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『disillusion/voice 』
栄神・万輝3480

「……ふぅ、少し休憩」
 没頭すると、流れる時間さえ、僕の興味の範囲外になる。
 ふ、と今までキーボードから離れなかった手を休めて、僕は天を仰いだ。少しだけ…疲れたかな? 打ち込みをしているときは、そんな疲れさえ感じないのに…。
「ナーゥ…」
 壁によしかかって、全てを投げ出した状態でボンヤリしていると、僕の指を舐めて、小さな声で鳴く存在が居た。
 子猫姿をした、千影だ。表向きは『ペット』だけど、僕の中ではそれ以上の…何者にも、変えがたい存在。
「チカ、おいで」
 僕がそう言うと千影…チカは音もなく、僕の懐に飛び乗ってくる。そしてその場が安心するのか、くるりと身を丸めて、体を落ち着かせる。
「…………」
 そんなチカの背を撫でながら。
 しん、と静まり返った部屋の中で、僕もゆったりと、瞳を閉じた。
 他人と言う存在が、僕の傍に居るというのは、あまり好きじゃない。だから僕は仕事以外の時間はなるべく、一人で居ることが多い。もちろん、チカは一緒だけど。
 僕が『こうなった』原因といえば…。そう、持ち合わせる力の本質が、変わってしまったせい、かな。
 元の僕の力といえば…精霊とか、神とか…神秘的な存在を対象に意思疎通が出来る…『神和』と言う、候補だったんだけど…。
「…………」
 そうこう考えていると、僕は何時の間にか意識を遡り、過去の自分へと、浮遊を始めていた。

 五歳くらいだったか…。
 僕の『神和』としての能力が高いが為に、とある組織に誘拐されて、検査、と称して様々な実験を受けた。チカはその頃から僕の傍に居たけれど、まだ彼女の本来の『力』が未開花だったから、僕を救うまでの大きな攻撃も侭ならなかった。
 ありとあらゆる実験を、身体に受けた。僕は幼いながらも此処でこうして、誰の助けも無いまま、死んでいくのか…と思ってたりもした。
 機会に囲まれた空間。人の…生物の匂いがしない、場所。
 …そして…何も見えない、闇の底。

『ナイテ、イルノ…?』

 そんな中で、僕の脳裏に直接語りかけるような、声。
 僕は暗闇の中で、その声を、確かに聞いた。
 でも、どこから聞こえるのか、解らなくて、最初は返事もしなかった。壁に背中をこすり付けて、膝を抱えて…。
 『目に見えない』、と言う不安感や、恐怖感のほうが、強かったのかもしれない。

『ネェ、ナイテ、イルノ…?』

 時間を置いて。
 再び聞こえた声。確認するかのように。
 僕はその二度目の声で、なぜか、それを怖いものじゃない、と確信していた。

「…だれ…?」

 僕は息を飲み込んでから、小さな声で、声の方向へと問いかけてみた。

「…だれなの…?」

『キミハ、ドウシタイノ?』

 二回目の問いかけのときに、向こうからも言葉が聞こえる。

『ドウシタイノ?』

 導きを示してくれるかのような、そんな声だったように、思える。
 僕は、ゆっくりと立ち上がりながら、その声に、小さく応えた。

「おうちに、かえりたい…。ぼくは、おうちにかえりたいんだ…」

 答えを、口にした瞬間。
 それまで閉じていたはずの扉が、鍵が壊れる音と共に、静かに開いた。
 その直後に、その扉の奥から、物凄いスピードで流れ込んでくる周りの『情報』。それを僕は、何の躊躇いも無く、自分の脳裏へと詰め込んでいった。そこに、理由なんてものは、存在しなかった。
 …今思えば、小さかったあの頃だったからこそ、何も考えずに、『彼ら』を受け止めることが出来たんだと思う。
 情報と言う情報全てを頭の中に叩き込んだ僕は、すんなりとその施設を後にした。
 直後、施設全面崩壊と言う、置き土産を残して…。

「…ナーゥ…」
「ん、…あれ、寝てたのかな…」
 手元に居たチカが、再び鳴いた。そこで僕は、意識を現実にもどす。チカが呼んでくれたって事は、もしかしたらそのまま寝ていたのかもしれない。
「…………」
 当時の僕には、あの時のあの声が、誰のものなのか、解らなかった。
 でも、今は違う。
 あの声が誰のものだったのか、きちんと解っている。
 僕は『彼ら』に思いを馳せながら、手元に置いたままのノートパソコンを、撫でるように触れた。
 そう、あの声は、『彼ら』。
 電子の中に散らばる、微かな意思の集合体…。言い換えれば、この意識たちも、精霊。機械と言う存在に、その魂を宿している、精霊達だ。
 ダイレクトに僕の脳裏に語りかけてくる、『彼ら』。
 あの頃の僕がそれを受け入れなかったら、未だに、この存在に気づくことも出来ずにいたんだろうな。
「…さて、仕事再開しよう…」
 僕はゆっくりと深呼吸をした後に、再びキーボードに指を置く。残りの仕事を片付けてしまうために。


-了-
 


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栄神・万輝さま

ライターの桐岬です。
この度はお声がけ有難うございました…。
それと…納品までの間、色々とお手数をおかけしてしまい申し訳ありませんでした(平謝)
出来れば一人称で、とありましたので一人称にて仕上げさせていただきました。
如何でしたでしょうか…イメージを壊してなければよいな、と思うのですが。
ご感想など、頂けると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。

※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

桐岬 美沖


PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2004年07月29日

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