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『hacking 』
栄神・万輝3480
「…接続完了…っと」
 呑気な声が、薄暗い室内に静かに広がっていく。暗さは夜のため、ほのかな明かりは少年の目の前にあるモニターのためだ。
 フローリングの床に置かれたパソコンの箱は少しばかり手入れされているようだが、その他には特に特徴も無いごく普通のものに見える。この少年…万輝自身の能力さえあれば、何も複雑な組み方や特殊なプロテクトなど仕込む必要はなかったからだ。
 今晩も夜更けてからいつものようにクッションひとつを下に敷き、胡座をかいて座っている。
 そのすぐ近くに置かれたベッドには、我が物顔でどっしりと横になっている黒猫が、それでも顔だけはもたげて主の行動を静かに見守っていた。

*****

 12畳程の広さの部屋は、普通ならもっと広々と感じる筈なのだが、万輝が居る場所と歩けるスペース、それとベッド以外は全て大きな観葉植物に埋められていた。中には人の背程もあるものもあり、今も開いた窓から流れてくる風にそよいで室内の影をゆらゆらと揺らし続けている。
 その中で音を発するものと言えば、パソコンから流れる音とキーボードを素早く打ち続ける音、そして時折呟く万輝の声だけだった。――その顔は、明るいモニターにひたりと向けられており、周りを一切見る様子は無い。次々と移り変わる画面にごくたまに瞬きする他は魅入られたように見つめ続けるだけ。
 機械的な動きを繰り返すその手は、現れては消える文字や映像を保存するためだけに動いていた。――誰かがこの部屋にいて良く見れば不自然な点に気付いただろう。万輝の動きが、新たなブラウザを立ち上げるために動いているわけではないのに、ごく自然に次々と窓が開いていることに。
「やっぱり、なかなか見つからないねぇ」
 ふとそんな言葉が少年の口から漏れる。表情は変わらないながら、僅かに口元が笑んだように見えた。

*****

 万輝が裏の情報屋を始めてからどのくらいになるだろうか。本名は当然知られる事も無く、裏の名のみが一人歩きをしている感も無いではない。実際、万輝のことすら知らずに情報を買い取る者もいるくらいなのだ。THE FOOL――その名と情報の確かさだけで十分だった。他に何も必要ない。だからこそ、情報屋などという仕事を楽しんでやっていけるのだろう。
 今晩は仕事ではない。単に自分の趣味でネットダイブしているもので、こうして直接ネットへと意識を接続させている事自体が万輝にとっての楽しみであり、何よりも安らげる時間だった。
 そうしているうちにも、何かの役に立つかもしれない――そんな情報を拾い上げては的確に身体の方がカテゴライズし、細々とファイルに保存している。万輝はただ、好きなように様々な刺激がめぐらされている複雑な網の中を泳ぎまわっていれば良かった。
 ほのぼのとした気を漂わせる表の世界から、暗く狭い地下世界へと。縦横無尽に動き回る万輝の『目』は輝き、意識は自由に世界を繋げ、構築し続けている。
 此処からは、何でも見ることが出来た。様々な人の呟きも、棘のある言葉も、絶望も。喜びよりは絶望の方が、万輝に取っては面白いものだったのだが。
 ――ん?
 そうしているうちにぴんと何かに触れるものがあり、そちらへと『目』を向ける。
 そこでは、侵入者を拒むよう作られているプログラムが、何者かの手によって麻痺させられ、一時的に目隠しをされているのが万輝の居る場所から見えた。
 そのプログラムの向こうにあるものは、某大手IT関連会社のデータボックス。
 どうやら、かなり優秀なハッカーの仕業のようだった。万輝から見ても随分と手際の良いやり方で隙間をくぐりぬけ、偽のパスワードを認証させ、その会社の重役の如く装っている。
 ――ふぅん?
 にやりと笑うと、ハッカーの傍まで寄って、わざとデータボックスの前にもう何枚かの扉を貼り付けた。特別製の鍵を付けて。
 そこまでに仕掛けられていたプロテクトを全て外し、油断していたのだろう。
 ハッカーの手が震えたのまで見えたような、激しい動揺がネットを通して伝わってきた。

 さあ。扉をあけてごらん?ぼやぼやしてると時間切れになるよ?

 会社が定期的にログインIDを検査し、新たなプログラムに書き換えるまでは数分足らず。本当にその会社の重役ならば再び入りなおせば済む事だが、ハッカーに取ってはまた1からプロテクト破りを始めなくてはならない。しかも、その会社に気付かれる事無く、だ。
 くくっ、と万輝の唇から楽しげな笑みが漏れた。

*****

 …万輝のお遊びに付き合わされたハッカーが無事逃げ去った後も、万輝はそこに居た。
 ハッカーはやはりかなりの実力の持ち主だったようだ。万輝が仕掛けた最後の扉までどうにかたどり着き…そして。
 そこで時間切れとなった。
 普通なら、その時点で会社側の逆アクセスの憂き目に合うのだが、全ての扉は破れなかったもののここまで届いた功労賞として万輝が広げた帰り道を辿らせる事でその危険は去った。後は、その場に残った万輝がハッカーの足跡を消してやるだけで十分で。
 彼が破った扉と、まだ残っていた扉も消し去り。

 ――データボックス内にあった情報を全て吸い取り、そして姿を消した。

*****

 後日、例の会社のプロテクトが異常なまでに厳重だったという噂に加え、実は謎のハッカーがデータを全て奪っていたという話が、闇のサイトに流れていた。同時に、潜入に失敗したハッカーはすっかり自信喪失してしまい、プログラム世界から引退したと言う噂も付随していたが、万輝が気にする筈も無く。
 ただ、あれだけの緊張感ある『ゲーム』にあそこまで食いついて来たその人物に再び挑む機会が無くなった事には詰まらなさそうに肩を竦め。
「せっかく遊んであげたのにさ?」
 そして、今日も同じようにベッドの上で我が物顔をしている黒猫へと、同意を求めるように声をかけたのだった。

-END-
PCシチュエーションノベル(シングル) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月23日

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