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『水着コンテストですから……。』
鬼丸・鵺2414)&魏・幇禍(3342)




輝く太陽。
弾ける水着ギャル(死語)?
無意味に明るい笑い声達。
三人は、取り敢えず無意味に立ち尽くしてみる。
目を閉じ、武彦は、なんか、腰に手を当て、幇禍は太陽を仰ぎ見、鵺はワクワクとした表情を浮かべ、じっと立つ。
汗がじわっと浮いてくる。
鵺の真っ白な肌が、ジリジリと太陽に照らされて光っていた。
「……プールだね」
「…だな」
「はい」
言わずがものがの如く、目の前には流れるプールが広がり、その奥では海のように波打つ海水プールが設置され、他にも泡プールや、本格的な深さを持つ競泳用のプールに、巨大滑り台が各種取り揃えられている。
「きゃーー!」という声と共に、ドボーン!と、鵺のすぐ隣りにあるプールに、見た目殆ど垂直って感じの滑り台から女性が滑り落ちてきた。
「…そろそろだな」
武彦の言葉に、二人は頷き、その一秒後、「あああ暑っつううう!!」と叫びながら、三人は一斉に手近なプールへと走った。
ザバンと大きな水飛沫を立てて、鵺はプールの中に沈む。
火照った体を、冷たい水が冷やしていく。
水中で隣を見れば、幇禍も同じように沈んでいて、二人目を合わせ、ピースサインなんかを出し合ってみた。
一気に沈んだ体は、一気に浮上する。
顔を水面から出し、髪を降って水を飛ばす鵺。
「うひいい! 生き返るぅぅ!」
そう叫ぶ鵺に呆れたような声で「お前はオヤジか」と武彦が言い放つ。
ムッとしたような顔で、「こんな可愛いオヤジがおるか!」と見当違いの事を幇禍が叫び、自分なりの反論をしようとしていた鵺は、そのままクルリと振り返ると「や、嬉しいけど、欲しい言葉はソレじゃない」と幇禍に突っ込んだ。
「大体さ、おやびんが、『ちょっと暑いトコで我慢した方がプール浸かった時、もっと気持ち良い』とかなんとか訳分かんない事言いだしたんじゃん。 何修行よソレ!」
そう言いながら、水をバシャンと武彦に掛けると、武彦も鵺に水を掛け返し「お前だって、乗り気だったじゃねぇか! 律儀に、立ち尽くしてるし!」と叫び返し、そのまま二人は熾烈な水掛合戦へと突入する。
幇禍は間に立ち、どちらの水飛沫も浴びながら呆然としていた。
(や、13歳のお嬢さんはともかく、ムキになんなよ、30男)
間断なく降り注ぐ水飛沫の向こうで、やけに太陽が眩しく思えた。





きっかけは、先日、えーと、まぁ色々あっての、京都からの帰り道、武彦が遠い目で「わー、体の痺れが取れない気がするぅーー」とわざとらしく呻き声をあげてきた事から始まる。
車の中で、思わず顔を見合わせる鵺と、幇禍。
そんな二人に対し武彦は遠い目をしながら、呟き続ける。
「これはもう、俺をうっかり全身火傷の如く痺れさせてくれたりした人や、ものっそい面倒見させて貰った人に、楽しい場所に連れてって貰わねば、心の傷も癒えまいなぁ」
車の運転をしながら、遠回しな要求をしてくる武彦の後ろで、「や、いっその事、『てめぇら、面倒掛け捲ったお詫びにどっか連れてけやコラ』と言ってくれた方が、むしろ通じやすいぞ」と幇禍が言えば、武彦は無表情な声で「てめぇら、面倒掛け捲ったお詫びにどっか連れてけやコラ」とそっくりそのまま、言い放った。
そんな武彦に、鵺が「もぅー!」と膨れ「おやびーん? そんな、心の狭い事じゃダメダメ! 鵺は全く気にしてないから、おやびんも気にしないでね♪」と、指を立てる。
武彦もその明るい声につられて「ウンv 了解!」と答えた刹那、半眼になり低い声で「などと言うと思ったかぁぁぁぁ! 理不尽大王めぇぇぇ!」と吠えた。
「おっまえ、お前は、そりゃ気にしないだろうよ! そして、幇禍に関しては、そういうのを期待して接するのをもう、やめたっ! うん、無駄っ! でもな、俺はどーなる? センシィティブ・ソウルの持ち主、俺はどうなる?」
「セ……ンシティブ……何?」
「sensitive soul。 直訳すると繊細な魂って意味ですね。 草間がどれ程求めようと、ワンピースよりも苛酷な冒険をしなければ手に入らないものです」
幇禍と鵺の会話に、武彦は喚く。
「そこ! 授業しない! そして、何か、どさくさ紛れに人をけなさない!」
その後も、わーわーとうるさい武彦に二人揃って溜息を吐き、幇禍が仕方なく問い掛ける。
「何? 何か、行きたいとこあんのかよ?」
すると、ニカっと笑って武彦は「ほら、なんか、改装OPENとかで、すっげぇでかいレジャーパーク出来ただろ? プールとかが、凄いやつ! あそこ行きたい! 30男一人では行きにくいながらも、正直、凄い行きたい。 なので、13歳女子中学生とほぼ同い年男性が一緒に来てくれると、とても助かる! この場面で、俺のこの、無邪気且つ可愛らしい頼みを断れる人間がいたとしたら、ソイツァ人間じゃねぇ!」と、本気の声で言ってきた。
鵺も、「あー! 今、宣伝凄いトコだよね? 鵺も知ってる! 行きたい! そこ、鵺も行きたいーー!」と、一気にはしゃぎモードに突入し、幇禍の腕を引く。
「行こ? 幇禍君! 泳ぎに行こ?!」
鵺の可愛らしいおねだりに、「そうですねぇ〜」と頷き掛ける幇禍。
しかし、武彦が鵺の後押しをしようと思ったのか、「そうだよ! 行こうよ、ふ・う・か・君☆」と、気味の悪いブリッコ声で言った瞬間、幇禍は笑顔のまま武彦のこめかみに拳銃を押し当てていた。
「アハハハ★ おまえ、あんま調子くれてっと、うっかり引き金引くぞー? ホント、今も、お前が運転してるから、撃ったらお嬢さんや俺も危ないという、素晴らしい洞察力がなければ、躊躇いなく撃ってたからな? 俺が理性の人で良かったな? 草間!」
そう、明るい声で言う幇禍の表情をバックミラーで眺め「うわぁー。 本気の目だぁ。 良かった、ドライバーやってて!」と、心から呟く武彦。
鵺は、そんなやり取りを眺め、
(幇禍君ってば、復活の際におやびんの事、ちゃんと『友』として認識させたのに、全く態度変わってないや。 これって、鵺に対してと一緒で、復活前のおやびんに対する感情が強力で、盟約ですらその心を制御できなかったのかしら? それとも……)
「うあ! とにかく、いい加減、こめかみから、その危ないもんを離せ! この、銃刀法違反男め!」
「何言ってんだよ? 今、一生懸命、撃ちたい自分と、理性の自分が闘ってんだよ? 下手に動かすと、あっさり右手はお前の事撃っちゃうぜ?」
「ま、まだ闘ってんのかよ! っていうか、理性のお前頑張れ! 超頑張れ!」
(幇禍君ってば、復活前にもちゃんとおやびんの事友達だって思ってて、だから態度が変わってないのかしらん? そうだとすると、幇禍君の友達になるのって命懸けって事だけど……)
そこまで考えて、鵺はまぁ、いっかぁと結論付けると、武彦に無責任なエールを贈った。
「とにかく、何にしろ、おやびんガンバ☆」



流れるプールの中を、ぼおぉっと漂いながら、隣を同じように流れる武彦に鵺は声を掛ける。
「ていうかさぁ……、すっごい、ツッコミ遅くなってごみんに? でも、その水着……どうよ?」
武彦は、リラックスしきった表情で、「んあ?」と、疑問の声をあげた。
「うん。 あのね、誰も喜ばない姿晒してるなぁと思って…」
そう告げる鵺に、いきなり武彦は底に足をつけ、仁王立ちになると、「ハッハッハ。 そうか、鵺? さては俺の肉体美に嫉妬したな? 駄目だぞ、惚れても。 俺には心に決めた女性がいるからな」と見当違いな事を言って笑う。
鵺の言う通り、今日の武彦の水着ははっちゃけてるとしか言いようのないもので、超ビキニタイプの、ライフセーバーやインストラクター、プールの監視員などが何でかよく着用しているのと同じタイプの、殆ど半ケツ見えてんじゃん?的水着である。
鵺は武彦の台詞に、「おやびんって、時々、目に染みる位ポジティブシンキングよね」と、呆れたように呟くと、また、何も考えずに水の流れに身を任せ始める。
目を閉じれば、数日前にあった、自分にとって、この先も、大事なウィークポイントになるだろうと思われるゴタゴタの決着が付けられた事に、途方もなく安堵している自分に気付いた。


気持ち良い。


鵺は微笑む。


今日は気持ち良い日だ。


幇禍がプールサイドから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「お嬢さん! 草間! 焼きそばと、かき氷買ってきましたよ? お昼にしましょう!」






三人で、プールサイドの椅子に腰掛け、焼きそばやポテトなどのジャンクフードをつつく。
「なんでか、こういうトコの、こういうご飯って美味しいんだよねー」
と言いながら、かき氷をシャクシャク掬う鵺の言葉に頷き、それから幇禍が口を開いた。
「お嬢さん、その水着……まぁた、旦那様に強請りましたね?」
幇禍の言葉に「ウッ……」と、喉に食べ物を詰まらせる鵺。
「今月のお小遣い、確か、新しいゲームソフトに消えてましたもんね?」
目を細めて追求してくる幇禍から、スススと鵺は目を逸らす。
武彦が不思議そうに「お前さ、俺んトコで稼いだバイト代とかは何に使ってんの?」と追い掛けてくるので、鵺は話題転換都ばかりに「お菓子! おやびんとこで貰うお金は、微々たるもんだからね!」と、結構手酷い事も無邪気に付け加えつつ言い放った。
「どーせ、かいしょーなしですよぅだ」
思いっきり凹まされ、落ち込む武彦を余所に、幇禍がメッという風に鵺を軽く睨む。
「旦那様は、ほんっとーにお嬢さんに甘いんだから…。 無駄遣いばっかりして…、こうなったら、一言申し上げないと……」
腕を組んで幇禍がそう言えば、鵺は、慌てた調子で幇禍の腕に取り付いた。
「あ! 幇禍、パパの事叱る気でしょ? 駄目よ? パパね、幇禍が怒って自分の部屋訪ねてくる時は、隠れちゃうんだよ? 娘の家庭教師から逃げ回る、家の主人って相当、可哀想よ? 娘としても、かなり泣けてくるよ? あーいう時の幇禍、怖いし、口うるさいんだもん。 パパ、たじたじになっちゃうんだから!」
そう言って、鵺は立ち上がりクルンと回ってみせる。
養父にねだって買って貰った水着は、百貨店のショーウィンドゥに飾ってあるのを一目惚れしてしまった、白無地の可愛らしいワンピースタイプだった。
ヒラヒラとしたスカートの部分の裾が、回ると広がる。
上に羽織っている、幇禍からぶんどったブカブカの薄い空色のパーカーと相まって、華奢な鵺には大層に合っていた。
「可愛くない?」
鵺が首を傾げて問えば、幇禍は一瞬見惚れていた自分をなんとか取り戻し「や、可愛いですよ? 多分、世界一可愛いですけど……」と言う。
「じゃ、いいじゃーーん!」と明るく笑って、鵺はまたかき氷に取り組み始めると、「ホラホラ、おやびんも落ち込んでないで、これ喰いねぇ」と、誰のせいでの落ち込みかも忘れて、武彦にフランクフルトを薦めた。



「ほんっとーに……滑るのか?
武彦の言葉に、幇禍と鵺、二人揃って振り返る。
「え? やなの、おやびん?」
そう言えば、「嫌っていうか、…嫌っていうか…」
と呟きながら、視線を上空へと向けた。
そこにそびえ立つのは、高い高い巨大滑り台。
殆ど、絶叫系アトラクションと同じ位置づけになっている、急角度や、回転などのめざましい滑り台だった。
「……何か、怖そうじゃねぇ?」
そう問い掛ける武彦の耳には、バンバン「ギャー!」だの「ひぃぃぃん!」だの、「うぁぁぁ!」だの、千差万別な悲鳴が順々に聞こえてきており、恐怖心を掻き立ててくる。
「だっからいいんじゃんねぇ?」
そう鵺が首を傾けて幇禍に同意を求めれば、「ここの名物のコレ、滑んないと、来た意味ないとまで言われてんえ?」なんて言い、武彦を間に挟み込むようにして滑り台の階段を上り始めた。


10分ほどの順番待ちの後、三人の番になる。


既にジャンケンにて最初は武彦、次鵺、最後幇禍の順に滑る事を決めていた三人。
ビビリ気味の武彦の背中を、鵺は押し出すように滑り口に腰掛けさせると、スタッフの合図と共に、滑り落ちていく武彦をワクワクしながら眺めた。
「ひぃぃぃぃえぇぇええええ!」
なんて武彦の悲鳴が聞こえたような気もするが、まぁ、それはどうでも良い。
自分も滑り口に腰掛け、合図を待つ。
「はい、じゃぁ、スタートして下さい」
そう声を掛けられて、期待の余り、満面の笑みを浮かべた鵺。
「お嬢さん、ちゃんと寝転がって滑るんですよ?」
そんな心配げな幇禍の言葉も聞くか聞かぬかのタイミングで、鵺は一気に滑り降りた。
「やっっほぉぉぉぉぉ!!」
一気にスピードに乗る感覚が気持ち良くて、思わず歓声をあげる。
回転に任せて、ぐいぐいと滑る感覚が滅茶苦茶楽しい。
ぐねぐねと蛇行するコースを経て、最終付近になると、お待ちかねの殆ど垂直に見える角度の滑り台が鵺を迎え入れた。
落下する、あの浮遊感すら味わいながら鵺は両手を広げ「きゃぁぁあぁぁぁ!」と楽しげに叫び、滑り落ちる。
大きな大きな水飛沫をあげて、下のプールに飛び込むと、プハァと、水面に顔をだし「楽しかったぁv」と叫んで、平泳ぎをしながらプールサイドへ向かおうとした。
しかし、何故か、そう何故か、プールサイド付近で、でも水の中で立ち泳ぎをしながら困った表情を見せている武彦を見付け、首を傾げながらそちらへと近付く。
「どったのおやびん? ここ滑り台用のプールだから、早く出ないと、スタッフの人に怒られちゃうよ?」
そう言えば、武彦は困った表情のまま、鵺の顔を見つめて、何故か両手を組み合わせ、甘えたような声で言ってきた。


「鵺、あのね、俺、おぱんちゅ脱げちゃった」


「は?」
鵺はポカンと口を開ける。



「うん、だからね? 滑ってる途中で、おぱんちゅ脱げて、あいつったらどうも、このプールを一人旅してるみたいなんだよな」


その瞬間、思わず、何処からともなく黒面を取り出した鵺。
無言のまま装着すると、武彦の頭を引っ掴み水の中へと押し込んだ。
「あがばばぼぼぼぼ!」
ぶくぶくと水泡をたてながら、沈められた武彦を、タイミングを図って引き上げる。
「あぁなぁたぁあ、死んだほぉが、良さげぇ?」
おどろおどろしい調子で言われ「あれ? 鵺さん? 鵺さぁぁん? 何か、出ちゃイケナイっぽい人が出てるんですけどぉぉ?」と、ゲホゲホ咳き込みながら武彦が騒ぐ。
そんなこんなの間にドボン!と大きな音を立てて、滑り落ちてきた幇禍は、黒面をつけている鵺にギョッと目を見開くと、慌てて此方へ泳いできた。
「えええ? えーと、な、何なさってるんです?」
幇禍の問いに、溜息を吐きながら面を外し、「や、なんかね、『名無し』に、人殺しなんてしないから、プール自分も行きたい!って、昨日夢で強請られちゃって、しょうがないから連れてきたんだけど……、アレね、おやびんがあんまり馬鹿なもんだから、鵺の殺意ごと、名無しの殺意も抑えきれなかったんだよねぇ…」と言って、「失敗、失敗☆」と自分の頭をこつんと叩きながら舌を出す。
そんな鵺は「可愛いなぁ…」なんて、物凄い騙されながらニコニコ眺め、その表情のまま「で、草間はどんな馬鹿やったんってんです?」と問い掛けた。
武彦が、恐る恐るという風に言う。
「や、あの、滑ってる途中で、お、おぱんちゅが脱げちゃって、今、すっぽんぽんだよ?っていう、ドキ☆女だらけの水着大会的ポロリイベントがあっただけなんだけど……」
武彦の言葉に、幇禍はニコニコと笑ったまま、片手で、武彦の頭を一気に沈めた。
「がぼぁ! あばばぼばぁ!」」
再び水泡を吹き上げながら、武彦が水中で暴れる。
「も、アレですね。 良いんじゃないですか? ほっといて」
「うん、その案、採用!」
冷めた目を交わし合いながら、静かに相談を纏める鵺と幇禍。
武彦を引き上げると、また「ぶへっ! げほぉっ!」と咳き込む武彦を置いて、プールから上がろうとする。
そんな二人の背中に取りすがり、「お願いだから、探してきてくれ!」と武彦が叫んだ。
「どーーするぅぅ?」
半眼になる鵺。
同じ様な表情で、「シカトです、シカト!」という幇禍だが、「おっまえ、前回、休み無く鵺の行方探して、京都まで車飛ばしてやったの誰だと思ってんだ!」と叫ばれると硬直し、鵺も「あん時の後遺症で足が痺れて、溺れそうだぁぁぁ!」と、言われると立ち止まらざる得なかった。
「お願い! 拾ってきてくれたら、チャラにするから!」
武彦の言葉に、「鵺のトラウマ、おやびんの海水パンツでチャラかぁ」と、ちょっと落ち込む鵺。
いっその事、命の危機に陥ってるのを救うとかだったら、借りは返したと心から思えるのだが、パンツ程度で返済されてしまうとなると、随分自分の苦労も安くなったような気がしてしまう。
「馬鹿! 俺だってな、このままだと、猥褻物陳列罪という、夏のトラウマを作る事になるんだよ!」
そう切実に叫ぶ武彦に、「あんなとんちきな、パンツ穿いてくるから悪いんだ」とかなんとかぶつくさ言いつつ、鵺はまた、どこからともなく面を出した。

河童の面。


有名な、泳ぎのプロ中のプロの、水妖の面だが、まさか、武彦のパンツ拾いに呼び出されるなんて、想像もしてなかったに違いない。
(夢の中で、文句言われるだろうなぁ)
なんて、考えつつ、面を装着しプールの中に潜る。
滑り台から落ちる人間の受け止め先のプールだから、かなり水深があり、鵺は底へ、底へと潜っていった。
河童の特性で、水中でも呼吸が可能になり、視界も良好なので、程なく、プールの隅に転がるパンツを見付ける。
ヒョイと拾い上げ、一気に浮上すると、武彦に拾ってきたパンツを投げつけ、鵺は面を外した。
「うら若き女の子に、パンツ拾いさせないでよねー?」
そう不満げに言いながら、プールから上がる鵺。
幇禍も、「今度脱げても、心から知らないからな!」と言い放ち、プールを後にする。
武彦は、モソモソとパンツを穿いてやっとプールから脱出できると「ふぃー」と何故かハードボイルドな仕草で顎の下の水滴を拭い、「今回も危険なミッションだったぜ」と呟いた。


さて、そんなこんなで、色んなプールを巡り、遊び歩いている三人の耳に、プール各所に設置してある拡声器から「ピンポンパーーーン♪」という音楽と共に「本日、お越し下さいました皆様に、催し物のお知らせを申し上げまぁす!」という明るい声が聞こえてきた。
「2004年度 水着コンテストを、プールゾーン中央の広場にて開催。 只今エントリーを受付中でぇす♪ 優勝者は、豪華! 二泊三日草津温泉の旅をご家族様でご招待! 皆様、どうぞ奮ってご参加下さい」
思わず鵺は、ピタリと立ち止まり「温泉……」と呟く。
幇禍も「二泊三日……」と、夢見るよう目で、囁いた。
「草津……か…」武彦が、ニヤリと笑う。
三人は顔を見合わせ、頷き合う。
「言っとくけどな、誰が優勝しても恨みっこなしだかんな?」
武彦の言葉に、ニヤリと幇禍が笑みを見せ「それは、こっちの台詞だ」と言った。
鵺も、ピョンピョン跳ねて、「幇禍君と、鵺は共同戦線だかんね? どっちが優勝しても、一緒に温泉行こうねーー」とはしゃぐ。


かくして、お三人様エントリー決定。


水着コンテスト会場は、我こそはと思う参加者達で溢れかえっていた。
小さな子供から、結構年輩の人。
大胆な水着の女性や、強烈な肉体美を誇る男性まで、考えてみれば審査基準というのが明確でないぶん、参加者層も広がっているに違いない。
エントリーを済ませ、控え室で待っていると、スタッフの人が入ってくる。
「はい! じゃあ、エントリーの際にお渡ししました番号札を付けて、皆さんステージへとお上がり下さい!」
そう告げられ、スタッフの人に誘導されてゾロゾロとステージに向かう人々の流れに乗り、三人も共にステージに向かった。


客席は、ほぼ満員。
参加者の家族なんかも、応援する風景もほのぼのと、他の参加者達も、別段緊張する事なくニコニコとステージに並ぶ。
鵺も、幇禍と武彦に挟まれて立ちつつ、「ねー、ねー、結構凄い人だねー」なんて、呑気に言い合っていた。
暫くすると、司会者らしき男性がマイク片手に現れる。
「はーい! それでは、今から水着コンテスト開催させていただきます!」の言葉に、わぁっと拍手が巻き起こった。
司会者の説明によると、このコンテストは客席投票と審査員投票の二種類で優勝者を決めるらしい。
審査のポイントは、着ている水着が似合っているか、水着の着こなしはイケてるか、そしてもっとも重要なのは、アピールタイムという一人一人に与えられる3分間の時間に、どれだけ自分をアピールできるかという事らしい。
参加者は、皆、審査の仕方を知っていたらしく、小道具なりネタなりを用意しているが、そんな事は全く知らなかった鵺達は、司会者の言葉にギョッとする。
「ア、アピールタイム? 聞いてねぇよ、そんなん…」
困ったように武彦が呟き、幇禍も、「お、俺、アピール出来る事なんて、時代による通販の変遷について語れる事と、殺しの技ぐらいしか……」と結構凄い特技よね? それって台詞を呻き、鵺も「むぅぅぅ…、どーしよー」と唸った。
出番が来ればお呼びしますからと言われ、一旦、控え室に戻ってきた他参加者含む三人は額を突き合わせて悩み始める。
「ネタ…ねぇ……」
思い悩む幇禍に、鵺はポンと手を打ち提案した。
「んじゃさ、幇禍君はさ、アレだよ、切腹ショーとかやればいいじゃん! ハラキリーってやってさ、んで、復活してみせるの。 滅多に他の人が出来ない特技だよ! 優勝間違いなしだよ!」
心からといった風に提案する鵺に、肩を落とす幇禍。
武彦が呆れた声で、「滅多に他の人が出来ないっつうか、誰も出来ねぇよ」とツッコミ、「そのアイデアは、ホント素敵で、斬新極まりないアイデアですけど、会場中が阿鼻叫喚に包まれるのが想像できちゃうんで止めときます」と、丁寧に却下した。
すると、また、いつの間にか黒面をつけた鵺が、「うふふふ……。 じゃあ、鵺は抉って……、折って……、捻って……、刺すトコをみんなに見せてあげればいいじゃなぁぁぁい?」と、呟き、武彦と幇禍を恐怖のズンドコへ落とすと、速効面を外され、「うん。 名無しに聞いた鵺がお馬鹿ちゃんだった!」なんて鵺に明るく否定される。
「ま、とにかく、何かやるしかないな……」
と、決心をつけるように武彦が言った瞬間、スタッフの人が三人を呼びに来た。
「31番さん、32番さん、33番さん、スタンバイお願いしまーす」




さて、まず、一番手は幇禍だった。
余り、こういう人前に出る機会のない幇禍は、ギクシャクとした足取りで舞台中央に出る。
幇禍は赤と黒の、ノーマルな色合いの水着もよく似合い、スタイル自体は抜群に良いし、見た目だって、そこらのモデル顔負けの風貌をしていたので、会場のあちこちから、ほぉ……と、女性の溜息が漏れ聞こえてきた。
(え、ええ、えーと、えーと……)
幇禍は、一瞬悩みながら、緊張しきった声でスタンドマイクに向かって口を開く。
「あ、の、31番、魏幇禍です。 えーと、クンフーの型やります」
そう告げて、マイクから離れ、すぅっと息を吸う幇禍。
そのまま、タンっと、地面を蹴って飛ぶと、高い位置でクルリと周りながら蹴りを繰り出し、そのまま地面に付くと間髪入れず、幾つかの蹴りの形と、薙払うようなパンチを二、三度見せて、それらしく纏めた。
素早くも、典雅なその動作と、俊敏な幇禍の動きに、会場から満場の拍手が起こる。
何だか、照れ臭い気分になりながら、ぺこんと頭を下げて袖へと走る幇禍。
ステージ脇の客から見えない位置で立ち止まり、額に浮かんだ汗を拭う。
(緊張したぁ……)
そう心の中で呟くと、今度は鵺の出番を見る為に、少し顔を袖から突きだした。


「32番、鬼丸鵺。 えーと、踊ります!」
元気一杯に宣言し、乙姫の面を被る鵺。
竜の娘であり、人心を魅了する舞を踊る乙姫が優雅にクルリと周り、手をヒラリヒラリと舞わせながら、日本舞踊とも、中国の舞ともつかない、美しい舞を見せる。
小柄な鵺が、舞台をめい一杯使って舞終え、面をとって一礼すると、感嘆したようなうっとりとした空気に包まれていた客席から、盛大な拍手が送られた。
トトトと袖まで走ってくる鵺、幇禍が立っているのを見付け「えへへ。 ズルしちゃった」と笑う。
「良いんじゃないですか? 妖怪さん達を、お呼び立てする事が出来るのも、立派なお嬢さんの特技なんですから」
と、微笑んで言い、それからどうでも良いけど、一応見てくかって事で、二人は武彦の出番を見ていく事に決めた。





一時間後。





ガクリと落ち込んだ表情で、プールサイドに座る武彦を、遠巻きに眺める二人。
「どうして、あのネタに挑んだのかが分かんない」
鵺が言えば、幇禍も頷きながら「俺もどうして、あの選択だったのか分かりません」と賛同した。



何で、草間(おやびん)ってばV6に挑むわけ?
   



突如会場で、V6のラップメドレーを、しかも、英語の部分全然歌えずに(カラオケなどで、早い英語部分ってなんかグチャグチャになりますよね? あの状態です)踊りも、なんかの呪いか?って感じのを踊り狂いながら熱唱した武彦。
当然、音なしのアカペラである。
何だろう、寒いを越えて、痛々しく、痛々しい越えて怖いという状況の中、武彦ワンマンショーは客席から子供の泣き声が聞こえてくる頃になってやっと終了した。
あんなに長い3分は、今までになかったと、後に客席にいたAさんも語る事になる、恐怖ステージ。
「だってさぁ、V6一人でやったらVって事よね?」
なんて、見当違いのことを言う鵺は置いておいて、余りの会場の反応にカラオケでは事務員兼恋人の女性に滅茶苦茶誉められたのになぁなんて、遠い目をする武彦。


結局優勝商品は、可愛い双子の女の子の輪唱に持っていかれてしまった。
二人の「かっこうの歌」と「かえるの歌」の輪唱は、大変な好評を博したそうである。



「行きたかったなぁ……草津温泉……」
そう呟く武彦に、鵺と幇禍が近寄ると、「このレジャー施設ね、スパも併設してあるんだって? 草津は無理だけど、帰り使ってこうか?」と声を掛ける。
「大分、グレード落ちたなぁ」なんて苦笑する武彦の腕を引っ張り上げて、「そんなに変わんないかもよん?」と告げると、鵺は幇禍の腕も引いて、一緒に歩き始めた。
武彦は、なにげに鵺に慰められている事に気付き、チラっと幇禍の表情に視線を走らせる。
すると、幇禍も同じように此方に視線を送りながら、フッと笑みを浮かべた。


ま、こんな一日も悪くない。


武彦の目に幇禍の笑みは、そう言っているように見えた。









   終

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年07月23日

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