苦笑を、やわらかな微笑へと代える。
 車椅子に腰掛けたままのセレスの膝の上に手を付き、身を乗り出して見上げて頬を膨らます少女の頭へ、そっとセレスの大きな手が乗せられた。
「でも、ですね。それに、ですよ。あの人が喜んでいるのを見るて、キミも嬉しい、と感じた事は、ありませんか?」
「あたし、おじさんがうれしそーにしてるの見てたってすっごく楽しいよ! 駄目秘書だって、んー、一応色好みがよろこんでるのだって、あ、もっちろんおねーさんが笑ってるのを見てると、あたしも楽しい!」
 みーんな、大好きな人だから!
 そんな続きを内包させて、少女は満面の笑みでセレスの問いに答えを返していた。
 セレスは満足そうに一つ頷くと、
「喜ぶ姿を、見ていたいんですよ」
 そっと、囁く。
「誰だって、好き好んで辛い気持ちには、なりたくありませんからね」
 景色としては光に弱い分、人の気持ちというものは、セレスには直接伝わって来る。
 確かに、
 ――少々、意地の悪い話かも知れませんけれどもね、
 セレスにとって、泣き顔も、怒り顔も、憂い顔も、想い人の全てが魅力に感じられる事には、間違いは無いのだ。常に笑っているだけでもなく、泣いているだけでもなく、あれほどまでにころころ変わる表情が、それほど可愛らしいく感じられる事か――愛しい事か。
 しかしその中でも、喜びの気配というものは、彼女の最も美しいところの一つでもあった。
「ねー、それがアイシテル、ってやつ? なの?」
 不意に少女が、随分と真っ直ぐに問いかけてくる。
「愛している、でもありますが――恋している事も、あるかも知れませんね」
 少しだけ、我侭に。
 付け加え、セレスは再び、手元の紙へと意識を投げやった。
「……アイとコイって、ちがうの?」
「ええ、きっと違うと思いますよ。強いて言うのでしたら、そうですね、」
「ね?」
「恋は愛よりも、きっと自分本位なのでしょうね」
 例えば、時折あの人に、自分の事を、自分の事だけを考えていてほしい――と、そう願う事がないわけでもない。
「ジブンホンイ?」
「自分が、幸せになるためにするものなのではないかと。でも愛は、きっと相手の幸せを想う事でもあるのでしょう」
 ……いっその事、私のことだけを見ていて下されば。
 そう想う事が恋であると仮定すれば、乱暴な話、例えば、自分の想い人が寄せている他人への恋心を応援できるのが、愛なのではないのだろうか。
「おじさんは、ジブンホンイなの?」
「――元々私は、利他主義でも、ありませんからね」
「でも、アイもしてる?」
「あの人には、幸せでいてほしいですから」
 でも、
「できれば、私の傍で、ですね」
 あの人が幸せであれる場所は、他の誰でもない、
 この私の傍で、あって下されば。
「ん……ソレが、コイってやつ?」
「かも、知れませんよ」
「とってもちゅーしょーテキな話だよね!」
「形の無いもののお話ですからね。私だって、わかっているわけでは、ありませんよ」
 呟いたところで、一息を吐く。
 指先で、自分で描いた線をなぞる――否、ほんの少し先の未来では、この近くの土地に建てられているであろう家の壁を、辿る。
 ――贈りたいものが、あるのですよ。
 あの人のことだけを想って、廻らせた沢山の気持ちがある。
 まずは、外。
 植物に包まれた白い門のその向こう、家の扉まで続く道には、石畳を敷き詰めた甘い色合いの大きな庭を。庭は当然、それから、テラスにも、季節の花々を絶えず――このような夏にはポピーを、来年の春にはスノードロップを、薔薇の花は勿論いつも絶やさずに、ロベリア、サルビア、ベゴニアも、色鮮やかに。
 童話の世界登場するような、そんな光景であれば、
 きっと、いいえ、間違いなく。キミには、お似合いでしょうから。
 近い未来、家と外とを遮る扉の小窓から、あの人のいる間はいつでも、暖かな色の光が零れ落ちていてくれれば良い。
 家の中には、少し古びたような印象の落ち着きを。夜になれば、淡い輝きを身に纏うであろうシャンデリアが、昼間には風で静かに揺られているように。
 そんな光景の中で、
 ……キミが、私の方に、振り返って下されば。
 きっとその時には、その白い手を、取り上げて、
 そうですね、まずはご案内致しましょう。台所はあちらに――ああ、それから、実は外から見えたテラスの他にも、こちらにはお茶でも楽しめますようにと、こっそりと、コンサバトリーも用意していたんです。
 図面上でとはまた違う世界の中、戸を開き、部屋を越え、階段を上り、下り、時には窓から景色を眺めながら、あの人の喜ぶ姿を見ていたい。
「ふうん……でもあったしにはよくわかーんないコトもたーくさんあるけど、でもおじさんがそーいうコト考えてたら、きっとおねーさん、ヨロこんでくれるよ? あたしだったらゼッタイよろこぶんだけどなあ〜」
 どうかお気に召して下されば、と。そうして、いつか自分が訪ねたその時に、あの家に彼女に迎え入れられる日が来れば良いと、そのような事を思う。
「そうなれば、本望ですね」
 暖かく答えたセレスの様子と設計図とを、少女は背伸びして交互に覗き込む。
 そうしてやがて、
「だってさ、おじさん、」
 思いついたかのように元気にこう付け加えていた。
「王子様におもわれて、イヤだー、って思うお姫様なんて、いるはず、ないでしょ?」


 ――驚かせて差し上げたいと、そうも、思っているものですから。
 おそらく、このような好みは、相手に聞く事が一番手っ取り早くはあるのだろう。しかし手品とは、タネを知らさずして見せてこそ、あれほど他人を楽しませるものとなり得るのだから。
 少女が立去ったあの後、大方の仕事を片付けるなり、セレスは再びあの設計図と向かい合っていた。
 しかしやはり、一人ででは気のつかない事もあるかも知れない、と思い立ち、彼になら、何かしらの意見を求められるでしょうからね、と、今、セレスはここまでやって来ている。
 そろそろ午後のティータイムも近くなった頃、彼の――あの秘書のやっている事は、といえば、おおむねセレスにも予想のつく事であった。
 すなわち、
「あー、おじさんー!」
 セレスが台所に車椅子を進ませた途端、駆け寄ってくる小さな影があった。
 先ほどの司書の少女は、純白のエプロン姿で上手にセレスに抱きつくと、
「どーしたの? おこーちゃなら、」
「――遅くなってしまってすみませんっ! その、モー……違う、そうじゃなくて、ですねっ!」
「ナニ、駄目秘書、まぁた色好みにオシオキされてたって?」
「余計な事は言わないで下さいっ! それにおし、お仕置きって――! 違う、そうじゃない、と、とにかく、総帥! 紅茶でしたら、今持って行きますから! 総帥はお部屋で、」
 探されていた事にも気付かずに、少女の声音に慌てて台所の奥から出て来た例の秘書は、セレスに向って深く頭を下げていた。
 だがセレスは、そんな彼の行動をやんわりと静止すると、
「……そうでは、ありませんよ」
 あー、オユがわいちゃったー! と駆け出して行った少女に優しい雰囲気を向けた後、改めて秘書へと向かい合う。
 秘書は慌てて体裁を整えると、
「でしたら、何かし忘れたお仕事でも――」
「もう少し、自分のなさる事に自信を持たれても罰は当たりませんよ」
「いえ、そんな……、」
「宜しければ、キミにもご意見を伺ってみようと思いましてね」
 するりと続け、そのままセレスは、持って来ていた設計図を秘書へと差し出した。
 最初は何の書類だろう――とおずおずと、しかし内容を見た途端、秘書は思わず苦笑気味に描き廻らされた線を見遣る。
「セレスティ様、これは、」
「おや、そのご様子ですと、もうあの子からお話は聞いていらっしゃりますね?」
「ええ、聞きましたとも。何でもお嬢様に、邸宅を一つプレゼントなさるおつもりですとか」
「――邸宅、と言いましょうか……ワンルームに、一人暮らしでいらっしゃるものですから」
 セレスの答えた、そのところで。
「お言葉ですが総帥、」
「はい?」
 全体的に、花々も鮮やかに咲き誇るであろう設計と、暫く視線を廻らされた所には、機能性にも文句のつけようがない台所とがあり。お洒落な彼女を想っての事か、いくつも書き込まれた大きなクローゼットと、そうして、寝室には、ドレッサーや、大きなベッドが一つづつ。
 全てをざっと見遣り、秘書は遠慮深気に呟いた。
 返された返事に、セレスを見上げれば、やはりそこには予想通り――、
「随分と、楽しそうでいらっしゃります、ね」
 思わず、余計な事であるのかも知れない、とは思いつつも、上司の姿と設計図とから感じたままの感想を口にしてしまう。
 そんな秘書の反応に、セレスは微笑を浮かべると、
「ええ――あのお方に、関する事ですからね」
 答えながらも、内心ひっそりと付け加える。
 ……この分ですと、伏せておいた方が良いですね。
 将来彼女が住むであろうあの土地は、セレスが一人ででも、こっそりと訪れる事のできるような場所にあるのだ、という事は――。


Finis


30 luglio 2004
Grazie per la vostra lettura !
Lina Umizuki
PCシチュエーションノベル(シングル) -
海月 里奈 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月30日

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