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『願い事、ひとつ 』
藤野 羽月1989)&リラ・サファト(1879)

 七夕。
 一年に一度だけ、織姫と牽牛が逢うのを許された日。
 そして、地上では――。

 ――彼らが出逢える事を祝い、天に向け、笹を飾る。




「……あら? 羽月さん、どうしたんですか? それ……」

 見たことも無いような樹に瞳を瞬かせながら、リラ・サファトは、樹を持って来た少年――藤野・羽月へと問い掛けた。
 和室にそぐわない――と言うよりも大きすぎて、きっと室内へ飾るのでは自分自身が潰されるのではないかと思えるほど。
 お茶を飲み、ぼんやり暮れる空の色合いを楽しんでいたリラにしてみたら驚きは隠せないままで。

「ん? ああ……」

 問い掛けられた羽月の瞳が、きょとん、と一瞬だけ丸く変化する。
 が、すぐいつもの表情へと戻ると、樹を指しゆっくりと説明に入った。

「これか? …そうかリラさんは見た事がなかったか…これは、笹、と言う」
「笹、ですか? ……随分と長いですけどお部屋に飾るわけじゃあないんですよね?」
「ああ、縁側に飾ろうと思ってな……七夕だし。今年は祭りには行けなかったから気分だけでも」
「七夕? お祭り……?」

 ますます、瞳を瞬かせてしまうリラ。
 傍らで、茶虎――茶虎の模様だから、と言う理由でメスなのにも関わらず、この様な名前になってしまった猫が気遣うように鳴き声を立てる。
 良し良しと、リラはその小さな顎を撫でて、羽月へと話の続きを瞳で促した。

「知らないか…織姫と牽牛と言う人物が空の上、一年に一度の逢瀬を楽しむ祭りなのだ。そして下では私たち人間が願い事を書いた短冊を笹につるし、願いが叶うようにと祝う」
「それで、笹を?」
「ああ、丁度知り合いの方に聞いたら、そう言う様な物を見たような気がすると聞いたのでな、急ぎ分けてもらってきた」
「じゃあ、此処で七夕、出来るんですね♪」
「いや……、飾るだけ飾っておこうと思ったのだが…そうだな、出来ない事もないかな?」

 縁側へと向かうと、羽月は慣れた手つきで笹を飾りにかかった。
 固定できる紐を探し、其処へと丁寧に括りつけていき、その傍ら、蛙が楽しげに声を立てる事無く、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 縁側から若干離れた池の近くで咲く、ノウゼンカズラの花のオレンジが夕陽の赤と相まって鮮やかだ。
 夕焼けに向かい鳴く、虫の聲。

 り、り、り、と何処かで、鈴が踊るような音まで聞こえてくるかの様だ。
 その中で、羽月が思い出したように顔をあげ、
「そうだ――リ……ああ、いや、リラさん?」
 と、嫌に歯切れも悪く問い掛ける。
 だが、リラは気にする様子もなく、にこやかに微笑み、
「はい?」
 と、羽月の近くへと小走りに駆け寄る。
 ホッとしたような、羽月の表情の向う、蒼い瞳が和やかな色合いを出した。

「…申し訳ないのだが、私の部屋から色紙と鋏を二つ持って来てくれないかな。色紙は文机の二段目の引き出し。鋏は筆立ての中にあると思う」
「いえ、良いですよ? あ、けど飾るのなら吊るす紐も必要ですよね? それもあわせて取ってきますね♪」
「ああ。宜しく頼む」
「はい」

 そして、リラは、にっこり茶虎へと微笑むとすぐさま部屋へと駆け出した。
 にゃ♪と機嫌の良い茶虎の声がリラの背を押すように、柔かくかかった。





 織姫と牽牛の神話には様々な種類がある。
 その中で、羽月が知っているものと言えば――、仕事……そう、機織りが大好きだった織姫は来る日も来る日も、機を織り……「これでは嫁の行き手がない」と嘆き哀しんだ天帝が彼女に紹介したのが牽牛だった、と言う。

 そこで二人は一緒になり夫婦となる訳だが……今度は機織りよりも牽牛を心の底より愛した織姫は仕事を放棄してしまう。
 あれほど、愛した仕事を放棄してしまうほどに牽牛を愛してしまったのだ。
 そうして牽牛もその想いに応え、来る日も来る日も彼らは二人だけで過ごした。

 その間、天帝は織姫が織った反物を売っていくのだが、元々美しい織物を作っていた彼女ゆえ、新しい物を、と望む声も大きく……嫁の行き手がないと嘆き哀しんでいたのも束の間、次は仕事をしないからと天帝は哀れ、二人を引き離してしまい……、だが天帝も鬼というわけでもなく。
 二人の思いを知っているがゆえに、一日のみ、逢瀬が許されるのだと言う。
 人と、天女の恋。
 …似た話で変化した物が「天女の羽衣」だと言う説もあり……、これらは、従姉妹から聞いた話ではあったけれども「天は随分と勝手な物だ」と言ってしまた事を思い出す。

 その時、微妙に困った様に笑った従姉妹の顔さえも、同時に思い出し…苦笑を禁じ得なくなる。

 だが――……まあ、それでも。

「仕事をお互いするのなら、と言う理由で一日しか逢瀬を許さぬ神に良く仕えるものだ……二人とも」

 と、考えてしまう心は消せない。
 神を信じる人が訊いたら、怒るであろう物言いだが、思ってしまう物は致し方ない。

 とは言え、織姫と牽牛ももう少しやり様があったろうに……仕事もせず、二人だけで過ごす気持ちも解るだけに、彼らが上手く立ち回れたなら、少し、神話の結末も違ったろう、とも思う。

 縁側から、天を仰げば微かに輝く星がある。

 この時期は――東京だろうと従兄の住む鎌倉であろうと、曇りであったり、雨が降る事が多いのだが……此処の世界には、そう言う無粋な邪魔さえも無いらしい。

 数年ぶりに見るであろう、七夕の日の晴れ渡る、空。

 ――空気さえも夏の何処か熱気のこもった風景ではなく。

 空も、ただ澄んでいて、高い。

 笹を縁台へ括り付ける事が終わり、息をつく。
 何時の間にか、傍らには茶虎が居て一緒に外を眺めている。





 ぱたぱた、と。
 軽い音を響かせ、リラは、羽月の自室へと入る。
 ほぼ自分の部屋と同じ間取り、同じような家具であるにも関わらず、部屋の主が違うだけで随分雰囲気が違うものだと思いながら言われたように文机へと、寄る。

「ええっと…二段目の引き出しは……」

 整理された引き出しの中、人形を造る上で必要なのだろう、スケッチブックや袋に仕舞われた色紙などが目に飛び込んできて、リラはとりあえず、持てるだけの色紙と鋏を二つ、筆立てから取り、次に自分の部屋へと向かった。

 飾り付けをするのであれば紐が必要だ。
 だが――どの様な、紐が良いだろう?
 うーん、と腕を組み、首を傾げながら、とりあえずは裁縫道具と一緒に仕舞っておいた毛糸を見つめる。
 少しばかり、太さがあるので頑丈と言えば頑丈だが……。

(毛糸じゃあ、ちょっと太すぎるよね……?)

 悩みながら、自分の部屋の中、裁縫道具から、紐を置いた覚えのある所から、ありとあらゆる紐を取り出す。
 後ほど、二人一緒に出来るだろう、飾り付けの時間を楽しみに待ちながら。
 これでは細すぎるかもしれない、と置いては悩み、悩んでは取り上げてを繰り返して。




 そうして、その頃。
 羽月と茶虎はと言うと、大人しく縁側でリラを待っていた。
 夕焼けの空の色が徐々に青さを取り戻しながら、紫へと変じていく。

「……リラはまだだろうか」

 ぽつり、と呟くと、傍らで問い掛けるような茶虎の声。

 こうであれば言えるのに、本人に向かっては中々言えない。
 知り合い…いや、悪友でさえ、「リラ」と呼んでいると言うのに何と言う体たらくか。

 茶虎を抱えあげ、今一度、その表情へと向かい「リラ」と呼ぶ。

 すると。

「――はい?」

 澄んだ声が後ろから響いて、羽月は今現在、きっと誰も居なかったら――無論、答えてくれたリラ本人でさえ――素晴らしく慌てふためく事が出来たであろう。
 が、それをするには彼自身、仮面を被ってきた歴が長すぎた。

「いや…何でもない、解り難かったかな? 申し訳ない事をお願いしてしまった」
「そんな事は無いですよ? ただ…紐をどれにしようか、私が悩んじゃって」

 やっぱ飾り付けるなら綺麗な紐の方が良いですもんね♪
 と、呟きながら羽月の居る縁側に近い畳の上、色紙やペン、紐に鋏を並べて行く。
 茶虎が何かな、なにかな、と言う顔をしてみるも「遊んじゃ駄目だよ」とリラから言われ、大人しく見るに留まっている。
 まるで、親子のようだ、と羽月は思いながら一つの提案を試みた。

「成る程。では、色紙に願い事を書いて飾るだけでは寂しいから…何か飾る物でも作るか…鶴でも折るか?」
「鶴? 鳥の種類でしたっけ……紙で折れるんですか?」
「折れるとも。丁度正方形の紙もあることだしやってみよう」
「はい。羽月さんのやりかた見ながら折るので…違ったら言ってくださいね?」

 そう言われ、ゆっくりと羽月は折鶴を折った。
 選んだ紙は薄紫の、鶴。
 対するリラが選んだ紙は薄青にも見える青い紙。
 程なくして折りあがると「そう言えば」と思い出したようにリラが問う。

「どうして、織姫と牽牛は一年に一度しか逢えないんですか?」
「二人一緒では仕事をしないからだ」
「え……?」

 ぱちくり。
 あまりに、きっぱりとした物言いにリラの方が驚いてしまう。

(本当に、そう言う話なのかな……?)

 首を傾げたくなってしまうリラに、羽月の困ったような声が、漸く、聞こえてきた。

「…その様に、私は聞いている。だから二人は引き裂かれたのだと」
「何だか…誰を恨んで良いのかわからない、お話なんですね」
「ああ。言われてみれば…そうなのかも知れない」

 きょとん、と、更にリラの瞳が丸くなる。
 もしかして……そういう風に考えた事は無かったのだろうか?

 鶴を折るのを止め、色紙で短冊を作りながらリラは、まだまだ、彼について知らない事が多くあるのだと思う。
 もしかしたら、二人を引き裂いたのは神様なのかもしれない。
 何故か、そんな事を確信して、羽月の作る鶴を見る。

 …流石に慣れているだけあって綺麗に折れていて、リラ自身が折った物と見比べてもその差は歴然だ。

「羽月さんが折った方が綺麗ですね、鶴」
「慣れてるから、その所為だろう。私が居た所では、手が上手く動かない子供のために親が何度も教える事でもあるのだ」
「え……それって……」
 羽月さんも不器用だったんですか?と、言う言葉が出ないまま、羽月が微笑う。
「いや、私の場合は少し違う。預けられてた所がやはりこう言う紙を作ったりする…小物の工房だったので必然的に本やら何やらを見て折るようになっていた」
 鶴ではない、お手玉の様な形も作って差し出してくれて、リラは僅かばかりむくれた。
 柔らかな頬が突付きたくなるような、丸みを帯びていく。
「なーんだ……」
「こればかりは、仕方ない所だな」
 そう言い、指でリラの頬を突付くと、羽月は、そのまま折っていた鶴を糸で繋ぎ、それらを笹へ飾っていく。
 笹に、飾られる色合いの妙。
 何処か、クリスマスツリーの飾り付けを思い出させるものがあって、楽しい。
 金銀のモールではない、色とりどりの紙。

 願い事は何にしよう――、いいや、リラ自身の願いはもう決まっているのだけれど。

「羽月さんは、何をお願いするんですか?」
「特にはないが……そうだな……」

 ペンを取り、短冊へと、書き込む。

"探している人が無事である様に"

「――と、言う所だろうか。後は、このまま毎日楽しく過ごせる様にと」
 これは茶虎の分の願い事でもあるのだが。
 微かに笑い、一番高いところを選び、短冊を飾る。

 そして。
 リラさんはどうする――と、羽月が問い掛けるよりも先に。
「はい♪」と、リラは短冊を差し出していた。

 羽月が笑いながら、手に取ると、其処には。
 ハッキリとした、だがしかし、少女らしい文字で。

"もう少し、器用になれます様に"と、書かれていた。

 それを見、羽月は。

「……リラらしいな」

 と、呟いていて。
 本人さえも気付かぬ、自然と出た名前呼びに、リラと茶虎だけが、幸せそうに微笑んでいた。

 空は、何処までも澄み渡り――
 天の川を鮮明に見る事が、出来た。

 天でも、幸せな一時がきっと訪れているだろう事を、思わせるほどの美しさで。


・End・



+ライター通信+

こんにちは、いつもお世話になっております。
今回こちらのお話を書かせて頂きました秋月です。
七夕の時期のお話ということで…ほのぼのとしたお話が書けると良いな、と
思いながら、この様な話になってしまいましたが…い、如何でしたでしょうか?

七夕の織姫と牽牛のお話は本当に色々とある様で、違う話となり
「天女の羽衣」ともなった――と言うのを聞いた時、
天女と人の恋はやはり叶わないのだろうかと考えてしまったり……。
どちらにせよ、織姫も確かに羽衣は持ってて、これがないと飛ぶ事が出来ない、とも
言われてます。
仕事を放棄し、恋を選んでも天から帰れ、と言われる場合もあるのは哀しい事ですが……、
少し、お二人に掛かる部分もある様に思いながら、本当に楽しく書かせて頂きました。
僅かながらでも楽しんで頂けましたら幸いです。

また、お二人にお目にかかることを願いつつ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2004年07月28日

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