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『あちこちどーちゅーき〜傍を求めて〜 』
桐苑・敦己2611

 ずっと、傍にいるよ。
 それはそんな言葉で彩られた、よくある物語の一つだった。そして、結末もよくあるように、裏切りで締めくくられた悲劇だった。
 桐苑敦己は北海道は札幌を少し北にいった山奥にある、ライラックの花園に来ていた。例のごとく気ままな一人旅である。いくつもの紫が視界を埋めるその場所に悲痛な面持ちで、ライラックを眺めている少女がいた。
白のワンピースに、同じく白のニット帽から垂れる髪は黒くどこか育ちのよさを感じさせる女性だった。しかし、その姿は幾分透けていて、顔色は白く生気はなく、明らかにこの世のものではないことは確かだった。
 風がライラックを揺らし、紫の花びらが一枚女性の体をすり抜けていった。敦己はその光景に痛々しさを覚えながら、声をかけた。
「あなたは、いつまでここにいるのですか?」
 敦己は人目で、長いこと未練を背負い現世をさまよっている霊だということに気がついていた。
「あの人が、私を連れて行ってくれるまでです」
 望めば成仏の手助けをするつもりだったが、静かに、けれど有無を言わせぬ凛とした思いを乗せて、幽霊は敦己を拒絶した。
 そう言われれば、それ以上敦己ができることなど、なにもなかった。しょせん、他人である。望まれぬことをする義理もなければ、する必要もない。過ぎたお節介はただの迷惑である。敦己もそれを知らないわけではない。ましてや、何か悪さをしたわけでもない。敦己に対して特に害意も見せないのだから、他人に干渉することなどないだろう。
 ここから消えたほうがいい。敦己はそう思いポケットから百円硬貨を取り出した。
 表ならば西、裏ならば東といった具合で、道先を決めようというのだ。コインを親指で弾き、掌に乗せようとする。
 瞬間、風が吹いた。突然の突風が巻き起こり、その強さに思わず瞳を閉じてしまい、敦己はコインを見失った。
「これは、まだすることがあるってことですかね」
 微笑して呟くと、敦己に何の関心も抱かず、未だライラックに視線を向けている幽霊の元へ近づいていった。
「あなたは永遠にこの場所にいるつもりなんですか?」
「いいえ。あの人が、私を連れて行ってくれるまでです」
 柔く、幽霊は微笑んだ。敦己にはその笑顔はあまりにも哀しく、とても儚いものに見えた。すべてを知っていて、なお笑うからそんな表情になるのではないかと、ふとそんな気がした。
「待つんですか? それでも、待つんですか?」
 来ないと知りながら待つことに何の意味があるのか、敦己には解らなかった。ただ、愚かな気がした。
「私は裏切れないんです。裏切られることはとっても怖いですから」
 儚い微笑。そして、重たい言葉。この人のために何かをしてあげたいと、敦己は心から思った。やさしすぎて、それゆえに哀しい幽霊を。
「俺、届けますよ。旅していますから、いつかその人に出会ったらあなたが待っている場所を伝えますから、それじゃあダメですか?」
「ありがとう」
 淡く、柔く、幽霊は笑った。
「その気持ちだけで十分です。だけど、ダメなんです。ここで消えてしまったら、私はずっと哀しみを抱えてあり続けるんです。待つことが幸せなんです」
「――俺にはそんな風に見えません。今も十分哀れに見えます」
「正直な人ですね。あなただったら、本当だったかもしれませんね」
 幽霊は此方を見つめるような遠い目で、ゆるやかに口を開いた。その瞳に映るのは色あせぬ日々だ。ずっと傍にいるよ。そう言った男の顔に嘘はなかったと思っている。ただ真実もなかったのかもしれない。あるのはあやふやな、何もわからない現実だけ。そばに誰もいないということだけが、長い間不変となって存在していた。時は流れる。そして物事は変わりゆく。
「待つことに意味があるんです。信じられるということが、まだあの人を信じている証なんです」
 待ち続けるだけではなにも変わらないのかもしれない。そう思いつつも、幽霊の口から言葉はこぼれていた。
「でも、信じるだけじゃ救われませんよ。傷ついて苦しんで、その上で信じていたって、手に入るのは自己満足で、決して幸せなんかじゃないですよ。――夢を見ながら待つことはできないんですか?」
 それはふと出たものだった。けれど、天から垂れる脆弱な蜘糸のように、確かな希望がそこにあった。
「夢、ですか?」
「ええ、夢です。あなたの待ち人がいつか起こしてくれるまで、夢の中で過ごすんです。きっと夢なら、ずっと傍にいられますよ」
 敦己は笑った。日向を思わせる、あたたかな笑みだ。
 幽霊は胸が沸くのを押さえられなかった。ずっと傍にいられる。ずっと傍にいてくれる。夢でもいいと思った。いてくれるのなら、たとえ幻でもかまわなかった。あの人が迎えに来てくれるなら、それで十分だった。無意識に首は縦に振られていた。
 感激に顔を綻ばしている幽霊の額に、掌を置くと敦己は力を込めた。淡い金色の光が発され、幽霊を包んでいく。そして、眩いほどの金色が辺りを照らした
 光が止むと風が吹き、一面を紫が駆け巡った。ライラックの花弁はまるで雪のように辺りを紫へと変えていった。しばらくして、治まると、そこに幽霊はいなかった。
 服や髪のいたるところについたライラックを手でほろうと、最後に残った一弁を風に乗せた。
「待っているんじゃなくて、迎えに行くこともできたんですよね」
 呟くとポケットから十円硬貨を取り出し、空に向けて指で弾いた。
「さて、次は何処に行きますか」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
十月夜十 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月23日

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