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『人でなしの恋 前』
鬼丸・鵺2414)&魏・幇禍(3342)




天に在す我らが神よ……


あの薄暗い牢から出て、初めて知った。
今の、養父に拾われて、カトリック系の学校へ入学させて貰った時、教師でもあるシスターが言ったのだ。


天に在す我らが神よ……



神って………何?
神って、どういう人?


皆を愛してくれているそうだ。
信じていれば、救ってくれるそうだ。
辛い時、苦しい時、悲しい時に祈れば、道は開かれるそうだ。


死んだら、ソイツんとこへ行かねばならないそうだ。




冗談じゃない。


神様なんていない。


人は、死んでも何処へも行けない。


祈っても、誰にも届かない。






今や、正統なこの体の持ち主でさえ喰らい尽くしてしまおうとしている浅ましい私を、誰が許してくれるというのだろう?


それは、神じゃない。


私だ。
私が私を許す。
でも、私は名無しを許さない。



消えて?
私がこの体の主になる。
私が名無しの神になる。
神は名無しを許さない。


消えて?


神様なんていない。
私が、私の神だ。





「お嬢さん疲れました?」
幇禍が不思議そうに、顔を覗き込みながら問うてくるので、鵺はキョトンとした顔を装って、「んー? そんな事ないよー?」と笑いかける。
「なーんか、考え込んでたみたいですから」
似合わないですねー、なんて言いながらヘロヨンと笑われ、何も言えなくなる。
分かってる。
理(ことわり)に準じているだけなのだろう。
誰かとの盟約。
不死身の体を得る変わりに、誰かをよすがに生きる盟約。
「あの、俺、次アレ乗りたいです」
鵺のおねだりという名の脅迫で、連れてきて貰った遊園地の筈なのに、いつの間にか幇禍の方がはしゃいでいる。
大きな観覧車を指差し、そう言う幇禍に「了解ー♪ 行こう、行こう!」と明るい声で答え、腕を組んで歩き出した。


休日のせいかカップルよりも、親子連れの姿の方が目立つ。
ジェットコースターなどのアトラクションには列が出来ていて、そういうのに並ぶのも、遊園地の醍醐味よねぇなんて言い合いながら、鵺は、楽しげに走り回っている子供達を見る。
幸せそうだ。
名無しは、こんな世界、屹度見た事ないに違いない。
夢の国みたいだ。
皆、ニコニコと表情は明るく、響き渡る声も幸福そうだ。


例えば。


例えば、今、本性が表に出て、この幸せな子供達を全て殺しまわったとして、そうしたら、幇禍はどうするだろう?

叱るだろうか?
イケナイお嬢さんですね、なんて。
驚くだろうか?
なんて事するんですかって。
悲しむだろうか?
そんな事をしてはいけませんって。


許すのだろうか?
しょうがない、お嬢さんですねっていって、一緒に逃げてくれるのだろうか。



今更ながらに思う。
どうしてここまで二人、壊れてしまったのであろうと。



観覧車は、他のアトラクションに比べればまだ空いていて、二人は程なく、乗り込む事が出来た。
ゆっくりと上昇する景色に目を細め、鵺が囁く。
「ねぇ? 幇禍君」
「はい」
一瞬、何事か言いかけ、そして鵺は自分が何を言うべきか見失って、口を噤んだ。
「………降りたら、ホットドッグ一緒に食べようよ!」
「良いですねぇ。 コーラと一緒にね」
「うん! マスタードと、ケチャップたっぷりかけてさ」
「……お嬢さん」
「ん?」
「何……言いかけたんです?」
幇禍は、少しだけ困ったような顔をした。
「俺、正直、他の人の事とかはどうでも良いんですけど、お嬢さんだけは、出来ればいつも、ニコニコしてて欲しいんで…」
「うん」
「して欲しい事あったら、何でも言って下さい。 お嬢さんの事苦しめる全ての事、俺、排除しますし、望む物だったらなんでも手に入れますし、悩んでる事あるんだったら…」
鵺は、静かに、何も波打たない心を抱えたまま幇禍が真摯に言い募る姿を眺める。
(鵺が、ママだから、そんな風に言ってくれるのね? 幇禍君。 ママの為に、そんなに必死になってくれるなんて、なんて可愛い坊や)
そう心中でうそぶいて、その後猛烈に虚しくなった。
(鵺は、偽装人格で、幇禍君との関係も、盟約に定められた偽装の関係で、鵺の今のパパも、大好きだけど本当のパパじゃなくて、あーあー、鵺の周りってさ、『本当のもの』は何一つ存在しないのね。 それは、鵺が偽物なのだからかなぁ? それとも、皆そう思ってないだけで、この世の中に、本当のものなんて何処にも存在しないのかなぁ?)
じっと考え込んでいると、幇禍が、そっと手を伸ばして、そんな鵺の腕を掴む。
「…お嬢さん?」
そう不安げに此方を見つめながら首を傾げる仕草を見て、ツイと観覧車の窓へと視線を流した。

潮時ね。

そう心中で呟けば、まるで、自分が途方もない年月を飛び越えて、年老いてしまったような感慨に襲われて、どうしてこんなに鵺って難しいのかしら?と首を傾げる。
どうして、鵺、こんなに難しい女になっちゃったのかしら?
そして幇禍が、不安そうに此方を見つめているのに気付き、優しく優しく微笑みかける。
「幇禍君のせいね」
言えば、幇禍は、不思議そうにへ?と問い返してきた。
何でだろう? その声が、唇の形が、表情が、途方もなく可愛く思えて、鵺は立ち上がり、向かいに立つ幇禍の頭を抱き締める。
(幇禍君のせいね。 だって、鵺、一足飛びにこの子の母親になってしまったのだもの)



グラリと観覧車が揺れた。



足下の不安定な様は、まるで自分自身の状況とピッタリで、もうじき着こうとする地上が無性に憎く感じられ、鵺は抱き締められたまま硬直している幇禍に提案した。
「ね? もう一周しよ?」


数々のアトラクションを巡り、色んなショップや屋台を冷やかせば、あっという間に日が暮れていく。
夏の夜。
遊園地は、打ち上げ花火なんかのイベントもあったり、キラキラ光るイルミネーションが眩しかったりと、何かと煌めいて、心を躍らせた。
「メリーゴーランド乗りたい! ね! ね! 幇禍君はさ、写真撮ってよ! 買ったんでしょ? デジカメ?」
そう言いながら、返事を待たずに駆け出す鵺は、この遊園地を最後に、幇禍と別れる決心をする。
夏祭りの神社で、武彦に指摘された物事全て。
あの痛い程の真実の前には、どうしたって幇禍を自分に縛り付けておくなんて出来ない。

幇禍は、屹度、約束がなければ、自分の側になんていてくれない。
幇禍が自分の側にいてくれるのも、自分に心から仕えてくれるのも『誰か』の存在が介入しているからだ。
そんなの、寂しい。


独りより、ずっと寂しい。


人工の楽園の中で、鵺はどうしようもない虚しさに耐えかねている自分に気付いてしまった。
メリーゴーランドの馬に跨る。
全部造り物の世界は、華やかで、薄っぺらい。
何度も何度も同じ場所をグルグル回る、キラキラの情景を、何度も何度も見つめながら、メリーゴーランドの柵の側に立つ幇禍の姿を何度も何度も、目にする。
手を振れば、振り返してくれて、鵺は、初めて、心から泣きたいような気持ちになった。
この気持ちは、どんな気持ちなのか、よく分からなかった。
ただ、寂しかった。
メリーゴーランドの柵の向こう側に立つ幇禍が、凄く遠くの世界にいるような気がして、ただ、会いたかった。
ただ、幇禍に会いたいと、メリーゴーランドの上で鵺は願った。
幇禍に、今すぐ会いたいと願い、そうして、確信する。


もう、会ってはならない。
幇禍と別れねば。
別れねば、余りにも寂しすぎる。
こういう二人で居続ける事は寂しすぎる。


鬼丸・鵺。 13歳。
余りにも早い、諦念の訪れであった。


帰り道。
幇禍の運転する車に揺られながら、鵺はいつもように明るく振る舞った。
遊園地で買ったキャラクターぬいぐるみの胸に抱き抱えて、たくさんの自分へのお土産の袋を覗き、騒ぎ続ける。
幇禍も、そんな鵺に合わせて笑い合いながら、お互い、どうしても言い出せない爆弾を抱えているような、妙な不安感が二人の間に漂っていた。



鵺の中の、99匹の人格がざわめいている。
終わりにしよう。
終わりにしよう。
終わりにしよう。
ずっと考えていた。
皆で、ずっと考えていた。
名無しは駄目だ。
自分達の主人格としては、余りにも壊れすぎている。
自分の中に引きこもり、滅多に表に出てこないとはいえ、アレがもし、その気になったならば、鵺含む99匹の人格は一瞬にして死ぬ。
夢の中で、鵺は、99匹の人格と語り合う。
終わりにしよう。
分かっている。
その役目は鵺が負わねばならない。
今や、あの人格と対抗できるほどの力を持っているのは、99匹の力を全て任意で呼び出す事の出来る鵺だけだ。
名無しに怯え続けるなんて、真っ平だ。
鵺が、名無しを殺す。
全てをリセットする。
幇禍とも別れる。
場合によっては、自分自身も消えるだろう。
偽物だらけの世界は嫌いじゃないけど、生きていくには余りにも寒すぎる。
少しだけ、本当が欲しくなった。
名無しと正面から向かい合おう。
名無しとちゃんと殺し合おう。
それすれば、少しだけ、暖かくなれる。
きっと。


ならば、その全てを、見届けてくれる人が必要だ。
今の養父には恩があるし、主人格との戦いにて死に逝くことになった時、悲しみに沈んでくれるだろう彼に、何があったか伝えてくれる人が欲しい。
それ以上に鵺が確かに存在したという事を記憶に留めてくれている人が欲しかった。
例え、妖怪人格の一人に過ぎなくても生きてきた、今まで。
鵺には、鵺なりの生き様があった。
だから、見て欲しかった。
あの男に。
あの男ならば、確かに目を逸らさず見届けてくれるだろう。
たくさんの悲しみと、怪異、事件を見届けてきた、武彦ならば。


鵺の考えに99匹の妖怪達が賛同してくれた。


雨が降っている。
まるで、初めて幇禍に出会った時みたいだ。
夏の温い雨。
じっとしゃがみ込んで、武彦を待つ。
迷ってないだろうか?
東京の都心から、それ程離れてはいない郊外に、鵺はいた。
此処はバブルの最盛期に、森を切り開き高級住宅街として売り出す予定だったのに、その後景気が崩れ落ちるように悪くなり、中途半端に開拓されたまま放置されているゴーストタウンである。
数軒程の、建設途中のマンションが鉄骨を覗かせながら放置され、途中まで舗装された道路などが、虚しく敷かれている。
鵺の目の前にあるのは、荒涼とした風景の中で、ハッとする程、不気味に見える十字路。
逢魔が時には人ならぬ者を導くという、交差する形をとった四つ辻である。
夏の今日のように温い雨が降りしきる中、鵺が養父に頼まれたおつかいへと出掛けている途中、気まぐれのように目覚め、表に現れた主人格によって此処まで導かれ、そして惨殺された幇禍に出会った。
名無しが、どうやって此処に来たのかは分からない。
何故なら、名無しが鵺の上位人格である以上、名無しが表層にいる間の記憶は、鵺には残されていないせいである。
それでも、どういう経緯で自分が生まれ、名無しがどんな目に合ってきたか。
鵺は、己の事のように理解し、感じていた。
鵺は、妖怪人格の一人でありながら、同時に人間的素養に恵まれていたせいであろう。
多重人格者の常として、自らが見たくない場面。 表に出ていたくない時などは、いつも、鵺が表層人格とし呼び出されていた。
いつ自分が生まれたのかは、きちんとは覚えていないが、一族を皆殺しにした際に、壊れきった主人格の代わりにこの体を維持する為に、生まれた存在である事は自覚している。
妖怪人格達自体が、辛い幼少期に自分の中に次々と別の自分を作っていった結果、名無しが『能力』を持っていたが故に、たくさんの自分に妖怪人格が憑依して、99匹の妖怪人格が生まれただけで、結局、鵺は名無し自身であり、同時に鵺の母も名無しなのだろう。
ただ、鵺は、表に出ている時間が長すぎたが故に、自我というものを持ちすぎたのだ。
名無しが、人を拒み、世界を拒み、自分すら拒んで、自らの中に引きこもった結果、鵺は殆ど主人格のように、この体を自由に扱う権利を得た。
そして、名無しとは、完全に別の鵺という存在が、他の妖怪人格達にも、自らの意志を抱くという変化を産んだ。
最早、名無しと鵺の境目というのは、微妙な位置まで来ている。
今だったら、勝てる。
否、勝てはせずとも、相打ちにまで持ち込める。
ここは、初めて幇禍に会った場所。
名無しが、幇禍を見付け、そして殺した場所。

鵺が、幇禍の母になった場所でもある。

この前買った絵の部分の装飾が可愛い傘をクルクルまわし、鵺は待つ。
来る。
絶対に、来る。
武彦は、そういう男だ。
お人好しの武彦。
おいで。
見せてあげる。


本当の恐怖を。


生っちょろいヒューマニズムなんか微塵も届かない世界を。


温い雨の中を、武彦が黒い傘を差して歩いてくる。
いつものスーツ姿で、色の薄いサングラスの奥の目は、少し眠たそうだ。
鵺の姿を見留てヒョイと片手を挙げると武彦は、憮然とした表情で「で? こんなトコまで呼び出して、何の用だよ」と問うてきた。
「もう、迷った、迷った。 すっげぇ、分かりにくいぞ?ここ。 何か、相談したい事あるらしいが、別にウチの事務所でも良かっただろ? ここじゃなきゃ、駄目なのか?」
そう言いながら、鵺に近付いてくる武彦。
警戒心の欠片もない。
「うん。 ここに来て欲しかったの。 幇禍君が生まれた場所だしね」
そう言いながら鵺は、ゆっくりと面を取り出した。
「リセットしたいの。 だからさ、おやびんは、見ててよ」
武彦が眉を顰める。
「何の話をしてんだ? 見てる? 何をだよ」
鵺が笑った。
「鵺が、幇禍を殺すトコ」
武彦が、何を言っているか理解出来ないという表情を見せ、それから徐々に染み入ってきたかのようにゆっくりと驚きに目を見開いた。
「な……? なに、馬鹿な事……」
鵺は、武彦の戸惑ったようにつっかえる言葉の途中で面を装着する。
全身に、違う人格の気配が満ちるのを感じた。
カッと目を見開き、武彦に飛びかかる。
呼び出した人格は黄泉醜女(よもつしこめ)。
古事記にて妻を迎えに黄泉の国へと行きつつも、その帰り道に腐りゆく妻の姿を返り見、逃げ出したイザナギを、追い続けた醜い女の妖怪である。
面にも、醜悪な女の顔が描かれていて、鵺が装着すると、ねじれた唇の隙間からフシュウと奇妙な音を立てて、熱い息が吐き出される。
鵺の背筋が極端な形に曲がり、殆ど這い蹲るような姿を見せると、グイと武彦を見上げて、黄泉醜女が、ニタリと唇を裂いてしわがれた声で囁いた。
「おとなしくしてるんだよ? そうじゃないと、黄泉へ連れてっちまうからね」
老婆のような声、その醜悪な気配にたじろぎ、武彦が一歩後ずさる。
「鵺? どういうつもりだ? 鵺!」
そう呼べども、黄泉醜女は首を振り「あの子は、今引っ込んでるからね? あたしと、あんたの時間だよ」そう楽しげに告げると、その奇妙な姿勢のまま、驚くべきスピードで武彦に走り寄り、そして、その体に飛びつく。
一瞬、拳を突き出し、迎え撃つように、鵺の胸ぐらを掴み上げようとすれども、黄泉の国の住人である黄泉醜女は尋常でない動きで、その手を避け、全く歯のない口をポッカリ開けて、その手を丸飲みにする。
ヌルヌルとした、底なし沼のような口はズルズルと武彦の腕を呑み続け、殆ど付け根付近まで吸い込んだ。
そして、黄泉醜女は、腹の中で熱い息の温度を丹念に練り上げ、高温にまで燃え上がらせると、一気に武彦に向けて吐き出す。
「っ! うぁああああああ!」
まず、呑まれていた腕が、そして顔が、一気に高熱の空気に炙られ、武彦は避けるように、転がるように後方に倒れる。
呑まれていた腕の袖が、完全に炭化し、ボロボロと破れ落ちた。
中から、真っ赤に腫れ上がっている腕が覗く。
そのまま、のたうち回るような動きを見せる武彦の側に膝をつくと、黄泉醜女はその髪を引き掴み、持ち上げて「にぃぃ」と笑いかけ、そのまま喉を締め上げた。
「動けないだろ? 動けない筈さぁ…。 あたしの息は、痺れの毒だ。 本来ならば、あんたの全身が爆ぜて死なせられる位の毒なんだけどね、この体じゃ駄目だ。 本当の力は出やしない。 でも、効くだろぉ? クラクラするだろぉ? 全身が、焼け爛れたかのように痛むだろぉ? 指一本動かせない筈だよ」
苦しげに、息を「ハッ、ハッ…」と短く吐き出す武彦の頬を、黄泉醜女がベロリと舐め上げた。
「さぁて…あたしとしては、あんたの事、これから可愛がってあげたいんだけどね……約束だよ。 今日は、見逃してあげる」
黄泉醜女はそう呟き、面を取り外す。
鵺は、じっと目を閉じ、自分の意識が完全に体内に満ちるのを待つとうっすらと目を見開いた。
目の前に、苦悶に歪む武彦の顔がある。
主人格に近い人格となっている鵺は、上位人格であるが故、黄泉醜女が行った事も、全て理解出来るし、その気になれば自分の好きなようにコントロールさえ出来る。
今も、武彦が喘ぐように、目を眇め、脂汗を浮かべる姿を、黄泉醜女が感じていたのと同様の愉快さを持って見下ろしながら、明るく笑いかけた。
「痛い? ねぇ? オヤビン、痛いでしょ? ヒリヒリするんだよね? ね?」
そう言いながら、酷い様子を晒している、呑み込まれていた腕に爪を立てる。
「っがあぁっ!」
大声で叫び、仰け反る武彦に鵺は、朗らかな声で言った。
「つまりね、舐めんじゃないよ、って事なんだよねー」
鵺の言葉に、武彦が痛みの余り充血している目で見据えてくる。
「ど…いういう、意味だ…」
切れ切れの声で問われ「すっごーい、喋れるなんて、ド根性!」と鵺はわざとらしい歓声をあげた後、フト、静かな表情を見せた。
「あの神社で、オヤビンに言われた事、結構ね、ムカツイたんだよねぇー。 マジで、鵺の中にいる、他の子達もさ、ムカツクって、殺しちゃおうよとか言ってて、さ」
そう言いながら、鵺は立ち上がり、冷たい目で武彦を見下ろす。
「でも、さ、そんなに私達がムカツイたのってさ、結局、痛いトコ突かれてたからであって、そういうので、じゃ、殺すっていうのも、逃げみたいで、ダサイから、殺すのは勘弁してあげるね?」
武彦の体に、雨が降り注いでいる。
鵺の傘も、変身時に後方に投げ捨てており、今は濡れるがままに任せていた。
「怖いに決まってんじゃん。 憐れな存在だって、分かってんのよ。 鵺は、鵺だけど、鵺のままでいたいけど、そんなん全部造り物で、本当じゃなくて、そういうのを怖がっちゃ悪いの? 怖いよ。 憐れでいいよ」
鵺が、冷たい声で言う。
「憐れでない命など、本当はこの世界の何処にもいないのだから」
頬を、雨の滴が伝い落ちる。
「神社で自分の判断で、人を殺せないって言ったね? そんな、鵺が憐れだって言ったね? 殺せるよ。 見せてあげる」
武彦が、悲しい目で見上げてくる。
その視線を振り払うように、鵺は首を振った。
「あの時、おやびんの言っていた事は多分正しい、でも鵺には理解できないんだ。 どうして人殺しはいけないの? どうしておやびんは怒ったの? 人の命って平等の重さだよね? 鵺の命はとっても軽いの、だからおやびんの命も幇禍くんの命もパパの命も皆ゴミの軽さなんでしょ? 今更、人の命は重いって言われても笑っちゃうし? じゃぁ土牢の7年は何だったの? 押し込められて繋がれて一日一皿の餌と桶一杯の水で飼われてた7年は? 別に悲劇のヒロイン気取りたい訳じゃないよ、でも今更、道徳説かれてもやっぱり解んない」
鵺は、白い面を取り出してヒラヒラさせつつ囁く。
「そういうのは6年前、この子に言ってくれなきゃ。 憐れむならこの子が一番可哀相よ? 逢わせてあげてもいいけどそれじゃおやびんミンチになっちゃうしね、あはははー★」
笑い声をあげて、鵺はクルリと回る。

命は軽い。
生きる事に意味はない。
それが鵺の結論。
ならば、何故殺す事を躊躇う?
名無しの命は軽かった。
名無しに従わざる得ない鵺の命の重さなんて、無いも同然なのだろう。

何故、人を殺してはイケナイの?
誰も、この問いに答えられはしない。
答えのない、問いならば、自分なりの問いを胸に抱くしかない。
結論は、そんな事ないよ。
殺せば良いって、いつも答えてくれる。


神様がいない世界で、鵺の神様は鵺自身なのだもの。
神様の言う通りよ、ね?


鵺は、とても13歳とは思えないような疲れと、諦念が滲んだ表情で武彦を見下ろして、まるで優しく諭すかのように言った。
「この体の7年はね、タバコ屋の婆ちゃんでも言いそうなお説教と嫌味で流せる7年じゃないんだよ」
爪先を、軽く突き出し、武彦の腹を蹴る。
「ウッ…」
と、心から苦しげに呻く武彦に退屈そうに鵺は吐き捨てた。
「ざまぁみろ」












 「人でなしの恋」 中へ続く


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
momizi クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年07月20日

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