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『雷注意報 』
奉丈・遮那0506


 夏の雨は鬼の所為、老人語る昔話に、うなずいてしまいそうな嵐の夜。
 世界に張り付く全てを流さんとばかりに、降雨は滝のように雄雄しくて、雷は金槌のように強力で、なによりも、突風は透明な巨人の掌、がたりごとりと地に立つ物揺らす。それは大柄なあやかし荘も同じく。
 だが家という物は、そんな暴虐な現実を、人から、視界的に触感的に断絶する機能。例えこんな嵐だろうと、
「……外、凄い音ですね」
 夕食という日常が送れるのは、そうゆう事なのだろう。現代日本では一日に三回訪れる、義務にも似た人間の原罪。
 ――最も遮那にとって今の状況、ほんの少しだけ日常よりずれているのだけど。
 ささやかに、嬉しい方へ。「補強はしたんですけど、大丈夫かしら」
 目の前からやってくる声に、一倍の微笑みを向ける理由?
 好きですから、と、
「台風程じゃないですから、」言うなんて事出来ないから、「そこまで心配しなくても」
 単純で明快な返事をしたのは、奉丈遮那、十七歳。だが外見は歳相応でなく、随分と幼いが彼の彼だった。
 だとすればこの憩いも、それに準じてるのか。ガラス工芸品の彩りのように、淡さ。
 例えば彼女が、夏野菜の冷菜に箸を伸ばす、なんて事のない動作を瞳で触れられる事で、子供のように嬉しくて。見惚れこそしないけど、一緒に食事するだけで、優しさのように嬉しくて。
 食事を交わす、別に初めての事じゃないんだけど、それでも嬉しいのは、相手が彼女だから、
 因幡恵美だから、遮那は嬉しいのだろう。
 焼いた魚をほぐす、「降らなかったら降らないで困りますけど、降ったら降ったで困りますよね」他愛のない話題は遮那から、
「どっちになっても、野菜が高くなりますしね」
 話題に乗るのは彼女、夏は暑いからさっぱり頂こうと、醤油でなくポン酢を豆腐にかけてから、相手に渡す、
「恵美さん、主婦みたい」
 くすりと笑いながら受け取る遮那、それに少しムッとして、「私が主婦じゃなかったら、誰があやかし荘の家事をするんですか?」
「……あ、えっと、気分悪くしたなら謝ります」
 遮那がしおらしい態度をとると、すぐ、恵美は笑みをにこりと、
「冗談です、掃除とか、洗濯とか、管理人の大切なお仕事ですから。それに皆さんも時々手伝ってくれますし、今日だって」
 遮那さんが手伝ってくれましたし、と。
 夕食くらいしかお礼できませんけど、と。
 彼女の声と遮那の声、食卓を飛び交う二つの声。指と指を絡ませるようなやりとり、穏やかで、少し胸が動くやりとり、雨にも風にも負けない日常――
 不意に、雨戸越しの窓から、がらごろと遠く音が鳴った。
「……雷、どこか落ちたんでしょうか? ……恵美さん?」
「え、は、はい」ふと我に返るような、「音小さかったから、結構遠くじゃないでしょうか?」
 そんな態度。遮那、見て、
「雷、怖いんですか?」
 静寂が流れる。聞こえるのは外の嵐。
 ようやくしてから恵美が言った。
「遮那さん、私の事子供だと思ってません?」「え、そんな」
「確かに私、怖い物とか苦手ですけど、私は《あやかし荘》の管理人なんですよ? 幽霊だって最近は慣れて、……慣れたらいいなぁと思ってて、……ともかく、雷を怖がるなんて、小学生じゃないんですから」
 雨にも風にも負けない日常、「雷くらい」
 少し崩れる。
 ドガゴロォウ!、と、
 びくり、身体がすくみ上がる二人。遮那は浅くだが恵美の方はそれより若干高く。
 雨戸が閉まってるから稲光こそ見えぬが、明らかに雷撃は近くの大地を打ったのだろう。いや、それは大地でなく、
 具体的には電柱か、発電所か。
 パチリと、電灯が音も無く消えた。
「え?」「え?」
 ……それが停電という事に気づいたのは、目の前に闇が降りてから随分と。雨戸をしめてるせいで、管理人室は完全まっくら。
「だ、大丈夫ですか恵美さん」
 第一声は心配である。だが言葉が返ってこない。「恵美さん? ……恵美さんッ!」
 少し、洞窟で離れ離れになったような不安で、二度名前を繰り返す。
「は、はい、大丈夫です……」
 普段の明るく元気な様子に陰りがある感じだった。見えないのだから、聞こえる範囲で判断する限りだけど。
 だが流石にずっと縮み上がる程、因幡恵美は弱くなかったようで、「ええと、懐中電灯がタンスの上に」
 立ち上がる音がする、「あの、危なくないですか? 他に乗ってる物が落ちてきたら」
 立ち上がる音がする、
「確か何も乗ってないと思うんですけど」
「だけどこう暗くちゃ……、それよりも、ライターが机の上にありませんでした? 一時しのぎもいいところですけど、その灯りで別の灯りになるような物探した方が」
「あ、そうですね」
 慎重に移動する音がする、慎重に移動する音がする、
 慎重なのだけども、「それじゃ僕が」「あの、私が」
 二つのセリフの後には、供に、取りますから、と、続くはずだったのだけど。
 お互いが、そのたった六文字を、言えなかったのは、「え、」「あ」
 ――なんて事のない日常、
 崩壊は連鎖する。

 移動と移動が、衝突して、
 二人は重なって倒れこむ。

 ライターのある場所へは、遮那が近かった。恵美は遠く。
 だから恵美は遮那の肩にぶつかる事になって、石につまずくよう、彼に覆いかぶさる格好。衝撃で痛みが起こるがそれは浅くて、
 すぐに、互い、相手の体温。
 暗いせいか、それは伝え合うように感じられて。頬と頬があたって、手と手があたって、腰と腰があたって、足と足があたって、
 遮那、背の低い自分が押しつぶされるような格好、けど重さより囚われるのは、相手の全て。息遣いも、鼓動も何もかもやって来てしまって。まるで二人で一つを共有してしまって。
 さっきの食事でさえ、近くだと思った。
 けど今は、近くよりも近く、いいえ、もう距離も越えてしまっている。
「……恵美、さん」
「遮那、さん」
 闇の所為か、何もかもがあやふやで、、
 せめて相手を確かめようと呟きあって――
 途端、電灯が点く。
「………」
「………」
 ………。
 、
「「ッッっッッっッ!!!」」
 声にならない声の声が、、外の嵐を凌駕する程に響いて、同時、二人の顔に紅が燃えて。慌てて離れる、立ち上がる。「あ、あの、今のはっ!」
 手を何かを追い払うように動かしながら、必死に何かを言おうとするが、その何かが解らなくて、ああだとかええだとか不明瞭な声が続く。それは恵美も同様で、遮那程では無いが混乱をきたしてるようで、
 暫くしてから、え、えっと、「あ、あの、とりあえず坐りましょう」「そ、そうですね」
 恵美の言う事素直に聞いて、けど、何故かお互い正座で真向かいになる。食卓も間にない不思議な状況。気まずい空気、なんとかしようと、
「「あの」」
 何か言おうとする動作ですらシンクロしてしまって、あ、いや、
「「そっちから」」
 ……ここまで同時だと、また黙り込むしか無く。
 結局この状況が打破されたのは、膝に視線を落としながら、ちらちらと伺うとか、さっきの事を思い出してしまって、引いた赤みをまた顔に塗るとか、おおよそ日常とは言えない時間が、たっぷりと流れてから、
「……ごはんが、まだ」
 恵美のそんな一言だった。さっきの事は不問にして、元の日常へと、「そ、そうですね。冷めたら美味しくないし」「れ、冷菜だから、冷めても大丈夫ですけど」
「そ……うでしたね、ははは……」
 だがそれからの食卓のやりとりが、日常からは程遠いのは言うまでも無く、遮那、今夜の嵐に何を思えばいいのだろうかと、白飯を噛み締めながら、そう考えるしか無くて。
 アメニモマケズ、カゼニモマケズ、
 されど雷に負けた、ある日の常である。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
エイひと クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月21日

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