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『北の大地は広大にて 』
花房・翠0523


〜ひとまず出発、向かうは北へ〜

「だから、何でそこで俺が北の果てまで行かなきゃならないんだか・・・」
景気のいい音の内側で、ぶつくさとその青年――――花房翠(はなぶさ・すい)はひとりごちた。
なにぶん、ヘルメットの中である。
ひとりごとをどれほどこぼそうと、誰も聞く者もいないが、それでもこの状況に一言何か言わないと、むかっ腹が立ってどうしようもなかったのだ。
「たかがアイスだぞ、アイスっ!」
その「たかが」アイスを、ちょっとでも試してみたいと思ったのは、それは確かに嘘ではない。
人間、美味い物があれば、試したくなるのは当たり前のことだ。
だからと言って、日本縦断をしてまで、それを試そうとなると話は別である。
「まあ、さ・・・」
ドルルルルル、と高速を風のように飛ばして、翠は少しだけ宙に視線をやった。
「夏のさなかに、あんな温度の東京にいられる方がどうかしてるんだけどな・・・」
そう考えると渡りに船なのか。
いやいや、と翠は首を振る。
「だけど、アイス、だからな・・・」
これはもう、と翠は思った。
「夏の北海道、ルポするしかないな」
誰もが涼夏を堪能できる北の大地――――せっかく行くのだから、それをネタにしないのはもったいない。
何事も前向きに前向きにと考える性格の翠である、こう考え始めた瞬間に、笑顔すら浮かべて、彼は一路、北へ北へと針路を取った。




〜トンネルを抜けるとそこは「人助け」だった〜



津軽海峡を目の前にしたその時、事件は起きた。
キキーーーッ、ドドドン、キキーーーーーッ、と甲高い音と鈍い音が交互に4度ほど続き、悲鳴や泣き声、破裂音が辺りに響き渡ったのだ。
「な、なんだ?」
翠は思わず右へとカーブを曲がった。
フリージャーナリストの血が、事件を求めたのだ。
望まずとも、向こうからやってくる場合もあるが。
翠のバイクが、完全にそのカーブを曲がりきったそこには。
「ひどいな、これは・・・」
乗用車とトラックの玉突き事故の現場が、そこには展開されていた。
思わず目を伏せたくなるほど、薄くなってしまった車体と、道路に倒れている数人の人。
翠はバイクを停め、ヘルメットを投げ捨てて、倒れている人に近寄った。
手早く生きていることを確認し、携帯電話で119番コールをする。
救急車が到着する間に、道路端に転がっていた枝で骨折した人の足を固定したり、持っていたハンカチで止血をしたり、できる限りの応急処置をした。
他にも何人か動ける人がいたので、これ以上事故が広がらないように、けが人を避難させたりもした。
そうこうするうちに救急車が3台ほど到着し、中にけが人をどんどんと収容し始めた。
「あ、おい、ちょっと・・・!」
「すぐに戻ります!これ以上は乗せられません!」
翠の目の前で、無残にも救急車のドアが下ろされた。
まだ小さい子供が足を折って木の影で泣いている。
両親は意識不明の重体で、先に運ばれてしまっていた。
ちっ、と翠は舌打ちした。
救急車のサイレンがまたたく間に遠ざかっていく。
それを苦い顔で見送りながら、彼は怪我をした少年に近付いた。
「いいか?これで、俺とおまえを縛るからな」
翠はバッグの中からタオルを出して細く裂き、それをつなげて一本のひもを作った。
それを少年の腰に巻いてから、自分にも巻きつける。
絶対に緩まないことを確認してから、バイクに戻った。
「痛むかも知れないけど、頑張れよ!」
翠は泣きながらも気丈にうなずく少年に、唇だけの笑いを見せると、ぽんぽんとその頭に手を置いた。
「それじゃ、行くぞ!」
道なりにバイクを飛ばし、翠は病院を求めて走り回った。
すぐさま病院は見つかり、その少年は手当てのために入院することになった。
それを見届け、ほっとして、翠はバイクのところに戻った。
と、その目の前を、一台の車が走り去って行く。
その後ろを、なぜかパトカーが追いかけていた。
「事件?」
思わず翠はバイクをパトカーの後ろにつけ、その後を追った。
激しいカーチェイスが目の前で展開される。
それを時には口笛で、時には舌打ちで傍観しながら、彼の頭の中には「真昼の激闘!強盗犯VS警察の攻防」とタイトルが出来上がっていた。
だが結局、残念なことに数十分付き合った挙句、その車はパトカーを振り切り、海岸道路の彼方へ消えて行った。
無論、正義が勝たないカーチェイスの記事など、読者が喜ぶはずもない。
がっくりしながら、はっとして上部の看板を見上げると。
「・・・盛岡市内?」
・・・どうやら南に戻っていたようである。
何か良くないものに憑かれているような気がして、思わず翠は胸の奥からため息をついてしまったのだった。



〜目的地到着、そして再会〜


寄り道に寄り道を重ねて、ようやく翠が噂のアイスの売っている羊ケ丘展望台にたどり着いたのは、予定より6時間が過ぎた頃だった。
よろけながらも何とかアイスをクール宅急便にて東京へと送り、ほっと一息ついて、夕暮れの羊ケ丘にどさりと座り込む。
それから両手を天に突き上げたまま、ばたりと後ろに倒れた。
草の、いいにおいがした。
「平和だな・・・」
のどかに、穏やかに、時が流れていくのがわかる。
目を閉じても、その鮮やかな緑は目の裏側に焼きついて、においと共に、翠の気持ちを包み込んでくれるのだった。
何度か深呼吸して、全身の血に草の香りを移し切った頃。
翠はふと目を開いて、茜色の空に向かってこう言った。
「いるんだよな、そこに・・・?」
忙しさに紛れ、不可思議な事件に心を奪われる毎日。
思わず、忘れていた存在に目を向けたくなったのだ。
この大地に誘われて。
『・・・久方ぶりだ。息災であったか』
「ああ、見てのとおりだぜ」
翠の視線の先には誰もいない。
ましてや周囲に人影すらないのだ。
だが、彼には、彼にだけ聞こえる声があり、彼にだけ見える姿があった。
そして、その力の片鱗を、翠自身も持っていた。
彼の視界に移る、白い装束の細身の男性は、かつて救ったことのある竜神の人としての姿だった。
『少し疲れてはおらぬか』
「俺が?・・・まあ、そうかもな・・・」
何でもお見通しか、と翠は苦く笑った。
「楽しんではいるんだぜ。毎日毎日、刺激が多くてさ」
『ふむ。それならばよかろう』
うなずいて、竜神は続けた。
『そなたが楽しめるようなことが多いのであれば、世の中が平和だということでもある』
ふっ、と翠は笑った。
その笑みはとても深くて、細められた目に浮かぶやさしい光と、どこか色彩が似ていた。
「・・・力が欲しいって思ってたけど、あんまりアンタの力に頼る時が無い方がいいよな、やっぱさ」
『そうだな。力は平穏な時には無用のもの。我に会うことが久方ぶりだということは、平穏の証拠、それが一番肝要だ』
「・・・ああ」
翠は竜神を見上げた。
竜神もまっすぐに翠を見返す。
温かな空気がふわりと彼らの間にただよった。
よっ、と掛け声をあげて、翠は上半身を起こす。
それから、竜神に小さく笑って言った。
「まあ、これからもよろしくって事で」
『我の方こそ、よろしく頼もう。我は、そなたには、大恩がある』
翠は片手を差し出した。
その手に、竜神の細く白い手が重なり、握手の形を取った。
そして、一瞬力がこめられたかと思うと、その姿ごと、空気の中に消えて行った――――鮮やかな微笑みだけを残して。
それを満足そうに見送って、翠は地平の彼方に沈んでいく太陽を見やる。
「さて・・・そろそろ東京へ戻るか」
そう決めて、翠はそっとバイクの方へと歩いて行った。




〜そして最後は・・・〜


「し、しまったーーーーー!!」
ヘルメットの内側で、翠は思わず絶叫に近い悲鳴をあげた。
「か、肝心な『白い恋人』忘れてたぜ・・・」
――――バイクはまた、恐ろしい勢いで北へと針路を取り始める。
東北道の看板には、『東京まであと50km』の文字が、悲しく寂しく揺れていた・・・。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
藤沢麗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月23日

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